定晴が去ってから約一分後。チルノの周りには他の妖精たち、そして大妖精が集まっていた。定晴は気が付かなかったことだが実はすぐ近くの茂みの中に妖精たちは隠れていたのである。自然のエネルギーから生まれた妖精が自然の中に全力で隠れるとたとえ定晴でも簡易探知では姿を捉えることもできないのである。
「びっくりした…チルノちゃん、チョコなんて用意してたの?」
「ええ、まあね」
実はチルノがクッキーを用意していることは大妖精すらも知らないことだったのである。近くで見ていた大妖精からしてもサプライズだ。
チルノの手の上には未だに定晴から貰ったばかりのクッキーが置かれている。周囲の野良妖精たちはそれを食べようと手を伸ばすのだが、チルノがとても大切そうに逃げるため未だに誰の口にもクッキーは入っていない。
「チルノちゃん…クッキー…」
「あ、えっと…」
チルノは手元のクッキーを見た。あの定晴から直接手渡されたクッキー、他の妖精たちに分けるために多めに入っているそのクッキーをチルノはなぜか他の妖精にあげたくなかった。あの大妖精に対してもだ。
「んー…いや、でもチャンスかも。みんな、あとでちゃんとお菓子は渡すから今日はちょっと二人だけにしてくれないー?」
「えー」
「クッキー!」
「お菓子ー!」
大妖精の提案に周囲の妖精から口々に文句が放たれる。しかしそれくらい大妖精には織り込み済みで、大妖精は懐から秘密兵器を取り出した。
「このすっごいキラキラしてる石、欲しくないー?」
「キラキラー!」
「光ってるー!」
「よーし…行ってらっしゃい!」
大妖精は全力で森の中に向かって石を放り投げた。それにつられて周囲の妖精たちは森の中へと消えていった。もう既にクッキーのことなど頭からなくなっているはずだと大妖精は安心する。
あの石は実のところ普通の石ではない。魂封石のような特殊なものでもないのだが、光反石という名前がある。もしも大切なときに妖精を追い払うために大妖精が昔香霖堂で購入したものである。光るだけの石で、しかも香霖堂にはまだ在庫があるという安上がりなものだが買っておいてよかったと大妖精は思った。
そしてチルノに向き直る。
「チルノちゃん、少しはなそ?」
「大ちゃん…?」
先ほどまでチルノが座っていた倒木に二人で腰掛ける。定晴さんは既に紅魔館までたどり着いて吸血鬼の二人にクッキーを渡しているところだろうかなんてことを考えながら。
「チルノちゃん、今の気分は?」
「よくわかんない。ただ、このクッキーはあげたくない」
「ふふっ、取ったりしないから大丈夫だよ」
お母さんのような優しい声でチルノと話す大妖精。その間もチルノは大妖精とは反対側の手でクッキーを持っている。
「定晴さんからのプレゼント、嬉しい?」
「う、嬉しい。なんでかわかんないけど今までで一番嬉しい…」
大妖精は自分のこともよくわかっていないだろう親友の姿を見て笑みを深めた。いつの間にかチルノちゃんは私よりも大人になって…そんなことを考えている。大妖精からすれば置いてかれているという気分ではない。妖精たちから見てもチルノという存在は特別なので精神的な成長をするならチルノからだろうとなんとなく皆思っていたことでもあったからだ。
「チルノちゃん、今度一対一で定晴さんと話してみよ?」
「定晴と?それは…それは、なんだかすごい緊張する…」
自分の気持ちを自覚しないままの親友を誘導するのはよくないことだと大妖精は思いながら、今のままでは出遅れてしまうだろうからとお節介を焼く。大妖精と一番長い付き合いのある妖精であり、友達だ。多分チルノちゃんじゃ定晴さんのお眼鏡にかなうことはないだろうけど、子供たちの内の一人から一人の少女として見てもらえるように手伝うおうと大妖精はまんざらでもなく思った。
「取り敢えずチルノちゃんは全部そのクッキーを食べていいよ。味わって食べてね」
「大ちゃんは?」
「私は自分で作るよ。皆の分も作らないといけないからね」
もしかしたら誰かは大妖精の口約束を覚えていて、お菓子をあとでねだってくる可能性もある。そのときにちゃんとお菓子を出せなければ弾幕によってボロボロになるのが目に見えるので大妖精は今のうちに準備しておくことにした。
「それじゃあねチルノちゃん」
大妖精は森の中に入っていった妖精たちとは違う方向に飛んで行った。人里の方向なので大妖精は人里でキッチンを借りてお菓子を作る予定なのが分かる。
チルノは一人で手元のクッキーを見て、袋を開けた。甘い匂いがチルノの食欲をわきたてる。しかしそれでも一気に食べるなんてことはしない。チルノは一枚一枚味わって食べた。これをくれた人を頭の中に描きながら。
お兄様が部屋から出て行った。なんとか顔を見られることはなかっただろう。試しに部屋にある鏡を見てみると見事に私の顔は真っ赤になっていた。
「なんで!なんで!」
クッキーを机の上に置き私はベッドに飛び込んだ。そしてそのままゴロゴロジタバタ。
お兄様からクッキーを貰って、お兄様の顔を見たとき、思考が停止した。急に喜びが爆発して、お兄様の顔を見れなくなった。なにこれ!なにこれ!
お兄様からお菓子を貰えることは一カ月前から分かっていたことだ。どんなお菓子が来るのかな、とか、クッキーを食べながらどんな話をしようかな、とか、そういうことを昨日は考えていた。
しかし実際はどうだ。私はクッキーを貰ったら早急にお兄様を部屋から追い出してしまった。これでは失礼かもしれないけど、お兄様はなんだかんだ許してくれるだろう。それくらいの信頼関係が私たちの間にはある。
「うう…あぁ…」
先ほどの優しそうなお兄様の顔を思い出すと一気に頭が沸騰しうめき声が漏れる。想定していた事態ではないことは明白だ。病気にでもなってしまったのだろうか。
私は部屋の外にお兄様がいないことを確認したのちパチュリーのところへ飛んでいく。こういうときの博識パチュリーの出番だ。お姉さまはそういうところ頼りないけど、パチュリーなら安心できる。きっと今回もいいアドバイスが貰えるだろうと相談したのだが…
「あらあら、それは大変ね。私にも分からないわ」
「絶対分かってるでしょ!教えてよ!」
なぜかパチュリーは分かり切った顔をしているにも関わらずはぐらかした。絶対に私が求めている答えを持っているのに教えてくれなくてイライラする。パチュリーはたまにこういうところがあるから完全に好きにはなれない。信頼はしてるんだけどねぇ…
パチュリーは私の質問に答えないままぶつぶつと何かを呟いている。
「レミィの言った通りになった…?でもフランがこのままどうするかは私が決めることじゃないしレミィも運命を弄ったりはしていないと言っていたし…」
「パチュリー?」
「ああ、いえ、なんでもないわ。そうね、フランがその謎の正体を探りたいなら定晴と仲良くなるといいわ。今まで以上にね」
一応アドバイスはしてくれるようだ。ただもう既に私とお兄様は非常に仲がいい。これ以上となると私もルーミアちゃんと同じように同居するくらいしか…
…
…起きたらお兄様がおはようって言ってくれて…お兄様が作ったご飯を食べて…遊ぶだけじゃなくてただお話したり…そしてお兄様から…
「はうっ!」
「あ、爆発した」
現在の幻想郷の状況を見ると私は明らかに他の人よりも出遅れている。そもそも私の神社から定晴さんの家まで遠いのがいけないのだ。博麗神社じゃなくて守矢神社の近くに建ててくれればもっと私もサポートできたのに…
私は定晴さんからお返しとして貰ったクッキーを食べながら神社の境内で一人考える。本来は境内での飲食は風祝としてあるまじき行為ではあるが、定晴さんのクッキーがとても魅力的だったので我慢できなかったのである。
「はぁ…」
私がクッキーに込められた意味に言及したところ定晴さんは不思議な顔をしつつ注意をいれてくれた。特に深い意味がないのはいいのだが、まあ大体拒絶の意味でもないのに私が言及した理由が分からないとかそういうところだろう。
確かに私はあまりアピールをしてきていない。そもそもなぜあそこまでガンガンいけるのか分からない。自分が淑女だとかそんなことを言うつもりはないが、宴会の中で告白とか酔っていてもできる気がしない。
「美味しい…」
相変わらず定晴さんの料理はプロレベルの美味しさだ。外の世界で料理屋でもすれば一週間で軌道に乗ることだろう。それくらい定晴さんの料理は安定して美味しい。
外の世界…外の世界かぁ…私が幻想郷に来てもう何年も経っているけど、外の世界での思い出も多く残っている。私は自分で言うにもなんだけど結構美人だから学校ではよく告白されていた。でも誰かと付き合うことはなく、ずっと断り続けてきた。それは定晴さんのことが頭にあったわけだからだけど…ここで定晴さんに告白することもなく終わるのであれば今までの私はなんだったのだろうか。
「よしっ…もっと頑張ろう…」
私は自分で自分を励ました。