先日の宴会から紫の調子がおかしい。いや、先日までは姿も見えなかったのだけどここ数日で一気にテンションがおかしくなった。そして口を開けば定晴さんのことばかり喋っている。
「恋愛事は面倒!あのハイテンション紫はどうにかならないの!?」
「霊夢さん、落ち着いてください」
水那に言われても私のイライラは止まらない。紫ったらあんな甘い空気を出しといて…こっちの気分も考えなさいよ!
「水那、あんな風になった霊夢は放置しておくのが吉だぜ。変に絡むと飛び火するから私たちはあっちでお茶でも飲んでおこう」
「えっと…そうですね。分かりました」
水那と遊びに来ていた魔理沙が離れる。周囲にいるのは昼間っから酒を飲んでいる萃香くらいだ。彼女が持っている瓢箪の中には特殊な虫が入っていて美味しい酒を絶えず分泌しているという。そのおかげで萃香は酒がなくなることなく永遠に飲み続けられるのだが…もし萃香に一週間禁酒を命じたらどうなるのだろうか。
「まあまあ霊夢ー、イライラするのは仕方ないけど諦めなよー。結構前から紫はあんなんだったよー」
紫は巷では怪しい正体不明の妖怪とされているが、残念ながら私や萃香みたいに特に親しい間柄の前だとただの少女でしかない。そして定晴さんの前だと妙にかっこつけようとしている乙女でしかない。大妖怪の威厳だとかなんだとかを日頃言っているものの私も萃香もあまり彼女を大妖怪らしいとは感じていないだろう。萃香の言う通り昔から大妖怪らしさから離れた妖怪なのである。
「あんたとしてはどうなのよ。最近の紫は」
「え?そりゃぁ…よかったなぁって思っているよ。いいじゃないか。一人の人物に懸想するのは大事なことだよ。特に精神生命体でもある妖怪にとっては、特にね」
どうやら萃香は紫の恋路を応援するタイプのようだ。因みに私は誰も応援しない派。強いて言うならルーミアかしらね。前々から想っていた紫を押しのけてぽっと出のルーミアが定晴さんを射止めたら面白いことになるのは間違いなしだ。
「たしか今定晴に告白したのって三人だっけ?」
「紫がそう言ってたわね。幽香と紫とルーミア。幽香も定晴さんが来てから妙に優しくて気持ち悪いわ」
彼女も定晴さんに懸想する一人である。花に何かする者は容赦なく潰しほとんど他者と関わることがないあのフラワーマスターがなぜあそこまで定晴さんを好いているのか。一応出会いについて聞いてみたけど…正直言ってあれだけで幽香が定晴さんを好きになるとは思えない。それとも昔はもっとちょろかったのだろうか。
「でもさぁ、正直言って告白していないだけで定晴のことを好きな人ならもっといるよねぇ」
「そうね。少なくともこいしは確実よね。フランはどうかしら…兄として慕っているのはそうだろうけど…それに咲夜もね。でも最近は結構落ち着いてきたし一時の迷いだったのかしら。あとは妖夢?彼女のことどう思う?」
「私は彼女とあまり接点ないからねぇ」
恋愛的に見ているのは誰かと言われるとそれは本人にしか分からない。フランは本当に兄としての定晴さんを好きなだけなのか、その実異性として見ているのか。そういえば早苗ははっきりと定晴さんのことを好きだと言っていたわね。随分前に相談されたのを思い出す。
私からすればトラブルホイホイにも程があるんだけど…みんなどこを好きになっているのかしら。
「恋愛観が分からないというなら霊夢だってそうじゃないか。本当は他の子に嫉妬してるんじゃないのぉ?」
「残念ながらそれはないわね。劇的な救出劇でもない限りはあの人のことを好きになることはないわ」
「そういうのフラグって言うんだよ。定晴はトラブルを呼び込むんだから霊夢が捕まってしまうとかそういう展開もあるかもしれないだろ?」
うーん、あり得そう。でも正直言って私が救出劇程度で人のことを好きになるとも思えない。誰にも分け隔てなく接することを理念にしているので一人に対して目をかけるとかそういうのもあまり想像できない。
「ははっ!さて、雑談にも付き合ってあげたんだし今日はご飯をもらっていくよ」
「別に何もしなくてもご飯食べていくじゃない」
笑いながら萃香は魔理沙たちの元へ向かった。そして私は一人になる。雑談ばかりに意識がいって中途半端な掃除をさっさと作って昼食を作らなければ。めんどくさがりな私が珍しいと言われるくらいに真面目にやっている掃除を再開した。
「水那ちゃんはどうだい?巫女には慣れた?」
「あ、はい。おかげ様でなんとかやれてます。力不足を認識してばかりですが…」
私が幻想郷に来てはや半年以上が過ぎている。確か私がこっちに来たのが夏の終わりだったから…大体九か月くらいだろうか。幻想郷ではあまり暦を数える風習がないのか何月かは分かるけど何日かは分からない。正確な時計もないようだし、そもそも誰かが疲れるまで宴会というアバウトな時間設定なので多分幻想郷流。
「霊夢にこき使われてないか?なんだったら私が霊夢を星の海に沈めてもいいんだぜ?」
「大丈夫です。なんだかんだ霊夢さんも今までの仕事はしていますし」
初めの時こそ掃除とかを私に任せていた霊夢さんだったが、何もしないというのも逆に落ち着かなかったらしく朝の掃除だとかたまのご飯作りとかはやってくれている。ただ専ら依頼された分は私が行っているけど。
「そうだ。霊夢が掃除を終えて料理を作るまで時間があるんだろ?私と弾幕勝負しないか?」
「私と魔理沙さんで、ですか…?」
「最近じゃチルノとかと遊んでいるらしいじゃないか。私とも良い勝負になると思うぜ」
あれは子供の遊びの範疇だからである。魔理沙さんとやるとなるとガチ勝負になりそうだし、そんな魔理沙さんを相手に勝てる気が全くしない。うーん、もっと実践経験が欲しい…定晴さんなら手加減してもらいながら相手になってくれるだろうか。
「さあやるぞ!」
どうやら魔理沙さんは本気のようである。既に箒にまたがり空を飛んで準備万端。私が飛び立てばすぐにでも枚数指定がなされて弾幕勝負が始まるのだろう。掃除したばかりだから荒らすのはやめてほしいのだけど。
「はぁ、二枚で終わらせますよ」
どうせ霊夢さんもそこまで手が込んだ料理はしない。故に掃除の終わりが弾幕ごっこの終わりと捉えても構わないわけで、長引かせて霊夢さんを不機嫌にするのも本望ではないので先んじてルールを決める。
「水那さんも馴染んできましたねぇー」
さっきまで寝ていたあうんさんがいつの間にか起きてこちらを見ている。守護はどうしたのだろうか。
でも確かに私は随分と馴染んだと思う。外の世界よりも全然快適なので困ったこともない。ちょっとした幸福感に浸りつつ私は地面から足を離した。