朝、いつもと同じ時間に起きて朝食を摂る。
今日は情報収集目的で近付いてみる。そもそも正確な位置も分かっていないため場所が近いという太陽の花畑にいる幽香にでも聞いてから移動しなければならない。ルーミアと対敵する以外にも色々と時間が必要なのだ。
今は少しでも時間が惜しい。移動しながらでも食べる事ができるパンを手に取り食べながら向かうとしよう。行儀は悪いが幻想郷では飛びながら飲食するなんて結構日常茶飯事だ。幻想郷代表のような立ち位置の霊夢ですらたまに空を飛びながら食べ物を食べていたりする。
食パンとジャムを手に取り家を出る。向かう場所は太陽の花畑だ。夏はほとんどを地底で過ごしてしまったため時は既に残暑の季節。一面の向日葵を見る事ができるのは来年になりそうだな。
家から真っすぐ飛ぶこと二十分程度。未だに残っている向日葵の黄色が見えてきた辺りで高度を下げる。変な所に降りて花を踏んだりしたら幽香からの攻撃が大量に飛んでくる。
幽香は花の世話をするために前から結構早起きなためこの時間なら問題なく起きていると思うが…
「あら、誰かと思ったら定晴じゃないの。何の用かしら?私に会いに来てくれたの?」
「残念ながら違うんだ。霊夢に聞いたんだがここらへんに大規模な闇が発生してるところがあるらしくそれがここから近い所の森が開けているところらしいんだが…」
「そこへ行くの…?」
俺が事情を説明すると途端幽香の表情が曇った。何があるのかは知らないが現在そこは危険区域となっている。幽香がどこまで知っているかは知らないが元々妖力が溜まっている場所だとしたら耳にしたことくらいはあるだろう。幽香は努力の甲斐あってか妖力量はとても多いため妖力溜まりに頼る必要が無いためあまり縁はないだろうがな。
「異変を感じて見に行ったわ。あそこは危険よ。まあ定晴だからこそ行くのだろうけど一応確認するわ。大丈夫なのね?」
「危ないと思ったら戻ってくるさ。今日だけで解決するつもりはない。一日で解決するなら俺は出る幕が無いからな」
一日の間で終わるものなら霊夢でも十分対処できるものだと俺は思っている。勿論霊夢にも向き不向きがあるだろうからその限りではないだろうが霊夢だって今まで多くの異変解決や妖怪退治をしてきた。持ち前の実力で大体のことならなんとかするだろう。
俺の返答を聞いて安心したか幽香は少し考えた後に一度頷き口を開いた。
「分かったわ。それじゃついて着て頂戴」
そう言うと日傘を持ち直し飛び立った。その後ろを追随するように追いかける。
幻想郷の少女は空を飛ぶことを前提に衣服を選んでいるため飛んだからといって下着が見えたりすることはない。勿論見ようと下に行ったりするともれなく吹き飛ばされる。最近も妖怪の山在住の天狗の一人が吹き飛ばされたとかなんとか。
閑話休題
幽香について飛んでいくこと十分。突如目の前に真っ黒い塊が現れた。ルーミアの闇である。
霊夢に言われた広い平原は全く見ることができず、見えるのは球状に広がった闇。外からは中を見ることはできない。ルーミアの闇は一般の[暗い]とは違うのだ。ルーミアの闇はすべてのものを取り込む最強の闇。その闇の中では光もすべて吸収されてしまい手元すらも見ることができないという。
目の前に広がる大きな闇を見て幽香が呟く。
「前に見たときから移動した…いえ、大きくなってるわね」
「範囲が拡大してるってことか?」
「ええ、全方向に少し大きくなってる。闇は球体状なのだから当然といえば当然ね」
どうやらルーミアの闇は現在も拡大中とのこと。そういえばここは本当に妖力溜りなのだろうか。これは俺のただの予想に過ぎないので違う可能性もある。外の世界での経験上そういう場所に妖怪が集まるという考えの結果なのだが…
「ええ、その理解は正しいわ。確かにここは妖力が溜まっている。元々ここにいた妖怪たちはどこにいったのでしょうね」
多分だがこの闇の中に飲まれている。妖怪同士で殺し合い食い合うみたいなこともあるのだし、既にルーミアに食べられているかもしれない。そもそもルーミアは人間を食べることに対しても嫌悪感のようなものは感じていないようだし、最初に会ったときも温厚な様子だったからよかったものの人里で食べ物が手に入らないとなるとルーミアが容赦なく人間を食い殺すのだろう。
「それで?ここまで案内したはいいけどここからどうするつもりかしら?あの闇の中では明かりなんて無いようなものよ。あの空間内の花達とも連絡がつかなくて私は心配なのだけど、そんな風に外との連絡すらも遮断する効果もあるみたいよ。定晴はどうするつもりかしら?」
色々と試してみたいことがある。ルーミアの闇は確かルーミアを中心に広げるものだったはずだ。ということはこの球体の中心にいると考えて問題ないだろう。勿論強化されている今ルーミアが自在に操れるようになって全然違うところからこの闇を発生させているという可能性もあるが。
取り敢えずできることから試してみよう。全部だめだったらいっそのこと中心に向かって突っ込めばいい。
聖地【極楽浄土】
対妖怪用スペルの最高位、極楽浄土。妖力で構成されているものだったら大体消し飛ばすことができるのだが…
結果報告。多少は飛んだ。しかしこのスペルはあまり長時間攻撃するものではなく、闇をすべて消し飛ばすことは無理そうだ。吹き飛ばした端から修復されるため明らかに攻撃速度が足りない。
では次は輝剣を試すとするか。この剣には光の効果がある。この剣自体がひとつの光源となるのだ。光源が無効化されるためこれを光源に移動しようとは考えない。これで広範囲を切ることができれば…
剣術【五月雨斬り】
広範囲の剣術技。これで多少は闇を切れないかと試してみたんだが…ふむ。あまり効果はないか。先程試した極楽浄土とほとんど結果は変わらない。
あまりスペルを無駄打ちするわけにもいかないのでここらへんで少し休憩。スペルを撃つには霊力や魔力が必要なのだ。いざ戦闘するときになって枯渇してるなんてことになったら笑えない。
因みに俺が色々と実験している間幽香はずっと近くで見ていた。多分花の状態が気がかりなんだろう。この暗闇の中の生物がどうなっているのかは全く分からない。確認しようにも中では一切の視覚が働かないから触るぐらいしか方法がないのである。
「これは…やはり突撃しかないだろうか…」
「だめよ!危ないじゃない」
俺がもういっそのこと突撃しようかと呟いたら幽香に全力で止められた。まあ何があるのかすらわからない暗闇だ。突撃にはそれ相応の危険が伴うのは分かっているが…
実はこの暗闇を確実に払う方法を一つ思いついている。俺の持つ能力で最も効果があるという確信がある力、無効化だ。暗闇はこの一個体なので多分使ったら一瞬で全ての闇が払われる。しかしそれを使うとルーミアも俺が闇を晴らしたことに気が付くことになる。無効化は使用後に微妙な硬直時間があるせいで反撃されると困る。それに…
「幽香、戻らないのか?」
「あら、私がいたら迷惑かしら?私は定晴が危険な目に合わないように周囲を警戒しているだけよ」
幽香には無効化の力を見せたことが無い。そもそも使う回数すらそこまで多くない。霊力を多く消費する技だ。連発するわけにはいかない。
俺がこれを他の人に教えないのはこの能力の欠点を知られるわけにはいかないからだ。ミキと紫には実験に協力してもらった手前変に誤魔化すことはできないだろうと思い明かしている。そもそもあいつらならそう易々と秘密を言うことはない。あいつら自身のことすら秘密だらけだって言うのに。
しかし幽香は違う。信用していないということではなく、必要が無いのに能力を教えることは結構リスキーだからである。必要のない賭けはあまりしたくない。
幽香は相当信頼できる人の部類に入る。しかし必要のないことまで教えるつもりもない。幽香が言い触らすとは思っていないが、変に怪しまれるのも嫌だからな。
なんとかして幽香に去ってもらうか…
「…なんだか私がいたら不都合そうね。ちゃんと帰ってくるっていう約束をするんだったら私は帰るわ」
「約束する。無傷とはいかないだろうがな」
「死ななければいいのよ。手当なんて私がしてあげるわ」
そういうと幽香は花畑に戻っていった。これで問題はないはず…近くで誰かが見ていないという確証はないが、近くで見られない限り俺が何かしたなんて分からないだろう。
無効化を発動したら硬直が発生するが身を守るのであれば前もって結界を張っておけばいいことだ。俺が霊力を流して維持するものではなく、結界自身に霊力を込めて独立させる方法で結界を張れば俺が硬直しても結界はそのままだ。
霊力を高めていく。魔力との相性がそこまでよくない俺は全てを霊力任せにしている。どうしても魔力では補いきれないのだ。いつか魔力を使っても問題なくなれば霊力と魔力の併用とかできて便利なんだけどなぁ…
霊力が高まった状態で無効化を発動する。周囲から見ても俺が能力を発動したことなんか分からない。見た目で言えば全く変わっていない。客観的に見て分かるのは精々霊力が高まったことくらいだろう。
無効化を発動したままで…触れる。
その瞬間目の前に広がってきた闇が消えた。そして俺に襲い掛かる硬直。前もって結界を張っているので攻撃されても大丈夫だと思いたいが…
「あれ?」
硬直がおさまってから口を開く。暗闇を消したにも関わらず全く反応がない。
先程と違い新しく暗闇が生成されている様子はないからもしかして首謀者が逃げたか?この場合首謀者はルーミアになるわけだが。
先程まで闇に覆われていた場所には何もない。妖怪の姿はなく、植物は元のままだろう。普通に茂っている。幽香の不安事はこれで解決されたわけだが…?
「っ!」
輝剣を背後に振る。別に何かが見えたわけではない。そもそも背後を見る方法は俺にはない。しかし俺は半ば本能のように輝剣を振った。
特に何かに当たった気配はない。だが俺は後ろに何かがいることに確信を持っていた。
俺は後ろを振り返る先程出した結界を移動させて身を守るようにしながら。
俺の背後にいたのは…服装や見た目はルーミアにそっくりな俺が知らない妖怪だった。