東方十能力   作:nite

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二百六十一話 記憶の穴

地底から帰ってきてから三日経った。その間ルーミアがよく外出している。行先を聞いてもはぐらかされるが信用しているのであまり気にしなくていいだろう。そしてルーミアが出かけていることに気が付いた紫がやってきていた。どうやらルーミアがいる間は遠慮してこないようにしているらしい。ただ俺に告白してきた三人は俺が知らない連絡手段を持っているらしいということを俺は察しているのでただ単にそういう話になっているだけなのかもしれない。連絡手段は十中八九紫の境界を操る能力頼みのものだろうけど。

 

「でさー、藍がさー、おやつを作ってくれなくてさー」

「くっつな!暑い!」

 

紫は俺にべったりとくっついて色々と話しかけてくる。春とはいえそこまでくっつかれると暑いのでもう少し適度に距離を離して喋ってほしいところである。

 

「でもこれくらいじゃないと定晴私を意識しないじゃなーい!」

 

勿論理由は分かっている。今までよりも過剰にくっついてきてるのは俺へのアピールということなのだろう。ただ紫は今まで友人として接してきているうえ、今までもここまでではなかったにせよくっついてくることはあったのでどうしても面倒という言葉が出てきてしまう。口に出すと確実に紫が泣くので言わないけど。

 

「紫さん、お茶です」

「あ、ありがとねユズちゃん。定晴の式神としてちゃんと仕事をしているのは高評価よ」

 

ユズは給仕に徹している。ただどうやらユズは紫のことが怖いらしいのでそのまま部屋へと戻らせる。ユズのストレスになってもいけないので申し訳ないが紫がいる間は部屋にいてもらおう。

 

「それでさ定晴」

「ん?」

「幻想郷はどう?もうそろそろで二年くらいになるけど…楽しい?」

 

少しだけ雰囲気を変えた紫が尋ねてきた。

 

「私は少しだけ不安なの。だって幻想郷に来たせいで…定晴は今までよりも酷い傷を負ったり、ボロボロになったりしてて…」

「そんなの今更だよ。外の世界でもこれくらいのボロボロさはあったさ」

 

例えば外の世界での狂った妖怪退治。再生の能力よりも早くボロボロにされ、剣も中々通らず、霊力は底をつきかけた。運よく罠にかけることができて近距離で浄化をあてることができたからなんとかなったものの、その後数日は依頼を受けることができなくなった。

むしろ永遠亭という最強の医療機関に加えて、ルーミアや紫といった信頼できる人々が近くにいる現在の方が恵まれている。なんせ再起不能になるまでボコボコにされたうえでに誰にも発見されることなく山の中に数日遭難するなんてこともあったからな。生き残る未来を見つけることができなければ俺は幻想郷に来ていないだろう。

 

「でも…」

「紫、あんまり心配すんな。不動の一件に関して言うなら俺が外の世界で放置した問題のツケが回ってきたようなものだ。どちらかといえば俺のせいで幻想郷がボロボロになってるよ」

 

そういうなんでもかんでもを受け入れてくれる幻想郷でよかったと心から思う。大きな異変があっても最終的に宴会で和解という形がとれるからこそ幻想郷はバランスが保たれている。だから…

 

「これほどの幻想郷を作ってくれてありがとな、紫」

「ふうぇ…」

 

俺の言葉で紫が変な声を出した。そしてじわじわと顔を赤くしている。こんなに分かりやすく人ってのは赤らめることができるのだなと感心していたら紫がわざとらしく大きな声を出して言った。

 

「当たり前じゃない!それが私の夢だったんだから!」

 

紫の夢、人間と妖怪が共存できる世界を作ること。人間の営みも、妖怪の営みも、両方を蔑ろにすることなく双方理解ができるような世界。それが幻想郷だ。紫じゃなければこんな世界は作られることがなかっただろう。幻想郷によって救われた人間も妖怪もいるだろう。

 

「そしてここにあなたを招くっていうのも夢だったの。そのせいで恋敵は増えちゃったけど…満足しているわ。定晴にはもっと色々大切なものを増やしてほしいもの」

 

紫も、幽香も、ルーミアも、霊夢たちだって大切だ。そしてこの幻想郷も、俺の大切なものだ。外の世界での友人も懇意にはしていたものの日本全国を渡り歩いていた俺には大切とまではいかなかった。同じところに長く住むというのが学生時代以来久しぶりなものだから大切なものができるのも久しぶり…

久しぶり…?確かに学生時代は同じ家に住み続けていたし学校にも通っていた。そして大切なものも…だめだ。頭に靄がかかる。

 

「…大丈夫定晴?押しつけがましかったかしら…」

「ああいや、紫とは関係ないんだ。大切なものを思い返していたら、なんとなく頭に引っかかったことがあって…」

 

学生時代の記憶は朧気だ。俺がそれまでの家を飛び出して一人で旅を始めたのが高校三年生。能力を得たのはそれよりも少し前だが…能力を得たときのことは覚えているが、それ以外の学生生活を思い出すことはできない。中学生のときなんかは普通に中学生らしい生活をしていたと思うんだが…別に親が死んでいたとかそういうわけではない。子供らしい発想で高校を出たのがいい例だ。

 

『狂気、何かわかるか?』

『…俺も、俺が生まれたときからしか覚えてないぞ』

 

狂気は俺が独り立ちしてから生まれた魂。現代社会でのイライラをこいつが抑えていてくれた。ただ生まれる前のことは知らないと言う。魂のこともまだ分からないことだらけだな。

 

「うーん、でも定晴が思い出したいというのなら私も手伝うわよ!」

「ああ、そのときは頼むよ。外の世界に行く必要もあるかもしれないからな」

 

俺の中の疑問は何も氷解していない。なぜここまでスッポリと学生時代の記憶が抜けているのだろうか。小学生の記憶なんかはなくなっていてもおかしくはないのだが、中学そして高校の記憶はそれなりに覚えているはずである。そこまで俺にとって重要ではないとして消えてしまったのだろうか。

 

「定晴が悩むなんて珍しいわね」

「俺だって悩むさ。お前らのことも悩みっぱなしだ。申し訳ないと思ってるよ」

「それは定晴は気にしなくていいのよ。外の世界なら悪い男のレッテルを貼られるかもしれないけど、ここでは気にしてないわ。それに妖怪と人間の恋なんて障害だらけなのは当然でしょ?」

 

紫はなんてことないように言う。

四月の幻想郷、俺の周囲の環境が今尚変わっていることをなんとなく体で感じていた。

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