トワ殿って呼ばないで   作:Washi

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第9話 本当の想い(中編)

 最後の勝負が”1対1の模擬戦”であることがトワとツバキによって承認された為、今日は解散となった。もう空は真っ暗だ。

 

 ツバキは導力車を呼び出し、帝都に戻った。トワも今は第二学生寮の自室にいる。

 

 明日は模擬戦に加えて通常の授業でも実技がある為、今は導力銃の整備を行っている。入学当初から使い続けている護身用の小型の導力銃だ。ジョルジュによって様々な面で細かなカスタムが施されており、トワに合わせて最適化されている。

 トワは分解した銃のパーツを机に並べ、異常がないか確認しつつ、丁寧に清掃していく。それを終えたのちに、パーツを組み立てて元の銃の形に戻した。最初は説明書がなければできなかった組み立ても、考え事をしながらでもできるレベルに達していた。

 

 当然、トワが考えを巡らせているのは明日の模擬戦のことだ。トワは、解散直前にシノから聞かされた情報を思い返していた。

 

 

 

 

「はっきり言ってしまえばこの模擬戦、義姉上が不利です」

 

 ツバキが去ったあと、シノは開口一番そう告げた。

 ツバキの情報を語ろうとするシノを、最初は公平性を理由に留まらせようとしたが、「あくまで一般的な情報をお伝えするだけです。ツバキ様も今ごろ義姉上のことを調べているでしょうし、問題ないかと」と反論された。

 アンゼリカにも確認したが、情報収拾の範疇に留めるならば問題ないとの判断を下した。一応はお墨付きをもらったということもあり、トワは場を食堂に移し、シノの言葉に耳を傾けた。

 

「ツバキ様は薙刀使いです。義姉上は薙刀はご存知ですか」

「うん。東方のハルバードの一種だよね?」

「まあ……そうですね。補足すると、切っ先が太刀と同じようになっていて、長柄武器の中では斬撃に特化しています。刀身と柄の長さのバランスは流派によって異なりますが、イズモ出身のツバキ様も例に漏れず出雲流ですので、刀身の長さは50リジュ、柄は170リジュが基本です」

 

 つまり、全長は220リジュということになる。長身のガイウスが用いる十字槍よりは短いし、斬撃が主体である以上、突きが主体の槍よりはリーチは短いだろう。それでも、近接武器としてはかなりのリーチだ。

 

 シノがトワが不利だと評した理由を理解する。チームを組んでの戦闘ならばともかく、1対1の戦いでは後衛タイプのトワは前衛タイプのツバキに対して極めて不利だ。

 連射と威力に優れたライフルならば後衛であっても十分に前衛と張り合えるが、護身用で単発ずつしか撃てない小型導力銃の弾は、武術を修めた者には簡単に見切られてしまう。かと言ってアーツで戦おうにも、駆動中に距離を詰められるのがオチだ。

 

「ツバキさん本人の実力はどれくらいなの?」

「私の見立てでは、アンゼリカ様に少し劣るくらいです。それと出雲流は東方武術ですので、当然気功による身体能力の上昇も行うことができます」

「アンちゃんと同じくらい……」

 

 試運転の際、アンゼリカはチームにおけるアタッカーを担っていた。遊撃的に動きつつ、ここぞというときに強烈な一撃を魔獣等にお見舞いしていた。実際、実技授業の模擬戦でそれを受けたクロウはグラウンドの端まで吹っ飛んだこともある。

 

 仮にトワがアンゼリカと模擬戦を行っても、勝利は難しいだろう。実力差に加えて、相性が悪すぎる。同じことがツバキに対しても言えるだろう。

 勝利を諦めているわけではないが、現状をきちんと認識しておく必要はあった。

 

「それと……これに関しては裏が取れていないので推測の域を出ませんが、ツバキ様はARCUSを所持している可能性があります」

「え……それは、本当? まだ量産体制も整えてないって話だったけど」

 

 今のところARCUSを所持している者はそれほど多くない。未だ試験段階で、そのARCUSの試験を行う為にⅦ組が存在するのだから。

 

「もちろん、エプスタイン財団が新たに発表したエニグマⅡを用いている可能性の方が高いです。ですが、マツナガ財閥は西ゼムリアの大企業とのコネクションも多いです。もしかしたらラインフォルトとも……といったところです」

「うん、分かった。注意しておくね」

 

 リンク機能がなければ、同じ世代の戦術オーブメントであるARCUSとエニグマⅡに決定的となるような性能差は存在しないだろう。そういう意味では、1対1となる明日の模擬戦ではあまり気にする必要はないかもしれない。

 だが、どんな情報でもなにかしらの役に立つことを生徒会の活動を通してよく知っていたトワは、頭の片隅に留めておくことにした。

 

 それからも夕食を摂りつつ、細々とした情報をシノから受け取るのであった。

 

 これが、1時間前の出来事だ。

 

 

 

 

 無策で挑んだら絶対に勝てない。それがトワの出した結論だった。だからこそ、その差を埋める為の策を練っているところだった。

 

(アレは、リスクが高すぎるから最終手段かな…………うーん、ジョルジュ君、まだ技術棟にいるかな? 多分、フィーちゃんはもう寝てるから明日かなあ……)

 

 慎重に積み木を積み上げるようなつもりで、シノから聞いた情報を分析しつつ、対処法を練り上げていく。その為に必要な要素を洗い出し、整理していく。

 

 そんなときだった。コンコン、とドアがノックされた。

 

「はーい?」

『……トワ殿』

「え、ムネノリ君?」

 

 声ですぐに分かった。意外なお客さんだった。小走りでドアに駆け寄って開ける。見上げた先に、ムネノリの顔があった。自室の明かりに照らされた彼の顔が、こちらを向く。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。ただ、その、いても立ってもいられず……。少しだけ、話す時間をいただいても?」

 

 堅苦しく、途切れがちな喋り方だった。どこか、気まずそうにも見えた。

 

「うん、大丈夫だよ。どうぞ、入って」

「ああいや、ここでいいのです。アンゼリカ殿に言い含められておりますので」

 

 勝負中過度な接触は禁止。確かにアンゼリカはそう言っていた。どうやら、ムネノリにとっては部屋に入ることもその範疇のようだ。

 トワは僅かに目を伏せ、分かったとだけ返した。

 

「えー、それで、ですな……」

 

 ムネノリは右手で後頭部を掻きながら顔を横に向け、言い淀む。他ならぬムネノリの話だ。トワは催促することもなく、じっくりと待つ。

 廊下からひんやりとした空気が流れ込む中、ようやくムネノリが口を開いた。

 

「……こんなことになってしまい、申し訳ございませぬ。拙者がトワ殿に迫ったことを知られたばかりに、ツバキに絡まれた上、妙な勝負まで受けさせてしまいました……」

「……もしかして、シノちゃんから?」

 

 ムネノリはコクリと頷く。どういった経緯でかは分からないが、トワが勝負を受けた理由を聞いたようだ。

 

「トワ殿がそういうことを気にされない方なのは分かります。ずっと、近くで見ておりましたから。ですが、それでは拙者の気が済まないのです。もう最終戦なのに今さらなにを、と思われるかもしれませんが……」

「そ、そんなことない! そんなことないよ!」

 

 トワはブンブンと強く首を横に振る。むしろ、謝らなければならないのはトワの方だ。トワがムネノリへの態度をはっきりさせていれば、あるいは最初から穏便に済んでたかもしれないのだ。

 

 お互いに謝り合う。だが、空気がどんよりするばかりでなんの解決にもならなそうだった。会話が途切れ、次の言葉がなかなか出ず、場が沈黙に包まれれる。

 そんな中、トワはおずおずと口を開いた。

 

「……あのね、ムネノリ君。わたしもずっとムネノリ君にちゃんとお返事してないこと、申し訳ないって思ってるんだ」

 

 迷った末に、とうとう胸の内をムネノリ本人に明かした。今のムネノリの心中を察することはできなかったが、話を聞くつもりはあるようで、目を逸らさずにこちらを見ていた。

 

「ムネノリ君はわたしにとって大事な人だよ。それだけは自信を持って言える」

 

 ムネノリと話すのは楽しいし、一緒にいると落ち着くのは間違いない。生徒会関連でもすごくお世話になっていて、頼りにしている。妹のシノとの仲も良好だ。

 

「でも、いつも考えちゃうの。仮にお受けしたとき、自分の立場や生活がどう変わっちゃうのかなって。妃になるって、どういうことなのかなって」

 

 ムネノリへの返事を考えるとき、結局はいつもそこに行き着いてしまう。きっと、普通の恋人同士のようにはいられない。色々なしがらみや問題が待っているに違いない。それらを意識すると、途端に深い霧に包まれたかのように自分の本心が見えなくなるのだ。

 

「……でもね、今はちょっとだけこう思ってるの。明日のツバキさんとの勝負で、なにか見えるかもしれないって」

 

 上流階級の生まれのツバキは、きっと妃になるということがどういうことなのか分かっている。覚悟だって、決めているに違いない。

 以前、アンゼリカに武術家同士は拳を交えれば相手の本心が分かるものだと教わった。トワは武術家ではないが、ツバキと正面から戦ってみればきっとなにかを感じる筈だ。相手の想いと覚悟が。

 そうすれば、自ずと自分の気持ちも見えるかもしれない。最終戦までもつれ込んだとき、ふとそう思ったのだ。

 武術を学ぶ身であるムネノリならばトワの言わんとすることは理解できる筈だ。事実、ムネノリはすぐさま頷きを返した。

 

「トワ殿……」

「……大丈夫! 絶対に負けたりしないから!」

 

 それでも不安そうに顔に陰を落とすムネノリを安心させるように声を張り、自分の胸の辺りを拳で叩く。力を入れすぎて、ちょっと痛かった。

 

「だからムネノリ君は、信じて見守っててほしいな。……ね?」

「……分かり申した」

 

 渋々といった様子だが、ムネノリは納得してくれたようだ。

 

「ありがとう、ムネノリ君」

「いえ、他ならぬトワ殿のお言葉ですから。……それでは、拙者はもう行きます。ゆっくりお休みになってください」

 

 挨拶を交わしたあと、ムネノリは第二学生寮を去った。それを自室の窓から確認したトワは、ジョルジュがまだ部屋に戻ってないのを確認してから、技術棟へと向かうのであった。

 

 

 

 

 次の日の放課後。夏に入って日の時間が伸びた為か、まだ周囲は明るいままだ。

 

 最終戦の舞台として選ばれたのはグラウンド。本日はラクロス部が休みだった為、そのスペースを借りた形となる。

 

 トワとツバキは、それぞれの得物を持って相対していた。トワはツバキを観察する。彼女の瞳からは油断は一切感じ取れない。厳しい戦いになりそうだと思った。

 

「すみませーん! ここからは戦闘エリアなので下がってくださーい!」

「観戦してえならこのラインに入るんじゃねーぞ! 巻き込まれちまうぞー!」

 

 アリサやクロウが声を張り上げる。その声に従うように、緑や白の制服を纏った学院生たちがゾロゾロと下がる。

 ……そう、そうなのだ。実はどこからか勝負の話を聞きつけた学院生たちが続々と集まり、まるで闘技場の様相を呈してしまっているのだ。

 それで元々観戦予定だったクロウや時間の空いていたⅦ組のメンバーが総出で整理しているのだ。おかげで勝負に支障はないが、かなりの大ごとになってしまった。

 

「まあ、色々とギャラリーが増えてしまったがやることは変わらない。両者、準備はいいかな?」

「うん、大丈夫だよアンちゃん」

「無論ですわ」

 

 アンゼリカの確認に両者は頷く。模擬戦の審判は代表のアンゼリカと提案者のリィンが務める。戦闘エリアを出てしまうか、参ったをするか、ダウンしてから10秒以内に立ち上がることができなければ、敗北となる。それ以外は基本的に制限はない。

 

 トワは先ほどまで授業だった影響でいつもの制服姿であるのに対し、ツバキは戦闘態勢と呼ぶにふさわしい格好だった。

 東方由来の白い道着に袴を穿き、手甲や胸当て、額当てなどの防具も着けていた。トワが銃使いであることを調べたのだろう。軽装ではあるものの、明らかにトワよりは重武装だった。

 

「では双方……構えて」

 

 アンゼリカの指示に従い、得物を構える。トワは導力銃を両手で握って相手に向ける。ツバキは薙刀を下段に構える。

 

 途端、空気が入れ替わったかのように場がしんと静まり返った。観衆たちも士官学院生。真剣勝負が始まるときにまで騒いだりはしないようだった。緊張した面持ちで、その瞬間を待つ。

 

「——始め!」

 

 火蓋が切って落とされた。トワの銃が弾を撃ち出し、ツバキは土を蹴って突進した。

 

 

 

 

 ツバキは勝負開始と同時に眼前に迫った銃弾を柄で弾く。鉄棒を叩きつけられたような強い衝撃に手が痺れるが、戦闘に支障を来たすほどではない。ツバキは1息に距離を詰めた。

 

 最初のころとは違い、油断はしない。トワが侮ってはいけない相手であることは思い知らされている。最初から全力で仕留めに行く。トワがアーツ主体の銃使いであることは昨夜散々調べた。そういう意味では近接タイプのツバキは圧倒的に有利だが、彼女はそれ以上にトワの作戦立案能力を警戒していた。

 本来の彼女は指揮官タイプ。チームでこそ真価を発揮する。昨年の試運転のレポートを確認したところ、その多くの戦闘において彼女の立てた作戦が勝利の鍵になっていた。認めるのは癪であったが、単純な駆け引きではトワには勝てないとツバキは判断した。

 

 だからこその速攻を狙う。なにかさせる前に倒す。多少の被弾は覚悟して、最短距離でトワに迫ったのだ。実際、それは上手くいったようだ。

 

「ッ——!?」

 

 トワはアーツの駆動に入ったままだった。どうやら銃弾で牽制して距離を取らせた隙にアーツを撃つつもりだったらしい。だが、ツバキが選んだのは突進だ。アーツは間に合うまい。

 

(もらいましたわ!!)

 

 下段の構えから斬り上げる。刃のない模擬戦用の刀身なので斬れることはない。だがまともにヒットすればかなりのダメージとなるだろう。

 

 ——無論、当たればの話だが。

 

「なっ……!?」

 

 岩を叩くような手応え。それはそうだ。事実、ツバキの攻撃はトワとの間に突然地面から出現した岩の槍に阻まれたのだから。

 それは、トワのアーツの発動が間に合ったことの証左だった。

 

(下級アーツとはいえ、なんて駆動速度ですの!?)

 

 ツバキの把握していない情報だった。あれだけ緻密に調査をしたのに、まさか漏れがあるとは。一瞬、思考が止まった。そしてその隙を逃すトワではなかった。

 

 カチャリ、と銃口が眼前に向けられていた。

 

「くっ——!」

 

 咄嗟に体を捻る。銃口が火を吹いたのはその直後だった。鼓膜が破れそうになる轟音と共に銃弾が肩を掠る。模擬弾ではあるものの、かなりの衝撃が肩に走った。

 

 堪らず、ツバキは距離を取る。未知の情報を抱えたまま接近戦を挑むのは危険だと判断したのだ。無論、その判断自体は正しい。

 

 だが、それこそがトワの狙いだったのだと、彼女の周囲に張り巡らされつつある岩の槍の迷路を見て、気づくのであった。

 

 

 

 

 緒戦の攻防をジョルジュと並んで見ていたクロウは度肝を抜かれる。トワが選んだ戦術もそうだが、あの驚異的な駆動速度にである。

 

 下級アーツといえど、1対1の戦いではその駆動時間は致命的な隙となる。それはツバキが速攻を狙いにいったことからも明らかだ。

 だが、トワのアーツはコンマ数秒で完成していた。駆動速度を上げるクオーツをセットしていても、ここまでにはならない。

 

「おいジョルジュ。お前トワのARCUSになにしたんだよ」

「あ、やっぱり分かるかい?」

「たりめーだろ。あんなデタラメな調整ができるとしたら、おめーさんくらいだからな」

 

 ジョルジュの導力機器に対する知識、技術は学生離れしている。当然だ。なにせ以前はルーレ工科大に所属していたのだから。試験段階のARCUSになにかしらの改造を施せるとしたら、ジョルジュか教官のマカロフしかいない。

 そしてトワがどちらを頼るかと言われれば、それはジョルジュに決まっている。

 

「昨晩、トワに技術部として依頼を受けてね。アーツの威力とエネルギー効率を犠牲に、アーツの駆動速度を限界まで高めてある。もちろん、クオーツの構成も駆動速度に特化している」

 

 トワの方を見ると確かに、まだ下級アーツを少しばかり連発しただけなのに早くもARCUSにEPチャージャーを挿している。余裕のある内に補給したとも考えられるが、それだけではないのも確かだろう。

 

「大体どれくらい犠牲になってンだ?」

「消費エネルギーは約3倍、威力は半分になっている。トワはアーツ適正が高いからそれでも連発が可能だし、十分な威力が出るけど、僕とかがやるのは自殺行為だろうね」

 

 なるほど、とクロウは納得する。おおよそ、トワの戦術が見えてきた。

 既に戦闘エリアはトワの発動した岩の槍で埋め尽くされていた。それはさながら巨大な柱が無数に立ち並んでいるかのようであった。

 

「くっ、このっ!」

 

 ツバキが薙刀を振ってトワを狙う。しかし、トワは石柱に身を隠してしまい、切っ先が弾かれてしまう。その隙を狙って、側面に回り込んだトワが射撃とアーツで攻撃する。ツバキは薙刀を振り回して斬り払おうとするが、柄の先が柱に引っかかってしまった。完全には回避できずに、1発アーツを喰らってしまっていた。

 

 つまりはこういうことだ。前衛のツバキでも決して妨害できないような駆動速度を手に入れたトワは、それを利用して自身に有利な陣地を構築したのだ。

 長柄武器である薙刀は槍等と同じように、狭い空間では性能を活かしきれない。トワは地属性アーツで地形を変えてしまうことで、薙刀に不利な空間を作り出した。

 しかも柱の並びはトワが決定している為か、彼女は淀みなく柱の間を走り抜けて行く。一方のツバキは、いちいち柱の位置関係を確認してから移動しているようで、全くトワに追いつけていない。

 そうやって移動に手間取っているツバキ目掛けて、下級アーツが雨あられのように降り注ぐ。威力が半減しているとはいえ、堪ったものではないだろう。

 

 トワは大量の弾丸とEPチャージャーを消費しているものの、現在は無傷。対するツバキは被弾を重ね、ダメージを蓄積させている。

 

 戦況は、徐々にトワの優勢へと傾いていった。

 

 

 

 

 早くも4本目となった使用済みのEPチャージャーを懐に仕舞いながら、トワはアーツの連打を続ける。アーツの飽和攻撃に、ツバキの迎撃は全く追いついていなかった。数発に1発の割合でヒットし、彼女を後退させる。

 

(EPチャージャーは残り2本。ここまでは、作戦通りだけど……)

 

 予想はしていたが、消耗が激しい。一応は優勢だが、ここに来て補給面で不安が出てきた。予算の問題で、そんなに潤沢に物資を調達できなかったのだ。

 

 使い切る前に倒せるか。それが問題だった。

 

(多分、どこかで上級アーツを混ぜないとダメ。でも、どうやって時間を稼ごう……)

 

 さすがに上級アーツともなれば、駆動特化の今でも約10秒の駆動時間を要する。いくら地形を作り変えたとはいえ、そこまでの時間的余裕はない。

 攻撃を続けながら次の手を考える。そうこうしている内に、またもやEP残量が少なくなってきた。銃の牽制に切り替え、補給を始める。

 

 ——そんなときだった。突如、ツバキがいると思しき場所から竜巻が巻き起こった。土埃が濃霧のように周囲に拡散し、視界を悪くする。雷鳴の直後のように、ビリビリと空気が震えた。

 

「っ!? まさか……!」

 

 背筋に悪寒が走り、トワは物陰から身を乗り出してツバキを目視で確認する。予感的中だった。

 

 ツバキは、アンゼリカが見せるのと同じような黄金の闘気をその身に纏っていた。つまり、彼女に気功を使わせてしまった。そうさせないための飽和攻撃だったのだが、おそらくは攻撃のリズムを読まれてしまったのだろう。補給に合わせられ、発動を許してしまった。

 

「はぁあああ!!」

 

 大の男ですら怯えさせるような掛け声と共にツバキが突進を開始した。その進路には無数の柱が立ち塞がるが、彼女は止まらない。

 気功で強化された豪腕で薙ぐ。たったそれだけで、ツバキの進路を阻んでいた柱は粉々に砕け散った。アーツの威力が落ちている為、岩の槍は比較的脆くなっている。さすがに気功で強化された1撃には耐えられなかったようだ。

 次から次へと岩を砕き、1直線にこちらに向かってくる。このままでは数秒もしない内にツバキの薙刀の餌食だ。

 

(いけない! 距離を取らないと……!)

 

 それを阻むべく、補給を終わらせたARCUSでアーツを発動させる。圧縮された水の塊が宙を駆け、ツバキに殺到した。斬り払うにせよ躱すにせよ、距離を取るくらいの時間は稼げる筈だ。

 

 ——だが、ツバキはここでトワの予想を大きく裏切る。なんと、迎撃の体勢どころか、躱すそぶりすら見せなかったのだ。

 

「っ、ぐうう……! わたくしの覚悟を……甘くみるんでないですわぁああ!!」

「ッ!? 嘘……!?」

 

 ツバキはそのままアーツの雨へと突っ込んだ。両手では足りぬほどの水の弾丸が彼女を穿つ。だが止まらない。止められない。まるで戦車のように、激しい砲火に晒されながらも突き進む。

 

「わたくしが……わたくしが! 必ずムネノリ様を、射止めて……あぐぅ……ぅ、あぁああ!」

 

 ダメージは確実に与えている。決して軽いダメージでもない筈だ。

 客観的に見ればトワが圧倒的に有利な状況。しかし、気圧されているのは明らかにトワの方だった。執念ともいうべきムネノリへの想いが、今まさにトワに牙を剥こうとしていた。

 

 息を呑む。ツバキの気迫に怯んだトワは一瞬、足を止めてしまった。1秒にも満たぬ短い間だが、戦闘中においては致命的すぎる間だった。

 

 トワが我に返ったときにはツバキは眼前に迫り、2人の間にある最後の石柱を薙ぎ払おうとしていた。

 

「せいっ!」

 

 一閃。煌きと同時に岩がトワの方へと炸裂した。岩は石つぶてと化し、天然の散弾となってトワに襲いかかった。

 

「うっ、くっ……!」

 

 広範囲の面攻撃。トワにそれを回避する術はない。体を丸めて少しでもダメージを軽減するくらいしかできなかった。全方位から拳で殴られるかのように、次から次へと石つぶてが直撃する。それほど打たれ強くないトワにはかなりのダメージ。一瞬でダメージレースで追いつかれてしまった。

 

「今度こそもらいましたわ!」

 

 ツバキが中腰で構えた。ゾクリ、とトワの本能が危険信号を発した。なにか、来る。決して喰らってはいけない一撃が飛んでくると直感で理解した。

 

 咄嗟にARCUSを駆動。限界までチューンされた内部機構が唸りを上げる。本来ならば決して間に合わないタイミング。しかし、驚くべきことに今のトワのARCUSは間に合ってみせた。大量のEPと引き換えに、絶対防御のアーツを発動させた。

 

 ——”アダマスガード”。達人レベルの技でもない限り、どんな物理攻撃だろうと1度だけ完全に防ぐことができる。

 今のARCUSで絶対防御がどこまで働くかは分からないが、少なくとも致命的なダメージを負うことは避けられるだろう。

 

 …………そう、思っていた。

 

「出雲流奥義——」

 

 静かにツバキが唱えた瞬間、彼女の暴力的な闘気の嵐が一気に澄んだ。研ぎ澄まされた刃のように、鋭く、冷たく引き絞られていく。

 

 それが最高潮に達したとき、ツバキの体がバネのように弾けた。

 

「——月影!」

 

 ——不可視の1撃が絶対防御と衝突。防御を剥がされる。これでトワを守るものはなにもない。

 

 ——柄が蛇のように足に絡みついたかと思うと足が払われる。必然的に体が宙に浮く。

 

 ——さらに薙刀の切っ先が弧を描く。遠心力を利用して素早く上段に構えたツバキは力強く前に踏み出す。それはさながら処刑人が斧を振り被っているかのようだった。

 

 ——そして気づく。空中では、攻撃を避ける術が存在しないことに。必中必殺の1撃が、スローモーションで迫ってくるように感じた。

 

(しまっ——)

 

 ハンマーで思いっきり振り下ろされたような打撃がトワの腹部に突き刺さる。遥か上空から地面に叩き落とされたかのような衝撃。轟音と共に、トワは大地に沈められるのだった。大爆発のように、土埃が吹き荒れた。

 

 

 

 

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