僕は森近霖之助。香霖堂という自分自身の店でこの土地では物珍しいものを売っている。売れる量は多くないがそもそもの原価が限りなく低いので全体的に言えば収益も出ている。
だがたまにでかい支出があるのも事実だ。特に霊夢や魔理沙が来たとき、もしくは幻想郷の賢者が来たときだ。後者であれば依頼に対しての相応の報酬もあるのでいいが…前者は言わずもがな僕に損害を与えてくる。
要は何が言いたいのかと言うと、僕はたまにひもじい生活を強いられるのだ。
「まさか店に行ったら霖之助が倒れているなんて誰が想定できるんだ」
「すまないね定晴、ご馳走してもらって」
僕は半人半妖であり、普通の人間よりかは体が丈夫だ。なので何も食べない期間が長くとも人間よりも生きていられるのだが…今回に関しては目測を誤った。僕の体は思いのほか限界が来ていたようで香霖堂で作業をしていたら気を失ってしまったのだ。定晴が来ていなければ餓死していた可能性もある。
定晴の再生の力で気を取り戻したあと定晴は香霖堂に備え付けている料理場で食事を作ってくれた。定晴は宴会料理も作っているらしいが僕はあまり宴会に行かないのでこうしてしっかりと定晴の食事を食べるのは初めてなのだが、これがとても美味しい。人里には食事処もあるのだが、そこに負けず劣らず…というか全然定晴の料理の方が美味しかった。
「つかそんなに何も食べてないのかよ」
「ああ、実はちょっと依頼が入ってね。ある物を作ってくれと言われたんだが、その作業を連日連夜していたら障子を摂るのを忘れてしまってね」
これだけ言うとまるで魔法使いのようだ。とはいえあちらはそもそも食事を摂る必要がない体なわけだし食事に対する向き合い方も違うわけだが。
「ふぅ…さて、今日は何の用だったんだい。そのために店に来たんだろう?」
定晴がただの雑談目的で店に来ることはあまりない。ゼロではないが霊夢たちほどではない。まあ用がないと言うのであればそれでいいが、食事を振舞ってもらった以上お礼はちゃんとするべきだろう。
「ああ、ちょっとしたことなんだがな。泡立て器があれば欲しいと思ってな」
「泡立て器?それだったら…」
僕は椅子から立ち上がり一つの棚に近づく。
僕の店の陳列棚はお世辞にもきれいに並んでいるとは言えないものではあるが、店主である僕はどこに何があるかを把握できている。仕入れる商品からして全く同じものが手に入ることはほとんどないので陳列が適当になってしまうのも致し方ないと思う。
ただまあある程度同じジャンルで固めてはいるのでこの料理関連の棚に…あった。
「これでいいかい。魔力で動かすやつは河童が持っているだろうけど…」
「いや、その手動のやつでいい。いくらだ」
「これくらいなら今日のお礼ということで譲るよ」
特殊な機械というわけでも、初めて見るものでもないからね。僕の能力で見ても使い方が分からないものというのは多々あるけど、泡立て器ほど分かりやすいものも中々ない。
ただこの泡立て器、少し名前が違って出る。用途はそのまま混ぜるものと出るのだが、名前はホイッパーである。どうやら外の世界でも商標というもののせいで名称が定まらないのか泡立て器とは出てこない。
「いいのか?」
「いいさ。外の世界で電動が増えたからか古い料理道具っていうのは案外流れてくるんだ」
幻想郷に流れ着くものは例外を除いて忘れ去られたものになる。外の世界の主流は自動化らしく手作業を伴うものは結構流れ着きやすいのだ。外の世界の技術進化の速度はわからないが、この先百年は電動器具は流れてこないだろう。
「じゃあこれは貰おうかな」
定晴が泡立て器を手に取り幻空とやらにいれた。僕にもその能力があればもっと店内もきれいに…ならないか。どうせ僕のことだし拾ってくる量が増えるだけだ。
「あ、あとこれは今じゃなくていいんだが、魂封石に似たようなものを拾ったら教えてくれないか?」
「ん?それは構わないけど、一つじゃ足りなかったかい?」
「いや実はな…」
そして定晴からあの石についての事の顛末を聞いた。
まさか本当に魂が封じられていて、しかも今は定晴の中か…紅魔館の魔女の研究材料にしたいのことだが、あれほどのものは流石の幻想郷でもそうそう手に入るものでもない。幻想郷に流れ着くものの中でも例外というやつだろう。きっと外の世界で隠蔽をされ続けて歴史の闇に葬られて、元からなかったことにされたものに違いない。忘れ去られているわけではないが実際大多数の記憶に残っていないからこそ流れ着いたのだろう。
「僕は石よりも君の魂の構造の方が興味深いけどね。魔女たちも実はそっちの方が気になってるんじゃないかい?」
「あー…その可能性はある」
定晴は今や幻想郷での注目人物の一人だ。定晴は情報に疎いというので知らないだろうが新聞には幾度となく彼の名前が載っている。異変解決の功績もあるので当然と言えば当然だが彼のことだから言えば驚くことだろう。
「んじゃ用はそれだけだ」
「ああ、本当に助かったよ。またのご来店を」