東方十能力   作:nite

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二百十話 とある幻想を知った男の話

彼女はその名をチヌであることを伝えた。そして妖怪であることも。不動は聞いた瞬間こそ信じられなかったが、首元の痛みと頭の中にある光景がそれを真実であると認めさせた。

不動はチヌに対してなぜ自分は生きているのかを訊ねた。妖怪が人間を食らうという話はそれなりに有名なことで、一部の例外を除いて妖怪と人間は相いれない存在。妖怪は人間を襲い、陰陽師などがそれを祓う。それが不動が知りうる妖怪についてだった。

 

「お前の力が気に入ったのでな。生かして利用することにした」

 

どうやら善意で助けられたのではなく打算的な目的で助けられたことは気配から分かり切っていたことだが、その要因となった力とやらが分からない。当時の不動は普通の大学生で頭の良さもそこそこ。運動神経にはある程度自信があったが、妖怪を満足させることができるものだとは到底思えなかった。

 

「気付いておらんのか?お前には力がある。とても強力な力がな」

 

ただしチヌはその詳細までは語らなかった。自分で気付けということだろうか。それとも利用しやすいように正確な情報は伝えない気なのか。どちらにせよ不動が自らの持つ力に対して色々と悩んだのは言うまでもない。

その間…大体三日間ほど…不動はその小屋から出ることはできず、食事はチヌが持ってきてくれた簡素なものを食べるのみだった。

ここで少し時間を戻してなぜ不動が森にいたのかを語ろう。と言っても大学の友人と共に山登りに来ていつの間にやら不動のみがはぐれてしまい遭難したというのが事の顛末なのだが。不動が、遭難したのがチヌの力によるものであると知るのはもっと後のことである。

話を戻そう。そういう理由もあって不動はなんとか友人たちに連絡を取ろうと思ったがチヌを相手に逃げることができるとも思えず、スマホの電波も届いていなかったため八方ふさがりとなっていた。不動は初日にしてチヌに逆らう気はなく生きるためにもチヌの命令には従おうと思っていたが、やはり大学への連絡やら友人への連絡ができず自分が行方不明扱い、ひいては捜索依頼を出されることは避けたかった。しかしチヌが大学を知っているかを疑わしく、そもそも妙に行動を起こそうとすると襲われるのではないかという恐怖があったため何もできずにいた。

そして三日後、不動はチヌに連れられ山の中を歩いていた。どうやら今から人間を襲うらしい。それの手伝いをせよということであった。未だに不動は自らの力を自覚していないが、ともかくやれることをやろうと思った。

 

「お前はここにおれ。私が合図したらその紐を引けばよい」

 

まだ力を扱うことができない不動のために普通の罠を仕掛けたようであった。

自分が助かるために誰かに犠牲になってもらおうなんていうのは流石に不動とて抵抗はあったが、自分の命と知らない誰かの命を天秤にかけて知らない誰かの命を取れるほど不動は聖人ではなかった。不動は悪人ではない。だからといって聖人でもない。一般的な大学生だったのだ。

チヌは道の途中にある石を腰を掛けた。不動がそうであったようにチヌの美貌に惹かれてやってきた人間を捕まえるのだろう。正直なところ普通の人間がチヌを腕力から逃げおおせるとも思えないので罠など必要ないように思えたが不動は口に出さなかった。

程なくしてやってきたのは一人の男性。着ている服は不動とて実物は見たことがなかった装束。どうやら妖怪にとって天敵となる祓う者のようだった。確かにこれが相手ならチヌとて無事では済まないかと思いつつ不動は罠を発動させる構えに入った。目の前では二人がなにやら会話をしている。

 

「やっと見つけたぞ妖怪め」

「私ってば人気者やねぇ」

 

チヌがカラカラと笑う。まるで油断のようにも見えるが、三日間同じ時を過ごした不動はその目の奥が笑っておらず目の前の敵を警戒しているのが分かった。もしかしたら今までも何度か出会ったことがあるのかもしれない。装束姿の男がチヌに少しずつ近づいていく。そしてある一点を超えた瞬間、チヌが不動に視線を飛ばした。

恐らく警戒を緩めなかっただろうがその視線はとても冷たく不動は一瞬硬直してしまった。それでも紐を引くことには成功し、紐は木を上を通り装束男の足元でその体を拘束するための罠となる。残念ながらその罠に男が引っかかることはなかったが体勢を崩している。その隙を見逃さずにチヌが男に接近し、そのまま勢いと妖怪の腕力を使って男を吹き飛ばした。男は木を一本折ったうえでその先に木の幹にぶつかり静止した。既に指一本動かすことができないようだがそれでも気絶はしていないのは妖怪退治を生業としている者の意地だろうか。だがここで気絶していた方が男にとっては良かったのかもしれない。

 

「やっとお前を食えるよ」

「くっ…」

 

チヌは抵抗させる間もなく男を食った。腕や脚が裂かれる度に男から悲鳴が上がる。

その姿を不動は遠いところから見ていた。確かに男が徐々にその形を崩していくのは見るに堪えなかったが、それ以上に不動はチヌを見ていた。チヌが男を殴った時の、ただ乱暴なだけではない美しい一撃…

狩りの帰り道、不動はこんなことを言ってしまった。

 

「きれい、でしたよ」

 

それを聞いたチヌはその目を丸めながらも少し面白がるような表情になった。

 

「そうかいそうかい。じゃあもっと私の役に立っておくれよ」

 

チヌにとって不動はただの道具であった。しかし不動はその役割の是非を問うこともなくチヌの指示に従った。

開放する程度の能力を身に着けたのはチヌと出会ってから二か月ほど経ってからであった。その時には不動は既に大学のことも友人のことも忘れ森の中でチヌと共に生活していた。人間を狩り、動物を狩り…流石に不動もカニバリズムを究めることはなく普通に兎肉などを食べた…そして不動がチヌと出会ってから一年が経過した。

 

「今日の目標は正体不明の女性の妖怪ね…」

 

その日森にやってきた男は不動やチヌが仕掛けた罠を悉く抜けてほぼ無傷のままチヌの元まで辿り着いた。

チヌもその男のことを今までで一番警戒しているのが不動にも分かった。チヌは不動に森の中で待機しているように告げた。

能力が開花してからというもの、不動はチヌと共に道に出ることが多かった。不動が妖怪に襲われているように見せれば獲物は不動を助けようとする。そして獲物が不動に背を見せたときに不動が攻撃。狩りも随分と余裕になっていた。幻想郷など知らない外の世界の聖職者たちにとって妖怪と人間が協力するなどありえない話だったからだ。

不動が出るのを止めたのはなんとなくチヌが嫌な予感を察知したからだったのだが…その男、堀内定晴は既に狂気が中にいた。妖怪が本気で襲っているわけではないと察知されて諸共にやられていたのは確かだった。チヌの機転によりこの時不動は助かったのだ。

 

「罠に嵌めねばな、不動」

「分かったよ、チヌ」

 

いつの間にか名前で呼び合うようになっていた二人はそれぞれの持ち場についた。

不動はいつも通りチヌの合図で罠を発動させた。時にはいくつもの罠を同時に発動させることもあった。しかし一度も男に攻撃が当たることはなく、そしてチヌは攻撃を受けた。そこからは不動が介入することができない世界であった。人間が到達することができないはずの妖怪の身体能力、それに対抗するかの如く互角に戦う男。しかもその男は手数が多く、気が付けばチヌは瀕死になっていた。

不動は駆けだそうとした。そして足を一歩踏み出したとき、死にかけのチヌと目が合った。彼女は最後に、声を出すことなく口を動かした。

 

『に・げ・ろ』

 

不動はそれでも駆けだしたかった。あの愛しい妖怪が目の前の男に殺されるところを見るのは我慢ならなかった。だがチヌはこちらを見つめている。もう口は動かさない。長い付き合いでの信頼で、その目はずっと不動を見ていた。確かに今出たところで不動がその男にできることなどなにもない。自らの開放する能力もどこまで通用するか分からない。

チヌにとって不動はただの道具であった。それは今でも変わらない。ただ、それでも、チヌの目の前で不動が死ぬのは嫌であった。奇しくも二人はそれぞれに目の前で死んでほしくないと思ったのだ。

不動は駆けだした。チヌとは反対方向の、森の奥へと。

その後チヌがどうなったのか不動は知らない。だがなんとかその男の情報については知ることができた。何でも屋、堀内定晴。妖怪殺しの経験も多数…

不動は今までに狩った陰陽師や祈祷師から服を借り、道具を借り、そして残ってメモなどから人脈を借りた。全てはあの男に復讐するため。あれほど狩った聖職者の力を身に着けて、能力を研ぎ澄ませて、そして…狂気と嫌悪を振りまきながら。

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