身体強化よし、結界よし、輝剣よし。
紫の式神という身でありながらも、自らが九尾の狐として強大な力を持つ藍に勝つには、正攻法しかない。
すなわち、輝剣と弾幕を織り交ぜながら力で打ち克つのだ。藍は近距離も遠距離もある程度できるオールラウンダーだと紫に聞いているので、戦うならばヒットアンドアウェイしかない。
「閃光!」
魔術により眩い光を一瞬生み出す。スキマ空間でどれだけいつも通りの出力ができるか気になっていたが、どうやらここは現実世界となんら変わりなく魔術を行使できるようだ。
魔術によって疑似的にフラッシュバンを生み出したら、身体能力と風を使って藍に肉薄する。
俺の剣が藍の体に触れるというところで…俺は横に吹き飛ばされた。
「がっ」
「定晴さん、妖怪は目が潰されても分かるんですよ」
顔を上げると、藍はその尻尾を揺らしながらこちらを向いていた。その目は閉ざされているのに、まるでこちらをじっと見つめているかのような雰囲気だ。
どうやら藍の尻尾は俺が思ったよりも可動域が広いらしい。少なくとも、藍の正面に立っていても届くくらいには。
「このようにっ!」
俺と藍の間に大量に出現する炎。狐火…というには火力の高い炎は、まるで俺と藍を隔てるかのような壁となった。それに、その壁は徐々にこちらに移動している。
一応俺の耐久力的にはこの炎の壁を無理やり突破することは可能だ。壁とはいえ、あくまで炎なので一瞬で抜ければダメージは最小限に留めることができる。
それに、魔術を使えば何個かはかき消すことができるだろう。とはいえ…
「まあ流石にそれはできないな」
俺は横に大きく動き、狐火の壁の範囲外まで移動する。
一つ一つの大きさは小さく、火力が未知数の狐火。実行しているのが大妖怪の藍であるという点を抜きにしても、ここで無駄にダメージを食らう必要性はない。
既に藍は目を開いていて、狐火の範囲外まで移動すると、藍は弾幕を撃ってきた。
「これは…」
それは美しい弾幕だった。綺麗、ではなく、幾何学的、という意味で。
俺の動きを予測するかのように放たれている弾幕は、俺が弾を切断することも予測して弾が飛んできている。
俺の動きを誘導したあとに、不意の一撃が飛んでくる。それを結界を弾くと、後ろから狐火が飛んでくる。それを魔術でかき消す。
俺は包囲されていた。藍の弾幕の檻は、時間が経つごとに精度が上がっていき、俺の動きを学んで成長しているかのようだ。
「まるでAIを相手にしているみたいだな!」
「紫様曰く、私は外の世界で言うコンピューターみたいなものだと」
「納得だっ!」
裁いても裁いても、攻撃がやむことはない。しかし、俺への被弾が少しずつ増えていく。一つ一つのダメージは少ないけれど、このままでは致命傷を受けてしまう。
藍が自由なのが、この攻撃を生み出している。あちらに、少しでも妨害をすることができれば、ここまでの精度はなくなるはずだ。
「なら、これを使うか」
俺は幻空の中から、家宝の剣を取り出す。そして、輝剣から手を放す。
輝剣は俺の意思に応じて、遠隔で操作することができる。藍のいる場所は少し遠いせいで、俺の輝剣の射程範囲外ではあるが、そこまで投げ飛ばすことはできる。
輝剣に浄化を付与して……投擲!
「おっと」
ただ一本、浄化が付与されているとはいえ回避は容易な輝剣の攻撃は、藍に僅かの妨害だけを行った。
だが、その一瞬、演算がされなかった一瞬の弾幕を、俺は突破する。多少の被弾はお構いなしに、俺は藍へと再度近づく。
「無駄なことですよ」
藍の尻尾が動くのが見える。いや、これは残像であり、きっと既に俺の横に尻尾は来ている。
瞬発力だけなら、俺の強化された動体視力も上回るらしい。反応はできない。だから…耐える。
「ぐっ…うおお!」
「む」
結界の併用で、俺は尻尾の一撃を耐える。まるで勇儀に殴られたかのような衝撃を受けるが、激しい痛みを代償に耐える。
剣を握りなおして、今度こそ藍に一撃を入れようとして…今度は逆方向に吹き飛ばされた。
「かはっ」
「耐えるなら、ずっと耐えなえれば私に攻撃は通りませんよ」
最初の一撃を俺に放った尻尾はまだ予備動作中。だが、もう一本の尻尾が俺を打ち付けていた。
藍の尻尾は九本。一撃ずつ攻撃を放つのならば、連続で九回は来る。それに、九本目の攻撃が終わるころには、一本目の尻尾は攻撃可能になっているだろう。つまり、尻尾の攻撃は実質無限回数繰り返される。
「燃えろ!雷よ!」
炎の魔術と雷の複合魔術。それらを藍に放って、俺は体勢を整える。
「浄化!」
更に、浄化の力を乗せた弾を藍に向かって放つ。あまり強い効果はないが、当たれば多少なりとも確実なダメージとなるだろう。
その期待は、しかしすべてをかき消した尻尾の動きによって打ち砕かれた。
「…その尻尾は触手かなんかか?」
「ふふ、私の体の一部であるならば、自由に動かせるのは道理でしょう」
藍の攻撃は俺に届くが、俺の攻撃は藍まで届かない。
今のところ藍がまともに食らった俺の攻撃は一番最初の閃光だけ。しかも、それも意味がないから食らっただけであり、ダメージはゼロ。
やはりあの尻尾が厄介だ。あれ一本一本が大妖怪の力を有しており、まるで別に妖怪と同時に対峙しているような感覚だ。
「遠距離戦で勝てるのか…?」
あの尻尾の影響を受けないように戦うならば、尻尾の射程距離外から攻撃を行って藍に当てるしかない。
とはいえ、藍の尻尾は生半可な攻撃ならかき消すことができるみたいだし…
「来ないなら、こちらから」
俺が考えていると、先に藍が動いた。その手にあるのは、俺も使っている式神の札。
どこからともなく、橙が現れた。いつもの橙に比べると明らかに持っている妖力が違うので、多分バックアップを受けているのだろう。ただでさえ藍の手数の多さに苦戦しているのに、ここで追加が来るときついな。
「んん~~にゃああああ!」
橙はその場で高速回転し始めた。そして弾幕を放ちまくる。
「藍、これ合ってるのか!」
「橙にはこれくらい単純な指示のほうがいいんです」
橙が放つ弾幕は、やたらと濃い。回避をするには確実に一つ一つ認識しなければ、被弾してしまうだろう。
「狐火!」
そこに藍の狐火が加わる。これは…回避不能か。
輝剣を呼び戻し、右手に持っていた家宝の剣を左手に持ち換えて、体の周囲に結界を同時展開。二振りの剣を携えた俺は…すべてを斬ると決めた。
「うおおおっ!」
勿論その場で斬り続けていても意味がない。だが、近づいても藍に吹き飛ばされるだけ。
ならば、この位置から確実なダメージを二人に与えることが必要となる。俺と二人の間の距離は二十メートルほど。遠くはないが、近くもない。
この距離を埋めるならば…俺は結界を使うしかない。
「…天の羽衣、選定する魂…」
ひたすら弾幕と狐火を斬りながら、詠唱をする。あの時と違って守ってくれる人がいないから、あの時ほどの力は出せない。詠唱も、少し改変する。
「…降臨する光、打ち払うは闇…」
このスキマ空間も、妖力により構築されていると思われる。ならば、この空間で浄化の力を使うのであれば、相応の力を持って空間を塗り替える必要がある。
現実世界を塗り替えるのとは難易度が違うけれど…霊力を使い果たす勢いで詠唱を完了させる。
「…開け、三千世界」
俺を中心に光が溢れて、周囲の景色を書き換えていく。
無数の目により構築されていたスキマの空間が、光の壁に塗り替えられる。スキマ自体が特殊空間なので塗り替えるだけで霊力消費が凄まじいが、藍達を飲み込めればそれでいい。
「な、橙、止まれ!」
「うにゃあああ!…はい?」
橙はずっと大声で鳴きながら弾幕を展開していた。そのため、俺の詠唱は藍に聞こえなかったのだろう。もし聞こえていたら、もっと早く飽和攻撃を行って妨害をしてきていただろう。
俺の固有結界は、最大の浄化効果を持つ。その中にいる妖怪は…もれなく、浄化される。
「ふにゃあああ!」
「ぐああ、このっ」
苦しみながら藍が狐火を打ち出すが、先ほどの火力もなく、触れてもちょっと火傷する程度の大きさだ。橙に至っては倒れて泣き叫んでいる。さっさと固有結界を消さないと橙が消滅してしまうので、さっさと勝負を決める。
「しっ!」
藍は尻尾を動かそうとするが、その尻尾は力なく垂れており、動くことはなかった。俺の輝剣の一撃は藍の体を大きく裂き、そこから血が噴き出す。
その瞬間、俺は固有結界を解除した。傷口から浄化の力が入った場合、妖怪は本当に死んでしまうからだ。
「はぁ…はぁ…」
「うにゃあぁ」
力なく倒れる藍と橙を見て、俺は紫を呼んだのだった。
橙は紫による妖力回復、藍は永遠亭に搬送された。やりすぎた気分になるけれど、これは殺し合いなのできっと大丈夫。
「定晴」
「なんだ?」
「…まあ、今回はいいわ。その固有結界、あまり使わないでよ?」
使わん。こんな対妖怪最終兵器みたいな固有結界。
実のところ、普通の妖怪相手に三千世界を使うのは初めてだったりする。前使ったのは不動が持ち込んだ謎の妖怪相手だったので、藍や橙のような妖怪にどこまでの威力を発揮するか分からなかったのだ。
そもそも、今回使ったのは正しい詠唱ではない。俺が詠唱に集中できなかったので、簡易的な詠唱に改変したものなのだ。それでもあそこまで苦しめるとなると…大妖怪以外は、本来の三千世界で完全浄化してしまうかもしれないな。
「鍛錬が足りませんね。妖術を練る練習をもっとしましょう」
ルーミアとユズの二人はどちらも気絶していた。対する華扇はほぼ無傷。
どうやら二人が妖術を使うまでの一瞬で、華扇は攻撃を決め続けたらしい。発動する前に攻撃されているので、攻撃も防御もできず気絶してしまったとのこと。だからこそ、もっと早く妖術を使えるように妖力を練る練習をしろと華扇は言っているのだろう。
「さてと、これまでお疲れ様、定晴。収穫はあったかしら?」
「ああ、色々とな」
まだ勝てていない相手もいる。戦っていないやつもいる。彼女らにもいつか勝負をして、勝ちたいところだ。まあ、それよりも…
「なんだか、俺の一番の課題の無効化をほとんど使えなかったな」
「それは…そうかもしれないわね」
無効化使用後の硬直。それがどうしても大きすぎる隙だ。殺し合いという状況において、硬直してまで無効化を使用することはなかったのだ。
「まあ、最近ずっと連戦してたし、しばらくお休みなさい」
「ああ、そうするよ…」
取り敢えず、しばらく心を休めないといけないな。はぁ、大妖怪こっわ。
次回から日常編です。ゆっくりしてもらいます