不動とやらが起こした異変から一週間以上が経過した。年末の宴会、そして異変中の定晴との邂逅。そのどちらもで私は今思い返すと顔から火が出そうなことを口走ったため、こうして会いに行くこともできず花たちの世話をしていた。
とはいえこの時期に咲く花はそう多くない。幻想郷は日本の中の東側に位置しているため冬の間は当然雪が降る。その雪に負けないで咲こうとする花は大切にするが、この期間を雪の下で待っている種子たちを急かすつもりもない。私はフラワーマスター。どんな時でも花は愛するのである。
「幽香ー買い物行こうよー」
「私は昨日食材を買ってきたばかりなのだけど?何か欲しいものでもあるの?」
「暇だもーん」
私が植物の世話をしていると後ろから声をかけられた。
メディスンはたまに家に来る妖怪。毒の能力持ちだけどそこまで警戒する必要はない。メディスンが警戒する相手は人間であり、それ自体は妖怪全般に言えることではあるが、メディスンはそれ以上に人間への執着が強いようである。過去に捨てられただとか言っていたけど詳細は私も知らない。
「というか幽香はあの定晴ってやつの所に行かなくていいのー?まああっちはあっちで幽香を放置しているから同じか」
メディスンから定晴の名前が出た途端心臓が飛び跳ねる。びっくりさせないでほしい。
それは確かに会いたい。会いたいけど…やはり先ほど言った通り今会うのは恥ずかしい。それに今の定晴は先の異変の後始末の延長戦で一人妖怪を匿ったせいで忙しいというし…女性がまた定晴の周囲に増えるのはあまり喜ばしいことではないけど、幻想郷はなぜか女性の比率がやたらと高いので諦めるとしよう。
「もー、名前出しただけで顔を赤くするくらいなら変なこと言わなければいいのに」
メディスンに指摘されて初めて顔が火照っていることに気付く。あまり感情は表に出さないようにしているのだけど…やっぱり恋愛感情ってよくわからないわね。もう長いこと生きてきた私ですらこうやって振り回されている。そもそも人間に対してこんな感情を持つ事例も少ないから他の妖怪がどうなのかは知らないけど。
「あまり揶揄わないでちょうだい」
「いつも感情的にならない幽香を弄れるネタができて私は楽しい」
ニコニコと言い切ったメディスン。
酒に酔った勢いというのもあるけど宴会の中で告白したせいで噂がやたらと高速で広がってしまったせいでメディスンも知るところになっているのは不本意である。天狗を前にゴシップネタだなんてすぐに広まるに決まっているというのに。
「…あ、そうだ!またね幽香ー」
急に立ち上がり家を出て行った。絶対にろくな事を考えていないだろうけど問いただす前にいなくなってしまった。嫌な予感をひしひしと感じるものの今の私にはどうしようもできないのだった。
メディスンが家を出て行ってから二十分ほどが経過した。
私はこの時期に咲いているであろう花を探すべく外に出ていた。そもそも私はあまり定住をするタイプではない。春になれば春の花が咲く場所へ、夏になれば夏の、秋になれば秋の…そうやって私は各地を転々としながら渡り歩くのだ。幻想郷の外に出れないこともないのでたまーに外に出て花を探しに行くこともあるが、日本という地と妖が集うという性質のせいで色んな花が咲き誇るようになったここから動くことは減った。その代わり私は幻想郷内を渡り歩く。今日も今日とて花たちに会うために。
「あら、早咲きしちゃったのかしら。一か月くらい前にあった温暖化現象のせいで一部の花が狂い咲きしてるのは問題よね…」
原因はミキとかいう神様。そんな神、幻想郷にいたかしらと思ったらどうやら紫の友人で外から来たらしい。全く迷惑極まりない。花たちには花たちそれぞれに適した環境と気候サイクルがある。自然に暖かくなったりする分には仕方ないが、人為的な行為であるならば許すことはできない。もしミキとかいう人物に会ったらレーザーの一発や二発は辞さない。外の世界から来た、しかも男性なら手加減なんかする必要ないわよね。
「こっちも早咲きしてる…」
神様許すまじ。
「あ、幽香ここにいたのね」
「メディスン?」
家からそこまで離れたところにいたわけでもないからメディスンに見つかった。なぜ急にどっか行ったのかを問い詰めようと振り返ると、彼がいた。
「えっと、急にメディスンに呼ばれたんだが…何か用か?」
定晴と目があった瞬間に、顔が一気に熱くなった。傍から見て顔が真っ赤になっているであろうことが鏡を見ずとも分かった。
メディスンがとても悪い顔をしながらニコニコしている。どうせ定晴を適当な理由で呼び出したのだろう。やはりあの時に無理やりにでも追いかけて捕まえればよかったと後悔するが時すでに遅し。
「あ、えっと、あ…」
定晴を前にして全然言葉が出てこなくなる。いつもはある程度心の準備をしてから会っていたため猶更今の私は滑稽に見えることだろう。
「…もしかしてメディスン、お前…」
「あ、バレた。じゃあお二人ともバイバーイ」
「おい!」
私が何も言えずに固まっていたらメディスンが逃げた。追いかけて りつけたいところだけど私の体は思うように動いてくれない。私は大妖怪だというのに好きな人を前にするとこうも動けなくなるものだろうか。大妖怪には天敵がいないとされているけど、ある意味では好きな人は天敵なのかもしれない。
「はぁ、大丈夫か幽香?」
名前を呼ばれると心が跳ねる。前はここまでなかったというのに急にどうしたと言うのだろう。
もしかしたら私は今定晴のことを意識しすぎているのかもしれない。前はただ想い相手だった定晴は、今は告白の返事待ちの相手となっている。こんな時にこんなことで返事をするような人ではないと分かっているものの、どうしてもあの時のことを思い返してしまいまともに思考することができない。でも、そのことが自己判断できるくらいには思考速度がある。
「幽香?」
「へぁ…大丈夫よ。メディスンがいたずらで呼んだだけなのよ。ごめんなさいね」
一瞬変な声が出てしまったがなんとか立て直し状況を説明する。このまま硬直していてもどうしようもないので取り敢えず掻い摘んで説明して今日の所は帰ってもらおう。このままの状態で定晴と会話するとか今の私にはできそうにない。
「ああ、なるほど…じゃあ幽香、大丈夫なんだな?」
「ええ。一体なんて言われて連れてこられたの?」
「え?あー…いや、気にしないでくれ。それじゃあな」
定晴はそう言うと来た道を戻っていった。なんだかはぐらかされたように思えるけど…あとでメディスンを説教するときに聞きましょう。
そして私は数分でメディスンを捕まえて家に戻ってきた。
「それで?あなた、定晴になんて言ってついてきてもらったの?」
「えっと……幽香があなたに会いたいって言ってるから…って…」
…
「っ~!このばか!!!!」