次の日。昨日話してた通り侵略軍リーダーが地霊殿に訪ねてきた。そのまま応接室へと通され、今後について話し合う。相手が一人だけなら大丈夫だろうが、何かあった時のために近くには数匹のペットが控えている。
「さて、何から訊こうかね。取り敢えず何で突然侵略しようと思ったのか聞こうか」
「実はな、数週間前に突然念話みたいなので誰かに話し掛けられたんだ」
「誰か?」
「会ったことはない。声も変えてるようで、少なくとも俺が知る奴じゃない。そいつがな、地上侵略を勧めてきたんだ。俺も最初は断った。でもな、そいつと話している内に段々と意欲が湧いてきちまって…」
なるほど…催眠の類だろうか。相手と話して少しずつ意識に影響を与え操る。暗示のようなものだ。
それによって地上侵略をしようと決めたリーダーは仲間を集めるために動いていたらしい。どうやら彼以外にも同じような経験をした奴がいたらしく、そいつらを筆頭に仲間を増やしていったらしい。
「そいつが随時命令するんだ。ああしろこうしろってでも俺たちは何の疑問も持たないで従ったんだ。変な話だよな」
「相当無意識に働きかける暗示だったんだな。その指示に従って動いてたわけか」
「ああそうだ。人質の誘拐も、合体妖術の開発も、侵攻日時も全て決められた。でもな、作戦決行を指示されてからは全く指示されなくなった。多分話し掛けられることが暗示のトリガーだったんだろうな。侵攻すればするほど地上侵略がどうでもよくなっちまって」
ふむ…そこが一番の謎だな。指揮官は軍の采配を決める大事な役割。そんな奴が最も大切な工程を無視するだろうか。
考えられる原因としては二つ。地上侵略をしないことにしたのか、指示出来ない状況になったか。
前者の場合更に不思議なことになる。侵略を決行させるだけさせて、その後にやめる。相当な気分屋でもない限りこんなことにはならないだろう。第一その時は進軍をやめるような指示を出す筈だ。
「となると、その指示してた奴は何かしらトラブルがあって指示する事ができない状況になったと考えるのが妥当だな」
「そうとしか考えられん。これが俺たちが地上侵略しようとした理由だ。今後について話したいのだが…」
「ああ、その件は呼んである」
指揮官が指示を放棄した理由も気になるが、先にこちらの問題を片付けてしまおう。
この問題は地底だけでは解決できない。なので地上代表として来てくれるように前もって連絡しておいた。
「紫ー」
「は〜い」
そして開くスキマ。中の目がいっぱいある空間を見て侵略軍リーダーの顔が引きつる。
出てきたのは幻想郷創設者、そして賢者とも呼ばれる八雲紫だ。スキマの奥から藍の妖力も感じるし何かあった時のために待機させているのかもしれない。
「さてさて、あなたが今回の首謀者ね?」
「あ、ああ、そうだ」
「彼らの不満を解決するためにも地上と地底を結ぶ道の公共化を頼みたいのだが…」
紫が難しい顔をする。
それでこそ最近になって地上地底間の行き来があるにしても、それまでの幻想郷が出来てから今まではずっと不可侵を守ってきたのだ。それを今更になって覆そうとしている。正直言って無謀だ。
「まあそうねぇ…それに関しては書類を用意したのよ。藍、持ってきて」
「はい、紫様」
そしてスキマの中から藍が出てきた。どうやらこのために呼んでいたらしい。
藍は書類を机に置いたあとまたもやスキマに戻っていった。
「それが新しい地上地底間の条約よ。よく読みなさい」
そしてリーダーは書類に目を通していく。
読み終わると同時に彼は絶句した。
「本当に、これで、いいんですかい?」
「ええ、交換条件よ。昨晩古明地さとりとの話し合いで決めたの」
俺が頼んだのは夕方。どうやら紫たちはすぐに用意をしてくれたようだ。ありがたいこの上ない。
俺も書類に目を通す。そこに書いてあったのは次の三つだ。
一つ、地底にて地上及び幻想郷に害を及ぼすと思われる行為を禁ずる。
二つ、地上地底間の移動に制限はかけない。その代わり地上から時々監査役を送り、地底の様子を確認する。問題があった場合は移動に制限をかける。
三つ、地上代表を堀内定晴とし、地底代表を古明地さとりとする。問題があればこの二人を通して話し合いを行う。
「っておい!なんでいつの間にか俺が地上代表になってるんだ!」
「あら、今のところ地上の人々の中で最も地底の民と密接に過ごしているのは定晴よ。問題はないわ」
だめだ。反論するものがない。
まあ地上代表となれば地底へも気軽に来れるだろうし、まあなんとかなるだろう。
「あんたに感謝するぜ。定晴さん。これで俺たちも自由に行き来出来る。地底で問題が起きそうになったら俺が止める。あまり責任を負わせないようにするぜ」
そう言って書類に調印するリーダー。
こうして地底の民は地上にも気軽に行けるようになったのだった。
紫とリーダーは帰り、俺は荷造りをする。といっても大半は幻空に入れるため問題はない。
どちらかといったら問題は俺の部屋のベッドで転がっている少女にある。
「定晴まだ地底にいようよ!」
「そういう訳にもいかないって、何度も言ってるだろ?俺だって地上の生活があるんだ。帰らないといけない」
「こらこいし。我儘言わないの」
昨日からずっと不満そうなこいしである。
彼女は夕飯の時一言も喋らず、今の今まで会話はなかった。だというのに俺が荷造りを始めたのを見て抗議を始めたのである。まるでおやつを買ってもらおうと駄々をこねる子供だな。
「定晴さんはずっと言ってたでしょ」
「でもやだー!もっと一緒にいたいー!」
「はぁ…いつからこの子はこんなに我儘になったのかしら…」
俺の部屋で駄々をこねるこいしを見てさとりが説得させるために来てくれたのだが、それでも未だに文句を言い続けている。
どうやら相当遊びたりなかったようだな。たまに一緒に弾幕ごっこしたりしていたのだが、その後は捕まってしまったしこいしからすれば遊び足りないのも無理はない。
「また来るからさ。そのときに遊ぼうぜ」
「そういうことじゃないのー!」
本当に乙女心は分からない。
いや、姉であるさとりもお手上げ状態なのだしこいしに限った問題かもな。だが俺には何が不満なのか分からない。
「もう。お別れなんだから、あまり定晴さんに心配かけさせないの。嫌われるわよ?」
「え、あ、う、それは嫌」
「なら転がってないでちゃんと挨拶しなさい」
「むぅ…」
おお、さすがは姉。きちんとこいしに言って宥めた。まだこいしは不服そうだが、騒ぐことはなくなった。
荷造りを終えて大広間へ。来たときと同じ道を通って地上に戻る。案内はこれまた来たときと同じお燐だ。
「そんじゃ、またな」
「ええ。定晴さんのおかげでなんとかなったわ。ありがとう。ほら、こいしも」
さとりがこいしの肩を叩く。
当の本人はいつもの活発さはどこへ行ったのか。静かでしおらしくしている。
「むぅ………また、来るよね?」
「ああ、また来るよ」
「絶対だよ!絶対だからね!」
「分かってるって。それじゃあな、こいし」
「うん!またね!」
さっきとは打って変わってとても元気そうなこいし。やはり俺には乙女心はわからないな。どうなるのかイマイチ理解出来ない。
「じゃあお燐、案内頼むな」
「任せてー」
そして大広間を出る。
そしてお燐の案内で地底から地上へ。この道は侵略軍が進んだ道と違って枝分かれが多く、道が分かりづらい。お燐の案内なしでは地上へ辿り着けないだろう。
その道中、お燐が話しかけてきた。
「おにーさん、地底は、地霊殿はどうだった?」
「ああ、地上となんら変わらない。ここもここで生きているんだなって思ったよ」
「さとり様たちは?どう思った?」
「さとりは大人な感じだな。あれなら今後もやっていけるだろう。こいしは妹みたいな感じだな」
「そうですか」
そう言ってお燐は喋らなくなった。
その後は会話もないまま地上へと到着。別れ際、お燐が一言。
「おにーさんはモテるんだから。ちゃんと乙女心、分かる努力してあげてくださいね。それでは!」
そう言ってお燐は地底へと帰っていった。
さとりも、こいしと、お燐も、誰の一人の乙女心も分からない俺はただ困惑するしかなかった。
定晴がいなくなった地霊殿、大広間。そこには泣く声が響いていた。
「こいし。泣かないの。また会えるじゃない」
「なんで泣いてんのか私も分かんないの。なんでこんなにも定晴と別れたくないと思うのかも分からない」
「ふふ、まさかこいしが私よりも先にその感情を持つなんてね」
「どんな感情?私この感情嫌い!無意識になれない!」
「その感情は大切になさい。こいし」
「なんでよ!この感情は何なの!」
「それは自分で探しなさい。きっと分かるわ」
そう言うとさとりは自分の部屋に戻る。こいしは未だに泣いたままだ。
自分の部屋に帰ると既にお燐がいた。中々の仕事の早さだと驚くさとり。そして自分の椅子に座る。
その様子を見てお燐は主に質問する。今周囲には誰もいない。
お燐は敢えて声に出して質問する。
「さとり様、何かありました?嬉しそうですね」
「お燐も気付いているんでしょう?こいしのこと。相当定晴さんのこと、好きだったんでしょうね。人質から助けられてからはそれが一層強くなった。私、今ならあの子の心が読める気がしたの。ただ読まなくても分かる、きっと…想いで溢れているでしょうね」
これにて地底編終了です。次回からは新章です