私の頭が働くことを拒否する。
理解してはいけない、今度こそ壊れてしまうからと心が悲鳴を上げる。私はそれに従うようにただ呆然と部屋を眺めていた。見慣れた部屋のはずなのに知らない部屋にいるように思えた。
それでもユキの言葉が徐々に浸透してくる。よく聞く簡単な言葉だったから?待ち望んだユキの言葉だったから?もう逃げられない。
「今までありがとうございました。さよならです」
明解な別れの言葉だった。
私の中で何かが壊れる音がした。
「爽!?爽!!」
チカの大きな声に我を取り戻したのはそれから随分と時間がたったあとだったように思う。
「……」
「爽?」
「……ユキがさ。さよならだって」
チカが息を飲む音が聞こえる。
私は構わず続ける。
「今までありがとうございましたって。たったそれだけ。私達の関係ってその程度の物だったのかな?」
「そんなこと無い!」
「ごめんなチカ。せっかくかっこよく説得してくれたのに、全部無駄になるかもしれない」
「何かする気なの?」
もう諦める準備はできた。今も酷い未来像が頭を過る。
でも
「諦める前に一言言いたくなった!」
チカがくれたチャンスに何もしないわけにはいかない。
それにこのまま別れたんじゃ後悔しか残らない。
そんな終わりは私が許せない。
*****
「さあ揺杏に電話だ!!」
「ちょっと待ったー!」
出鼻を挫かれた、何よりも勢いが大事な時なのに。
「話が見えないわ。分かるように説明して」
「だから揺杏に電話をする」
「……あなたがトイレに行ってから目を真っ赤にして帰って来るまでに何を考えたか教えて」
「なっ!?」
そんなはっきり宣言しなくても良くないかな?
いくら事実でも。
「何をしてたのかは分かるから何を考えたか教えて」
「分かったから追撃止めて」
今度は見られなかったけど、しっかりバレてるな。
まあ一通り泣いてスッキリしたし気にしないでおこう。
「大した事じゃないよ、私達の中でユキの行動を一番把握してるのは揺杏だろ?だったら直接聞けばいい」
「その通りだけど、揺杏がユキの味方をしたらどうするの?無いとは言い切れないわよ」
勿論その可能性も考えてある。
「むしろその可能性が高いだろうな。あの黒百合、タイミング的にユキたちだろ?」
「多分そうよね、意味はわからないけど」
「簡単に言うと、黒百合には人を不幸にする逸話があるんだ」
ある地方の殿様が時の権力者の奥方に地元の珍しい黒百合を送った。それが最後には回り回って殿様を切腹させてしまう。黒百合にはかつて殿様に殺された小百合という女の怨念がついていた。
確かこんな話だったはずだ。
「嫌な話ね……あれ?でもそれだと送ったユキの方が不幸になるんじゃ?」
「別に送られて来たわけじゃ無いしな」
「でもユキがそんなことするかしら?」
「しないだろうな。たとえ思い付いても、しないしできない」
「それで揺杏ね」
何の根拠も無い推理だけど、ユキは伝説とか逸話とか好きだったし可能性は高いと思う。
それに黒百合はその辺に咲いてるとは言え、不自然すぎる。
揺杏か成香が忍び込んだんじゃないかな。
「嫌がらせ…ではないか、多分私達に現状に気づけってことかな」
私とユキの関係はそれだけヤバい状況だと言いたいんだろう。私の危機感を煽ってるのかも知れない。
「取り敢えず黒百合は置いといて、今はユキの現状を揺杏から聞き出す!」
「素直に教えてくれるかしら?」
「ダメならカムイの力も借りる」
「本気なの!?でもどうやって……まさか」////
チカが急に赤くなって怒りだした。
一人で何を考えているのか。
「そ、そんな力の使い方しちゃダメよ!私は許さないからね。だいたいああいうのは……」
「何を想像してるか知らないけど、パウチカムイは使わないぞ」
「恋愛をちゃんと……へ?」
最初に思い付くカムイの使い方がそれって。
私も思い付きはしたけど。
「そうよね。あ、当たり前よね」
「チカってやっぱりムッツ
「ムッツリじゃない!!」
食いぎみに否定された。その必死さが余計に怪しく見えるけど。
「あんまり溜め込むのも良くないぞ。ちゃんと成香にも相談して」
「成香を巻き込むな!」
「まあ引かれるのも恐いよな」
「その変態扱いを止めなさい!!」
*****
チカも落ち着いたし早速電話をかけよう。
「誰のせいよ」
無視して番号をおす。
揺杏がどういう反応をするのか。場合によっては何の情報もないまま本当にサヨナラとなりかねない。
さっきまでとは違い緊張感が戻ってくる。
ガチャ
『もしもし、爽だけど。揺杏か?』
『久しぶりじゃんか。急に連絡取れなくなるから心配したぞ』
『それについては後で謝るから、先にユキのこと教えてくれないか?』
それで聞きたい事を察したのか少し声色が低くなる。
やっぱりユキの味方なのか。
『……ユキはアイドルになるんだって』
『へ?』
我ながら間抜けな声が出たと思う。
『正式にスカウトされて東京に行くんだよ。この前ののど自慢大会でついに白羽の矢が立ったんだ』
喜べばいいのか悲しめばいいのか分からなかった。
ユキの夢が叶った喜びとユキがいなくなってしまう悲しみ。
私の中でぐちゃぐちゃに混ざる。
『明日……』
『明日?』
『明日の飛行機で東京に行く。私達も見送りに行く予定だから、爽も来たらいいじゃん?』
『……私が行ってもいいのか』
『なんで?』
『東京行きを台無しにするかも知れないぞ』
余計な枷はもう壊れている。
自分でもユキを前にして冷静でいられる自信はない。
『好きにしろよ。本当にヤバいと思ったら止めてやるからさ』
『揺杏……ありがとう』
『たまにはな。明日待ってるからな』
明日……最後のチャンスだ。
チカ、揺杏、あと成香も。みんながいてくれたからできたチャンスだ。
電話を終え、おもむろに立ち上がる。
目の前にある黒百合を手に取り、あらためて決心する。
「たとえ呪いの花でも私には関係ない。伝えたいことを伝えるよ。私自身のために、そして何よりユキのこれからのためにも」
*****