東方十能力   作:nite

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二百八十三話 とある妹吸血鬼の恋慕

「おお、焼けてますね!」

 

早苗がケーキを見て声を上げた。確かに上手に焼けていてとても美味しそうだ。

 

「あら、守矢の巫女は挨拶もなし?」

「す、すみませんレミリアさん。お邪魔しています…」

 

そしてレミリアに怒られている。まあこの館の主より先にスイーツに対しての感想を言うのは失礼だろう。しかしそういう振る舞いは早苗の若さを現しているようにも感じる。多分霊夢とか魔理沙も同じ状況なら似たような振る舞いを見せるだろうしな。

 

「おはようレミリア」

「ええ。フランに料理を教えたみたいね。楽しそうに話してくれたわ」

「楽しんでもらえたなら俺もありがたい」

 

多分起きてからそこまで時間は経っていないと思うけどその姿はきちんとカリスマを感じさせる。多分咲夜の時間停止を使った瞬間ドレスアップのおかげだろう。寝癖も何もないきれいな状態で活動できるのは咲夜のおかげと言っても過言ではない。

 

「今日のケーキはちょっと特殊ね」

「アレンジレシピだ」

 

幻空からフランとレミリアの分も取り出す。使った羊羹が違うのでそれぞれ若干色が違う。とはいえ味はそこまで大差ない。羊羹は細かくしたうえに別の材料も加えているためそこまで大きな違いは生まれないのだ。

 

「それじゃ、いただくわ」

「いただきまーす」

「では私も失礼します…」

 

レミリア、フラン、早苗の三人がケーキを食べた。レミリアは小さめ、フランは大きめ、早苗はその間くらいの大きさと、食べるときの大きさに個人差があるのが見ていて面白い。

 

「あら、意外と美味しいわね」

「おいしー!」

「へぇ、羊羹ケーキ、悪くないですね」

 

うん、好評のようだ。普通のケーキに比べると見た目の美しさに少々欠けるものの、その味は普通のケーキにも劣らない。羊羹を混ぜたことでちょっといつもとは食感が違うのも面白い特徴だ。作り方によってはパイとかも作れる。

 

「そうだ、咲夜も食べな。ほら」

 

テーブルの上には早苗のために切り分けた残りが置いてある。それを咲夜が食べるように切り分けた。元より俺はそんなに食べるつもりじゃなく、ただフランが俺の分も作ってくれたので食べないという選択肢はないわけで…なので咲夜には小さめに切り分けた。

 

「いえいえ、私は…」

「折角切ってもらったんだから食べなさい咲夜」

 

レミリアからの援護射撃。普通に言っても咲夜はあまり施しを受けてくれないからな。レミリアが言ってくれたおかげで咲夜も引けなくなったのか、動きは早く、でもちゃんと味わうようにして食べてくれた。

 

「今日はお手伝いもさせていただいたのでレシピは覚えました。また機会があればお作りしますねお嬢様」

「ええ、お願い」

 

レミリアにも咲夜にも好評だったようだ。元のケーキのレシピに羊羹を追加しただけに過ぎないのでレシピもそこまで複雑にはならない。きっと羊羹が余った時などに振る舞われることだろう。

 

「ん!ご馳走様!」

 

フランはさっさと自分の分を食べるとテーブルから立ってどこかに走り去っていった。珍しいな。いつもは食べ終わった後に色々と話していくんだが…

 

「…咲夜、片付けは後でいいからフランのことを見ていてくれるかしら?」

「分かりました」

 

どうやらレミリアもフランの行動が気になったらしく、咲夜に命じてフランを追わせた。咲夜は返事をした次の瞬間にはいなくなっていたので時間停止でフランのところまで行ったのだろう。例え吸血鬼の速さがあろうとも時間停止をしてしまえば人間の咲夜でも追いつくことは余裕だ。

 

「はぁ、思ったより深刻に出たわね…」

「フランのこと、何か知ってるのか?」

「ええ、まあ…」

 

どうやらレミリアはフランの行動に心当たりがあるらしい。とはいえ咲夜を追わせたということはそれなりに重要なことだと思うのだが…

 

「フランは大丈夫よ。貴方の手助けを必要とする案件ではないわ」

「それならいいんだが…」

「一回調子が狂うと元に戻すのが大変なだけなの…」

 

何かフランの調子が悪くなるようなことは…そういえば料理の途中からフランは元気があまりなかったな。実際には高速で移動できるくらいの元気はあったわけだが、精神的に弱っているということだろうか。狂気は精神の弱さに付け込んでくるので気を付けてほしいところだが…

 

『あいつの狂気が動いている気配はないから安心しろ』

『ならいいか』

 

狂気が言うなら多分大丈夫。突発的に発症することもあるので一応警戒はしておいた方がいいだろうけど、レミリアは結構フランのことは把握しているみたいなので本当に必要にならない限りこちらから何か言う必要はないだろう。

 

「ああ、そういうことですか」

「ん?早苗も何か知ってるのか?」

「知ってますけど定晴さんには言えないですね…」

 

まさかの早苗も知っているらしい。俺が紅魔館に来たときにフランと早苗が話していると咲夜が言っていたし、もしかしたらそこでフラン本人から話を聞いたのかもしれない。フラン本人も認知しているのであればそこまで大きな問題でもないかな。精神的な揺れっていうのは自分自身じゃ気が付かないことも多いからな。

 


 

うう、また逃げちゃった…

 

「妹様」

「咲夜ぁ…私どうしちゃったんだろおぉ…」

 

パチュリーが何も答えてくれない以上自分で考えないといけないかと思って色々考えたけどよく分からなかった。なんとなくルーミアちゃんに相談したら上手く解決してしまうような気がしたけど、私だけで定晴の家に行くのはちょっと気が引けるし…ルーミアちゃんが今日来てくれていればよかったのに。

 

「妹様、落ち着いてください」

 

咲夜がハンカチで私の口についていた食べかすを取ってくれた。食べかすを付けたまま走り回ってたのか私。お姉さまに淑女として~って怒られてしまう。

なんとなく身内に相談したくはなかったので誰かいないかなと思っていたら丁度紅魔館の近くを早苗が飛んでたから呼び寄せて話をした。途中から早苗はパチュリーと同じような顔をしたから嫌な予感はしたけど、やっぱり教えてくれなかった。ただ自分で気が付いた方が喜びは大きいとだけ言われたけど。

…違う。分かっているのだ、本当は。ただ認めちゃうと、私とお兄様の関係が変わってしまう気がして…

 

「妹様の様子がおかしいことに定晴様も気が付いています。心配をかけてしまいますよ」

 

それも分かってる。でもお兄様のことを意識してしまうともうだめになってしまって…

今日だってできる限り今まで通り、私とお兄様の距離感を保って会話していた。なのにお兄様ったら急に私の後ろに回って腕を持ったり手を持ったりして…あうぅ、思い出したら顔が熱くなってきた。

 

「お嬢様から妹様を追うように指示されましたが…私は一度妹様には一人で自分自身を向き合う時間が必要だと考えます。誰かに相談するのではなく、自分自身に」

「…分かった」

 

私は咲夜と別れて地下の自室へと向かった。最近はほとんど来ることもなくなった過去となった思い出の部屋だ。

一見するときれいな部屋だが、棚の後ろやベッドの下など簡単に掃除することができない場所にはボロボロの人形の残骸なんかが落ちている。私がまだ狂気に深く呑まれていた時の残滓でもある。

私はもう誰も寝ないベッドに転がった。私がここを去ったあとに咲夜がちゃんとベッドメイクをしてくれたみたいでちゃんとフカフカだ。多分今日も私がここから移動したらすぐに咲夜がベッドをきれいに整えてくれるのだろう。

…あの頃は一人だった。普通に人形で遊んでいたら、段々意識がボーっとしてきて、気が付いたら遊んでいたはずの人形は全部首から下がボロボロになっていた。例え私のお気に入りだったとしても、目を瞑った瞬間にゴミになる。

やっと落ち着けると思った時に、お姉さまが異変を起こした。異変当日は私は地下にいたけど、その後にまた紅魔館にやってきた魔理沙や霊夢と遊んだ。途中何度か意識が飛びそうになったけど、最後までボロボロにすることなく遊んだ。その時からお姉さまには紅魔館の中なら自由にしていいと言ってもらえた。

そしてしばらくは紅魔館の中での生活が続く。地上側に自分の部屋を新しく貰えたし、私が頑張って料理をしたらお姉さまは嬉しそうにしてくれた。掃除とかは苦手だったけど、頑張ったらお姉さまはちゃんと嬉しそうにしてくれた。褒めてもらう機会はほとんどなかったけど、あれは私が上手にできなかったから仕方ない。

更にしばらくしたらお姉さまはある程度外に出ることを許可してくれた。咲夜と一緒に出た外の景色は新鮮で、博麗神社で霊夢に会ったときにはすごい驚かれた記憶がある。でも狂気もその時はほとんど動きがなかったから…私は油断していたんだと思う。

ある日、私は不意に飛んできた知らない妖怪の攻撃で深い傷を負った。その瞬間、意識を失って、目が覚めたら周囲が更地になっていた。ああ、またやってしまったんだなと思った。咲夜は能力を使って安全圏に避難していたおかげで身内に怪我をさせることはなかったからマシだったけど。

 

「お兄様…」

 

そして月日は流れ、お兄様に出会う。まだあの時は特になんてことない人間だったはずだ。でも霊夢と同じくらい戦闘が上手だったものだから私も久々に楽しくなって、そして意識を失った。目が覚めたとき、いつもなら惨状を目にするのだけどその日は違った。近くにお兄様がいて、私の中の悪いものは小さくなっていた。その時からお兄様のことは救世主だと勝手に思っていた。

お兄様は何でもできるしとても強い。狂化状態の私相手にほとんど傷を受けずに勝つのだから。料理は咲夜並だし、それ以外の家事もなんでもできるって聞いた。泊まりに行ったときは日頃は見れないお兄様の様子を見れたから嬉しかったのを覚えている。

 

「お兄様…」

 

不動とやらが起こした異変の時、私は久々に意識を失った。でも完全に失ったと言うわけではなくて、なんだか夢を見ている感じ。私は狂気に従うままに周囲を更地にしてしまいそうになって、それでもお兄様だけは絶対に傷つけたくなくて、だから私は夢の中でひたすらにお兄様のことを考えた。勿論お姉さまたちのことを傷つけたくなかったのは当然だけど、それ以上にお兄様のことを想い続けていたような気がする。

今思えばあの時ずっとお兄様のことを考えていたせいで私の脳内に刻み込まれてしまったのかもしれない。

 

「お兄様っ……」

 

お兄様のことばかり考えてしまう。クッキーを貰った時、嬉しさが溢れて、それ以上によく分からない感情が溢れてきて、どうしようもなくなってしまった。

 

「お兄様っ…!」

 

これは泊まりに行った時のこと。こいしちゃんと話したこと。

こいしちゃんはお兄様のことが好きだと言った。私はお兄様のことは兄として尊敬してるけど、それは恋ではないと言った。こいしちゃんは地底で色々と定晴に助けられて恋をしたのだと言う。となれば何度も助けられている私がこうなってしまうのは普通のこと。普通の、こと。

 

「お兄様っ………好き…」

 

多分このどうしようもない感情が、恋なんだろう。

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