突然ですが皆さん。死後の世界があると思いますか?
「……甘い」
切り分けられた色とりどりのフルーツタルトを齧り、多彩な味のオーケストラを思いつつ、ただ単に、ナナミはそう呟いた。
頭の中では多彩に絡み付く答え。甘い、酸っぱい、滑らかなタルトの歯触り、果肉の割ける感触、種の粒粒……
そんなしちめんどくさいことは、考えるだけでいい。特に一人なら。私はわかっている。それを言う理由は……別に、無いのだ。
だから。
「甘い……」
そう呟く。再認識するように。それで私の中の答えは完結している。どうせ言ったところで、私の「博識っぽさ」をひけらかすだけ。
饒舌とは言い訳だ。誤魔化しだ。言葉を紡いでいる間は強さを保てる。ハリボテを見せられる。でも、それは「巧み」なだけで、「本質」には直結しない。
私の「本質」。見せたくない、本当の私。
さて、もう一度お伺いします。
皆さん。死後の世界があると思いますか?
私は──考える。
──Deep dive──
「何をしているのかしら」
「レイナさんの髪からとてもいい匂いがします」
食堂でスマートフォンを嗜んでいたレイナの肩に顎を置き、ナナミはただ目前を眺めていた。
壁……。壁だ。ホワイトボードがある。じー……、今日の晩ご飯、アヤさんだ。楽しみだな……。
「落ち着きます……」
目に見えてる世界。脳は答える、其処にあるものはホンモノだと。
でも、もし、私達の見ている物が夢だったら。
そう、例えば……私たちが此処に居るのは巨大な装置か何かの映し出したヴィジョンで、その向こう側に本当の私達がいる……。
レイナに優しく髪を撫でられながら、ナナミは包まれる暖かさに目を細める。
「……悪い夢でも見たのかしら?」
「いいえ。いつも通りです」
そんな訳ないですよねー。
こんなに優しいリーダーが居て、こんなにひねくれものな私ですら受け入れて、甘やかしてくれる。
もしこれがそういうヴィジョンだとしたら。この夢を見せる向こう側の私を、私は盛大に褒めてあげたい──
『死後の世界があるとしたら、生き返ったのは損かもしれませんねぇ!』
──ひゅー。ひゅー。鳴らない。なぜだ……?
ヒーロー……勇者に、憧れないことはない。一方的に叩ける相手……何の気兼ねも無しに力を奮っていいとしたら、それが皆に喜ばれる事だったら。それはとても幸せなことだろう。
『ちょっと!勇者ってのはそういうモノじゃないんですー!』
ぴーヒョロロロロ……笛から流れるコミカルな旋律に、鳥さん達が中庭に集まってくる。
「あの。鳴りませんけど」
「おかしいなー。こんなに簡単なのに」
ちくわを口に咥えてふーふー吹くナナミは、訝しげに隣のヒヨを見た。知ってますか?パインアメは鳴らないんですよ。頑張れば鳴るそうですが。
ひゅー、ひゅー……。食ってやろうか、この練り物め。
「でも、珍しいね?ナナミちゃんが一緒にちくわ吹きたいだなんて」
「わたしもヒヨさんの気持ちを知れば、もっと元気になれるかなって」
ヒヨさんの元に集まってくる鳥さん。この少女は、こんなにも元気で。きっと、私に足りない物をいっぱい持っているのだろう。
「うん!ヒヨにおっまかせ!ナナミちゃんのこじらせた性格も、一緒に抱えて走り抜けるから!!」
「……面と向かって言われると少し複雑な気分ですね」
笑顔のヒヨに対して、少し引き笑いをしつつ。
この少女のように。もし生まれ変われるとしたら、ヒーローのように胸を張って……自由に、せめて、鳥たちのように。太陽に向かって羽ばたいていければいいなと。
むしゃくしゃして齧ったちくわを手に、ナナミは太陽の方を向いてうおっまぶしっ!?
……やっぱ、向いてないかも──
──「……何の用?」
テーブルのパソコンに向かいながら此方を振り返ったマスターに。私はソファの上で漫画を読みながら、凛として答えるのだ。
「一人じゃ寂しいかもしれないと私が来ました。あっ、お気遣い無く。私は此処で流行りのバトル漫画を読んでますので。……へー、このキャラ此処で敵対するんですね……」
「それ僕が置いてる本だし……そうだ、小話をしようかな。『カラスが肩に立ち止まり、僕にこう呟いたんだ。「行き先は決めたのかい──』」
「結構です。私、生まれ変わってもカラスは嫌ですからね?って、えっ──うわっ、このシーン男性の欲望まみれですよちょっとマスターの変態!」
「まだ冒頭にすらって知らないよ!?ってチャイナのスリットからナイフが出てくるぐらいいいでしょ別に!?」
「ほーん。自覚があるようで」
「そ、そのジト目はやめて……」
慌てるマスターに満足すると、私は視線を本に移した。
「マスター、“水槽の脳”という仮設をご存知ですか?」
「……あれでしょ?僕たちが今見ている世界は、何処かの誰かが見せている幻影……かもしれないってやつ」
マスターはキーボードを叩きながら答えてくれる。
「もし私達が見ているものが全て夢だとしたら」
「それはとてつもないファンタジーだね、僕は後ろの辛辣で愛嬌ある少女も其処に居るとしか思えないけど」
「その向こう側には、何があるんでしょうね?死後の世界があって、また別の私たちがいるかもしれない」
「……さあね」
マスターはキーボードを止めない。けど、タイピングが少し鈍る。
「……私は、死んだ先に。それがあるかもしれないと思うことがある。私は死んだら、全てを失うのか。それも構わない」
私は、少し怖いのかもしれない。
「誰も救われない世界で、私だけが救われる訳がない。……ふふ、自分だけが特別だなんて、そんな思い上がりはしない」
「でも。ナナミはナナミだよ」
タイピングを止めて。マスターは振り返らず、無音の中で声を紡いだ。
「特別じゃないかもしれない。でも、僕はナナミを忘れない。それじゃ、駄目かな」
「……」
「もし、向こう側があったとしたら。其処で出会えたなら。また、仲良くして欲しいな」
「……ふふ」
その言葉を聞いて。
「ふふふ……約束ですよ、マスター」
漫画を放ってソファに転がり、彼女は満足そうににやける。
「やれやれ、厄介な約束をしちゃったかな」
「クーリングオフはダメですよ、マスターは立派な大人なんですから」
「りょーかい」
もしこれが現実だとして、夢だとしても。こんなに温かい事はあるだろうか。
安堵──きっと、これはそういうものだ。私は一人じゃない。そういう気持ち。こんなに温かい仲間に恵まれて。それで私が特別じゃない訳が無い。
……ありがとうございます、皆さん。
彼女が満足したのを理解してしばらくキーボードを打っていると、静かな寝息が聞こえてきた。
普段饒舌な彼女が見せる僅かな素顔。
「今はどんな夢を見ているのかな」
瞳を閉じながらほんのりと笑む彼女は、きっとそこで。素敵な夢を見ているのだろう──