人里に入る。確か俺の割当は午後の始めからで、午前の間は慧音がやっているらしい。寺子屋の中とか授業内容とかを確認するから昼休みよりも前には寺子屋に来ててくれと言われている。
今は…十一時を少し過ぎた辺りだろうか。昼休み前にしても少し早い気もするが、迷惑ということも無かろうからそのまま寺子屋へ。
途中でいつも野菜などを買ってる店の店主に野菜のおすすめをされたのでちょっとだけ足を止めて購入。幻空に入れておけば寺子屋で仕事をしていても何の心配もない。キャベツと、人参と、じゃがいも…キャベツは保存して人参とじゃがいもは今日の夕飯でカレーを作ることで使うとしよう。
そんな風に献立を考えていれば寺子屋にはすぐに到着した。慧音の声が聞こえるのでまだ授業中だろう。俺は建物を迂回して裏手から、慧音のような先生や妹紅のような来客用の入口から入る。
扉を潜れば直通で職員室代わりとなっているとある一室に入れると慧音から事前に聞いていた。
部屋の中は簡素。大きな机が一個と椅子が五つほど置いてあり、その内の三つは重ねて並べられている。二つ出ているのは俺が来るからだろう。
机の上は沢山の紙と道具が乱雑に置かれていた。どうやらどれも慧音が授業で使う、若しくは使ったものらしい。中には保護者宛の書類もあり、ここが外の世界の学校の縮図になっているのは一目瞭然だった。
壁際にある棚にはカップと…コーヒーメーカー?なぜ幻想郷にこんなものがあるのだろうか。昔ながらの手動式だ。最近の外の世界では電動のものの方が主流となっているので忘れられた…というよりかは幻想郷に流れ着きやすくなったといった感じだろうか。面白いものは香霖堂に置かれて霖之助の懐へと収まるのだろうから、コーヒーメーカーもまた同じように香霖堂で売られていたものなのかもしれない。
待つこと数分。壁の向こうから子供達の話し声が聞こえてきた。時間から見ても昼休みの時間なのだろう。この時間で俺と慧音は入れ替わることになっている。
暫くすれば慧音が部屋に入ってきた。
「おお、定晴早かったな。私は昼休みの終わり辺りで抜けなければいけない。代わってくれて助かったよ。正直なところ知識面で信頼できる人というのは人里でも限られてるから定晴に頼むしかなかったんだ」
「それは構わない。これが仕事だ」
その後慧音から授業内容を教えてもらう。
午後は二時限あるらしく、算数と地理。算数は扇形の図形の線分と面積。地理は…地底か。俺にとっても地底は記憶に新しいので比較的丁寧に教えられる気がする。中心部よりも外側、地底の外れの方が詳しいのはこの際目を瞑るしかあるまい。
そこに慧音から注意事項が。
「どうやら子供たちは地理な苦手なのか嫌いなのか分からないが眠くなるらしい。寝ていたらちゃんと起こしてやってくれ」
眠くなるとな。地理は…苦手な子は苦手なのだろう。経緯などなんだの言われても結局のところが記憶が殆どの教科だからな。
慧音はここで昼食を摂ってから出掛けるらしい。俺のことは既に子供達に伝えてあるからと言われているので後々の不安はそんなに無い。
慧音は近くで買ったのであろう弁当を急いで食べている。俺も昼は食べないといけないが…慧音が食べている弁当はきっと弁当屋のものだ。俺の記憶違いが無ければ人里にコンビニなどという大層なものは無い筈だからな。
「慧音。弁当屋ってどこにあるんだ?」
「ここを出て右に曲がったところにある。ここを出たら既に見えているから迷うこともないだろう」
「サンキュ」
俺も弁当屋で弁当を食べることにしよう。昼飯を作る時間も場所も無いしな。
慧音の言う通り弁当屋はすぐ近くにあった。結構メニュー数があるな…無難に焼き魚弁当にするか。
寺子屋に戻ってきて慧音の向かいに座って弁当を食べる。作り置きではなく毎度毎度作ってくれているようでまだ温かい。外の世界では冷えても美味しいなどと謳っている商品もあるが、添加物が含まれていることもあるのであまり好きではないのだ。素材の味で勝負してくれる人里の弁当は安心もできる。
子供たちはきっと親に作ってもらうかして弁当を食べているのだろう。慧音の話に給食という制度はなかったからそうなっている筈だ。しかしその場合妖怪達はどうなのだろう。持参か、それとも弁当屋か…俺とは違って皆寺子屋の制度には慣れているだろうし今更心配する必要もないか。
俺と慧音が食べ始めたのは違う時間だったのだが、食べ終わるのはほぼ同時だった。慧音が食べるのが遅いのか俺が食べるのが早いのか分からないけど。
「ふぅ…時間までまだあるな。定晴、子供たちと触れ合うためにも一緒に遊んできたらどうだ?」
「俺は子供たちの遊び相手には向いてないぞ」
だがまあどういう子たちなのかは知っておくに越したことはないだろう。
寺子屋の裏手の庭に出る。慧音が言うにはここでいつも子供たちが遊んでいるという。食後によくそんな激しい動きができるな。
「こっちこっちー!」
「待ってー!」
今遊んでいるのは鬼ごっこか。鬼が二人いて、タッチされたら代わるというシンプルなやつだ。鬼が一人だといつまでも鬼が変わらず鬼側も逃げる側も楽しくないという結果になるので鬼が複数いる方が楽しめるのだろう。純粋に人数が多いというのもあるのかもしれない。
男女人妖関係なく遊んでいるのには微笑ましいものがある。幻想郷の人妖関係ない精神というのはこうやって受け継がれているのだろう。勿論ある程度の境目は必要なのだが、そこら辺は霊夢たちが線引きしているのだろう。友好的な妖怪、非友好的な妖怪、色々いるしな。
俺が影で見ていると隣に慧音が並んだ。
「良いものだろう。これは。私は半人半妖だから普通は人間にも妖怪にも嫌われるような存在なのだ。それでもここで先生をしていて、人間と妖怪がはっきりと分かれている皆が楽しそうに笑っている。賢者様の意向はこういう所で現れているんだなってよく思うよ」
「そうだな。人里は人だけの里じゃないってことだもんな」
暫く遊んでいる子供たちを無言で眺める俺と慧音。半人半妖、苦労もいっぱいあったのだろう。霖之助が人里とは違う離れた場所で過ごしているのもそういった境遇が影響した結果なのかもしれないな。
「私はそろそろ行くよ。皆ー!午後の授業を始めるぞー!定晴が来ているからちゃんと言うことを聞くようにー!」
慧音の一声で皆が戻ってきた。いや、チルノが戻ってこないな。大妖精が腕を引っ張っているけどチルノは動こうとしない。
「慧音先生に呼ばれたでしょー!」
「どうしたんだチルノ」
近付いて話しかける。こういうのは待っていても仕方が無いのだ。
「あたいは定晴に教えてもらうわけにはいかない!部下に教わるリーダーはいない!」
なるほど。つまり俺に教わるのが不服というわけか。まあ俺も教養はあるけどあまり表に出すってことはしないし、臨時の先生だから信頼性も無いのだろう。
だが知識があることを言っても意味が無い。言い分は部下に教わりたくないだからな。
故に俺はこう切り返す。きっとチルノも納得する。
「実はなチルノ。部下に教えてもらうってのは凄いことなんだぞ。だってそれは部下が優秀ってことだ。そして部下が優秀ということは…?」
「あたいが優秀!よし行こ、大ちゃん」
「わわ、引っ張らないでー!」
うん。ちょろいな。やはりチルノにはこういう満足させるような言葉が合っているのだろう。
実際部下が優秀だから上も優秀というのは基本的に当てはまらないのだけど。むしろ上をカバーするために部下の方が優秀になるというパターンの方がありうるのだ。それを言うとチルノはまた足を止めるのだろうから言わないけど。
「では私は予定通りに出かけてくる。頼んだぞ定晴」
「おう、依頼は完璧にこなすさ」
慧音が出かけた。
まずは算数だな。扇形って何年生の分野だっけか。外の世界では教養水準が上がって年々教わるのが早くなっているとかなんとか聞いたことがあるのだが、実際の適した年齢はないのかもしれない。
無難に、分かりやすく教えよう。慧音の授業スタイルを見て置けばよかったかと少し後悔するが、人には人の慣れた方法がある。俺が慧音の授業スタイルをまねたところで意味はあまりないだろう。逆に慧音に引っ張られて分かりにくくなってしまう可能性もありうるしな。
生徒たちは…結構皆優秀。あと意外にもチルノは理解力はあるようだ。よく頭脳は嘗められているチルノだが、実際はあまりバカというわけでもないのかもしれない。紫も部分的におバカになることがあるからそういう類なのかもしれないけども。
一時限目はすぐに終わった。四十五分を一区切りにして十分休みを挟んでもう四十五分という仕組みだ。外の世界の小学校とシステムは同じということなのだろう。
休み時間になったら質問してくる子供もちらほらといる。その中には大妖精の姿もあるが、チルノは隣の席のルーミアと話しているようだ。この差が大妖精とチルノの役回りを決めているのかもしれない。
十分休みも終わって午後二時限目。地理、地底の話だ。
慧音には言われなかったが休憩時間中の子供たちの会話から察するに慧音は地理の話はほとんどが歴史の話になってしまうらしい。しかも事細かく説明されるもんだから子供たちも睡魔に襲われるといったところか。慧音よ、お前が言う苦手なのは地理ではなく歴史のようだぞ。しかもお前のせいで苦手になっている節がある。
俺はきちんと説明を織り交ぜるとしよう。正直幻想郷の歴史など事細かに説明されたら俺でも寝る自信があるからな。慧音に後で言っておこう。子供たちは多分慧音に言うのがこわいのだろうし。
授業を始めるために皆が席に戻り俺が始めようとしたら玄関から何者かが突っ込んできた。一体何が起きたのかとそちらを向けば…
「定晴ー!遊びに来たよー!!!!」
「うにゃぁ…」
それは地底の主の妹とそのペットの豪快な乱入であった。