二百四十七話 恋愛観
「それで?どうするのよ」
宴会の次の日の朝。朝食を食べていたらルーミアから突然質問を投げかけられた。ただ何のことだか全然分からない。
俺が分かりやすく表情を作ったからかルーミアは少し声を大きくして言った。
「そりゃあの二人のことよ!昨日あのまま有耶無耶にしたけど、そういうのは流石に誠実さが足りないんじゃないの?」
「うっ…うーん…」
少し昨日のことについて話そう。
紫と幽香は今までにないくらい本気で弾幕勝負をしたせいで両方とも気絶。随分と長いこと戦ったせいで宴会の方もお開きの空気となっていたのでそのまま再生だけかけて藍に丸投げしてきたのだ。
「ねえ、なんでそう先延ばしするのよ。ご主人様らしくない」
「まあ、な…」
今の俺は優しい断り方を考えている最中だ。多分幻想郷に永住することにはならないと思っており、拠点をこことして仕事をするようになる気がする。であれば彼女だとかは作っていられない。
元々は紫に誘われてこっちに来て、確かに幻想郷は楽しいということが分かった。ただの平穏というわけではなく、たまに刺激的なことが起きるのがなんとも俺に向いている。しかしそれでも…
「定晴さんは…彼女が欲しくないんですか?」
「え?」
無言で俺たちの話を聞いていたユズが口を開いた。
「欲しい…欲しい?うーん…今のところそういうのはないなぁ…」
「でしたらすぐに断れば…いいのでは?」
たまにユズの言葉が詰まるのは考えながら話しているからだろう。言語能力の低下ではないと信じたい。またマッサージを受けてもらう必要があるだろうか。
「ご主人様。別のこと考えてるでしょ。だめよ。ちゃんと向き合って」
「っ…」
ルーミアに俺が別のことを考えているのをあてられた。
逃げているわけではない。恋愛というのは勿論生命の営みとしてよくあることであるということは分かっているし、紫や幽香が本気で俺に向き合おうとしているのも分かってる。分かってるのだ。そんなことは。
「…ねえご主人様」
「…」
「…っ…ちょっと私の部屋で話さない?ユズ、片付けを頼める?」
「あ、はい!」
俺はルーミアに腕を引かれて部屋へと引っ張られた。提案のはずが俺に拒否権はなかったようである。
ルーミアはベッドに腰かけた。隣を手でポンポンしているところを見ると、隣に俺が座れということだろう。部屋に来てから一言も発さないルーミアに妙な恐怖心を抱きながらルーミアの隣に座った。
「ご主人様、恋愛は嫌い?」
「嫌いとかそういうのじゃないんだ。苦手だ…」
随分と前に、幽香に告白されたあとの風呂の中で自分の恋愛観について振り返ったことを思い出す。誰にも深く接することなく生きてきた人生で、俺は他者に合わせるということができなくなった。現代社会では空気を読むことがとても重要とされているので今の俺が中小企業に入ろうとしても多分無理だろう。
俺のこの性格は俺自身に影響はない。なんせ俺は自己完結しているからな。だが相手からすれば違う。相手からすれば俺のことが不快になると思う。
「それってさ、人間と妖怪だからとかそういうのじゃないのね?」
「それはない。前に幽香にも言ったが俺は人間と妖怪の間での恋愛だとか友情だとかは全然あると思っているぞ。不動とチヌの例が最近現れたしな」
現代社会では人間の世界となっているが、昔はそうでなかったという。勿論妖怪が人間を襲うという構図は共通認識だったのは間違いないのだが、半人半妖という存在がある以上何かしら人間と妖怪を敵対関係以外で結びつけるものがあったと思われる。現代にそれがあったとしても何の不思議もありはしない。
「そう、取り敢えず安心したわ。ご主人様が人間と妖怪の恋愛なんてないって思ってたとしたらあの二人に勝ち目はないから」
本当に安心したような表情を見せるルーミア。なんだか最近ルーミアがとても大人に見える。中途半端な生き方をしてきた俺とは違って、ずっと大人だ。まあ生きている年数が違うと言えばそうだろうけど、それだけではないのも確かだ。
「それで?じゃあ何がだめなの?」
「相手のことを推し量れないからな、俺は。息苦しいだろそんなの」
「……それってさ、相手のことを考えたから?それとも、自分が嫌われたくないから?」
そう問われて、言葉が詰まった。自分のことを好いてくれている相手を嫌な気分にさせたくないという気持ちは本当だ。だが、自分のためではないのかと言われると…
「ふふ、ご主人様ってたまに子供っぽいわね」
「俺はいつだって子供っぽいよ。俺が大人だって胸を張って言えたことなんて一度もない」
人間は利己的な生き物だ。常に相手のことだけを考えてなんていられるはずもない。自分の命が危ういとしても他者を助けることができるなんて、そんなのは物語の中の登場人物でもないとありえない。
「でもご主人様は大人だと思うわよ私。あなたの傍は安心できるから…」
なんだか少し気恥ずかしいセリフだ。遅まきながらそれにルーミアも気付いたのか少し顔を赤らめている。恥ずかしくなるくらいなら言わなければいいのに。
「こほん…まあ、あれね。ご主人様の恋愛観はなんとなく分かったわ。恋愛観というか…人の付き合い方って感じだけど。じゃあ質問なんだけど、どうして私とユズは家に置いてくれてるの?」
やはりその質問か。ここまで話せばそれも訊かれるだろうと予想していたので大して時間をあけることもなく答える。
「それはお前らは合わせてくれてるからな」
「そう?結構好き勝手してるように気がするんだけど」
「そういうことじゃないんだ。空気を合わせてくれてるっていうか、俺にはできないことをしてくれる」
ルーミアたちが空気を読んで生活しているわけではないと思っている。それなら辛い生活を強いているので反省せねばなるまいが、反応を見るに多分それはない。だからこそ俺は気を楽にしていられる。
「それがあの人たちにもできないなんて思ってないわよね?」
「あの二人は元よりあまり空気を読まない性格だ。それに…相手が好きな人だったら妙に気を回そうとしたりするだろ?」
「ふーん…つまり、私は式神という立場で、私がご主人様に対して複雑な感情を抱いていないから大丈夫だと、そう思っているのね?」
どうしても人間は自尊心と共に承認欲求がある。別の生き物とはいえ姿かたちが似通っていて、大体の部分は人間と同じ考えである紫たちのような妖怪も同じだろう。承認欲求というのは時に通常ならしないようなことまでさせる。外の世界でも犯罪行為を動画に撮ってインターネット上にアップロードするような人が存在する。流石にそこまではないにせよ、少しの狂いを生み出すことはあり得る話だ。
俺の回答にルーミアは不満そうだ。ただその不満は俺の回答自体というよりも前提状況への不満というか…
「うーん…うーん……」
「ど、どうした?」
「正直言って私があの二人を助けるメリットは全くない。というかデメリットですらある。でもここでご主人様を放置したくないなぁ、っていう…」
ルーミアが何を言っているのかいまいちわからない。そんなに俺の考え方はおかしいだろうか。少なくとも似たような考えをしている人はどこかにいると思うのだが…
「はぁ…ふぅ…」
「ルーミア?」
「……いい?心して聞きなさいよ」
なぜかルーミアが決心した。何に対して決心をしたのか分からない。
「っ…本当は言うつもりじゃなかった。もう自分では認めているけど、私はこのままでいようってずっと思ってたの」
ルーミアが独白を始めた。しかし未だに話の先が見えてこない。というかさっきまでと話の流れが違う。緊張感が部屋に漂い、俺も無意識にルーミアの言葉に身構える。
「でもここであなたのことを放置していたら多分ご主人様はこの先大変だから」
「…」
「だから…ここで一つはっきりさせておくわよ」
ルーミアの言葉を黙って聞く。そして数秒の間が空いた。
「私は…ご主人様…堀内定晴さん、あなたのことが好きです」