「とぉっ!」
シャキンッ!
「やぁっ!」
シュビンッ!
「ヒヨ、WIN!」
ドンッ……!!
「……なーにしてんのよ、オフの朝っぱらから」
まだ太陽が真上に昇らない涼しげに澄んだ空の下、中庭で一人の掛け声が聞こえてきた。その様子が気になった彼女は、わざわざ其処へと興味本意だけで足を向かわせていた。
「あ、アヤちゃんだー!ヒヨと一緒に練習する?勝利の後の正義のポーズ!」
彼女へと気付き声を返した少女……小さな体、しかしポージングから溢れ出る躍動がとめどない、栗色の髪をサイドテールで留めた、黄と橙の暖色のパーカーに黒いショートパンツという活発容姿のチームBの天真爛漫「ヒヨ」。碧色の瞳が此方を捉える。
「やんないわよ……」
その姿を紺碧の瞳で窺っていたのは、赤いワンピースと赤みがかったクリーム色の上着をフリルで統一し整え、黄金色の髪をツーサイドアップで纏めた、ヒヨ程ではないがまた小柄な少女……チームCのリーダー「アヤ」。ほんの少し呆れを交えたジト目でヒヨの問いに答える。
まったく、この娘は……。仮にも世界を賑わせるアイドル「DOLLS」の一員だというのに、その振る舞いには少女らしさが足りないように思う。
それはそれとして彼女を彼女たらしめる要素とは納得しているが。それでも、だ。もう少し、年相応のらしさがあっても良いのでは……?
ダメだ。一度心配になると何処までも気になる。アヤは覚悟を決めてその口を開いた。
「休みのヒヨがなにやってんのか気になってきたわ。今日、一緒に行動してみていい?」
「えっ!いーのー!?やったー!アヤちゃんと遊べるー!」
両手を上に広げ、輝く笑顔を振り撒くヒヨ。ううう、その無邪気さに少し罪悪感……。楽しそうなのは嬉しいけれど。
「そんな喜ばれると悪い気はしないわね……ま、いいわ」
ヒヨとアヤ、二人の少女の組み合わせ。妙な噛み合いの無さをじわりと感じつつも、アヤは彼女の姿を眼に収めようと躍起になった──
──「あ、DXシャリババーンガンだー!!」
街中の玩具店、外から一望出来るショーケースの中にはヒヨがのめり込んでいる作品に登場する武器が。隣に置かれた液晶モニターにはヒーローが果敢に、鮮やかにその武器を構え振り回す姿が映っている。それを、頷いて感心するように目を輝かせるヒヨ。
……確かに、よく出来ている。最近のおもちゃはこんなに完成度が高いのか……、とアヤも心惹かれた。けれど。
「この前マスターが買ってくれてたじゃない……」
アヤはこのおもちゃに見覚えがある。確か、レッスン場でヒヨが楽しそうに取り回していた。それ自体は悪い事では無いが……。値札を見る。如何せん、見事な出来だけに値札が張る。見える、喜ぶ子供とむせび泣く親の姿が……!
「これはβモデルで、あれはαモデルなんだよ!いいなぁー、二丁持ちしてみたいなぁーー」
……β?α?何が違うのだろうか??駄目だ、分からない。
「また今度マスターにねだっときなさい」
よく分からないが、此処はもうマスターに任せよう……あたしには分からない世界だ。というか、今更だが。本当に今更、気付いたのだが。
街中で、アイドルが、こんなにはしゃいで大丈夫なのか?もっと静かに振舞うつもりだったが、喜んでいるヒヨに気を取られ失念していた。今からでも……
「あっ、あの……!?ドールズの、アヤさんとヒヨさんですよね?」
気が付いた時には手遅れ。周りには人だかりが出来ていて、その中の一人がおずおずと声をかけてきた。あーもう、ホラー!
ちょっ、ヒヨ!どうすんの!そう、声をかけようとした時には。
「あっ、ワンちゃんだ!」
そう言うと、直ぐ近くの路地裏を駆けていくヒヨ。いや、待って。もうてんやわんや。
「ちょっ……自由か!?あっ、えっと!ゴメン!今忙しいの!!」
ファンの人にお詫びの一言を入れると、その後ろ姿を急いで追いかける。縦横無尽っかっつーの!まったく!!
日の届きにくい、埃っぽく薄暗い路地裏を。何の因果か、二人して走る。服、汚れないようにしないと……擦るだけで取れないんだから!
「てやっ!!」
先頭を走る白い野良犬が、一軒の石塀へと駆け上がってその上を走っていく。それに続くようにヒヨも塀へと飛び乗った。……目を疑う。
「嘘……!こんな塀の上走んの……?って、早っ!」
追う為にと仕方なく自分も飛び乗り、斜めに造られた塀の頂上の先端を勢いだけで走り抜けるアヤ。バランスには自信があるけど……!ヒヨはっや!?なんて体幹!?つか、パンプスじゃキッツ……!
そして行き止まり……否、垣根で塞がれている。犬は垣根の下を素早く潜っていった。だが、これは流石に「人間では無理」。ふう、これでようやく止まってくれる……。
安堵するアヤをよそにそんな中、ヒヨが取った行動とは。
「ほっ!」
隣の壁に足を着いての三角飛び。勢い良く、もう綺麗な流れで迷い無くそれをこなし垣根の向こう側へと姿を消した。
「嘘でしょ……!!??」
一級スタントマンすらびっくりの足運び。無理ッ!無理無理無理!!……いや、此処まで来たら合わせるしかない。こんなのやった事無いけれど、私はチームCのリーダー!おてんばのお守りには馴れてんのよ!!
「ええいっ!!!」
もう、失敗とか知らない……!全力でそれに挑む。塀を蹴り、壁を蹴り抜いて……うわっ!ザリったぁ……!!……なんとか、成功……!垣根の向こうへと辿り着く。心臓が冷えつくような感覚に囚われつつも続くように次へ次へと塀の上を走っていくが。
目前のヒヨが飛んだ。光の中に消えた。何が起きた?薄暗い中から、広がる日の光……路地裏を抜けて、一瞬の眩みの後。目の前に広がるは……草むらが一面を占める土手。その手前……直ぐ下には大きな川。
ちょっ……!?マジで!??目測15メートルあんだけど!!!???
「わああああああああッッッ!??」
この勢いでは止まれない。減速したら川に落ちる。だったら、飛ぶッ!!!最早、掛け声というより叫び声に近い。塀の高さを考えて……!いやっ、でもっ……無理っっっ!!!
もう足から着地とか考えず、ひたすら遠くへ飛ぶ体勢へと体躯を促す。塀を強く、力いっぱい強く蹴った。もっと、もっと遠くへ……行けっ!!!
ズザザッ、ごろんごろんごろん……衣服が汚れる事なんかお構いなしに身体をなんとか対岸の草原へと身を届かせたアヤは、直様体を起こして隣でさながらヒーローキック後の着地体勢をとっているヒヨへと悪態をついた。こんなの、心臓が幾つあっても足りない。
「あんたねぇ!あたしが居るんだからちょっとは遠慮とかしなさいよ!落ちる所だったじゃない!!」
「ほぇ……?ああ、ごめーん!アヤちゃんがついて来てる事忘れてた!!」
「……」
唖然。開いた口が塞がらない。この少女は、一体何にこんなに夢中になれるのだろう。
ドッと疲れが溢れたアヤは、川のせせらぎを望む土手の草むらに腰を降ろした。先程の犬は何処かへ行ってしまっていた。
「……もう、いいわ。ほんっと、元気ね……」
ここまでくると、呆れを通り越して最早感心の感情が浮かぶ。ヒヨが小走りで近くの草むらへと向かったと思うと、直ぐに此方へと笑顔で戻ってきた。
「はいっ!」
差し出された両の手の中を見ると、其処には黒く実ったつぶつぶで表面が構成される……果実。
「これ木苺じゃん……?よく見付けたわね」
「良い香りがしてたんだ。お疲れ様です、どーぞ!」
アヤがその手から一粒手に取ると、持っていたハンカチで軽く拭って口に放り込む。ぷちぷちとした食感が踊り、舌の上で弾けた。
「あんがと。……うん、おいし」
甘すぎず、酸っぱすぎず。爽やかな、青い春の味わい。……それだけで、心が豊かになる。まるで、この一時だけ。普通の女の子に戻ったかのような。
アヤの隣に座ったヒヨも、美味しそうに木苺を頬張る。その笑顔に安堵した。不思議と、平和だな、って。
「ねえ、アヤちゃん」
「ん?」
「振り回しちゃって……今日はゴメンね。アヤちゃんが遊んでくれるからって、いつも以上に張り切っちゃったかも」
二人して、目の前の川を見詰めていた。ヒヨは先程までの勢いを消して、静かな声色で想いを紡ぐ。
「何よ、らしくないわね」
「ヒヨね、昔の事、よくわかんないけど……こうやって、走り回って、元気に動いて、皆と笑い合える今、凄く好きなんだ。DOLLSになって、本当に嬉しくて……」
静かに、でも嬉しそうに語る彼女の姿に。自分よりほんの少し幼い、彼女の姿に。全力で今を生きる、少女の姿に。
ぽん。気が付けば、ヒヨの頭をアヤは優しく撫でていた。まるで、姉が妹を愛でるように。
「そんな事気にしなくていいの。私が来たいからついて来たんだから」
「……!うんっ!」
ファサッ……。二人して、草むらの上に寝転がる。空を、眺めた。薄い雲が気持ち良さそうに漂う、澄み渡る青空。こんなに綺麗な空がすぐ見上げれば見渡せるなんて、普段は気にもかけないのに。
今は、それが。とても嬉しく思えた。
「……ねえ。全部無事に終わったら。何したい?」
アヤは問う。隣のヒヨに。
「マスターの、お嫁さんになりたいな」
ゲホッ!?まさかの回答にアヤは思いっきり咳き込む。
「いやっ、そういうことじゃなくて……ほら、他にあるでしょ。普通の女の子に戻って、やりたい事とか。旅行したり、無駄に夜更かししたり、もっと気楽にさ」
少しばかりの無言の後。ヒヨは、惜しげなくその想いを告げる。
「……皆で、ずっと。皆を笑顔にしたい。アイドルを続けたいし、ヒーローショーにも出たいし……ヒヨはずっと、皆の笑顔を守っていきたい。それが、あたしのやりたい事かな」
「ははっ、あんたらしいわ」
アヤは雲が途切れ真上に登った太陽を遮るように手で日陰を作り、静かに呟いた。
「……眩しいなぁ」
それは、ヒヨの耳には届かず。
「え?何か言った?」
「んーや。独り言」
彼女は、ヒヨは。今のままが一番輝いている。そう実感して、アヤは柔らかな笑みを浮かべた。
「そうね、私は……」