日本というのはよく見る地図では南北に長いように思えるが、実際地球規模で見てみると意外と東西にも長い。それ故に同じ国の中の同じ品種の花であっても地域によって咲いたり散ったりの時期が微妙にずれたりする。桜前線なんていう言葉があるのはこれが原因だな。
幻想郷は正確な場所を教えることはできないものの、東の方にあるので開花時期は日本の中ではそれなりに遅い方だったりする。しかし残念ながら霊なんていうのがあるせいで結局ずれることも多い。
「もう葉っぱになりだしてるわね…」
「四月も終わりだからな」
幻想郷の端っこ、博麗神社にて。一時期は花見会場として連日人気を博していたこの場所もこの時期になるといつも通り閑散とした空気が戻ってくる。今頃リリーはどこかで春が去るのを泣きながら見守っていることだろう。
「んっ!これ結構美味しいですよ定晴さん」
「水那の口に合ったようでよかったよ」
今日はここで俺が作った試作品のお菓子を霊夢と水那にも食べてもらっている。一応ルーミアとユズにも試食してもらっているがこういうのは母数が多い方がいいからな。
作ったのは抹茶の羊羹アイス。別にそこまで珍しいものでもないのだが、今回は完全に自己流の作り方をしたので少々味が不安だったのだ。春なのでキンキンに凍らせているわけではなくシャリっとした食感が楽しめるシャーベットのようになっているのが特徴。羊羹の良さを潰している気もする。
「試食ならいくらでも食べてあげるからいっぱい持ってきていいのよ定晴さん」
「霊夢は既に二個食っただろ…」
本当はあうんか針妙丸かに食べさせるために持ってきていた羊羹アイスだが、二人とも不在だったので片付けて…いたらいつの間にか霊夢が一つを奪って口の中に入れていたのだ。その動きはまさに冥界の食いしん坊。あ、これ誉め言葉でもなんでもないです。
「ルーミアちゃんたちはいないんですね」
「ルーミアはユズを連れて人里に行ってるよ。なんでも夏用の服を買うんだとか」
ユズの服は冬に迎え入れたときのものと春用に買い足したものしかないのでこれから暑くなる時のための服は用意されていない。なので俺は二人にお金を渡して買いに行かせたのだ。一応ファッション系の仕事の経験もあるものの結局同性でコーディネイトした方がいいものが買えるので俺は不参加。
そういえばあまり最近来てなかったなと思ってここに来たというわけだ。花見に来たときが最後だったので数十日でこうなってしまうのかと思うと季節の変わり身の早さに驚く。
「水那、能力はどうだ?」
「少しずつ上手く扱えるようになってきました」
「水那ったら能力の適正のせいか分からないけど私よりも上手く陰陽玉を扱えるのよ?【お金を作り出す程度の能力】とかならよかったのに」
水那は順調に成長しているようで、それに嫉妬したのか霊夢が冗談を言う…いやこれ冗談じゃないな。霊夢の顔がマジだ。
花見の時に能力が見つかった記念として水那に渡した髪飾りだが、現在はちゃんと使いこなしているらしい。とはいえ霊力の循環を良くして回復を早めるくらいの効果しかないので特に苦も無く装備できたらしいけど。
「定晴さんの能力、ルーミアちゃんに話したらしいですね。難しい顔をしてました」
ルーミアとユズは俺以上にここに来る。俺がここに来てもあまりすることはないが、ルーミアとユズなら水那がちょうどいい遊び相手になるからな。水那もユズも発展途上の弾幕プレイヤーとして日々研鑽に励んでいるらしい。
「信用という面で私たちに話してくれないのは分かるけど、なんかヒントの一つでもくれないのかしら?」
「流石にそれは…」
ヒントも何も、本当の能力は別にあるということ自体が最大のヒントなのでこれ以上に言えることはない。特に霊夢たちは非常に勘が鋭いのでなんか言うとその時点で看破される可能性もあるのだ。水那も最近博麗の力なのか勘が鋭くなってきたらしいし油断ならない。
「…そういえば聞きたいことがあったんだけど」
「何だ?」
「幻想郷だと基本的に男性は弾幕勝負しないんだけど、そこらへんどう思ってるの?」
なん…だと…?
「ちょっと待ったそれ初耳だが?」
「あらそう?男性が作る弾幕って雑で殺傷性高めのものになりがちだからあまり作らないのよ。それだけでルール違反になるから。定晴さんのはちゃんと威力抑えてるみたいだけど…」
…本当に初耳だが。
でも確かに霖之助や人里の男性が弾幕勝負してるとこ見たことないんだよな…人里の女性、多分霊力が多かった人なのだろうけど、その彼女が妖精と弾幕勝負をしているのを見たことがある。男性は珍しそうにそれを見ていたが…そういう理由があったのか。
俺はちゃんと弾幕に芸術性を持たせるようにはしている。これでもデザイン系の仕事をすることもあったのでそういう感性はそこまで酷くないはずだ。威力は…妖夢が剣を使うこともあるみたいだし多分ギリギリ大丈夫。浄化さえ使わなければ弾幕勝負の範囲では問題ないはず。浄化以外だとそこまで攻撃力は高くないしな俺。
「まあ定晴さん、最近は弾幕じゃない普通の殺し合いをする回数の方が多かったみたいだけど」
「まあな…」
先日の妖精の戦いは弾幕ごっこの範囲ではあったもののその前の早鬼との勝負や不動との勝負は弾幕関係なしの殺し合いだった。俺にとっては弾幕勝負よりも殺し合いの方が戦いやすいのだが…幻想郷はそこらへんの法整備が整っていると思ってたんだがなぁ…
「でも別に禁止してるわけじゃないんだろ?」
「まあね」
「じゃあいいんじゃないか?鬼とかは普通に殴り合いしたいみたいなこと言ってるし」
ルールを理解しておきながらそれに不満を持っている妖怪も少なからずいる。そういう妖怪相手をするのであれば霊夢よりも俺の方が適任となることも多いだろうし、ルール上違反でもないなら俺が弾幕勝負を続けてもいいだろう。そもそも初戦の時点で魔理沙に誘われて始まったものだからな。
「私もルールを守ってくれるなら構わないからいいわよ。殺しちゃだめだからね」
「分かってるよ」
殺しはあまりしたくないのはこちらも同じだ。
ちょっと物騒な話題になってきたら水那が口を開いた。
「私はあまり人を殺すことに忌避感はないんですけど、霊夢さんはどうですか?」
「そうねぇ、私もあまり抵抗はないわよ。だって一カ月あれば確実に一人は妖怪に食い殺されるような場所よここは。流石に殺すことはあまりないけど、もし殺さないといけないときは殺すと思うわ。まあそうならないようにスペルカードルールを作ったんだけどね」
尚水那は聞いた話だと殺しの経験はないらしい。外の世界で生きていた頃は盗みや傷害の罪は犯したらしいが殺人だけはしなかったという。ただそれは良心からではなく、殺人だと警察の追跡が増えるから生きにくくなるという理由だった。
そして俺は人殺しの経験がある。何でも屋では殺人依頼もたまに来ていたがその依頼を受けて殺人をしたことはない。その代わりテロリストとか犯罪者を相手にするような依頼ではやむなく殺しをしたことがある。
『殺人による精神負荷は俺が請け負ってるけどな』
『助かってるよ』
そのせいで理性的なブレーキもあまりかからないのだけど。狂気がいなければ幻想郷に来る前にどこかで壊れていてもおかしくないな。狂気に行動を止められたこともあるので本当に危ない橋を渡ってきた実感はある。
「定晴さん、難しい顔してどうしました?」
「ああいや、気にしないでくれ。死ぬというなら幻想郷の死生観ってどうなってるんだ?」
話を逸らす。水那も霊夢もまだ未成年だしあまり暗い話はしたくない。死生観の話が明るい話というわけではないけど。
俺の質問には霊夢が答えてくれた。
「あまり深く考えられてはないわよ。だってすぐそこに彼岸も冥界もあるからね。神様とかも普通にいるせいであまり生き死にでの信仰はないけどね」
外の世界の宗教では輪廻転生や極楽浄土などの話があるが、幻想郷だと閻魔様直々に死後の色々を聞くことができるので死んだ後関連の思想は生まれなかったのだろう。
「まあでもあまり外の世界と変わらないと思うわよ?結局信じる信じないの話になると個人によるだろうし」
「霊夢はどう思ってるんだ?」
「死んだら霊魂になって彼岸行って冥界行って…っていう幻想郷の死後一般ルートだと思ってるけど」
死後一般ルートとかいうパワーワードに少々笑いそうになるが、まあ幻想郷では一般的な考え方かもしれない。俺が死んだら俺の中にいる魂はどうなるんだろうか…
『俺と愛はお前自身だから特に何もないと思うぞ。魔女はどうなるか知らんが』
『消えちゃうんじゃないかしら?そもそも私が封印されたのって相当前だし』
『魔っちゃんは冷めてるねー。そんなんだと恋は生まれないぞ☆』
『別に求めてないわよ』
ああなんか魂が騒がしくなってきた。ていうか愛が常駐するようになったせいで前に比べてずっとうるさいのだ。たまに狂気を怒らせるようなことも言ってるみたいだし、本当にどうにかしてほしい。まあどうにかするというのはルーミアたちとの問題をどうにかするということにもなるのですぐに終わる問題ではないのだけど。
「定晴さんの無効化?だっけ、それで死ぬことをなくしたりできないのかしら」
「無理だな。無効化できるのはその一瞬だけだからタイミングが合わない」
それに怪我にしろ病気にしろ死ぬには相応の理由があるはずなのでその瞬間だけ死ぬことを無効化したとしても次の瞬間にはやはり死ぬことになるだろう。俺の能力はそこまで自由にはできていない。負けて死ぬ瞬間に新しい力が【打ち勝つ程度の能力】から派生する可能性もあるけど実験できないので期待はできない。
「霊夢こその死ぬことから飛ぶことはできないのか?」
「それ私に人間やめろって言ってるわよね。死んだら飛ぶと思うけど」
幻想郷流ブラックジョークだな。中々に言っていることが恐ろしい。
ここじゃ外の世界の常識がひっくり返ることも多いので実際のところは分からないが、死後を考えすぎると鬱になりやすいと聞くしあまり続けない方がいい話題かな。
俺は水那と霊夢の口に無理やり幻空の中にあった飴を突っ込んで話を逸らすのだった。