「アげてイくっす……!」
中世の騎士のような鎧をモチーフに何処かファンタジックなデザイン性とオーラを放つ水色に輝く
少し癖っ気のある外ハネ、しかし短くお洒落に切り整えられた――まるで青空を映したかのような水色の髪を揺らし、ニタりと大きく浮かべた口元の笑みからは尖り恐ろしくかつ可愛らしい歯を覗かせて、ギラつきピンク色に光を放つ瞳で御伽噺の中のような白く美しい肌の彼女は目前の敵を捉えた。
『ヤマダさん、敵の防御、とても硬いです。気を付けてください』
「問題ねーっすよユキさぁん、サクっとワンキルっす!!」
耳元に
市街地に鎮座する敵……まるで巨大な扉。人間を優に見下ろせる程の二枚の扉が、目の前にある。傍から見れば珍妙なオブジェでしか無いが……これでれっきとした人類の敵、「ピグマリオン」という怪物の一種。このタイプの敵には特徴がある。それは、一度防御を崩さないとどんな攻撃も通らないという事。
その扉のような敵の懐へ、ヤマダは飛び込んだ。
「そりゃああああッッ!!」
ザシュン!黒色の激しい剣撃が扉に刻み込まれる。扉が少し後退し、隙間の中からまるで勾玉のような形状をした生物が此方を覗いた。これが、このピグマリオンのコア。ヤマダ、笑みを深める。
「もっぱつ!!」
すかさず剣を放り投げ次いで水色の鎧槌「戦槌アレス」を召喚して扉に遠心力を活かしたアッパーカットをぶち込み、槌を放り捨てて自身も勢いで空に跳ね上がる。扉がバッコりと抉れ開き、中のコアがおっぴろげになる。空中でヤマダ、次に召喚するは……銃。これもまた、
「フヒヒッ……さよならっす!!♪」
「ッッッはーーーーーー……たまんねぇっすなぁ……」
恍惚な狂気の笑顔で快楽に酔いしれるヤマダは、銃を片手でブンブン振り回して周囲を窺う。そろそろ、この辺りの敵は一掃した筈……
『ヤマダさん、上です』
空を飛んだヤマダよりさらに上、丁度太陽が影を作りヤマダの身体にそれを知らせた。視認したそれは……棺桶。空に浮かぶ棺桶だ。
ゲッ……!!パンデモニウム!!?
パンデモニウム。一度その棺桶が開けば中から女のような怪物が薔薇と共に現れ、辺りに毒と呪いをばら蒔くピグマリオン……正に「万魔殿」。だから、手遅れになるまでに速攻するしかない。しかし……
「やっべ……次の装填、大分かかるっつのに……!」
先程、扉の処理にエネルギーの殆どを使ってしまった。
マズったな……!素殴りで倒す?応援を待つように立ち回る?被害を出来る限り軽減するように注意を引き付けて……大人しく応援を、あっ、やべっ!棺桶が開……
『上に、ミサキさんが居ます』
「
そのパンデモニウムより更に上……紫の装飾の真っ黒な
「ギャッッッッ!??ギャオォォォォォォ……」
光の剣を叩き付けられると同時に気色の悪い断末魔と共に棺桶もろとも真っ二つになったピグマリオンは、泡となって空中に消え逝く。完全に消滅したようだ。
タッ、二人の少女がひび割れたアスファルトの上に立つ。ヤマダは笑みから一転して曇り睨み付けるような表情で、対するミサキは凛々しさを崩さず、静かな瞳で彼女を見据える。
『周囲に敵の反応はありません。ヤマダさん、ミサキさん、お疲れ様でした』──
──戦闘を終え、土埃で汚れた体をシャワールームで洗い流し、ヤマダは適当なシャツにどてらを羽織ってこの場所……「DOLL HOUSE」の廊下を闊歩する。もうすっかり戦闘の衝動は剥がれ落ち、瞳は薄赤色に、表情も狂気を捨て去って気怠げだ。
ふぃーーー……ひと仕事終えた後は爽快っすな。
誰に呟くでも無く、自分の中で満足した彼女は右手に持ったミネラルウォーターをくぴ、くぴと飲む。水如きに含まれたミネラルなんぞに然程興味は無いが、疲弊した体へ水分が染み込んでいく感覚は格別だ。よきにはからえ、水風情。
「んぁ?」
「あら」
ヤマダが目の前を見ると、ばったり。其処には同じく体の汚れを落としたであろうミサキが立っていた。服装は青色の学生服にジャケット……これが私服?相変わらず、見ているだけで窮屈な女だ。表情は変わらず凛々しいまま、右に泣きぼくろを付けた瑠璃の瞳でヤマダを見やる。
「これはこれはミサキさん。獅子奮迅のご活躍、恐悦至極とても助かりましたぁ……」
「そういう貴女は悪鬼羅刹そのものだったわ。見ていて危なっかしい戦い方ね、よく頑張ったわ」
ヤマダの含みある言い方に対して、ミサキは皮肉を交えて素直に返す。その瞬間、二人の視線に火花が散る。
「そーいう言い方は無いんじゃないっすかぁ~~?討伐数ならジブンの方が上だと思うんすけどね~~」
「ペース配分がなって無いから強敵を瞬時に処理出来ないのよ。戦闘は効率。無闇やたらではいつか痛い目を見るわ」
睨み合うヤマダとミサキ。……普段なら誰かが中立に入るが、其処は不運。今この場には二人以外居ない……まぁ、巻き込まれる者の方が不運ではあるが。
ふぅ、やれやれと睨んでいた瞳を先に逸らしたのはヤマダだった。根負けをしたようで
「……ピグマリオンよりお化けの方が怖いってのも考えもんっすが」
そうじゃなかった。
「ちょッっはああぁぁぁぁーー~~~!?」
瞬時、その言葉を聞いただけで顔を
「アンタねぇ!それは今関係無いじゃない!!」
「おっ、認めたっすなぁ~~?語るに落ちたりミサキ嬢。NO.1ドールズはピグマリオンよりお化けが怖い~~♪」
「わーっ、わーーーーっ!??」
中空で人差し指をくりくりと回し煽るヤマダの口を、ミサキは必死に他の誰にも聞かれまいと慌てて両の手で塞ぐ。ふがふが、っはっと上手く難を逃れたヤマダは狙った獲物を逃がさないハンターのようにニヤついた眼で彼女を追い立てる。
「そんな女、他に居ませんよ~~♪あんな非科学的なもん信じてるなんてミサキさんも結構、ウブっすなぁ。そんなに怖いんすか?」
「ここっ、こ怖くなんか無いし!!何馬鹿な事言ってんの!!?」
必死にそれを否定するミサキ。先程半ば認めたような発言をした事をさて置き、恥かしそうな顔を全力で怒りっぽく歪めて隠そうとする。その姿に、普段の彼女のような完璧な冷静さは微塵も感じられない。
「……本当に?」
下からその顔を怪訝に覗き込むヤマダ。
「……本当よ……!!」
上から鋭い眼差しで威圧するミサキ。その答えに、ヤマダはにっこりと満面の笑顔を浮かべた。
「よしっ、それじゃ明日遊園地のお化け屋敷に行きましょうーーー!!明日ジブンとミサキさん非番なのは知ってるんで」
「……は?」
突然の提案をしたヤマダ。ミサキに背を向けて歩き出すその姿に、彼女は必死で待ったをかける。
「な・ん・で!私がそんなトコっ、アンタと行かなきゃいけないのよ!!?絶対に行かない!!断固拒否するわ!!」
ミサキの猛烈な抗議に、ヤマダは足を向こうに向けたまま上半身を振り向かせた。こう見えて体は柔らかい。
「ビビったんすか?」
「……ッ!?」
えも言われぬ暗い気迫。ミサキはその暗い雰囲気に少し背筋を冷やした。
全身を振り向かせ、近付き、ヤマダは首を傾げて斜め下角度の首でミサキを見詰める。
「お化け、怖いって、泣いて逃げちゃうって、認めちゃうんですかぁ~~~???」
「怖くないッッッ!!」
バン!まるで張り詰めた音が弾けるような勢いでミサキは声をあげた。再びヤマダの眼を、しかし揺るぎない瞳で注視する。
「行きましょう。私が、最強のドールだって事を証明してあげる……!」
「フヒッ、そう来なくっちゃぁ……♪♪」
ホント、この人ノせ易いなぁ~~~……と、心の中で嘲笑いながらヤマダはミサキとの次の日を楽しみに夜中を過ごすのだった……──
──楽しそうな音が聞こえる。滑車が音を立て、人々が楽しそうに声をあげる音。少女なメロディと共に、乗り物が回る音。一様に皆、人々の笑顔が見てとれる。
私達は、この笑顔の為に戦っていると。普段のミサキなら考えられるだろうが、今日だけは奈落のどん底に落とされたカンダタのような気の持ち様だった。
「っはぁ~~~~~……」
まるで魍魎の産声。サングラス越しでも分かる表情の暗さ。格好だけはいつもの学生服にジャケット、結ったポニーテールとしっかりはしているが……落とした肩からは遠目でも落ち込んでいると分かる。
「絶好のお化け屋敷日和りっすなぁ」
ヤマダはサングラスを他人に見えないように外すと、楽しそうに人差し指でクルクル回す。彼女達はアイドルだ。だが、この程度の隠密行動は容易い。気配を消す事に関してはお家芸の二人だった。最低限の顔隠しがあれば充分だ。近くを人が通ると分かり、再度ヤマダはサングラスをかける。
二人して並び合ってパーク内を進み、目的地へ静かに歩いていく。俯いたミサキの袖を引っ張ってヤマダは歩き、到着した勿論場所は「お化け屋敷」。
目前に聳え立つそれはもう一言で「廃墟」。日本民家が老朽化し、苔が生え、瓦が崩れ、柱が所々折れている……密かに取り付けられたスピーカーからは「ヒュ~~~ドロドロドロ~~~……」と如何にもな音がなる。まるで端から子供騙しかのように。
「う、うあ……」
その姿を見たミサキは、その場で膝を笑わせる。なんとか立ってはいるが、顔から血の気がどんどん失せていく。
「はい、学生二人で……おーい、置いてくっすよーーー??もう無理?」
「いっ、行く……!行くわよ!!」
ヤマダに急かされ、ミサキはなんとかその足を動かす。ギク、シャク。まるでロボットが歩くように、しかも右手と右足を同時に出して歩いていた。歩き方すら忘れている。
「よっと」
「ヒッ!?」
ピシャン!!ヤマダが引き戸をガラガラと開けて二人で中に入ると、閉じ込められるかのように勢い良く戸が締まった。ミサキが振り向いて戸を開けようとする。
「ほう、逃げる」
「っ!?逃げないわよ!!」
戸に手をかけかけたミサキは、その問いで振り返った。もういっぱいいっぱいなのが見て分かる。本当に、この人面っ白ぇーーー!!
「あ、サングラス」
「うっ、分かってるって!!」
その目でしっかりと光景を望む為に、二人共サングラスを外す……真っ暗な室内。あるのは、天井から吊るされたランプを模した電灯だけ。ギシ、ギシと木製の床を二人で歩いていく。先へ進めば進む程、心なしか電灯の明かりが少なくなっていく……。
カランカラン!!
「ひゃあっっ!?」
「おっと!」
隣で鳴った音に反応し、ミサキはふと隣に居たヤマダの腕にしがみついた。ミサキが恐る恐る顔を見上げると、其処には此方を憐れむヤマダの姿が。
「……なんか、申し訳無くなってきたっす。このまま行きます?」
「いいえ!いらないわ!こんなもの、架空よ架空!!」
強がり、一人で歩いていくミサキ。それを、したり顔で早足で追いかけるヤマダ。
「ねーえ、怖いんでショ?どうしたぁ?もっと頼ってイイんですよ?」
「うっ、煩い!私は、この程度でッ」
ぶぉん!ミサキの目の前の空中を口の開いた提灯が通り過ぎる!!!
「あギャあァッッッッッ!!!????」
ガシッ、声にならない悲鳴をあげてミサキはついぞ両の腕でヤマダの身体を縋るように抱き占める。まるで子供、ヤマダは優越感に顔を染めた。
「うははっっっ!!NO.1ドールがそんなんでどうすんすか!??ねェ!恥ずかしく無いんですか!!」
「分かった!!もういいからっ!!早く此処から出しなさいよぉぉぉぉぉ!!!!」
此処ぞとばかりにヤマダは煽るが、今のミサキの思考回路は其れ処ではない。ギュウウウウウウウウウっ、と力いっぱいヤマダの身体にしがみつくミサキ。そのあまりの全力に、ミシッ、ミシッと何かにヒビが入る感覚がヤマダの五体に響いた。
「あががががッッッ!!ちょっ、ミサキさんっ洒落なんねーすからッッ!!離してってば!!!」
「嫌、嫌あぁぁぁぁぁ!!!!」
その時の痛烈な感覚を、ヤマダは今後決して忘れることは無かったという。肝に銘じたのは、「ミサキをからかってお化け屋敷に連れて行っては駄目だ」という確立した事実だった……。