「糸。私は個々を、糸だと思うのです」
冷たい空気に湯気を立たせる、テーブルに置かれた一杯の珈琲。彼女はそれにスティック半のシュガーを注ぎ、マドラーで上下にかき混ぜ、そしてミルクを落とす。瞬間、真っ暗だったそれは明るさを手に入れ、ブラックから転じてブラウンに姿を変えた。
「人は支え合い、意図を汲み合い、強く、より強くなる。そうそれは、まるで紡がれた織物のように」
出来上がった、シオリの此の時の為のブレンド。口に含み──このぐらいの苦みが、強がる今の自分にはちょうど良い。饒舌に、語りを楽しむために酔う為の苦み。
街の一角、寒空の下のカフェのテラス。雑多の中で、目の前の彼女……ミサキとの談笑を楽しむ、切り取られた時間。珈琲の味わいに納得をし、クリームたっぷりのパンケーキをナイフとフォークで口に運ぶ。
……紡がれる、その個々。交わりて、それが答えなのだと確かに分かる。
「糸、確かにそうかもしれないわね。でも、複数では丸くなれば、一つなら鋼をも切断する。そういう糸むぐっ」
「私は一人でいい」と言わんばかりのつっぱねたミサキの口に、シオリからパンケーキが押し込まれた。やけに笑顔で。
「ならばミサキさんも一緒に丸くなればいいじゃないですか。私達と一緒に」
笑顔の、しかし何処か有無を言わせぬ気迫に、彼女はむぐむぐパンケーキを味わい飲み込んだ上で、こういう時のシオリは強いと理解しつつ眼差しを向け答える。
「私は牙でなければならないわ。先陣を楔び立てる為の、DOLLSの刃。刻み付け、離さず、そして滅ぼす為の力……」
「そして私達が追撃をする。根絶やしにする為に。ミサキさんが力だとすれば、私は肖る者。ミサキさんが居なくては、きっと私は戦えませんから」
それは此方の台詞──そう返そうとして、それが手の内で踊らされているようで、恥ずかしくて少し目を逸らした。
「はぁ……逃げようとしても、貴女からはきっとムリね」
「一蓮托生、ですから」
そんな余裕なシオリに少し仕返しをしてやりたくて、彼女が先ほど頬張ったパンケーキのクリームが口端に付いてるのを気づいたミサキは、それをシオリの頬から人差し指で拭ってやり、と思ったら何を思ったかシオリがその人差し指をパクっと加えた。ミサキの人差し指を、だ。
ギョッとするミサキの事などよそに、シオリはすぐ口こそ離したが満面の笑み。さぞ甘いクリームを舌の上で堪能してる事だろう。
「……どんだけ食い意地張ってんのよ」
「これだけ♪」
呆れるミサキの後ろから「お待たせしました」と声をかけられたと思えば、店員が席に料理を運んできた。
それは、五人前……いや、八人前ぐらいあるか?という量の山盛りパンケーキ。テヘペロッとシオリはおどけて見せる。いや、いつの間に頼んでたの。
「明日のトレーニングは厳しくなりそうね」
勿論この量、常人では完食にほど遠いだろう。しかしそれは常人の話である。
敵わないな、と思いつつ。とても美味しそうに食べる彼女の姿は見ていて飽きない。
「……糸。それが紡がれたものこそが人の作りし「社会」……」
ミサキは自分のエスプレッソをいただく。この繊細な味わいも、私には真似出来ない。社会とは、一人一人で積み重ねられて出来ている。
それは自分が普段からしっかりと感じている事だった。この街の全て、人々が築き上げてきたものだ。だから私には、私にしか出来ないことを。私達は。
「『アイドル』というの語源、ご存じですか?」
「偶像。
「ミサキさんは勉強家さんですね」
「信仰心を乗せた刃を振り下ろし、私達は人の敵を討つ」
人の敵。そう称した。間違いは無い筈だ。
神とは何か?人を救うものだろうか?くだらない。
「Atheist。皮肉のつもりは無いわ、神に出来なくても人になら出来る。最後を決めるのは人の意思よ、神は人を救わない、神では人を救えない」
「──」
少し、寂しい目をしただろうか。
でもあの日、『彼女』は救われなかった。『彼女』は強さを求めた。神など居ない、居ても救っちゃくれない。
だから、私は。
「これからも頼りにしているわ」
「はい♪」
進んでいこうと思う。
頼りになる目の前の、彼女と、彼女たちとともに。これから救う為に、その手のひらから取りこぼさない為に。