実力至上主義の学校に入学する。そして美少女と出会う。   作:田中スーザンふ美子

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完全に堀北視点の話です
9巻出番あるといいな


31話 堀北鈴音:ライジング

 特別試験7日目の早朝。昨晩に試験をリタイアした私は客船の自室で横になっている。体調はまだ万全ではないけれど、普通に動けるまでは回復した。

 

「結果発表は確か正午だったわね」

 

 恐らく今回の試験はDクラスの勝利に終わるだろう。私の計算が正しければ試験終了後にDクラスのクラスポイントが327になる。Cクラスは変動せず342。完全に射程圏内だ。

 

「思ったより早くCクラスに昇格出来そうね」

 

 今回の勝利の立役者は彼だ。もちろん綾小路くんの助力もあったかもしれないけれど。

 早く彼に労いの言葉をかけたい。……違う。ただ単に私は早く彼と会いたいのだろう。

 まさかこの私が人恋しくなるなんて思いもしなかった。入学当時の私に言っても信じてくれないだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 国内屈指の名門である高度育成高等学校。私は兄さんを追ってこの学校に入学した。

 中学時代に兄さんを失望させてしまった私は、並々ならぬ覚悟を持って高度育成高校の門をくぐった。

 優秀な成績を残して、兄さんに認めて貰おうと目標を設定した私だけれど、入学早々つまずいてしまった。

 この学校はAクラスから順に優秀な生徒が割り当てられるようになっている。そして私は最底辺のDクラスに配属してしまったのだ。

 

 Dクラスに配属されたことに納得がいかなかったけれど、Aクラスを目指すため、いち早く学校のシステムに気づいた彼に協力するよう申し出た。意外にもすぐに彼は了承してくれた。ただ情報提供の対価として手作り弁当を要求されたのは正直驚いた。結局、白米だけのお弁当を渡してしまったのだけれど……。

 この時の私は彼を優秀な駒くらいにしか思っていなかった。

 

 中間テストで私は勉強会を開くことにした。目的は退学者を出させない為。けれど私は中学の時と同じように、クラスメイトと衝突してしまい、勉強会を崩壊させてしまった。

 その日の夜。私は入学してから初めて兄さんと接触した。Dクラスに配属されてしまった私を兄さんは認めることはなく、退学を迫られてしまった。もちろん退学など受け入れることは出来ず、拒否したところ、案の定兄さんは私を躾けようとしてきた。

 躾。

 私は今まで兄さんに何回も躾を受けていた。人によっては折檻と思われるような痛みを受けてきた。けれど私はそれを受け入れていた。私が不出来な妹だから仕方がない。そう思うことで自然と痛みに耐えれることが出来たのだ。

 だからその時も同じように痛みを受け入れるつもりだったけれど、彼と綾小路くんの二人によって、私が兄さんから躾を受けることはなかった。

 彼は背後から兄さんの急所を蹴っていた。あんな顔の兄さんを見るのは初めてだった。

 不意打ちとは言え、兄さんをダウンさせた彼に私は興味を持つようになった。

 その後、彼と綾小路くんの説得により、勉強会を再度行うことが決まった。

 結果、須藤くんが英語で赤点を取ってしまったが、私と彼と綾小路くんで点数をポイントで買い取り、須藤くんの退学は取り消しになった。

 その際に私は彼にポイントを提供するようお願いをした。彼の手を握りながら。何故あの時の私は、自分が女であることを武器にしたのだろうか。今でもよくわからない。

 

 中間テストが終わり一週間が過ぎた頃、私は彼に手作り弁当を作った。

 これは彼が須藤くんの点数購入の為に支払ったポイントの対価だ。

 さすがに連続で白米弁当は可哀相だと思ったので、きちんとした弁当を彼に作った。

 彼は非常に美味しそうに食べてくれた。私の作った料理をあんな美味しそうに食べてくれる人は彼が初めてだった。

 恐らく私はそんな彼を見て嬉しかったのだろう。だからまた弁当を作ることを申し出たのだ。

 申し出た際に、私は彼に額を触られた。どうやら私が風邪を引いたと思ったようだ。あまり人に触れられるのが好きではない私だけれど、彼に触れられるのは不思議と不快ではなかった。もしかするとこの頃から彼に惹かれていたのかもしれない。

 

 初めて彼にお弁当を振る舞った日から、私は彼と二人で昼休みを過ごすようになった。

 場所は部室棟近くのベンチ。人通りが少ないその場所は、教室よりも静かだった。

 二人で並んでお弁当を食べる。食べ終わった後は各々好きなことをして時間を過ごす。そんな彼と過ごす昼休みはとても居心地がよかった。

 彼と過ごす時間が増えていく毎に、私は一人でいる時間が少し寂しく思うようになっていった。

 

 7月に入るとDクラスにトラブルが発生した。須藤くんの暴力事件だ。

 クラスメイトは須藤くんの無実を証明するため目撃者捜しを行っていたが、私と彼は拒否した。彼はなぜ私が協力しないかわかっているようだった。恐らく彼も私と同じ理由で協力しなかったのだろう。

 協力するのを拒んだ私だけれど、佐倉さんが目撃者であることを彼と綾小路くんたちに伝えた。特に協力したつもりはなく、たまたま気づいたことを報告しただけだ。

 週が明けると、彼が目撃者捜しに協力することを申し出ていた。その心変わりように私は訝しみ、心変わりした理由を聞いたけれど、誤魔化されてしまった。

 その後、目撃者は佐倉さんしか見つからず、DクラスとCクラスで審議をすることになった。

 そして私はその審議の場で、無様な姿を彼と兄さんに見せてしまった。兄さんの前で極度に緊張した私は、審議の場にも関わらず一言も発することが出来なかった。

 あまりの不甲斐なさに私は茫然自失の状態に陥ってしまった。

 審議の日の夜。私は彼の部屋を訪れた。そして我ながら馬鹿なお願いを彼にした。兄さんの前で私が緊張したら頭をはたいてもらう。

 私はそんな馬鹿なお願いを、ドア・イン・ザ・フェイスを駆使して、彼に了承して貰った。

 なぜ彼にはたいて貰うようお願いをしたのか。なぜ緊張状態から覚醒させるのに痛みに拘ったのか。今ならわかる。私は彼に兄さんと同じ行為をして貰いたかったのだ。つまり彼に不出来な私を躾けて貰いたかった。

 私と彼はそのままファミレスで夕食をとることにした。

 そしてその場で初めて私と彼は龍園くんと接触をした。その後、何故かスラムダンクとやらの話になってしまい、私は眠たい目をこすりながら彼の熱弁を聞く羽目になったのは余談である。

 

 彼に兄さんの前で緊張したら頭をはたくよう約束を取り付けたけれど、その機会は思ったより早く訪れた。

 昼食を済ませ、理科準備室から出ようとすると兄さんと鉢合わせしてしまったのだ。

 私は当然審議の失態を指摘され、無能だと罵られてしまった。

 ただでさえ兄さんの前だと緊張するのに、このような状況に陥ったことにより、私は全身の震えが止まらなくなっていた。

 私はすがるような目で彼を見た。

 彼は決心してくれたようで、勢いよく私の頭をはたいた。

 思いのほか彼の一撃は痛かった。けれど痛みだけじゃない何かを私は感じた。兄さんの躾では感じられない何か。

 

「……そういえば、あれから一度もはたかれてないわね……」

 

 シャワーを浴びている私は、彼にはたかれた箇所に手を置く。

 あれから兄さんとは接触していないので、彼に頭をはたかれることもなくなっていた。

 だからその『何か』を私はわからないでいる。

 もう一度、彼にはたいてもらえばわかるかもしれない。ならば近いうちに兄さんと接触する機会を作らなければならない。

 決して私はマゾヒストではない。

 ただ彼に痛みと一緒に与えられた『何か』が気になるだけだ。その『何か』がわかるなら、多少の痛みなら耐えられる。それが彼から与えられる痛みならなおさら……。

 ふと、彼にもっと強く頭をはたかれる自分を想像してしまった。

 急にあそこが熱くなるのを感じた。

 まさか彼に頭をはたかれるのを想像して濡れてしまったのだろうか。

 その液体が気になり、恐る恐る秘部に触れてみる。

 秘部に触れた手には無色透明で粘性のある液体が付着していた。

 

「……嘘でしょ……」

 

 言葉を失ってしまった。

 まさか彼にはたかれる自分を想像して、性的興奮をしてしまうなんて……。

 

「……違うわ。体調が悪いから、変に分泌されただけ……」

 

 そうに違いない。私がそんな特殊な性癖を持つわけがない。

 私は自分にそう言い聞かせ、部屋に戻った。

 

「まだ8時。……まだ4時間もあるのね……」

 

 髪を乾かした私は、特にすることもないので再度ベッドの上で横になっていた。

 改めて彼と過ごした時間を振り返る。

 

 兄さんと遭遇し、彼に頭をはたいてもらった日。

 教室に戻る際に彼と手を繋いだまま、教室に入ってしまい、注目を浴びてしまった。

 私は冷静さを装っていたが、内心は恥ずかしくて仕方がなかった。

 私と違い友人が多い彼は、色んな人からからかわれていた。

 私との仲をからかわれている彼を見るのは楽しい気分になれた。

 

 須藤くんの事件が解決したDクラスは、期末テストに向けて勉強会を実施することになった。

 私は中間テストに引き続き、3馬鹿と呼ばれる須藤くんたちに勉強を教えることになった。

 勉強場所は前回の図書室ではなく教室。これは宣戦布告してきたCクラス含め別のクラスとトラブルを起こさない為だ。

 ……違う。本当は彼の近くにいたかったから。そして頑張ってる私を見て欲しかったからだ。

 勉強会2日目。彼は松下さんたちと楽しそうに雑談をしていた。まだ開始時刻前なので雑談をするのは問題ない。けれど私は女子と楽しそうに雑談をしている彼を見て苛立ってしまった。この頃から私は嫉妬という感情を持つようになった。

 私たちDクラスは、赤点の生徒を出さずに無事に期末テストを終えた。ちなみに私は学年で2位の好成績だった。

 

 一学期の最終日。私は彼に夕食を振る舞うことにした。これは頭をはたいてもらう対価として私が提案したことだ。

 彼のリクエストはオムライスだった。

 私は少しでも彼に美味しいと思って貰えるよう、いつもは購入しない有料の食材を購入した。

 普段ポイントを消費しない私だけれど、彼の美味しそうに食べる顔を見られると思うと、躊躇いもなくポイントを消費出来た。これからも彼に喜んで貰えるならいくらでもポイントを消費してしまうだろう。

 スーパーで買い物を終え、寮のエレベーターに乗ろうとしたところ、綾小路くんと鉢合わせた。

 綾小路くんは私と彼を見て、夫婦みたいだな、とからかってきた。

 以前の私なら罵倒していたと思う。けれどその時の私は、怒るどころか嬉しいと思ってしまった。

 

 その日の夜。料理をほぼ作り終えた私は彼を部屋に呼び出した。

 初めて彼を部屋に上げるので少し緊張したのを覚えている。

 彼は私の作った自慢の一品をとても美味しそうに食してくれた。また彼があまりにも私の料理を褒めるものだから照れてしまった。

 彼が私の料理を美味しそうに食べる姿を見て、自分の心が満たされていくのがわかった。

 もっと私の手料理を美味しそうに食べる彼を見ていたい。その欲望を満たすために、私はまた手料理を振る舞う約束を交わしていた。勉強会を行う日限定ではあるけれど。

 そう。私は夏休みに彼と会う口実を作るため、二人の勉強会を提案していた。彼はすぐに了承してくれてた。これで夏休みも彼と過ごせる。

 素直にお願いが出来ない私は、このような口実を作らないと彼を誘うことが出来なかった。

 

 そして現在7日目を迎えている特別試験。

 無人島に向かう船の中で私は風邪により目的地に到着するまで自室で安静にしていた。本当なら彼と船内を見て回りたかった。

 島に辿り着くと、真嶋先生から豪華旅行ではなく特別試験が行われることを告げられた。

 無人島に辿り着いた私は憂鬱だった。原因は風邪による体調不良、慣れない団体生活だ。クラスメイトと一緒に寝泊りするなど、私にとって拷問でしかなかった。彼と二人きりならよかったのに……。

 けれど風邪を引いた私を彼が気遣ってくれたのは嬉しかった。寒気が止まらない私に上着まで貸してくれたのだ。その上着は今も私の手元にある。

 

「洗濯して返すべきよね」

 

 鞄から彼から借りている上着を取り出す。

 そんな上着を何故だか愛しく思い私は思わず抱きしめた。

 一週間も着続けた上着。本来なら汗臭くて、ましてや風呂上がりの状態で触れるようなものではない。けれど私はそれを抱きしめている。

 昨晩リタイアをするまでずっと身にまとっていた。この上着を着てる間は彼に守られてるような感覚がしたのだ。だから私は寒気が治まっても上着を着続けた。

 

 無人島生活はストレスが溜まる日々が続いた。彼に認めて貰いたくてついリーダーを受けてしまったり、櫛田さんにやたら話しかけられたり、軽井沢さんと衝突したり、龍園くんにセクハラまがいの発言をされたりした。また櫛田さんはやたらと彼のことを聞いてきた。軽井沢さんとは些細なことで言い争いをした。ほぼ私が論破して彼女を言い負かすのだけれど。

 試験中に落ち着いて過ごせたのは彼と一緒にいた時だけだ。一緒にBクラスと情報交換をしたり、クラスメイトに料理を振る舞った。

 その彼との時間を邪魔した人物がいる。櫛田さんだ。彼女も料理にそれなりに自信があるようで、手伝いを申し出てきた。もちろん私は断った。彼のパートナーは私だけで十分なのだから。なので後日櫛田さんが彼と一緒に調理しているのを見た時は嫉妬で狂いそうになった。

 そんな嫉妬にまみれた私を更に不機嫌にさせた人物がいた。綾小路くんだ。綾小路くんと二人で話すのは久しぶりだった。そんな綾小路くんからの話は私を苛立たせるものばかりだった。私がクラス間争いに役立ってないこと、彼の足を引っ張っていること、いずれ兄さんと同じように彼にも見捨てられてしまうこと。挙句の果てに綾小路くんは私を彼の金魚の糞だと言い放った。

 私の心は一気に怒りで埋め尽くされた。なぜ綾小路くんにそんなことを言われなけばならないのか、綾小路くんが私の彼の何を知っているのだろうか。私はそう反論したが彼は聞く耳を持たず、私を置いてキャンプ地に戻っていった。

 その日の夜。私は綾小路くんに言われたことを思い出していた。今でも思い出すと怒りで震えが止まらない。

 綾小路くんは何もわかっていない。彼が私を見捨てるはずがない。いったい何度、私が彼の前で無様な姿を晒してきたと思っているのか。彼は兄さんと違って不出来な私でも寄り添ってくれる。

 

 特別試験5日目。事件が起きた。彼と軽井沢さんの下着が盗まれたのだ。盗んだのはCクラスから送り込まれたスパイの伊吹さんだった。まさか異性の下着を盗むなんて……。やはりCクラスにはまともな生徒がいないようだ。

 Bクラスとの定例報告を終えた私は、彼を海に誘った。誘った理由は彼と静かな場所で二人になりたかったからだ。彼は話が終わるとすぐに帰ろうとしたので、腕を掴んで引き止めた。久しぶりの彼との時間を早く終わらせなくなかった。

 特別試験の彼は人気者だった。入学当初は私と同じ一人ぼっちだったのに、いつの間にか彼の周りには多くの人間が集まるようになっていた。だからこうして二人きりになれる時間を私は大切にしたかったのだ。

 海を眺めながら私と彼は一時間以上も雑談をした。やはり彼との時間は居心地がいい。

 

 その日の夕方。私は彼に大切な話があると森の中に連れてこられた。

 彼の話に期待を膨らませた私だったが、その期待は大きく裏切られることになった。

 彼は私にリタイアするようお願いをしてきたのだ。

 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 そして綾小路くんから言われた言葉を思い出した。

 彼に見捨てられる。兄さんと同じように見捨てられてしまう。

 そう思った私は彼にしがみつき、必死に理由を問いただした。

 彼から理由を聞き、私は安堵した。

 やはり彼は私が不出来だからと言って、見捨てるような人じゃなかった。

 私は彼からの願いをすぐに了承した。彼の役に立てるならリタイアすることもすぐに受け入れられた。

 

 翌日。伊吹さんに私がリーダーだと悟らせるための作戦が始まった。

 まず食料探索の為森に入った。彼以外の人間と行動するのは苦痛だったが、作戦のためなので我慢した。

 作戦は彼が私から渡されたカードを落とし、大声を出すと言う単純なものだったが上手くいった。

 問題なのはいかに自然に伊吹さんにカードを撮影させる機会を作るかだった。

 結局、私が岩場に着替えとカードと置き、水浴びしている間に撮影させることにした。

 体調不良の私を気遣って、彼はその作戦に難色を示したが、何とか説得した。

 結果は上々だった。これでまた彼の役に立てた。人の為に役に立てることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。だからといって彼以外の為に役に立ちたいとは思わないのだけれど。

 

 その日の夕方。体調を悪化させてしまった私は彼に背負われて、リタイアする為に船に向かっていた。

 彼の背中は逞しくて温かかった。気づくと私は彼を背中からギュっと抱きしめていた。

 彼の頬が赤くなっていたのを覚えている。私に抱きつかれて照れていたのだろう。私を女として意識してくれる彼を見るのは楽しかった。そう言えば彼はCクラスのキャンプ地の視察帰りに私を美少女と評してくれた。今までは自分の容姿に興味がなかった私だけれど、嬉しかった。

 道中、彼と一緒に早朝ランニングをする約束を取り付けた。これで毎朝彼と一緒にいられる。そうだ。レモンの蜂蜜漬けを作って、運動後の彼に食べて貰おう。きっと喜んでくれるはずだ。またポイントを消費することになるけれど、彼が喜んでくれるならそれでいい。

 移動中、私は彼と話しながらずっと考えていた。

 それはどうすればもっと彼の役に立てるか、どうすれば彼が喜んでくれるかを。

 今の私では料理を振る舞うことくらいしか彼を喜ばすことが出来ない。

 なので私は自分を変えることにした。

 その第一歩として彼以外の生徒とも関わるよう決意した。今の私は誰からも頼られない。入学当初から他人を拒み続けてきたのだ。仕方がない。だから私はこれから他人を受け入れようと思った。そして彼のように徐々に友人を作っていき、彼のようにクラスメイトから頼られる存在になろうと思った。目標は女子のリーダーになること。男子のリーダーは平田くんになっているけれど、いずれ界外くんに変わるだろう。この特別試験を見て私はそう確信した。現に平田くんも彼に頼っている部分が大きい。私のクラス内での立場が良くなれば今後このような試験があっても、今より彼の役に立てるはずだ。

 もちろんこれらは全て彼の役に立つため。彼以外の人間と関わるなんて苦痛以外の何者でもない。けれど我慢する。……彼の隣に立って戦いたいから。

 船に辿り着いた私たちは、先生にリタイアすることを告げた。彼の背中から離れる瞬間、とても切ない気持ちになってしまった。それまでは彼と一緒にいられるだけでいいと思っていたのに、彼ともっと触れ合いたいと思うようになった。

 

「まさか私が恋をするなんて……」

 

 彼と過ごした日々を思い出し、うっすら笑みを浮かべる。

 今まで兄さんに認めてもらうためだけに生きてきた私は、当然恋をすることなんてなかった。この学校でも恋愛をするつもりなどなかった。なのに……

 

「こんな簡単に恋に落ちてしまうなんて……私って単純なのかしら……」

 

 このような性格なので男子に詰め寄られることはあっても、言い寄られることはなかった。

 だからこんな私が恋をしているなんて、今でも不思議に感じてしまう。

 いつから彼に恋心を抱いたのかは正直わからない。けれどタイミングなんてどうでもいい。私が彼を好いてるのは事実なのだから。

 最初は優秀な彼を利用しようとした。それなのに今では私が彼に尽くしたいと思っている。入学して四か月で随分な変わりようだ。

 変わったのは彼への思いだけではない。

 いつしか私の中で兄さんの存在は小さくなっていった。もちろん尊敬はしている。けれど今は兄さんより彼に認めて貰いたい気持ちが圧倒的に強い。

 恐らく今の私なら兄さんの前でも緊張することはないだろう。でもそれは彼に隠さなければならない。何故ならそれを言ってしまえば彼にはたいてもらえる機会がなくなるからだ。

 もし私と彼が恋人になれば、はたいてもらえる機会も増えるのだろうか。

 けれど私と彼が恋人になることはないだろう。何故なら……彼には想い人がいるから。

 一之瀬帆波さん。

 Bクラスの学級委員長で、学年でも有名な生徒。

 一度だけ、彼と一之瀬さんが一緒に登校しているのを見たことがある。その時の彼は、とても幸せそうな表情をしていた。それて見て、彼が一之瀬さんを好いていることはすぐにわかった。

 そんな彼女と今回の特別試験で初めて顔を合わせた。

 一之瀬さんは不愛想な私と違い、愛嬌もよく、皆に慕われていて、スタイルもよくて、思春期の男子の理想を具現化したような存在だった。

 彼女に対する劣等感と、一之瀬さんと楽しそうに会話をする彼を見て、私の心はマイナスな感情に埋め尽くされてしまった。

 だからだろう。私は彼の上着を着ていることを、一之瀬さんに気付かせるように、ぶかぶかな上着の色んな箇所を何度も掴んでは離した。

 それで少なからず優越感に浸った。

 なんて小さくて惨めな女なんだろう。

 でも彼女に笑顔を向ける彼の傍にいるには、そうすることでしか、心を保つことが出来なかった。

 そんな惨めな私だけれど、もっと優越感に浸れることを思い出した。

 恐らく彼と一番親しい女子は一之瀬さんだろう。けれど彼女はBクラス――敵だ。今回の試験では協力関係を継続したけれど、今後もこの関係が続くとは限らない。私たちがCクラスに昇格すれば協力関係は終わるかもしれない。そうすれば彼の横に立てるのは私だ。私だけなのだ。一之瀬さんは彼の敵になることは出来ても、彼の力になることは出来ない。試験での彼の隣は私の居場所なのだ。

 私と彼で一之瀬さんと対峙する。

 それを考えるだけで、今までに味わったことがないほどの優越感が私を包んだ。

 彼の恋人にはなれない。けど彼のパートナーになれるのは私だけ。

 私は改めて彼の力になれるよう成長することを決心した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 いつの間にか私は彼の上着を抱きしめたまま眠ってしまったようで、気づいたら正午を回っていた。

 デッキに出ると、茶柱先生に連れてかれている彼と一之瀬さんの姿を見た。

 その瞬間、胸が締め付けられるように息苦しくなった。

 なぜ二人で先生に連れてかれているのだろう。

 彼は私に気づかずにそのまま船内へと入っていった。

 

「……」

 

 仕方がない。後でどういうことか聞こう。

 

「堀北。体調はもういいのか?」

 

 彼の後ろ姿を眺めていると、須藤くんが話しかけてきた。

 

「そこそこね。まだ万全とは言えないわ。それにリタイアをしてしまったもの……」

 

 いくら勝利する為とはいえ、私のリタイアによりポイントが30も減ってしまった。その責任は大きいだろう。

 

「そんなの気にするなよ。1位だったんだしよ。そういえばなんで1位を取れたんだ?」

 

 須藤くんが平田くんに問いかける。

 

「それは……軽井沢さん。まず君から堀北さんに話すべきことがあるんじゃないかな?」

 

 そう言って、篠原さんたちの後ろで俯いている軽井沢さんに声をかけた。

 

「……堀北さん、ちょっといい?」

「ええ。あなたは私に話すべきことがある。そうでしょう?」

 

 小さく頷く軽井沢さんを見て私は目を閉じた。彼女とは些細なことで何度も衝突してきた。半分は私の八つ当たりも入っている。恐らくリタイアした私を咎めるのだろう。

 

「ごめん」

「え」

「私と界外くんの下着を盗ったのは伊吹さんだったんでしょ。堀北さんが気づいたって界外くんから聞いた」

 

 罵倒されることを覚悟していた私は、彼女の謝罪に困惑してしまった。

 

「それとAクラスとCクラスのリーダーを見抜いたのも堀北さんなんでしょ? それで無理がたたって体調を崩したって……。だから、いろいろごめん」

 

 そう言って、軽井沢さんは女子たちの下へ戻っていった。

 

「ありがとう堀北さん。君のおかげで僕たちの圧倒的勝利で終わったよ」

 

 なぜ私の手柄になっているのか、すぐにわかった。

 彼だ。

 彼が私にチャンスをくれたのだろう。自分を変えるチャンスを。

 本当に彼は優しい。そして甘い。

 

「堀北さんチョー凄いじゃん! マジ天才!」

「リタイアした時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだね!」

 

 いつの間に多くのクラスメイトに囲まれてしまった。

 こんなの不愉快でしかないけれど、彼が与えてくれたチャンスを潰すわけにはいかない。

 

「そう。みんなの役に立てたようで何よりだわ」

 

 自分が発した言葉に反吐が出そうになる。

 今なら櫛田さんの気持ちもわかるかもしれない。自分が思っていないことを言葉にするのはこんなにもストレスが溜まるものだと初めて知った。

 でも我慢するしかない。こうすれば彼は喜んでくれるはずだ。

 結局、私がクラスメイトから解放されたのは20分を過ぎた頃だった。

 

 自室に戻ると、松下さんから声をかけられた。彼女はDクラスで私の次に彼と仲が良い女子だ。他のルームメイトは熟睡している。

 

「堀北さん、ずっと体調悪かったのによく6日も持ったよね。凄い凄い」

「……気づいていたの?」

 

 驚いた。彼以外に気づいてる人がいるとは思わなかった。

 

「まぁね。ただ私が気遣ってもあしらわれるだけだと思ったから」

「そんなことは……」

 

 ある。彼だから素直に体調不良であることを告げることが出来た。

 

「あー、そういう気遣いは無用だから」

「そ、そう……」

「それより界外くんが、なんで茶柱先生に連れてかれてたのか気になるんじゃない?」

「それは……」

 

 気になる。その場にいた彼女は理由を知っているのだろう。なぜ彼と一之瀬さんが一緒に連れてかれているのかを。

 

「教えてあげる」

 

 彼女はそう言うと、彼と一之瀬さんが先生に連行された理由を説明してくれた。

 その内容は私の心に苦痛を与えるには十分なものだった。

 彼と一之瀬さんが逢瀬していたのは薄々感じていた。けどまさか毎日密室で会っていたなんて……。

 

「どうせ界外くんのことだからお喋りしてたくらいだと私は思うんだけどね」

「え」

「だって彼ヘタレでしょ」

 

 確かに彼はすぐに照れたりするけれど。……ヘタレは言いすぎじゃないだろうか。

 

「まあ一之瀬さんから襲ってたらわからないんだけどね」

「……」

「それじゃ私は寝るから。後は本人から直接聞いてね」

「……ええ」

 

 松下さんはそう言うと、横になりすぐに眠りについた。

 なぜ彼女は私に話しかけてきたのだろうか。

 もしかして彼に言われて、私に声をかけるようお願いされていたのだろうか。

 そうとしか考えられない。けど彼に問いただしても誤魔化されるだけだろう。

 

「本当に優しいのね」

 

 ポケットからスマホを取り出す。そして彼へこれから会えないかとチャットを送った。

 10分ほどすると彼から返信が来た。

 

『あるぞ。ただよからぬ噂が流れてるので俺と会うのは好ましくないかもしれないぞ』

  

 彼らしい。彼に気遣われるのは嬉しい。けれど今回はその気遣いは不要だ。

 

『そんなの関係ないわ。それじゃ今からラウンジに来て』

 

 そうチャットを送り、私は髪を整え、部屋を後にした。

 久しぶりに彼と会える。

 彼と別れてから1日も経っていない。それなのに久しぶりと言ってしまうほど、私は彼に依存しているらしい。

 でもそれも悪くない。だって彼に依存すればするほど私の心は満たされていくのだから……。




次回から原作4巻に突入します
キミスイのOPヘビロテしてます
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