紫と俺の視線が交差する。傍から見ても険悪な雰囲気であるのは分かるだろう。
「私のスキマを無効化するなんて…どういうつもりなのかしら?」
再度紫が問うた。
それに俺はきっぱりと、言い淀むことなく答えた。
「お前、今記憶消去術式を使っただろ」
紫が記憶消去をする時、特殊な機械などは必要ない。記憶消去をするという意思を持ってスキマを通して『記憶の境界』を弄れば好きなように記憶は変えられる。
幻想郷に住む者にはある程度抵抗したり、俺や神達のように全く効かない人もいる。だが外の世界にそんな稀有な者はいない。
こいつは今、水那の記憶を消去、若しくは変更しようとした。流石にノータッチでは変えることが出来ないのでスキマを展開したからこそ俺は、狂気は気付くことが出来た。
俺の言葉に紫は何も無いように…実際紫にとって何でもないものなのだろう…驚くことを口にした。
「だから何?」
「は?」
「外の世界の記憶は別に必要ないでしょ?それに幻想郷の記憶があれば困らない」
こいつ…!
俺も幻想郷に来てから忘れがちだが、妖怪にとって人間とはその程度のものなのだ。記憶、強さ、経験…どれにしても妖怪からすれば取るに足らない人間。その記憶をどうしようとも妖怪は何とも思わない。思うはずが無い。それが妖怪だから。
だが俺は人間だ。記憶も、想いも…例え何にせよ妖怪に好き勝手される筋合いはない。
故に俺は反発する。妖怪と人間の散々繰り返されてきた方法で。
「あら、私とやるってことかしら?堀内定晴」
「ああそうだ。水那の、水那と空那の姉妹の記憶…お前に好き勝手はさせない。八雲紫」
紫に妖怪の笑みが灯る。人間を見下し、食らう者の目だ。
紫がどれだけ人間と共に生き、共存を望み、実際に世界を作ろうとも。妖怪の本能が消えるはずがない。紫とて妖怪と人間は同等などと言うことはないのだろう。
「では場所を変えましょうか」
誘うようにスキマを開け紫が中に入った。俺もそれに続く。
罠という可能性は極めて低い。彼女はこういったときに騙し討ちをする性格ではないし、そもそも騙し討ちをする必要があるほど弱くないのだ。
スキマを抜けた先はどこかの平原。俺と紫が戦うのであれば周囲への配慮など出来ようもない。なんせ相手は幻想郷でも最強格の一人、唯一無二の妖怪・八雲紫だ。配慮などしていては速攻で勝負が決まる。
こんなことで殺されることなどないという思い上がりは捨てる。妖怪退治において命のやり取りがないのは弾幕ごっこ以外ありえない。そして今回、紫の目は弾幕ごっこのそれとはわけが違っていた。
きっと博麗の巫女を作り、幻想郷を存続させていくことは紫にとって最重要事項なのだろう。だが…それでも俺は
「さあ定晴?久しぶりに殺り合うとしましょう?弾幕ごっこじゃない…本当の勝負だから殺す気で掛かってきてね?私も…本気よ」
最後の一言。明らかに異なる気配を滲ませ紫が動く。俺の足元にスキマが開いた。移動用ではないスキマが一体どこに続いているか分からないが、物を入れておける謎空間だ。もしここに落ちると、ミキが言うには「時空の狭間に取り残される」だと。
俺は身体強化と風で跳び上がり別の所に着地。牽制として魔術を使う。
弾幕ごっこと違って決まったルールなど存在しない。急に始まったせいで出遅れはしたものの身体強化を使うことには成功した。妖怪との戦闘では常時身体強化である。霊力の消費がとてつもないが、致し方ない。
何の合図も無しに弾幕ごっこではない…本当の殺し合いは戦闘開始と同時に過激さが増した。最初からクライマックスってのも案外間違っていないかもしれない。それほどまでに激しく、壮絶。
当然のことながら無効化は連発。使いどころを…などと考える暇はない。唯一紫のスキマを完全に消し飛ばす能力だ。反動の硬直も考えつつ的確に消していく。
昔戦った時に気が付いたのだが、どうやら紫のスキマ空間は一つの別世界としてスキマ同士は繋がっていてスキマを一つ消すとその時出現していたスキマは全てまとめて消えるようだ。勿論紫のスキマは無制限かつクールタイムも無し。一度消したところでコンマ数秒でまた現れる。
対して俺の無効化は霊力を多く使い、硬直三秒。実は硬直中にもう一発、なんてこともできるのだがその場合は硬直時間の三秒がリセットされる。三秒、六秒、九秒といった風に伸びるわけではないのでその点で言えばまだましな方だが、実際に三秒がリセットされるということも連続して硬直する時間が増えていることに変わりはない。戦闘中において三秒がとても不利となる。紫ならば一瞬で決着が着くだろう。
幸いにも出していた結界や輝剣が消えるというわけではないのでそれで前もってガードなどをしておけば回避方法は一応存在する。付け焼刃、焼け石に水としかならないが。
「紫!なぜ記憶を軽んじる!妖怪であるお前らだって記憶の大切さは知っているだろ!」
「ええ、確かに記憶は大切よ。でもね、博麗の巫女という役職には必要無いの。逆にその記憶のせいで困惑することも多いでしょう。だから私が記憶を弄って生活に困らないようにするの」
…だから妖怪と人間が最終的に相いれないのだ。
紫とて普通の幻想入りをした外来人にはそのような手法は取らないだろう。幻想郷の中に外の世界の知識が入るのは色々と問題も起きやすいのだが、そこらへんは取捨選択して調整しているに違いない。そもそも機械関連はよほど高度なものでなければ河童たちが作成するであろうことも分かっている。外の世界の全てをシャットアウトするなんていうのは、全てを受け入れるという幻想郷には合わない。
紫が心配…考えているのはやはり博麗の巫女という特殊な役職。霊夢がどこから来たのかは知らないけど、そう易々となれるものでもないのは明白だ。それこそ特殊な試練やら訓練やらがあっても不思議ではない。実際霊夢はある程度しなければならない修行をサボっていると魔理沙に言われたことがある。映姫も同じようなことを言っていた。霊夢はそれを天性の才能で補っているのだ。
勿論水那も外の世界の子供にしては中々の身体能力があるのは確認済み。しかしそれは幻想郷の中でも通用するとは限らない。いや、通用などしないだろう。
そもそも幻想郷では飛行することが前提となる場合が多い。人里の人間も飛べないが、それは幻想郷の中に住む人間という括りがあり人里に住んでいるからこそだ。博麗神社に住み、妖怪を退治するのとはわけが違う。
きっと空を飛ぶための修行もあるのだろう。霊夢は空を飛ぶ程度の能力を使っているのだろうが、水那は能力無しだ。紫の口ぶりから察するに水那にも何かしら能力が与えられるのだろうが、それを邪魔するのが外の世界の記憶ということだろう。
だが…消さずに済む方法だってあるはずだ。
「はあ!」
「甘いわよ。定晴。昔と違って私だって色々と経験して強くなったんだから」
「それは…こっちも同じだ!」
魔力の練り上げ。上手くいくかは分からない。そもそもこれはパチュリーに言われて気付いたものだ。
光属性の適正。それを聞いたとき俺は浄化の能力による影響だと考えていた。光魔法には退魔系統の魔法が多いので、俺はそう勘違いしてしまった。
だが違うのだ。そもそも浄化能力とて副産物に過ぎない。それを言うとどれも副産物なのだが…今はどうでもいい。これは俺も分かり切っているものではない。
この浄化能力は元々輝剣のものだ。輝剣、輝く剣。実際輝いているわけではない、しかし俺はこの剣を輝剣と呼んでいる。それはこいつの力が原因だ。
これは光の集合体なのだ。故に触らずとも動かせるし、いつでも出現させることができる。俺が輝剣と呼んでいるものは一本しかないし、実体があるうえ金属の性質がある。だが光の集合体であることは変わらない。
なら…俺自身で光の魔術を使って、練る。構成、造形、投射…完了。
俺の前にもう一本。輝剣と同じ性質、同じ形、同じ大きさの剣が現れた。これは模造品であるために戦闘用で使うと一撃で壊れてしまう。耐久性で劣るのなら…物量だ。
「複製!」
紫の頭上に輝剣が大量に出現する。
紫はそれに反応し、スキマを展開。今あれを撃っても全てスキマの中に消えるだろう。だからそれは、陽動だ。
「全方位!」
俺の発言と共に紫の周囲。全方位に輝剣が出現した。弾幕ごっこでは規則違反だが、今やっているのは弾幕ごっこではなく殺し合いだ。ルール違反などありはしない。
紫の反応速度を上回る速度で展開。
「射出!」
そして紫は大量の輝剣によって姿が見えなくなった。