昼過ぎ、青空からほんの少し太陽が傾く都内の街角。住宅街で、密やかに主張する一つの公園。
枠どられた柵の片隅に植えられた、一本の桜……満開と言って差しつかえないほどの
「あの日から、確かに一年目……」
長く青い髪をポニーテールで結った、年齢よりももっと大人びた雰囲気を纏わせるスレンダーな少女、アイドルユニット『DOLLS』のチームA、「ミサキ」。
彼女は、仄かに暖かい陽の中で、爽やかにそよぐ桜の木を。ただ見据えてその場にずっと立っていた──
──「あれ?今日ミサキさん、見掛けませんね……?」
女子寮の中をお昼ご飯を食べた後に暇つぶしに歩いていたサクラが、ふと居間で見掛けた少女達に問いかける。
「あー、そういえば……どうせ彼女の事ですから、トレーニングやらシミュレーターやらで忙しいんじゃないですか?」
「今日はミサキさん、朝から公園にお花見に行くと言っていましたけど」
緑茶を嗜みながらシオリがふと出した答え。それに、ソファーでだらけていたナナミはガバッと起き上がりそして驚愕した。
「えっ!??あのミサキさんが???一人でお花見?????」
「……もしかして、マスターと……?」
「ん?僕がなにって?」
声に反応したのは誰かと思えば、通りがかった廊下から顔を覗かせるマスター。
……。
え?あのミサキさんが??
「「「何をしに……???」」」──
──月と街頭だけが照らす公園に取り付けられた大時計の短針は、時刻八時を過ぎた事を指し。
いよいよ公園から誰も居なくなった中で、ミサキだけは桜の木を眺めていた。
「……。」
「ミサキ、さん……?」
背後からかけられた声にミサキは何気なく振り向く。其処に居たのは他の誰でもない、聞きなれた声に見慣れた容姿。同じドールズ・同じチームA、可愛らしい後輩「サクラ」だった。それだけの話だ。
「こんばんは。貴女も、夜桜見物に?」
「そうじゃなくって!」
茶化されたようで。つい、彼女に嘘を
「あ、あの……その、朝からミサキさんが、此処に居るって聞いて……」
心配だった。儚げな後ろ姿を見て、つい寄り添いたくて。サクラはおずおずと、彼女に本音を言った。受け取った彼女は、思いのほか素直で。
「そう……心配をかけたのなら、ごめんなさい。用事は済んだわ、帰りましょう」
「は、はい……」
妙だった。まるで諦念のように。でも、何処か安心して。ミサキの言葉を受け取って、サクラが帰ろうとした時。
ぞわり。その時に、悪寒がした。
「っ、この感覚……!?ピグマリオン!!」
「……」
焦るサクラとは裏腹に、何処か冷静なミサキ。辺りを視認すると、気が付けば数体。ピグマリオンが、まるで私達を囲むように……?いや……。
「違う、これは……」
サクラは、敵の視線の焦点を理解した。目的は。
「この桜の木……?」
まるで、執着。そんな雰囲気を悟った。何が、どうして?これに、縋るように……?
「サクラ。テアトルの展開をお願い」
横目で窺った。その顔はとても冷たくて、その時、味方ながらに怖さを感じて。
「今の私は、加減が出来ないから」──
──「あっ!ねっ、もしかしてDOLLSのミサキちゃん!?」
「あら、可愛いお客さんね。もしかして、貴女もお花見?」
「うんっ!!えっとね、えっとね……いつもテレビで見てますっ!」
「そう、嬉しいわ」
「その、ミサキちゃんは……よく、お花見とかするの?」
「そうね。今日は気まぐれ……いつもは、レッスンで忙しから」
「じゃあ!来年の今日!準備してくるからサインしてほしい!!」
「……別に、今すぐでも構わないわ」
「駄目!また来年もこの綺麗な桜をミサキちゃんと見たいから!約束だよ!」
「はぁ……ま、何かの縁ね。いいわ、じゃあまた来年の今日。この桜の下で。待っててね、忘れないわ」
「うんっ、約束だよ!!」──
──ほんの数分。展開されたテアトルの中には、術者であるサクラと、もう一人。ミサキしか残っていなかった。
凄い……、ミサキさんあの数の敵を一瞬で……!でも、あの戦いの中で聞こえたのは雄叫びだけじゃない……あれは、さながら慟哭……。
はぁっ、はぁっと息を荒げたミサキは数歩、歩いてクールダウンすると、召喚した殲滅銃「ヘルメス」を仕舞った。
「もういいわ、サクラ。帰りましょう」
「えっ、でも……」
「“もういい”わ」
「あ、はい……」
得も言われぬ気迫。それに圧されて、サクラは、促されて頷くしかなかった。
その時、強く吹いた風。
「桜が……」
「……っ」
公園の隅に、風が渦を描いて起こる桜吹雪。舞う花弁の一つが、彼女の。ミサキが広げた右の手のひらに入り込んで、
『約束、守ってくれてありがとう』
そう伝えた。聞こえたような気がして。その花弁以外は風の中に儚く消えていった。
ほんの一片。ミサキは、その花弁を固く握り締めて。
「……止まってられないな」
そう呟くと、公園を後にしようと足を踏み出した。
「あのっ、ミサキさん……!」
思わず、サクラはその一人な背中に声をかけて。
「……ありがとう。頼りにしているわ」
その言葉を聞くと。
「……はい!」
サクラは、元気よく頷いた。