もうすぐトールズ士官学院は夏季休暇に入る。多忙な学院生活を送っているトールズの学院生たちにとっては、数少ない貴重な連休の時期だ。貴族限定ではあるものの、帰郷が許されるし、そうでなくとも外泊届などを利用すれば学院を離れてしばらく遊びに行くこともできる。
《帝国解放戦線》を名乗るテロリストの出現という暗いニュースはあるものの、全体的には連休前特有の浮ついた空気だった。
そして、本来ならばそれを注意する立場の筈の生徒会長、トワ・ハーシェルも例外ではなかった。
*
夏季休暇開始の1週間前のことだ。第三学生寮のラウンジにて、サラは頭を抱えていた。原因は目の前に立っている小さな生徒会長様だ。
「……で、一体どういうことかしら?」
「えっと、なんのことでしょう?」
サラの問いに対して、首を傾げる生徒会長ことトワ。それは見たサラは嘆息する。サラからすれば、トワがとぼけているようにしか見えなかったのだ。
「……昨日、ムネノリから夏季休暇の外泊届が提出されたわ。それも職員室ではなく、あんたみたいにこの場所でね。行き先はクロスベル。理由は”最新の導力技術を見て回りたい為”。留学の理由と一致してるし、護衛もついてるから別に問題ないわ」
続けて、サラは手に持った書類を突きつける。たった今、トワから提出されたものだ。それはムネノリが出したのと同じく、外泊届だった。そして行き先は……クロスベルだった。
「あんたの理由は、”通商会議の随行団に参加するにあたって、現地の視察を行いたい為”。はっきり言って、ムネノリの理由よりよっぽどしっかりしてる。これなら、許可を出すのもやぶさかではないわ」
「ほんとですか!」
トワの顔がぱっと明るくなる。しかしサラは「ただし!」と前置きする。
「ほんとにそれが理由ならの話よ! 行き先と外泊予定日どころか、泊まる予定の宿まで一致してるじゃない! それで理由だけが別々なんて、そんなことあるわけないでしょうが!」
「う……」
トワがたじろぐ。そもそも、職員室ではなく第三学生寮まで渡しに来ている時点で不自然だ。やましいことがありますって口に出して言っているようなものだ。
トワとムネノリが付き合っているのは周知の事実だ。その事実と今回の件を照らし合わせれば、2人がクロスベルに遊びに行こうとしているのは自明の理だ。
というより、まるで偽装をする気がない偽装の仕方だ。生徒会長のトワならばもっと上手くやることもできた筈だ。
良心の呵責ゆえなのかもしれぬが、自身のことが甘く見られている気がしてならない。行動の節々に、サラなら適当に見逃してくれるのではという魂胆が見え隠れする。
「とにかく、本当の目的を話しなさい。あんたらに協力するかしないかの話はそれからよ」
「その……ごめんなさい。でも、まったくの嘘ではないんです。帰る前に現地を色々と見て回ろうと思っているのは本当で……」
「そんなこと分かってるわ。あんたら2人とも真面目だからね。その辺りは信用しているわ。私が聞きたいのはメインイベントの方よ。いいから白状しなさい」
回答を急かす。トワは顔を仄かに赤らめ、「えへへ」と照れ臭そうにはにかむ。見てるこっちが恥ずかしくなる。
「実は……2人でミシュラム・ワンダー・ランド(M・W・L)に行きたいなあ、と思ってまして……」
「却下」
「ええ!? な、なんでですか!?」
あまりに素早い返答に驚いたのか、トワは目を白黒とさせながら理由を問う。だが仮にも士官学院生。いくら表向きの理由がしっかりしているとは言え、テーマパークできゃっきゃっ、うふふ、なんてふざけたことを認めるわけにはいかない。
断じて、トワの幸せそうな表情にムカついたとか、2人がM・W・Lで遊んでいる光景を想像したら眩しすぎて目が灼けそうだったとか、そんな私怨的な理由ではない。
「お願いします! なんとかなりませんか!?」
「ならないわよ! 2人の申請は却下! とっとと帰りなさい!」
しっ、しっ、と手を振ってトワを追い払おうとする。しかし、トワも簡単には引き下がらない。あーでもない、こーでもないと交渉が続く。サラは、一歩たりとも譲歩しなかった。私怨を抜きにしても、やはり教官としては認めがたかったからだ。
「うう……できれば、この手は使いたくなかったんですけど……」
「なに、力づくでもぎ取ろうって言うの? いいわよ、相手になってあげるわ。別にムネノリと2人がかりでもいいわよ」
強硬手段の気配を感じたサラは敢えて挑発する。戦術リンク込みであっても、2人だけならばなんとかなる。
しかし、トワは「いえ……」とサラの予想を否定すると、生徒会長らしい凛とした態度で告げる。
「……サラ教官の生徒会への依頼の件数、他の教官方の3倍はありますが、その点についてはどうお考えですか」
「な……!? あ、あんたまさか……!」
「はい。申請を許可していただけなかった場合、今後一切サラ教官からの依頼は受け付けませんので。もちろん、手伝ってもらってるリィン君にも強く言い聞かせておきます」
方向性は違えど、間違いなく強行手段だった。仮にサラが生徒会からの支援を打ち切られた場合、完全に仕事がパンクしてしまう。
「ちょっと卑怯よ! 教官を脅すなんて!」
「……ごめんなさい。でも、どうしてもムネノリ君と一緒に行きたいんです。ちゃんと節度は守りますから……なんとかなりませんか」
「うぐぐ……」
(愛って怖いわね……この子にここまでさせるなんて。でも、どうしたものかしらね……)
サラは悩む。悩みに悩む。今までと同じ快適な教官ライフか、地獄のデスクワークか。8:2くらいで不正を見逃す方向に傾いていたが、大人としての最低限の責任感がそれを思い留まらせる。
(……まあ、この子は絶対に大丈夫だと思うし、ムネノリも特別実習で男女同部屋に猛反対するくらいだし……信用してもいいかしらね)
2人の気持ちも分からないでもない。外国ではあるものの、鉄道で日帰りが可能な距離である。帝都からの空の便もあるので、万が一のときがあってもすぐに駆けつけられる。
「一応確認するけど、宿の部屋は別室? 特別実習とはわけが違うから、同室は認めないわよ」
「はい、大丈夫です。ちゃんと別室です」
「……ならいいわ。夜になる前に宿に戻ること、それと裏通りには絶対に近づかないこと。この2点はちゃんと守ってちょうだい。クロスベルの裏の顔、知らないわけではないでしょう?」
トワはコクリと頷く。随行団に同行する以上、彼女ならばクロスベルについての下調べも始めていることだろう。これだけ言っておけば大丈夫な筈だ。
「ああ、それと、なにかあったらあたしにちゃんと連絡すること。なんなら遊撃士協会のクロスベル支部であたしの名前を出してもいいわ。いいわね?」
「はい! サラ教官、ありがとうございます!」
(人のこと脅しておいてよく言うわよ、まったく……)
そう口に出してしまいそうだったが、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべるトワを見ていたらそんな気は失せてしまった。
(……若いっていいわね)
今日はヤケ酒だな、とトワの幸せオーラに胸焼けを覚えながらこのあとの予定を決めるのであった。
*
そしていよいよ、その日が来た。夏季休暇3日目。朝早くに駅前に集合したトワとムネノリは、早速列車に乗り込み、クロスベルへ向けて出発した。
2人並んで仲良く席に座り、列車に揺られながら雑談に花を咲かせる。持ち込んだ菓子を一緒に食べたり、ブレードやトランプで遊んだりした。
ケルディックを越え、双龍橋を渡り、ガレリア要塞を抜ける。そして国境を越えたその瞬間、多くの高層ビルが立ち並ぶ大きな街が見えてきた。その中でも1本だけ抜きん出て高く、青いシートに包まれたビルがあるのが印象的だ。
「あ! 見えてきたよ、ムネノリ君」
「みたいでございますな。あの異様に高い建物が、通商会議の会場と聞きましたが?」
「うん! オルキスタワーって言うんだって。もう完成はしてて、通商会議のときにお披露目になるみたい。今のところ、西ゼムリア大陸で1番高い建物なんだって」
「まあ、見るからにそうでしょうな……」
確かに、とトワも同意する。クロスベルは近代に入ってから目覚ましい発展を遂げた、帝都などと比べれば非常に新しい都市だ。多くの建物が近代的なデザインで、帝国で言うラインフォルト本社みたいな高層ビルがたくさん建っている。
それらの高層ビルが平凡に見えるほど、オルキスタワーは摩天楼とも言うべき高さを誇っていた。クロスベルの新たなシンボルとされるだけはある。
「しかし、トワ殿が通商会議に参加されることになるとは。議題こそイズモとは無縁でございましょうが、拙者も気になっていたところです。さすがでございますな」
「あはは、そんな大したものじゃないよ。参加すると言っても、どちらかと言うと勉強させてもらう立場だし、足を引っ張らないことの方が心配かなあ」
トワが通商会議の帝国代表の随行団に参加するという話はアンゼリカたちはもちろんのこと、ムネノリにも伝えてある。言いふらすような話でもないが、別に隠すような話でもない。
「トワ殿でしたら大丈夫でございましょう。拙者もイズモでは少しばかり政務に携わっておりましたが、トワ殿の働きぶりは拙者よりもずっと上でございます」
「えへへ、ありがとう」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。頰が自然と緩んでしまう。
『——間もなく、クロスベル市に到着致します。お降りになるお客様は……』
アナウンスが車内に響き渡った。そろそろ到着するみたいだ。列車が緩やかに減速していく。
トワとムネノリは忘れ物がないようにと荷物の確認を行いながら、到着を待つのであった。
*
クロスベル駅に到着したトワたちは、先に宿のある東通りに向かい、荷物を預けてから港湾区の波止場へと移動した。ミシュラムには波止場から出る定期船で向かうらしい。IBC主導で運営されているらしく、なんと定期船の船賃は無料だった。
ちなみに一緒ではないものの、シノも市内にはいるようだ。最初は一緒にどうかと誘ったのだが、『今回は遠慮しておきます。市内は帝都同様に通信が使えるそうなので、なにかあれば連絡してください。すぐに駆けつけられる場所におりますので』と断られてしまった。
最近シノには気を遣わせてばかりだ。今度なにかお礼をしなければと思う。
長い列に混ざりながら定期船を待つこと10分。汽笛と同時に船が姿を現した。ミシュラムが高級リゾートの側面も持つからか、船の内装は非常に豪華だった。
普通の私服で来た自分たちは浮いているのではと心配してしまったが、自分たちと同じような格好の人たちもいっぱい乗っていた為、杞憂だった。ミシュラム目当ての観光客も多いのだろう。
2階の船外から見える景色を楽しんでいると、最初は遠くにあったミシュラムの姿が徐々に鮮明になってくる。大きな城、観覧車、不気味な館など、アトラクションと思しき建物がたくさん見える。
ワクワクがどんどん大きくなる。早く着かないかな、と子供みたいなことを考えてしまう。アトラクションについてはあらかじめ調べてあるし、絶対に行ってみたい場所にも印をつけてある。わざわざ朝早くにトリスタを出たのだ。回れるだけ回らなければならない。短い間に何度も何度もパンフレットを確認する。
「トワ殿、別にミシュラムは逃げませぬよ」
苦笑いを浮かべたムネノリに諭される。心の内を見透かされたトワはドキリと肩を竦ませる。
「う……。やっぱり、分かっちゃう?」
「ええ、見るからにそわそわしておりましたので」
恥ずかしい。浮かれていたのはバレバレだったようだ。帝都育ちゆえに夏至祭のようなお祭りには何度も参加したが、こういうテーマパークに行くのは初めてなのだ。どうしても気分が高揚してしまう。
「ムネノリ君は、こういうテーマパークに行ったことはあるの?」
「はい。規模はM・W・Lに及ぶべくもございませぬが、イズモには『桜屋敷』と呼ばれる小さなテーマパークがございまして。これが子供にはちょうどよくてですな、何度か行っておりました」
なんでも、導力革命の10年後くらいにできた古いテーマパークらしく、イズモの建築様式をベースとした造りのようだ。
「そうなんだ、なんだか面白そう。そっちにも行ってみたいなあ」
「ええ、トワ殿がイズモにいらしたときにご案内しましょう」
そうこうしている内に、到着のアナウンスが耳に入った。待ち望んでいる瞬間がもうすぐ訪れることに、トワは胸を踊らせるのであった。
*
入場ゲートを潜る。次の瞬間、目の前に広がっていたのはエンターテイメントの聖地とも呼ぶべき華やかな世界だった。
「わぁああ……!」
マスコットキャラのみっしぃを模した花のカーペットが2人を出迎え、踊り出したくなるほどに陽気な音楽が2人を歓迎する。
ちょうどみっしぃが広場に来ていて、子供たちに好き放題に蹴られている。確か、そういうものなのだとパンフレットに書いてあった。
楽しい絵本の世界。そう形容するしかないほどの素晴らしい場所だった。
「これは……すごいですな。『桜屋敷』など、遠く及びませぬ」
テーマパークに行った経験のあるムネノリにとっても圧巻であったらしい。さすがは、天下のIBCが大量の予算を注いで設立したテーマパークということだろうか。
「ところで、トワ殿はよいのですか」
「よいって、なにが?」
首を傾げると、ムネノリが意地の悪い笑みを浮かべる。その仕草はクロウそっくりだ。よく一緒に遊んでいるからか、色々と影響を受けているのかもしれない。
ムネノリは、みっしぃの方を指差す。
「あそこにいるみっしぃでございます。あのように蹴るのが習わしなのでございますよね? 蹴ってこなくてよいのですか。トワ殿ならギリギリ混ざれるかと存じますが」
つま先で蹴った。力の限り蹴った。みっしぃではなくムネノリの脛を。ムネノリが飛び上がる。
「あいつつつ!?」
「もう! そんなところまでクロウ君に似ないでよ! これでも気にしてるんだからね!?」
「も、申し訳ございませぬ!」
ムネノリの謝罪に、トワは「よろしい」とそれを受け入れる。まあ、内容はともかく、こうして冗談やら軽口を言い合えるのは楽しいので、特に根に持つようなことはせず、水に流す。
「それよりも、そろそろ行こう? わたし、回りたいところいっぱいあるんだから!」
トワは印をつけてあるパンフレットをムネノリに見せる。それを彼は「ふんふん」と興味深げに覗き込んでいたが、次第に表情を曇らせた。一体どうしたのだろうか。
「あの……トワ殿? 見たところ、ほぼ全ての場所に印がついているように見えますが?」
「うん、そうだよ?」
「さすがに、時間が厳しいのでは……」
「大丈夫! ちゃんと並ぶ時間とかも考えて計算してあるから! ここに書いてある通りに回ればギリギリ間に合うよ!」
ムネノリの懸念にトワは明快な回答を返す。パンフレットとは別に手帳に記入しておいた今日のスケジュールを彼に見せる。M・W・Lに関するあらゆる情報を分析した上で何度もシミュレーションを重ねた完璧な計画表だ。ムネノリが心配するようなことは決して起こらない。
「そ、そうでございますか……」
「うん! ほら、最初はあっちのホラーコースターからだよ! 人気だから、空いている今の内に行かないと!」
トワはムネノリの手を取り、ホラーコースターのある不気味な屋敷の方へと駆け出す。少し遅れるようにしてムネノリも追従する。
楽しい1日の始まりだった。
*
ホラーコースターを始めとした列が生まれやすいアトラクションを先に済ませたトワたちは、休憩も兼ねて鏡の城までやってきた。基本的には最上階を目指して歩くだけでいいようだ。途中、2つのスイッチを起動させないと開かない扉がある辺り、カップル向けを意識しているらしい。
「わぁ、リベールのお城みたい」
幻想的な内装を見てそう思うトワであった。その城の中どころか、リベールに入国したことすらないが。
「トワ殿は、リベールに行ったことが?」
「ううん、ないよ。でもお城は写真で見たことはあるんだ。真っ白で、とっても素敵なの。……そういえば、ムネノリ君って最初は帝国かリベールかで迷ってたんだよね?」
「もしやシノから聞きましたか……まあ、そうですな。こと導力技術に関しては、リベールが頭抜けているようでございましたから」
帝国人のトワとしては悔しいものの、それは一種の事実だろう。特に飛行艇の技術に関しては他国の追随を許さず、リベールが誇る《高速巡洋艦アルセイユ》は現在も世界最速記録の更新を続けている。通商会議の際も、リベールの代表団はアルセイユに乗って来るのではないかと言われている。
「ですが、今は帝国を選んでよかったと思っておりますぞ」
ムネノリにぎゅっと手を握られる。言葉にせずとも、それで十分だった。トワは頬をほんのりと熱くしながら微笑んだ。
「えへへ……うん、ありがとう」
その後、最上階まで上ったトワたちは、『いつまでも一緒にいられますように』と願いごとをするのであった。
*
屋台で買った軽食で昼ごはん(一旦外に出てレストランで食べるムネノリの案は時間の都合で当然却下された)を済ませたあと、2人は占いの館を訪れた。
女子というのは占いの類が好きなことが多いが、トワもご多分に漏れずその1人であった。しかも、最近入った占い師が百発百中と聞かされてしまえば、入らずにはいられなかった。
並んでいる間、自然と話題は占いに関することが中心となった。
「占いでございますか。西ゼムリアでは、水晶球を使った占いが主流と聞きましたが?」
「他にもタロットカードとかが人気かなあ。東方は、また違うんだよね?」
「そうですなあ、東方と一口に言っても様々ですが、イズモでは陰陽道を用いた占いが採用されておりますな」
「陰陽道?」
「イズモで独自に発展した占術でございます。それを修めた者を陰陽師というのですが、中世では重用されていたと聞きます」
占い師が昔は重宝されていたというのは、どこでも同じらしい。そういう視点で歴史を調べてみるというのも、案外面白いかもしれない。
「次の方、どうぞー」
案内係に声をかけられる。どうやらトワたちの番のようだ。促されるまま、占いの館と呼称される天幕の中に入った。
中は神秘的な雰囲気を保つ為か薄暗かった。そんな中で、正面で朧げに光る水晶球と揺らめくロウソクが印象的だった。
「いらっしゃい。さあ、こちらの席へ」
女性と思しき声が響く。よく見ると、水晶球の奥に布で顔を隠した女性がいた。多分、この人が占い師なのだろう。すごい美人だと、トワは思った。
トワたちは用意されていた椅子の腰掛ける。
「あら、可愛らしいお客さんね。そちらの殿方は、もしや……?」
「は、はい。えへへ、そんな……感じです」
噂されるだけはある。一目でトワとムネノリの関係を見抜いてしまった。もっとも、この状況でそれを見抜けぬ者などいないということに、純粋なトワは気づけなかった。
血液型を聞かれたのでそれを伝えると、占い師は頷く。
「さて、今日はなにについて占うのかしら?」
「えっと、ムネノリ君。どうしよっか」
「入りたいと希望したのはトワ殿ですし、トワ殿が占いたいことで構いませぬよ」
「ほんと? ありがとう、それじゃ甘えさせてもらうね」
実は、聞きたいことはもう決まっている。昨日の時点で、とっくに決まっていた。
「じゃあ……その、わたしたちの今後のこととか……お願いします」
照れで言葉を詰まらせながら占いの内容を伝える。天幕が暗いせいで占い師の表情はよく分からなかったが、なんとなくクスリと笑った気がした。
「わかったわ。それでは見てみるわね……」
占い師は両手を水晶玉に向かって掲げ、そっと覗き込む。そのいかにも占いっぽい所作に、トワの乙女心はときめきっぱなしだった。
「そうね…………きっと、多くの困難が待ち受けているでしょうね。2人の関係を邪魔する者が、きっと現れるわ」
ぎくり、と心臓が鳴る。きっと、イズモの妃になるにあたっての障害のことを言っているのだろう。半ば予想通りではあったが、こうしてしっかり宣言されると動揺してしまう。
「……だけど、貴方達ならきっと大丈夫ね」
「え……?」
「貴方達からは、互いへの強い信頼が感じ取れるわ。相手を信じて耐える心。それさえ持ち続けていれば、どんな困難も乗り越えられるわ」
「信じる心……」
ARCUSの戦術リンクを繋ぐ上でも重視される部分だ。心の中でそれを反芻する。
「……ありがとうございました。心にしっかりと留めておきます」
「どういたしまして。またのお越しを」
こうして、2人は占いの館をあとにするのであった。
*
もうすぐ日が落ち始めようとしているころ、ムネノリたちは広場に並ぶ土産物などを確認していた。帰りの客で混み出す前に選んでおこうという魂胆だ。目の前を歩くトワが1つ1つ物色しては、ムネノリに確認する。
「うーん、シノちゃんはどんなのがいいかなあ?」
「あれで結構可愛いものが好きですからな。みっしぃ関連のグッズであれば喜びましょう」
「そうなると、みっしぃよりみーしぇの方がいいのかな……あ! 見て見て!」
なにか見つけたのか、トワは小走りで近くの屋台に駆け寄る。どうやらみっしぃグッズを中心に揃えた店らしい。その中に並んでいるものからあるものを手に取る。
「このみーしぇの耳のカチューシャ! すっごい可愛いよね!?」
ピンク色をした猫の耳のようなカチューシャが差し出される。それを受け取って角度を変えて観察してみる。確かに、可愛らしい意匠をしている。
しかし、シノが着けているところは想像しづらい。もっとも、仮に贈れば誰もいないところでこっそり着けるのであろうが。
(待てよ? もしや……)
ふと、あることを思いつく。ムネノリは、じっとトワの顔を眺める。おそらくは、いけそうだ。
「……? どうしたの?」
トワはきょとんとした表情を返す。こちらの真意を見抜けていないのだろう。好都合である。
ムネノリはトワの質問に答えることはなく——素早くカチューシャをトワの頭に装着した。
「え……?」
(おお……これは)
みーしぇのふさふさの耳を生やしたトワが誕生する。——とてもよい。率直にそう思った。あざとさの塊だが、それもまたよい。
「……ふぇええ!?」
やがてなにをされたのか気づいたのか、トワは顔をあっという間に赤面させ、目を丸くする。カチューシャを外そうと、その手が頭へと伸びた。
「——外してはいけませぬ!」
トワを大声で静止する。雰囲気に呑まれたのか、「は、はい!」と気をつけの姿勢をとってくれた。
——すかさず、ムネノリは密かに用意してあった導力カメラを取り出し、パシャリと撮影した。
「ッ!? ちょっとムネノリ君! なにしてるの!」
我に返ったトワがカメラに手を伸ばす。無論、渡すつもりのないムネノリは彼女の手を躱す。
「ご心配なさらずとも、この写真は誰にも見せませぬ! 後生大事に致しますぞ!」
「そもそもこの世に残しちゃだめなの〜っ!」
ぴょん、ぴょん、とジャンプしてムネノリからカメラを取り上げようとするが、身長差が身長差だ。ムネノリが軽くカメラを上に持ち上げるだけで、トワでは絶対に届かない高さになる。
そして、その跳ね回る姿もねこじゃらしを前にした猫のようでとても可愛らしかった。パシャパシャと連写する。
「う、うう……。む、ムネノリ君のいじわる……」
しばらくして、カチューシャを外したトワは憔悴した様子で目を潤わせていた。頬染めと相まって、凄まじい破壊力だった。抱きしめたい衝動に駆られる。しかし、それは叶わなかった。トワが怒ってそっぽを向いてしまったからだ。
その後、拗ねたトワはつーんと口を尖らせ、ムネノリが宥めても褒めても聞く耳を持ってくれなかった。彼女の無言の抗議は、少しずつムネノリの心に突き刺さっていく。
やりすぎたと焦ったムネノリは、最終手段として多くの観光客がいる広場のど真ん中で完璧な土下座を披露し、見事トワの許しを得るのであった。その代わりものすごい勢いで休憩所まで引っ張られ、そこでアイスをごちそうする羽目になったが。ちなみに、カメラのことは有耶無耶になった。
*
「えへへ、楽しかったねー!」
「ええ、まったく」
日が傾き、水面が夕日を反射してキラキラと輝く。ミシュラムだけではなく、クロスベル市全体が視界に収まる。そう、2人は1日の締めくくりとして観覧車に乗っていた。
今はちょうど頂上辺りで、まるで飛行艇に乗っているかのような絶景が眼下に広がっていた。ムネノリにお願いして、カメラに何枚か収めてもらう。カチューシャのことは、今は保留だ。
ゆらゆら、ゆったりと観覧車が回る。小さい車内に2人きり。まるで、世界に自分たち2人だけがいるかのような感覚。幸せいっぱいで、なにもせずとも笑みが漏れる。
「夜の部には花火もあるらしいですが、どうされますか」
「ううん、ミシュラムで部屋をとってるわけじゃないし、サラ教官にも夜は遊ばないって約束してるから。降りたら宿屋に戻ろっか」
「御意にございます」
既に土産は購入してあるので問題はない。もっとも、土産に関しては明日もクロスベル市を見て回るつもりだが。
「しかし、トワ殿にクロスベルに行こうと誘われたときは驚きました。夏季休暇にどこか行きたいとは拙者も考えておりましたが、まさか帝国の外になるとは」
「あはは、あのときはごめんね? 急に言い出しちゃって。でも、年末年始の長期休暇はムネノリ君、イズモに戻らないとなんでしょ? わたしも今年度で卒業だし、この夏季休暇を逃したら当分一緒に来れないなって思って。だから、ちょっと思い切っちゃった」
シノの話ではもしかしたらトワもムネノリの帰郷について行くことになるかもしれないらしいが、いずれにせよクロスベル行きは不可能だ。だからこそ、脅迫じみた手段を使ってでもクロスベル行きを実現させたかったのだ。
「ビーチの方がまだオープンしてなかったのは残念だけど、すごく楽しかったよ。ムネノリ君は、どうだった?」
「ええ、拙者も楽しませていただきました。明日の市内巡りだって楽しみでございます」
「……そっか。よかった」
トワは未だシートがかけられたままのオルキスタワーの方へと目を向ける。思いを馳せるのは、今後のこと。
西ゼムリア通商会議、それに関連したクロスベルとの国際問題、《帝国解放戦線》の出現、革新派と貴族派の対立、イズモでの自身の立ち位置。きっと、これから自分の周囲の状況は目まぐるしく移り変わる。それこそ、激動の時代と称されるかもしれないくらいに。
その前に、確固たる思い出が欲しかったのだ。恋人としての幸せな思い出が。これさえあれば、きっと頑張れる。乗り越えられる。そう、思うから。
「……ムネノリ君」
「なんでございましょう?」
「また、来ようね。今度はビーチにも行きたいな」
「……ええ、そうでございますな。必ず、行きましょう」
向かい合う互いの距離が縮む。観覧車が高度が少しずつ下がる中、2人の影がそっと溶け合うのであった。