すみません。
私に届いた一本の電話。
始めに受けたのは大きな驚き。
そして喜びと達成感が徐々に沸き上がる。
芸能界へのスカウトです。
「ウチの事務所で本物のアイドルにならないか?」
そう言われました。
「考えさせてください」
すこし考えたあと、私のこう答えました。
頭に浮かんだのは爽先輩のこと。
この誘いを受けるにしても、受けないにしても爽先輩なしで一人で決めることに強い違和感を覚えました。
だからまずは今の爽先輩との関係を変えなくては、そう決心しました。
だから
「揺杏先輩、成香先輩相談があります」
*****
私、獅子原爽は相も変わらず大学に通っている。
あまり真面目に出ていなかった授業にも以前より出席率も上がり教授にも誉められた。
授業内容が頭に入っているかは別の話だが。
今日も上の空のまま授業が終わる。
昼食にしようと教室を出たところでチカに呼び止められ、そのままラウンジに連れ添う。
「なんだかちゃんと話すのは久しぶりだな」
「爽が避けるからでしょ、まったく。はぁ……」
のど自慢大会以来気まずくて。特にユキとは一切連絡をとっていない。他のメンバーともあまり関わらないようにしていた。
チカにはあの時直接止められた事もあり、何かを話さなきゃとは思う。でも何を話せばいいか分からない。
自分の中でもあの時のことをまだ消化できていない。
「話し難いのはわかるけど、爽は一人で考えすぎよ。『迷惑かけた』って謝るでも、『何で止めた』って怒るでもいいから話して欲しい」
「……」
「どんなことでもいいから。話してくれなきゃ何にも分かんないわよ」
「……チカ」
「爽はいつも助ける側だからさ。たまには弱いところを見せてもいいじゃない?」
「でも、」
「でもじゃないわよ。私たちにも助けさせなさいよ!」
突然の大きな声に他の学生が反応しざわつき始める。
そんな喧騒は私の耳には届いていない。ただただチカの言葉に聞き入っていた。
思えば今まで無茶をしてもチカたちが助けてくれた。
自分から助けを求めることは無くても、いつでもそばにいてくれた。
「いきなりユキに話すのが難しいなら、私ならいつでもどこでも付き合うわよ。せっかく立ち上げたサークルも、爽がいなくて暇だしね」
落ち着いて私に言い含めるように語る。
それからは堰を切ったように感情が溢れだした。
「私は……。――――――!!」
今までが嘘のように言葉が連なる。
チカはそれをただただ聞いていた。
優しい笑顔を浮かべながら、聞いていてくれた。
*****
「はい、タオルと飲み物」
その後私達は目立ちすぎたラウンジから場所を変え、サークルで借りた部室?に来ていた。
「サンキュ」
「しかし爽の涙なんて珍しいもの見たわ。ちょっと得した気分」
「別に先週だって泣いたぞ」
「えっ!?やっぱりユキの
「わさび付けすぎて」
「……冷めるこというんじゃないわよ!」
いくら幼なじみでも泣くのを見られるのは恥ずかしい。
それも号泣だった。
冷静になると一気に恥ずかしさが込み上げて来て、よくわからない誤魔化し方をしてしまった。
まあ事実だしいっか。
「ねえ、爽。さっきの話を聞いてね一つ言いたいことがあるんだけど」
「お、おう。何でも言ってくれ」
何でもとは言ったがしり込みしてしまう。
きっと怒られるんじゃないかな?
でもチカの言葉は以外なものだった。
「正直、ほとんど何言ってるかわかんなかった」
「……」
「全てがわかんねーってやつ」
「……」
イラっとした。
手を出さなかった私を誰かに誉めて欲しい。
ただ思い返して見ると、私は感情のままに思いをそのまま言葉にしていた。文の繋がりなんて考えず。聞き手に伝えることも考えず。
ひどいわがままをしたと思う。
本来なら当時の状況から説明するべきだった。そうでなければ分からないのも無理はない。
「でもね少しはわかったこともあるの」
チカが間をおく。そして
「爽は本当にユキが好きなのね」
はっきりとそう言われた。
なら私もはっきり返そう。
「ああ。私はユキが大好きだ」
素直に言葉に出す。
自分で思ったよりも、何の抵抗もなく言えた。
きっとチカに全部吐き出した事が良かったんだろう。
またチカに借りができちゃったな。
「ならささっさと仲直りしちゃいなさいよ」
「よし、電話かけるぞ……」
プルルル
緊張感が一気に高まる。そして、
ガチャ
「ユキか!?久しぶ
「おかけになった番号は―――」
ふう、
緊張が解けていく。
「ほら留守電いれないの?」
「うーんと、『爽です、久しぶりだな。とにかく謝りたい事とか、話したいことがたくさんあるんだ。これを聞いたら連絡ください、待ってます。』こんなもんかな」
「いいんじゃない?きっとすぐ連絡来るわよ」
私もそう思う。
今は早くユキと話したい。
*****
その後連絡が来るまで部屋の掃除でもしようという話になり、今は掃除中だ。
この部屋は応接用の机に窓際の花瓶、本棚とオーソドックスな部屋だがいかんせん私物が多い。
定期的にかたずけないと直ぐに物で溢れてしまう。
「北海道のお悩み解決隊(仮)」の活動は少しずつ行っているが、あくまで少しずつなので。
相談を待つ間やたらと暇なのだ。
チカと二人ではできることも限られるし、面白そうな物を片っ端から持ってきた結果が今の部屋だった。
「チカこれはどうする?」
「そっちの本棚入れといて」
「りょーかい。ん……これ」
私が見つけたのは有珠山高校の時に作ったアルバムだ。
ユキの取材の練習から一時期写真にはまった私が卒業制作の名目で作ったものだ。
内容は私達が揺杏の衣装を着たり、変顔をしたりしてる。要するに普段の私達が写っている。
「チカ、この写真覚えてるか?滅多にないチカの変顔」
「えっ?それは!?」
これをアルバムに入れるのは最後まで反対してたっけ。
どんどん当時の情景ご思い出される。
「あんまり思い出させないで!思い出しただけで恥ずかし!」
「いーじゃん、みんなで一緒にやってるんだし」
「ちょっと私にも見せてよ」
二人でアルバムをめくる。
改めてユキにみんなに会いたい思いが強くなる。
「こうして改めて見ると、ユキの写真が多いわね。それに心なしか他の写真よりも気合いが入ってる気がするし」
「……」
「何か言いなさいよ?」
「いやな、図星だったから何と言い訳したものかと」
「やっぱりか!!」
後に残る写真だから、良いものにしたいし。
おかけで満足の行く出来にはなった。よそに出しても恥ずかしくない出来だと自負している。
「なら爽のお気に入りはどれなの?贔屓してたんだからさぞ良いものなんでしょう?」
「そうだな……」
チカの冷たい目を気にせず写真を選ぶ。
これはアイドル顔負けの笑顔だ、こっちの大人な表情もいいな、素の表情も捨てがたい。
「うーん……」
「マジ悩みね。ゆっくり選んでいいわよ、電話もまだみたいだし」
「電話……そうだ!」
スマフォを手に取り一枚の写真を呼び出す。
雪の降るなか撮った「奇跡の一枚」だ。これならチカも納得だろう。
「これが私のお気に入りだ!」
「これが……私はこっちのアイドル風の写真が良いと思うけど」
微妙な反応だ。
「この表情がいいじゃん!見る人に訴えかけるような」
「分からなくもないけど、やっぱりユキには笑顔が似合うと思うわ」
しぶしぶ納得する。確かにユキには笑顔が似合う。だけどこの写真は別だ、それを考慮しても特別な写真だ。
改めて写真に見とれていると
「ほら、さっさと掃除終わらせちゃいましょ。爽も速く」
「お、おう。ん?この花瓶……チカが持ってきたのか?」
「爽が来ないうちにね。なかなか良いでしょ」
「この花もチカが?」
「えっ?花?」
不思議そうに返事をしながらチカが振り替える。
花瓶には一輪の黒百合が活けられていた。
黒百合は「この部屋にあるのが当たり前」だと言うように凛と咲いている。
「爽じゃないの?」
「違うぞ」
「私でも無いわよ」
「……じゃあ誰なんだ?それになんで黒百合?」
「さぁ……何か心当たり無いの?」
「うーん……」
サークル、部屋、花瓶、花、黒百合。ん?黒百合ってどこかで?
プルルル
考え混んでいた私は現実に引き戻される。
部屋の中が緊張感で満たされる。
プルルル
「爽!速く!」
意を決して電話に出る。
『もしもし、ユキか!?』
『爽先輩、お久しぶりです』
『ユキ……。そのなんだ、ごめんな。急に連絡
『一つ言わなければならないことがありまして、先にいいですか?』
私の言葉を遮ってそう話すユキに不安が募る。
嫌な予感が頭を支配する。そして
『爽先輩、今までありがとうございました。……さよならです』
『えっ?……ユキ?ユキッ!?』
ガチャ、プープープー
呆然とスマフォを握ったまま動けない。
そんな私を見て何かを察したのかチカも黙りこむ。
部屋の中に電話の音だけが響いていた。
そんな私達を見るように黒百合だけがただ揺れていた。