二百八十話 嘘つき
四月の頭のイベントといえばエイプリルフールである。日頃から嘘やら虚言が横行している世の中で、更に四月一日だけは嘘をついてもいいだなんて正気の沙汰ではないようなイベントではあるものの、人によってはこの日のためにセンスを磨いているなんてこともある。
また、エイプリルフールは外の世界においていつもは真面目な企業が面白い企画をすることも多い。幻想郷で外の世界の情報を得る方法は非常に限られているため分からないが、今年も人々を笑わせるような企画を企業は生み出しているのだろう。
「嘘…嘘…」
「無理に言う必要はないんだぞ?」
対して嘘をつくのが苦手だと言う人も世の中には一定数存在する。俺の目の前で何を言おうかとかれこれ数分間悩んでいるユズもその一人だ。俺がエイプリルフールについて教えたらずっと嘘を考えているのである。
「幻想郷ってエイプリルフールの伝統ってあるのか?」
「面白いことにエイプリルフールは結構ポピュラーよ。やっぱり人を化かすことを生業にする妖怪からすれば逃せないイベントだもの」
幻想郷ではたまに外の世界では非常に盛んなイベントが知られていない場合がある。このイベントが広がる基準というのが、大抵の場合は妖怪たちに受け入れられるかどうかだったりする。妖怪に受け入れられなかったイベントは基本的に人里でしか行われないことになる。
「あ!私今日は沢山のお肉が食べたいです!」
「お肉だな了解」
「ち、違いますよー!」
尚ユズは非常に野菜好きである。妖怪なのに野菜好きというのはこれ如何にとも思うが、妖怪って食生活的には人間とそこまで変わらない(人間を食べることは別)ので別にそれでもいいかなとも思っている。それに俺がバランスのいい献立を考えているので不健康にもならないしな。
「ユズ、もっと分かりやすい嘘の方がいいぞ。多分騙すための嘘よりも人に笑われるほどはっきりとした嘘の方が向いてる」
「分かりやすい…分かりやすい…」
アドバイスしたらまた悩み始めた。嘘をつくために毎回数分悩んでしまうということ自体がユズが向いていないということを如実に表している。
「ご主人様、不動が襲いに来たわよ」
「分かりやすい嘘だな」
不動がまた襲いに来たら今度こそチヌに絞めてもらう必要があるだろう。それにルーミアは本を読みながらそんなことを言ったので猶更分かりやすい。嘘の言い方というのも、その言葉がどこまで信じることができるのかの指標となるいい例だ。
「えっと…実は家にある野菜は全部私が食べちゃいました?」
「いや疑問形で言われても…」
冷蔵庫の中に野菜が入っているのは俺も確認済みなので分かりやすい嘘であるという条件はクリアしている。しかし疑問形で言われたので何とも言えない感じになってしまった。
「うぅ…やっぱり私には向いてません…」
「まあ仕方ないさ」
ユズの性格を一言で表すとするならば、それは純粋である。今家の中で見せてくれているのがユズの素の性格なのだとすると、多分ユズは非常に騙されやすい。俺は最近、不動に操られることになった原因はユズの無垢さも一つあるのではないかと密かに思っている。
「きっとユズって元々嘘をつくような性格じゃなかったんでしょ」
「昔のことは覚えてないですけど、多分そうだと思います…」
記憶喪失には何種類かあって、言語能力だけ失うパターン、記憶だけ失うパターン、両方失うパターンなどいくつかのカテゴリに分けられる。ユズは多分記憶だけ失っているパターンだと思うので、過去のユズが苦手だったことは今も苦手なのだろう。
「定晴さんが嘘をつくとすれば、何を言いますか?」
「そうだなぁ…」
エイプリルフールだからといって嘘で誰かを悲しませるのはいただけない。多分ここで今日で式神を解除しますなんて言ったら二人とも悲しそうな顔をする。
となれば誰にも関係しないような嘘というのが理想だが、そうなると自分自身をネタにするしかあるまい。となれば…
「実は俺って人間じゃないんだよな」
「やっぱりね」
「ああ…納得です…」
いやちょっと待て。
「あははっ、冗談だからそんな変な顔しないで頂戴。私のご主人様はちゃんと人間だって、式神の繋がりが教えてくれているもの」
「私は、定晴さんが人間じゃなかったとしても驚きませんからね!」
ルーミアは冗談だったようだが、なぜかユズには受け入れられてしまった。どうしてだろう。
ともかく、冗談で嘘をつくときは自分自身をネタにしてしまうのが一番失敗しにくい。まあその分、分かりにくいような内容を嘘にしたときに誰も反応できないみたいな状態になることもあるのでその点は注意が必要だ。
「…ご主人様、私、式神やめたい」
「そうなのか…寂しくなるな…」
「引き止めなさいよ!」
俺は嘘をつかれたとき、出来る限りそれに乗ってあげるタイプだ。すると人によって反応が異なるのも面白い。ルーミアは怒ってしまうタイプのようだ。
「もうっ…」
「悪かったって。そろそろ昼ご飯にするから、ルーミアの好きなものを言ってくれ。食べさせてやるから」
現在ルーミアの好きなものとして判明しているのは肉だ。一番最初、肉が好きだと聞いたときは人間を食べるのかと反応してしまったが、ルーミア曰く好きなのは普通に畜産の肉らしい。妖怪からしても、適当に生きている人間の肉よりもしっかりと食用として飼育されている動物の肉の方が美味しいらしい。
まあ肉だと言うだろうから焼き鳥にでもしようかなと考えていたら…
「好きなもの…ご主人様よ。ちゃんと食べさせてくれるのよね?」
うーん、流石に俺の肉は用意できないな。というかもしかして俺を食べるって性的な意味か?まあどちらにせよ用意することはできない。
「じゃあ間をとって焼き鳥な」
「何の間よ…まあ別に、焼き鳥でいいけど」
不満そうに呟くルーミア。案外本気で言ったのかもしれない。俺に告白してからルーミアは俺への好意を全く隠さずに直接言ってくるようになったのでそこら辺の境目が分かりづらい。
「ユズも肉いっぱいでいいんだよな?」
「ふえ!?いや、えっと、私は野菜多めでお願いします…」
エイプリルフールで、嘘が許容されるとはいえ、基本的に嘘というのはあまり褒められたものではない。なのでユズの分にはいつもより多めに肉を入れさせてもらおう。あんだけ頑張って嘘を考えた挙句に肉を追加されるなど、ユズからすれば不満もあるだろうが嘘をついた報いを受けてもらおう。
逆にルーミアの分には野菜を多めに入れるか…というか別に分ける必要もないなこれ。肉が多いわけでも野菜が多いわけでもない串を何本も作れば解決する。
こうして野菜が多いことに少し不満があるルーミアと、肉が多いことに少し不満があるユズと一緒にご飯を食べた。