百四十話 一週間後
朝、自分の家で起きる。
外の世界でやり残したこと…というよりしたかったことは残っているが、まあ別の機会でも問題ない。
水那が幻想郷に来てから一週間が経った。初めの頃は外の世界の癖故か警戒心を露わにしていたが、最近はある程度打ち解けた。まあ怪しい人物であるのは変わらないし、一定以上の警戒心は親しい中にも持っとくべきだ。霊夢はまだしも紫に完全に心を許すのはよろしくない。いつかミキのことも紹介するが、紫以上に警戒すべきな奴だしいつかでいいや。多分だけど俺から紹介せずともミキが博麗神社に突撃するだろうし。
「おはようルーミア」
「お〜はようご主人様〜」
若干間延びした声で欠伸混じりの返事。寝ぼけてる時は流石のルーミアも人前で俺のことを呼び間違えそうだし気をつけておかなければ。ただ誰かに関係がバレてそこまで困るのかと言われたら…天狗たちにネタ扱いはされるだろうがそこまで困らないような気がする。ルーミアが隠そうとしているので俺から晒そうなどという考えはないけど。
今のところルーミアが式神であることを知っている、若しくは気付いているのは紫、藍、橙、霊夢、そして映姫。多分だがそれなりの実力者ならば、もしくは神などの高位存在ならば俺とルーミアの関係に気付けるのだろう。霊夢は紫から説明を受けているので俺とルーミアの関係も知っている。なので諏訪子や神奈子には分かっても早苗には分からないということにもなりそうだが…それは今は置いておく。
朝ごはんの準備をしつつ今日の予定を思い出す。
今日は霊夢に博麗神社まで来るように言われている。どうも水那の修行を一部見てほしいとのこと。俺にアドバイスなど出来そうも無いが、霊夢が修行しているところを見たことが無いのでどんな修行をしているのかは気になっていた。見学出来るのなら見学させていただこう。
魔理沙によると若干だが飛べるようになってきているとのこと。今思えば風を使わず霊力だけで飛ぶ方法を俺は知らないのでそれこそ見学すべきものだったかもしれないが、過ぎてしまったものは仕方がない。またの機会に見せてもらおう。
霊夢の所で修行を見たあとは慧音に依頼された寺子屋での臨時講師だ。
どうやら午後にどうしても外せない用事が出来てしまって、わざわざ預けて貰っている子を帰すというわけにもいかず悩んでいたところを依頼してくれたようだ。
俺の何でも屋は本当に大体のことは請けるので寺子屋程度問題はない。ただし慧音ほど人里で知名度があるわけでもないし、子供たちとのコミュニケーションという点では問題があるかもしれない。まあ人里の子供たちに交ざってチルノたちも授業を受けると聞いているのでそこから話を広げていけばいいか。
兎にも角にもまずは博麗神社だな。の前に朝食だな。腹が減ってはなんとやら…幻想郷だと事ある毎に弾幕ごっこに巻き込まれるので空腹だとまずい。かと言って食べ過ぎるとそれはそれでという…調整難しい。
「ほらルーミア。こっち」
「ん〜はいは〜い」
ソファでボーッとしていたルーミアを呼んで椅子に座らせる。
元々妖怪の主戦場は夜。しかも深夜だ。太陽が昇ったばかりの朝に弱いというのも存外に不思議とは言い切れない。
どうやらルーミアは俺の生活リズムに合わせてくれているようだ。理由を訊いても式神だからの一点張りなので多分俺のことを気にしているのだろうけど…
「「いただきます」」
だがそんなルーミアも朝ごはんを食べればある程度目が覚めて元気が出る。
軽く伸びをしてからルーミアの目が覚めて妖力が若干強まる。実のところ本契約と呼ばれるものは未だに出来ていない。どうやらそろそろ冬になる影響で藍が紫の身辺整理に駆り出されているせいでこちらに手が回っていないのだそうだ。
「ご主人様、今日は博麗神社と寺子屋?」
「ああ、水那の様子を見たあとに寺子屋で臨時教師だ。宣伝したことはなかったが、慧音が噂として俺が何でも屋をしているのを聞いたらしい。それで俺が仕事としてやるんだ」
「ふ〜ん…………今日はご主人様に教わるってこと?」
そうか、ルーミアも一応寺子屋メンバーの一人だったな。どうやら封印状態だったルーミアがある程度の力と知力、そして面識を得るために。また、幼少化したため遊ぶ相手を求めるため寺子屋に通っていたらしい。それは今でも続いている。
俺が頷くとルーミアが微妙な顔をした。当然だとも思う。正直なところ俺とルーミアは生活様式からしても身内の感覚でしかないのだ。言うならば…親とか兄弟に教わっているような感じだろうか。正しい表現なのかはここでは置いとくにせよ。
「んじゃ俺は博麗神社に行ってくる」
「私は人里にいるから、何かあったら呼び出しなさい」
呼び出すっていうのは連絡を取る等のことではなく式神のスペカを使って召喚しろという意だが、俺は基本的に呼ぶつもりはない。
ルーミアと別れて博麗神社へ。家の鍵はルーミアが出掛ける時に閉めてくれるだろうから安心だ。俺も幻空の中に鍵は入れてあるので閉め出されるという問題は起きない。
家から博麗神社までの道のりは短い。そもそも人里と博麗神社の間に建てた家だ。それで遠かったら人里からの来訪者など来るわけがない(現時点でも来訪者などいないのだが)
博麗神社の長い階段を飛ぶ。一番最初にここに来たときは紫が霊夢と話す時間を確保するために俺はここを一段一段登らされた。今となっては懐かしい記憶だが、今でも思う。この階段は登りたくない。そうなると必然的に飛べる人しかここに来なくなるわけで…あれ?もしかして博麗神社って参拝客を呼ぶ気が無いのか?
「いらっしゃい定晴さん」
「こんにちは、定晴さん」
階段を上がりきって出迎えてくれたのは現博麗の巫女の霊夢と次期博麗の巫女の水那だ。どちらも博麗の巫女の正装と思われる赤い巫女服とリボンを付けている。守矢神社が白、青、緑の巫女服…正確に言うと早苗は風祝らしいが…なのでこの二つの神社は対照的である。
「修行中だったか?」
「いいえ、今は休憩中よ。朝ごはんの時間だから」
「そうか…良かったら俺が作ろうか?」
俺の提案に目を輝かせる霊夢。水那は俺の料理を食べたことないので特に反応はない。霊夢の中では咲夜や妖夢と並ぶ料理上手として俺が挙げられているようだ。俺は色々作れるだけで、料理の上手さならば和食は妖夢、洋食は咲夜に軍配が上がるだろう。
「じゃあ私達は縁側で休んでるから〜」
そう言って手をひらひら振りながら去っていく霊夢とそれに付いていく水那。思っていたよりも二人の仲は良さそうだ。水那は初対面でも物怖じせずに話してくれるので緊張だとか気まずさとかを苦手とする霊夢には丁度いい相手なのかもな。
さて、俺は料理と行こう。博麗神社の裏手にある調理場には霊夢が使う予定だったのだろう食材が並べられていた。白米、漬物、味噌、豆腐…見事に和食の献立だ。幻想郷では中々手に入らないがここに魚も入れれば栄養バランスも良くなるだろう。
修行は結構体力を使うだろうし、出来る限りタンパク質は摂らせてやりたいが…肉は朝には重いし難しいか。一応豆腐にも含まれているのでそれで妥協して…あ、卵焼き作るか。
献立を決めたら後は料理をするだけだ。これらは何度も作ってきたので慣れた手付きで進めていく。あまり待たせると霊夢が怒りそうなので手早く丁寧に…
調理時間はおよそ十分ほどだっただろうか。ご飯が前もって炊けていたのが良く、短い時間で終わらせることが出来た。ザ・和食と言えるメニューの数々だ。霊夢は豆腐の味噌汁が好きなのだろうか。
「出来たぞー」
「持ってきて〜」
あの怠惰巫女め。映姫や華扇が怒る理由もよく分かるというもの。
仕方ないので往復しようかと思ったら縁側の方から水那がパタパタと歩いてきた。どうやら手伝ってくれるらしい。霊夢よ、お前の弟子…になるのかは分からないが…は手伝ってくれているぞ。博麗の巫女はこういった気配りも必要なのではないのか?
口に出しても霊夢には一つも響かないだろうし反感を買わないためにも心の中にだけ留めておく。
「霊夢さんも動いてくださいよ」
「嫌よ面倒くさい」
水那が代わりに言った…がそれでもスルー。
それにしても水那の霊夢への呼び方はさん付けなんだな。あまり霊夢にさん付けしている人も珍しいが…そういえばあうんは霊夢さんって呼んでいた気がする。
「はい、あんがとね定晴さん。楽できたわ〜」
「なあ、料理とか掃除とか水那に任せっきりで怠惰になってるとかないよな?」
「大丈夫です。一応そういった神社の仕事とかはきちんとしてます。掃除をしないと一日が始まった気がしないんだとか」
水那も縁側に座り霊夢と並んで食べる。机はないけど…まあ大丈夫だろう。
朝の少し涼しい時間。まだ冬とは言えないが秋の風を感じることで冬が近付いていることを暗に示してくれる。
「定晴さんは?」
「俺はもう食べてきたんだ。それよりあうんは?」
「あうん、階段の近くにいなかった?」
ふむ、見落としただろうか。
あうんの分をすっかり忘れていたが…一応材料は余っているし幻空に入れている非常用の食材と合わせれば比較的良いものが作れるだろう。
あうんを捜すために階段へ。
階段と鳥居の間、及び鳥居と狛犬の間は結構近い。階段近くってことは必然的に鳥居の近くもとい狛犬の近くになるのだが…
「あ、いた」
「ほえ?あ、定晴さんこんにちは〜」
守護の役はどうしたのか。鳥居から少し離れたところで虫と遊んでいた。この時期の虫は夜行性が多いから昼間はあまり見つけられないだろうに…と、そんなことはどうでもよくて。
「あうん、朝ごはんだ」
「へ?もうそんな時間ですか。今行きますね〜」
あうんが神社の裏へと走っていった。
それに合わせて俺もあうんの分を追加で調理。完全して持っていくとあうんが霊夢の分を少しだけ貰っていた。どうやら自分の分が無いと思ったらしく、若干涙目だった。
三人が食事をしている間に少し神社の周囲を散策。隠れた所にある地底への道。裏手の大きな木。博麗神社は周囲も結構妖怪に囲まれているのが分かる。
また途中に封と書かれた御札が貼ってある扉らしきものも見つけた。なにやら何か強いものを封印しているような重々しい雰囲気…後で思い出したら訊いてみよう。
その後数十分。霊夢たちの所に戻ると全員食べ終わって談笑していた。
「なあ水那。現状はどんな感じだ?」
「えーと空を飛べるようになりました。ただあまり速くは飛べませんが。あと小さいながらも霊力弾を作れるようになりました!」
「大体そんなもんよ。後は試しに二枚だけスペルカードを作らせたわ。私や魔理沙、妖夢たちが使うような攻めるスペルカードよ」
水那の説明に霊夢が情報を追加してくれた。
霊夢や魔理沙、妖夢…きっと咲夜や早苗なども含まれるのだろう。所謂自機組である。霊夢たちもまさか自分たちが外の世界のゲームとなっているだろうとは思っていないだろうが、確かに霊夢たちは外の世界で自機として登場する。名前が有名なのはそれが原因だろう。
友人からの受け売りなので誰が自機なのかはスペルカードを見て思い出している感じなのだが、水那のスペルカードもわかりやすく攻めるものと言っていた。
攻めるスペルカード…それは俺もよく使う攻撃力重視のスペルカードのことだろう。俺で言えば輝剣関係、霊夢なら霊符、魔理沙なら恋符といったところか。水那も博麗の巫女となるなら守るのではなく攻めるスペルカードを使うことになるのは分かりきっている。それを考慮したうえでの提案だったのだろう。
「まあ外の世界の影響がどんなものか分からないし、今日定晴さんに来てもらったのは水那がどんな感じかの確認のためよ。私も水那も大丈夫だって言ったんだけど紫が煩くて」
要は半強制的に見られることとなったのだろう。紫が最初に言った方法ではなく俺が紫との話し合いで決めた方法を取っているのでどんな影響があるのか紫も気になっているのだろう。
「じゃあ早速見せてもらおうかな」
「よし来た!水那!私とやるわよ!」
「ええ!?霊夢さんとですか!?私そんなに…」
「つべこべ言わない!行くわよ」
水那を引きずって境内に連れて行く霊夢。そんな強引にせんでもとは思うが、まあ仕方ない。霊夢が珍しく少しやる気になっているのだ。止めるというのも野暮というものだ。
「そんじゃ始めるわよー」
「俺はここから見てるな」
「私もここから見てますね。頑張ってください水那さん、霊夢さん!」
俺の隣にあうんが座ったのを確認した後霊夢が札を構えた。水那も同じ札を持っている。
現博麗の巫女対次期博麗の巫女…ファイ!