今日は香霖堂に来ている。珍しいことにルーミアとユズも一緒だ。
「やあいらっしゃい」
いつ来てもここは少し暗くて物が多い。整理をしないかと提案したこともあったが、にべもなく断られてしまったのでそれ以来何も言わないようにしている。どうやら霖之助はこの雰囲気が気に入っているらしい。
「買いたいものがあるんだが…置いてあるか分からんなこれ…」
「全部を記憶しているわけじゃないけど、ある程度何が置いてあるかは把握している。何をお探しだい?」
「布だ。外の世界で売られている頑丈な布を探しているんだが…」
布というだけならば勿論人里で買うことができる。昔ながらの布ではあるが、とてもきめ細かく丁寧な作りなので普通に布を作るだけならばそれで事足りる。
しかし今日欲しいのは頑丈な外の世界産の布だ。というのも、ルーミアとユズが着る服を作るとなると、ユズはともかくルーミアはやたらと俺のせいで弾幕ごっこではないガチの戦闘に巻き込まれることが多いので頑丈な作りにしたかったのだ。
魔法には布の強度を上げるものもあるらしいが、俺の技術では布に付与することができなかったので元々頑丈な布を探す羽目になったのだ。魂の魔女の話によれば俺でもできると言うのだけど…どう頑張ってもできなかった。
「布か…確かにあるが、品質は保証できないよ?なんせ無縁塚に流れ着くほどのものだからね。元よりボロボロだし、それ以外にも妖怪に踏まれたり噛まれたり切られたりしているものが多い。そういうわけで僕もあまり置いていない。そこの棚だ」
霖之助に示された棚には確かに布が置いてあった。しかしそこにあるのはやたらとバブリーなキラキラした布だけで、普段使いできそうな布は置いていない。流石にこの布で服を作るのは二人も嫌だからか、首を横に振っている。幻想郷では珍しいものではあるが…
「どういう用途で使うんだい?」
「服の材料だ。俺の家にあった布じゃ一着作るのには足りなくてね」
「服か…ならば君の友人である八雲紫に聞く方が早いんじゃないかな?」
確かに紫なら外の世界の布くらい持っているだろう。そうでなくてもスキマを使って外の世界に行かせてくれれば俺の金で布は買える。
しかしそれはできないのだ…
「あいつは今外の世界の視察中だ。一週間も何してるのか分からないけど、まあ休暇みたいなもんだな」
幻想郷の文化と外の世界の文化の違い、そして外の世界の文化の発展を視察するという名目で紫とその式神である藍は外の世界に行っている。なのでいつものように呼ぶだけで現れるような存在ではないのだ。
服自体は急ぎの用事ではないので帰ってくるまで待ってもいいのだが、何が起きるのか分からない以上は早めに準備しておく必要があるだろう。
以下今朝の回想…
「ご主人様、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
朝食を一緒に食べているときにルーミアから質問があった。
「ご主人様って服を作れたりするの?」
「作れるぞ」
今ルーミアが付けているリボンは俺が縫ったものだからな。そうでなくても洋服くらいは作れる。残念ながらドレスとか和服の作り方は知らないので調べないといけないが、そういう例外でなければ大抵のものは作ることができる。
「じゃあ私の服を作ってほしいんだけど」
「別にいいが…なんでだ?人里に良いのがなかったのか?」
「それもあるけど…動きやすい服も欲しいのよ。ご主人様が
何か念押しというか、呆れたようなニュアンスを感じたが、まあなんとなく分かる。どういうわけか最近は弾幕ごっこではない戦闘が増えたせいで服がほつれてしまうことも多い。そのためルーミアも頑丈な服が欲しいのだろう。ユズはまだそういう戦闘に巻き込むつもりはないが、用意していてもいいかもしれない。
どうやらルーミアも、服がボロボロになってしまうことを気にしていたらしい。俺の意思に関係なく戦闘が始まることも多いので申し訳ないとは思いつつ俺にはどうしようもないからな。
じゃあ今日は裁縫の時間といたしますか。
その後、家にある布では足りないことが発覚し人里へ。しかし幻想郷の布では戦闘に耐えられないと分かったのでここまで足を運んだのだ。
「彼女がいないとするなら…河童はどうだろうか」
「河童?」
「ああ。定晴が言っているのは合成繊維というやつだろう?持っているかどうかは別として、河童に作れるんじゃないだろうか」
確かにそれは一理ある。合成繊維、特に服によく使われているポリエステル繊維は機械による化学反応で作られている。河童たちならば作ることも可能かもしれない。
確か材料として化学物質のテレフタル酸とエチレングリコールが必要だが、どちらも石油から作ることができる。幻想郷に油田があるとは聞いたことがないが、河童たちの科学技術から見るに石油でなくとも別のものから作ることが可能かもしれない。なんならポリエステル以上の優秀な素材を作成できるかもしれないな。
「でも…河童に外の世界の繊維技術を教えて大丈夫か?」
「ふむ…」
相当懐かしい記憶だが、昔河童にビニールを作ってもらおうとしたことがある。惰眠異変だとか春眠異変だとか言われているあの時だ。あの時は確か代替品の幻想ビニールなるものを貰ってことなきを得たが、もし俺がビニールの製法を教えていたら大変なことになっていたかもしれない。
「河童は少々暴走する癖があるからね。定晴の懸念も強ち間違いではないだろうね」
「だよなぁ…」
やはり河童に任せるのはやめたほうがいいかもしれない。
となると紫に頼むしかないが、あいつが帰ってくるのは予定ではまだ数日後だしなぁ…
「紫様を待たなくても…連絡を、取ることができれば、いいのではないですか?」
霖之助がいるからか少し詰まりながらも提案してくれたユズ。
紫への連絡手段か…式神を使った連絡だと外の世界じゃ使えないし、スマホを使った連絡だと逆に幻想郷で使えない。
「霖之助、外の世界の人物に連絡を取れるものはあるか?」
「ないよ。携帯電話なるものならあるけど、そうじゃないだろう?」
勿論携帯電話は求めていない。
やはり待つしかないな。二人には悪いけど服作りはまた別の機会に…
「こんにちはー」
そう考えていると香霖堂の扉が開いて客が来た。ちゃんと来店するやつもいるんだなと思いなおしていると、客がこちらに気が付いた。この狭い店内であれば気付かないことなどあり得ないけど。
「あら、定晴さん。久しぶりね」
「アリスか。よく来るのか?」
「たまによ、たまに」
香霖堂は魔法の森の入口にあるのでアリスも来やすいのだろう。
アリスは俺がさっき見ていた布のあたりを物色している。きっと人形を作るための材料に必要なのだろう。
それを見ていた霖之助が思い出したかのように声をかけてきた。
「そうだ定晴。彼女なら合成繊維とは言わずとも頑丈な布を持っているはずだよ」
「何?何の話?」
霖之助がそんなことを言うので俺はアリスに掻い摘んで説明した。霖之助の言う通り、アリスは頑丈な布を持っているらしい。
アリスは弾幕ごっこをするとき、アリス本人ではなく人形が攻撃をするので使う素材が頑丈でないといけないらしい。なので俺ができなかった布への魔術付与によって頑丈な素材を作り出しているらしい。
「アリス、その布を何枚か分けてくれないか?お礼には外の世界の布をあげるから」
「…いいわよ。何に使うの?」
「二人の服を作るんだ」
俺が服を作れることに驚いたあと、布を分けてもらえることになった。布自体はアリスの家にあるので、俺は家に戻って服作りには使えない外の世界の布を持ってきて、アリスの布の方は式神の二人に行ってもらうことになった。
そして一時間後、俺の家でやっと裁縫の材料が揃った。ボタンとか糸は家にあったものだけで足りたのでよかった。
さて、いざ裁縫、というところで俺はある問題に気が付いた。採寸作業だ。
女の子同士で採寸をしてくれるのであればそれでよかったのだが、ルーミアもユズも採寸方法なんて知らない。適当な大きさに作ってサイズが合わないと無駄になってしまうので採寸は必須なのだが…
「…下着姿ならご主人様に見られても、私はいいけど」
「私も…定晴さんなら大丈夫です」
どうやら二人とも俺に採寸されることに抵抗はないみたいだ。これで下着の採寸とかになると俺にもできないので人里で採寸してもらうことになるだろう。
と思っていたらルーミアが近づいてきて耳元でこっそりと言った。
「裸だって…あなたになら見せていいのよ?」
…聞かなかったことにしてユズの採寸をする。これは逃げではない。恋愛事にだって、たまにはわざと知らなかったことにすべきことがあるのだ。
その後ルーミアも採寸をして(あんなことを言った割に採寸されている間は恥ずかしそうだった)服を作った。
結局二日かかったけど、いつも着ているものではなく二人の希望通りのデザインで服を作った。裁縫技術が衰えていなくてよかったよ。
ルーミアの服の頻度は公式の服よりも定晴が作った服の方が多いです