「……うげっ」
「「うげっ」とは何よ、失礼ね」
DOLL HOUSEの食堂にて、うっかり顔をあわせた二人きりの「ミサキ」と「ヤマダ」。二人は私服姿で手にそれぞれの食事を持ち、机を挟んで向かい合うように、しかし直列にはならないように席を一つずらして座った。
それぞれテーブルに置いた物……ミサキは500mlのペットボトル、そして手に持たれたのはラップに包まれた具入りのパン。ヤマダもまたペットボトルを置いていたが、それとは別に3つに分けられた皿をテーブルに置き、皿を包んでいたラップをペリペリと鼻歌を歌いながら上機嫌で剥がしていく。
「ふふんふーん♪ふーふふーん♪ふーふふん♪」
「……それはそれで気色が悪いわ」
「んあ?人が何に好き好んだって勝手じゃないですか」
柄でも無いとはいえ、ノリ気を阻害されては人は良い気分ではいられない。一体目の前の女はどうすれば満足するんだ。まあ、満足させてやる気なんかさらさら無いのだが。
そう思いながらヤマダは黄色い麺の乗った皿に、別の皿に盛られた錦糸卵の入り混じる鮮やかに切り分けられた色取り取りの野菜を無造作に載せ、そしてボウル式の皿に入った琥珀と黒曜石が入り混じったような美しい色の「つゆ」を回すようにかける……その姿は、多少歪ながらも紛う事なき「冷やし中華」だ。出前だろうか。
「貴女、相変わらずその手の麺類はまともに食べるのね」
「人の食うもんに一々口をはさまないでくださいよー。そういうミサキさんは、なんすかそれ?」
ヤマダは訝しげな表情でミサキが手に持ったパンを見る。ミサキがパンを包まんでいたラップをはがし、香る仄かなソースの匂い……挟まれていた具とは、何を隠そう「焼きそば」である。通称、焼きそばパン。
したり顔でミサキはヤマダの瞳を流し見た。
「この世で最も美しく、完成された、合理的で、効率的なパンよ。粉物の中の粉物……粉モン IN 粉モンとはこの事だわ。あげないわよ?」
至福のうっとりとした目で手に持ったそれを眺めるミサキの姿を見てヤマダは自分の頭に手を当てると、やれやれと頭を振る。
「うわぁ……炭水化物に炭水化物とか肥満の元」
「貴女は体を動かさないからね。私には必要な栄養よ、この食事の完成度が分からないのね」
そう言うと、ミサキは大口を開けてあむっとそのパンを嬉しそうに頬張った。……本当に、幸せそうに食べている。それがちょっと悔しい。
……負け惜しみという訳じゃ無いが。
「食欲をそそる程よい酸味に豊富な具材から来る栄養価、極めつけは麺類であるという食事のお手軽感……!」
対抗。……そうだ、きっと。この感情は「負けたくない」と。そういう事なのだろう。ヤマダは饒舌に続ける。
「こんなに「効率的」な食べ物を目前に高々とその謳い文句とはぁ……目が曇りましたか?ミサキさん」
その言葉に、ミサキは少し、眉を釣り上げる。「効率的」。その言葉を使われては黙っていられない。
「……まるで私に喧嘩を売っているようね?」
「勘弁してくださいよ……」
箸でちゅるちゅる、と麺を軽くすすり食べると、ヤマダは笑顔をミサキに振り撒いた。
「分かりきっているのに疑問形にしないでください」
俄然、対立。滲み出た亀裂からのフォッサマグナ。各々が自分の信じたそれを最高だと信じてやまない。
ミサキ、パンを再び齧ると、しっかり咀嚼した後にペットボトルを手に取り開ける。プシッ!小気味良い音を立てるその透明の液体……「炭酸水」を、グビ、グビと喉を鳴らして飲み、蓋を締めてそれをヤマダに突き付けた。
「炭酸水……水分吸収率は通常の水よりも遥かに良いわ。運動後の補給にとても重宝され、糖分を使ってないから食事にも最適。こんなに効率的な飲み物、そう無い……貴女のただのミネラルウォーターと違ってね」
ズルズル、と目前の冷やし中華を減らしてる最中に自分のペットボトルの中身「ミネラルォーター」を口内を流し込むように飲むヤマダは、ふう、と一息つくとミサキの方をじとり、と見た。
「わざわざ味のついてない炭酸とか、飲む気になれねーっす。効率を重視するなら炭酸抜いたコーラでも飲んでろっす」
「それじゃ美味しく無いじゃない!!」
「……」
あれよこれよといがみ合う二人。傍から見たら仲が良いのか、悪いのか。
「『ほう……炭酸抜きコーラですか。たいしたものですね』」
「「……ッ!?」」
ヤマダとミサキ、二人して横を見る。其処には何時の間にか一人の少女が立っていた。サイドに編み込みを加えた美しい銀色の髪、宝石のような黄色の瞳……無表情さに、大人らしさ、というよりは幼さを抱えた、可愛らしい少女。「ユキ」だ。
「マスターが、言ってました……。意味は、よくわかりません」
「お、脅かさないでよ……」
「ユキさんの気配に気付けなかったとは、このヤマダ一生の不覚……」
「お二人が楽しそうにお話してたので、入るタイミングがわかりませんでした」
まるで二人の関係性を表現するように手を合わせるユキ。それを見て、当の二人はハッと笑う。
「仲がいい……ね。或いはそう見えるのかしら」
「それは愉快な事っすなぁー。嫌よ嫌よも好きのうち、ってね」
……あん?と二人の眼間に再び火花が散る。しかしユキはそれを静かに楽しそうに見ている。
「わたしも食事をとりたいのですが、一緒に食べませんか?マスターがカップ麺をくれました。三つあるので、二人とも好きそうでしたから……」
「「……」」
なんと、わざわざ自分達の為にタイミングを見計らっていたのか。それも、その食事は「カップ麺」だという。これは正におあつらえ向きな。
「ありがとう。折角だからいただくわ」
「ヤマダも別にカップ麺一個ぐらいならペロっといけますなぁ。サンキューっす、ユキさん」
「いえ、貰い物ですから。それでは、用意します」
そしてユキは取り出したカップ麺の包装をゆっくりと、しかし手際良く剥がしていくと、それぞれにかやくを入れ始めたのだが……。
……!?
「ユ、ユキ……貴女、それ……」
ミサキは驚愕した表情でそのカップ麺のパッケージを指した。ユキは作業を止めず、商品名を読み上げた。
「「
そのパッケージは黒と赤で構成され、表面に辛そうな粉末が山盛りになったラーメンが載っている……。これはしくじったかもしれない。ユキの好みを想定していなかった……!?
「「辛さとは美味さだ、辛さとは戦だ!」……ねぇ。このキャッチコピー考えた奴馬鹿じゃないですか?……んで、どします?」
ヤマダはちらり、とミサキの方を見た。……まったく、私のマスターめ、なんてことをしてくれたというの……!?
「……いただくわ。折角ユキが作ってくれているんだもの、それを無下には出来ない」
だが、逃げるわけにはいかない。此処で逃げるということは、負けるという事。それだけは、絶対に嫌だ。
「ヒュゥ、ええカッコしぃ♪ジブンもそれ、乗りました」
二人はほんの少しの汗を垂らしながら、不敵に見詰め合う。此処まで来たら止まらない。イチかバチかのチキン・ラン……!
「お待たせしました」
トッ、と4分たってそれぞれの目の前に置かれたカップ麺。辣油の浮いた赤色にドロついたスープに麺が漂い、そして中央には如何にも辛そうな赤い魚粉……むせ返るような香りに、二人は戦慄する。
「……美味しそうね」
「強がってんじゃないですか?」
「そっちこそ」
さっきまでの強気な笑みは既に霧散していた。青褪める。いざ目の当たりにすると、これは笑えない。いや、本当に笑えない……。
僅かに震える手で箸を握り締め、魚粉をスープに溶かし、そして……麺をひとつまみし、啜った。
……あれ。思ったよりも。
「美味しい……!いけるわ!!」
顔を一気に明るくするミサキ。しかし対面のヤマダ、その表情を憐れむように見て。
「……そう上手くはいかねっすよ」
ボソり、と呟いた。そして、二人は二口目を口に運び……。
「……~~~ッッッ!!???」
「はーーーいっ、キターーーーー!!!??」
其処で奔る痛烈な感覚に二人はその身を悶えさせた。
えっっっ……何?コレ……。
「かっっっっっっら!!!」
いてもたってもいられず、一言目の感想がそれだった。舌の上に奔った稲妻のような痛み。もうこれは、辛いとかじゃなく痛い。
ミサキ、炭酸水を手に取ろうとして……やめた。水は、辛さを広げるだけ。一時凌ぎにしかならない。此処でのベストな選択は、水を飲まない事だ。
「辛いもんって、大概二激目で来るんすよねー……しかしこれは、ヤマダでもビックリっす。ははは……笑えねー……」
顔を曇らせて笑うヤマダ。まるでアナフィラキシーショック。開発者出てこい、誰だこんなカップ麺作ったの。味を楽しむ遊びが無い、確実に調整ミスだろ……。
火山。例えるなら、火山だ。火山から吹き出す溶岩を啜る感触……それが最も適している表現だ。これはカップ麺と呼ぶには余りにも暴力的……。
再び、顔を合わせる二人。まだ二口目だというのに、顔がつらくてつらくて堪らないって顔だ。……だけれども。
「粉物を笑う者は粉物に泣く……私は負けないわよ。アンタは?」
「ヤマダは無敵なんで……。こんぐらい、サクっとクリアしてみせます」
そして、再び笑みを強めて、二人はその赤き器に挑んだ。焼ける口内、吹き出す汗……最中、幾度と無く食べたくないと思ったことか。たかだか一杯ぐらいの麺を頂くという事が、こんなに遠いと感じた事はかつてない。
でも、だからこそ、これを乗り越えた時はきっと爽快だ。その山頂を目指して、二人して苦難を乗り越え、そして辿り着いた場所こそ……!
トッ!二人は麺が空になりおぞましいスープだけが残った器をテーブルに置いた。現界を超えていっぱいいっぱい……ミサキは背もたれに盛大に背を預け、ヤマダは椅子に逆さに座り背もたれを抱きしめるような形だ。湿った艶やかな二人の髪が、その「戦」を盛大であったと物語っている。
「いや~……勝ちました勝ちました。タロスたんぐらい強かったっすわ~~~……」
「ふ、ふふ……歯牙にもかけない、とは……この事よ……」
確かにくたびれていた二人の表情。けれど、その様は何処か満足げである。
「おっ、強がっていくぅ~~」
「とはいえ、苦しかったのはやはり事実。ヤマダ、私達の勝利よ」
二人は顔を合わせ、ミサキはそのまま、ヤマダは背面へと右腕を伸ばして、お互いの健闘を讃え合うようにグッ!とサムズアップを行った。
「はむはむ……美味しいです」
隣で冷めた赤いカップ麺を美味しそうに次々と咀嚼していく規格外の戦闘特化ドールは気にしないようにして。