実力至上主義の学校に入学する。そして美少女と出会う。 作:田中スーザンふ美子
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綾小路が帰って10分後。堀北からチャットが届いた。
『起きてる?』
まだ8時だぞ。堀北は俺のことを小学生だと思ってるのだろうか。
『起きてる』
『今から部屋に行ってもいい?』
『いいぞ』
ようやく堀北が再起動したようだ。
チャットが届いてから5分後。堀北が部屋にやって来た。夜の8時過ぎだというのにブレザーは脱いでるものの制服姿だった。もしかしてチャット送るまでずっと抜け殻だったのだろうか。だとしたら長すぎだろ。
堀北を座布団に座らせ、テーブルを挟んで向かい合う。
「今日はごめんなさい」
堀北は座るや否や、頭を下げ謝ってきた。今日は色んな人に頭を下げられるなぁ。
「堀北も素直に謝ることできるんだな」
「喧嘩売ってる?」
顔を上げ、俺を睨んでくる堀北。けれどその表情はいつもより弱弱しい。
「冗談だよ。もう大丈夫なのか?」
「ええ。あなたには無様な姿を見せてしまったわね」
「審議の内容は覚えているのか?」
「大体は」
どうやら話は頭の中に入っていたようだ。それなら審議について改めて話す必要はないだろう。
「そうか。……なあ、前からそうなのか?」
「そうとは?」
「兄貴の前で萎縮することだよ」
「それは……」
堀北はハイスペックだ。協調性を抜かせば学年でもトップクラスの人材だと思う。けれどあの兄貴の前ではまったく使い物にならなくなってしまう。やはり堀北を生徒会長になるべく接触させないようにした方がいいのだろうか。だが今後も今回のようなケースが発生したら? 正直、俺一人じゃきつい。綾小路は目立つ行動は取りたくないようだし。俺だって本当は目立ちたくないのに……。つまり堀北に頑張ってもらわねばならない。でも堀北と生徒会長の関係はいびつだしな……。
「そうね。兄さんの前だといつも緊張してしまうわ」
「随分素直に答えてくれるんだな」
「あなたには情けない姿を晒してしまったから。……今更隠してもしょうがないじゃない」
堀北はそう言うと、顔を紅潮させ、そっぽを向いてしまった。
俺だけじゃなくて佐倉と須藤もいたんだけどね。まあ、あいつらは堀北の様子を気にしていなかったようだけど。
「だから対策を考えてきたの」
堀北は顔の向きを変え、俺を見据えて言った。
「対策?」
「ええ。もうあんな姿を界外くんや兄さんに見せないために」
おお、自分で対策を考えてきたのか。さすがハイスペックガール堀北だ。俺が心配する必要なんてなかったじゃないか。
「それには界外くん、あなたの協力が必要なの」
「俺の?」
「ええ。協力してくれる?」
「俺にできることなら」
「あなたにしかできないことよ」
俺にしか出来ないことって何だろうか。……なんか嫌な予感がしてきたぞ。
「もし私が兄さんの前で今日と同じ状態になったら……私をぶってほしいの」
「……………………は?」
今、堀北はなんて言ったんだ? 私をぶって? おかしいな。疲労で聴力が低下しちゃったかな。
「悪い。もう一度言ってくれないか?」
「私をぶって」
聞き間違いじゃなかった……。堀北は何を言ってるんだろう。暑さで頭がおかしくなっちゃったのかな?
「お前は何を言ってるんだ?」
「だから私をぶってとお願いをしてるのだけど」
「だからぶつとか何なの? マゾなの?」
「違うわ。勘違いしないでこの変態」
えぇ……。自分をぶつようお願いしてくる女に変態扱いされちゃったよ……。
「対策と言ったでしょう」
「つまり?」
「身体に強い刺激を与えて意識を覚醒させるのよ。そうすれば兄さんの前でも私は通常の状態になれるはず」
なるほど。そういうことか。……いや、なるほどじゃねぇよ! なんで俺が堀北をぶたないといけないんだよ!
「堀北が言いたいことはわかった。けど強い刺激なら痛みじゃなくてもいいだろ」
「例えば?」
「くすぐったりとか」
「それだと心許ないわ。やはり痛みが確実よ」
いや、そんな自信満々に言われても……。堀北ってこんな変な子だったっけ? 知的でクールな美少女だったはずなのに……。
「悪いが女の子に手をあげるなんて俺にはできない」
俺がそう言うと、堀北はテーブルに身を乗り出し、いつの日かと同じように俺の右手を両手で包み込んだ。
「……お願い。私の事情を知る界外くんにしかできないことなの」
「無理だ」
「私に協力してくれるって言ったじゃない」
堀北が懇願するように言ってくるが、了承するわけにはいかない。例えば上条さんのように相手が自分を殺しにかかってくる状況なら、女相手でも俺は容赦なく殴るだろう。けれど堀北は違う。理由はどうであれ、無抵抗な女の子に手をあげるような男にはなりたくない。
「俺にできることならって言っただろ」
恐らく堀北は断られるのをわかっていたんだろう。だからあの時と同じように俺の手を握っているんだ。俺がチョロいことを知ってるから。だが今回は折れないぞ。
「あなたが了承してくれるまで離さないわよ」
「上等だ。今回ばかりは負けるわけにはいかないんだ」
「……そう。でもすでに顔が赤くなってるわよ?」
「知ってるよ」
どれくらい経ったのだろう。俺と堀北は睨みあったまま、動かない状態が続いている。
くそ、疲れてるから早くシャワー浴びて寝たいのに……。
「堀北、もう疲れてきただろ。そろそろ部屋に戻ったらどうだ?」
「別に疲れてないわ。あなたの方こそ疲れてきたんじゃない?」
「まさか。むしろこのまま朝を迎えていいまである」
堀北も折れる様子がない。どうやら本格的に長期戦になってきたようだ。
「……わかったわ。界外くん、あなたの勝ちよ」
長期戦になるのを覚悟した矢先、堀北が敗北宣言をしてきた。
「ぶってもらうのは諦めるわ」
「そうか」
「確かに女の子をぶつなんて、あなたの良心が痛むものね。私の配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」
堀北がしおらしく謝る。やっとわかってくれたか。これでやっとシャワーが浴びれる。
「わかってくれたらいいんだ」
「ええ。ぶってもらうのは諦めるから、代わりに頭をはたいてくれない?」
「ああ、頭をはたくくらいなら……あっ」
「言ったわね」
しまった。堀北が軽い調子で言うものだからついうっかり……。
「待った。今のはなしだ」
「駄目よ。言質は取ったもの」
「うっ」
「計算通りね」
「まさか……」
堀北は初めからこれを狙っていたのか。俺の集中が切れるのを待っていたのか。
「そうよ。あなたの集中が切れたタイミングをずっと待っていたわ」
「……っ」
「それとドア・イン・ザ・フェイス。これも効果的だったわね」
ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩的要請法)。 最初に断られるほどの大きな要求を出して、断られたら小さな要求に変えるという交渉術だ。
つまり堀北は最初から俺に頭をはたいてもらう約束を取り付けるのが目的だったのか。
くそ、完全にやられた……!!
「そんな顔しないで。私と兄さんが接触するなんてそうあるものじゃないわ。現に入学してから3か月経つけれど2回しか会ってないもの」
「た、確かに……」
そうだ。堀北と生徒会長を接触させなければいいんだ。須藤も改心していくようだし、今回のような事件も今後は起きないだろう。
「それにただでお願いを聞いて貰おうとは思ってないわ」
「……というと?」
「今度、夕食を作ってあげる」
「夕食を?」
「ええ。あなたが食べたいもの何でも作ってあげる」
堀北の手料理が食べれるのか。弁当があれだけ美味しいんだ。これで温かい手料理を出されたら……。
堀北の手料理を想像し、思わず唾を飲み込んでしまう。
「……わかった」
「これで契約成立ね」
笑みを浮かべ、堀北はそっと俺の右手から両手を離した。
この笑顔を他のクラスメイトにも見せれば、友達も沢山できるだろうに。他のクラスメイトと言えば……
「なあ、堀北」
「なに?」
「今回のこと、綾小路には相談しないのか?」
「……しないわ。綾小路くんは、あなたほど私の事情を知らないでしょう?」
「そうだな」
「それと界外くんのことだから言わなくてもわかってると思うけど、今日のことは他言無用でお願いね」
「わかってるよ」
俺がそう言うと、堀北が立ち上がった。どうやらお帰りになるようだ。俺は学生証端末を鞄から取り出し、堀北と一緒に玄関に向かう。
「今から外出するの?」
堀北が学生証端末に目をやり、聞いてくる。
「小腹が空いてな。ファミレスにでも行こうかと思って」
「私も一緒に行っていい?」
「いいけど……もしかして夕食済ましてないのか?」
「ええ」
「そっか。んじゃ行くか」
♢♢♢♢♢♢♢
いつもお世話になっているファミレス。
店内は夕方と違い学生は少なく、施設内の従業員であろう大人たちの方が多い。
俺と堀北はドリンクバーと数品料理を注文した。
「界外くんはよくここに来るの?」
「そこそこな。堀北は?」
「私は初めて来たわ」
「基本自炊だもんな。まあ、たまにはファミレスの料理もいいと思うぞ」
「そう」
店員に注文をしてから10分。テーブルには既に注文をした料理が並んでいる。
「注文してから料理が出てくるのが早いのね」
「時間帯にもよるけどな」
そういえば昔、某アニメを見て高校生になったらファミレスでバイトしようと思ってたっけ。今の学校じゃバイトはできないから叶わぬ願いだったな。
「いただきます」
そう言ってカルボナーラを一口食べる堀北。フォークで巻く仕草、口に持っていくまでの軌道、小さく口を開けてフォークに巻かれたパスタを口に含み、そしてフォークだけを唇からゆっくりと引き抜く所作。そのすべてが上品で美しく、惹きつけられる色気があった。唇についたソースをペロリとなめとる舌を、つい目で追ってしまう。なんかエロい。
「……美味しいわね」
微笑みを浮かべながら小さく呟く堀北。半端なく可愛い。
「私の顔に何かついてる?」
やばい。見惚れてしまってた。
「あ、いや……。お口に合ってよかったなと……」
「そう。界外くんも食べたら? 冷めてしまうわよ」
「お、おう。食べるさ……」
俺は黙々と食べ続け、5分ほどで完食した。
改めて堀北を見る。食べる時に髪をかき上げる仕草が色っぽい。
何だろう。変なことをお願いされたからか。それともずっと手を握られていたからか。いつもより堀北を女子として意識してしまう。
「よう。こんなところで会うなんてな」
堀北に再度見惚れていると、一人の男子生徒に声をかけられた。
堀北の知り合いかと思い彼女に視線を送るが首を横に振られた。どうやら堀北の知り合いでもないようだ。
その生徒は俺たちを見下ろす形でテーブルのすぐ近くに立っている。
「今日はやられたぜ」
「あなたは?」
得体の知れない生徒に対して、堀北は動じずそう問いかける。
俺はその生徒の顔を見る。なんか見覚えがあるヘアースタイルをしている。
「今度は俺が相手してやるから、楽しみにしてな」
質問に答えず、男子生徒はレジに向かって歩き出した。どうやらお会計をするようだ。
「恐らくCクラスの生徒ね」
完食した堀北がそう言う。
「だろうな。しかし大きな勘違いをしているようだぞ」
「そうね」
そう。先ほど男子生徒は俺と堀北に「やられた」と言ってきた。今回の審議はCクラスのガッツ石崎がやらかしただけで、Dクラスとしては佐倉が証拠写真を提出したくらいだ。つまり「やられた」という台詞は、俺たちじゃなく石崎に言うべき台詞なのだ。
「あれは宣戦布告と受け取っていいのかしら」
「じゃないか。なんか面倒なことになりそうだな」
クラス間で争っている以上、いずれ他のクラスの生徒から目を付けられるとは思っていたが。
しかし、あの男子生徒のヘアースタイル。どこかで見た覚えがあるんだよな。あれは……
「そうだ! 三井だ! ぐれてた時の三井寿の髪型だ!」
「い、いきなりどうしたの?」
急に大声を出したので、堀北が驚いたようだ。
「あの男子生徒だよ。髪型がスラムダンクの三井にそっくりなんだ」
「スラムダンク?」
「ああ。……もしかしてスラムダンク知らないのか?」
俺がそう聞くと、堀北は深く頷いた。
嘘だろ……。確かに世代じゃないけどあの国民的漫画を知らないなんて……。
「堀北。まだ時間はあるよな」
「あ、あるけど……」
俺は堀北に時間があることを確認し、スラムダンクについて詳しく説明した。恐らく一時間以上は熱弁をふるっただろう。途中、堀北が眠たそうな顔をしてたが構わず続けた。堀北だって俺が眠そうにしてても部屋に居続けたんだ。嫌でも付き合ってもらうぜ。
ファミレスを出た頃には夜の10時を回っており、俺と堀北は眠い目を擦りながら寮へと帰った。
次は原作で飛ばされてた1学期期末テスト編です