東方十能力   作:nite

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三百六十九話 釣りバカ日誌

夏の暑さに対して、幻想郷における対抗策というのは結構少ない。

外の世界のエアコンや扇風機のような電子機器が普及していない幻想郷において、暑さに対抗するなら冷たいものを食べるか水場に行くかチルノにくっつくかしかない。

冷たいものならば人里だと案外手に入る。どうやらこの時期はチルノは意外とバイトをしているらしく、チルノはお駄賃を貰って氷を作っているのだ。そんなチルノ謹製の氷を使ったアイスは普通のアイスよりも溶けにくく好評なのだそう。

では水場はどうかと言うと、幻想郷おける水場は非常に少ない。

川、もしくは霧の湖。以上だ。

一応小さい湖みたいなのはちらほらあったりするのだけど、大きな水たまりの域を超えず、霧の湖以上に適した水場というのは幻想郷には存在しないのだ。だからこそ夏の初めに、ミキは俺たちを海に拉致ったんだろうしな。

 

「釣れるかねぇ」

 

そんな霧の湖は、実のところ泳ぐにはちょっと危険だ。わかさぎ姫のような妖怪だけではなく、ヌシと呼ばれるでかいやつや魚型の妖怪なんかが生息しているらしいので。

もし人間がここで泳ごうものなら、五割ほどの確率で下半身不随になるらしい。そして一割の確率で帰ってこないと言う。過去に妖怪退治および被害者捜索をしたことがあるという霊夢がそう言っていた。

 

「うーん、結構魚さんたちがいるので釣れると思いますよぉ」

 

水の中を観察していたわかさぎ姫が、ふわふわした声で言う。

俺は現在霧の湖に釣りに来ていた。泳ぐのではなく、近くで涼むだけならば特に危険はないのである。昨日永遠亭で待っている間に、ふと思いついて、家の倉庫に眠っていた釣り具を取り出した。暑いので出たくないという式神二人は家に置いて、遥々霧の湖まで釣りをしに来ているのだ。

釣りをしていたら、水の中からいつぞやの人魚、わかさぎ姫が出てきたのでこうして駄弁っている。わかさぎ姫はあまり知り合いがおらず寂しいというので、雑談相手がいると楽しいらしい。

 

「わかさぎ姫は魚が釣られて食べられることについては気にしないのか?」

「一応自然の摂理ですのでぇ。勿論、私が食べられそうになったら全力で逃げますけどぉ」

 

わかさぎ姫って食べられるのだろうか。そういえば、人魚の血肉って不老不死の材料になるって聞いたし意外と可食部があったりするのだろうか。

 

「定晴さん、食べようとしてません?」

「いや、そもそも食べれるのかなって」

「それを食べようとしてるって言うんですよぉ。食べても美味しくないです!」

 

はっきりと言い切られた。

とはいえ、伝説ともされる人魚の素材というのは何かと秘薬などの材料として登場する。そういえば、初めてわかさぎ姫と会った時は、ミキが鱗を取りに来ていたな。

 

「わかさぎ姫を食べようとするやつって誰なんだ?もしかして、例のヌシってやつか?」

「はぁい、滅多なことじゃないと出てこないんですけど、私の五倍くらいは大きいんですよぉ」

 

わかさぎ姫の全身像は足がヒレになっているのもあって分かりづらいけれど、わかさぎ姫の話が本当なら七メートルは超える大きさということになる。確かにそれなら、わかさぎ姫を食べることもできるだろう。丸呑み、という意味だが。

 

「そのヌシってなんの魚なんだ?」

「鯉みたいな、鮎みたいな…あれだけ大きな魚さんはここでも稀なので、種族は分からないですねぇ」

 

うーむ、折角だから釣りあげて食べたいところだ。外の世界じゃそんな大きさの魚はそうそういないし、いたとして食べられるようなものではない。

ヌシとやらも食べれる魚ではないかもしれないけど、チャレンジしてみたいところだ。毒とかがあっても、俺には効かないからな。

 

「まあ、まだ何も釣れてないから、何か釣れてからだな」

 

俺は水の中を踊るように泳ぐわかさぎ姫を眺める。やはり人魚という種族は伊達ではないようで、まるで空を飛ぶように水の中を泳いでいる。

そんな風に泳ぐわかさぎ姫に、ふと思ったことを尋ねてみた。

 

「わかさぎ姫ー」

「はぁい?どうしました」

「わかさぎ姫って空を飛べるのか?」

「飛べますよぉ」

 

わかさぎ姫が水面から体を半分だして、返事をする。それと同時にわかさぎ姫は体に若干の水を纏ったままに空中に浮いた。

ただ、空を飛んでいる間は全然早く動けないようだ。やはり、空は苦手だろうか。

 

「私は水の中で強くなるんですよぉ」

「なるほど」

 

人魚という種族に加えて、能力によるバフもあるからこその速度らしい。

わかさぎ姫はふよふよ浮きながら、俺が腰掛けている岩の横に座った。水から出てきたばかりなのに、その服や体が濡れているように見えないのは妖術なのか種族特性なのか。

 

「弾幕ごっことか不利なんじゃないか?」

「そうなんですよぉ、水の中に逃げてもいいルールならいいんですけどねぇ」

 

幻想郷にはそもそも水場というのが少ない。人魚ならではの悩みというのも多そうだ。

わかさぎ姫と雑談していたら、竿が揺れた。俺が釣り竿を見たのに気が付いて、わかさぎ姫も静かになる。

まだ食いついてはいない。先端に付けた餌を啄むように食べているだけだ。これを、大きな口を開けて飲み込むようにしないと、針は魚に引っ掛かりはしない。早く動かしてしまうと、それだけで魚は逃げてしまうのだ。

 

「「…」」

 

固唾をのんで見守る俺たち。

しばらくの間緊張感が高まる。そして…浮きが沈んだ。

 

「そぉい!」

 

今回の釣り竿はリールがないタイプなので、魚が引っかかったら全力で振り上げるだけだ。身体強化も上乗せして、思いっきり引き上げた。

水面から飛び出てきた魚が太陽の光を浴びて眩しく光る。

 

「定晴さん!」

 

わかさぎ姫がバケツを差し出してきた。俺はそれに魚を入れて、針を外す。

魚はしばらくビチビチと暴れていたが、周囲に水があることに気が付くと、湖とは比べ物にならないほどに狭いバケツの中を泳ぎ始める。

 

「やりましたね!」

「アシストありがとな」

 

やっと一匹である。外の世界では見たことのないような見た目をしているのだけど…

 

「わかさぎ姫、これは?」

「んー、鮎の仲間ですかねぇ」

 

ふむ、鮎にしては随分と太っていて、まるで鯉のような風貌だ。しかし、ここに住んでいるわかさぎ姫が鮎と言うのであれば、多分これは鮎なのだろう。

俺たちがバケツをのぞき込んでいると、後ろから二人分の足音が聞こえた。俺が振り返ると、片方は長めの服を着て、片方がウサ耳が付いていた。

 

「暑いわねー。月とは大違い」

「豊姫!?」

 

なぜか豊姫がここにいた。傍にいる鈴仙がうちわで豊姫を仰いでいて、大変そうだ。

 

「お久しぶり、定晴さん」

「ああ…なんでここに?」

 

豊姫と依姫が月の使者として度々幻想郷に来ているのは知っている。その一環として依姫と戦いをしたのは記憶に新しい。

しかし、迷いの竹林を出てこんなところまで来るのは珍しい気がする。何気に迷いの竹林とここはそれなりの距離がある。

 

「ここに冷たい妖精がいるって聞いて、見に来たのよー」

 

暑そうな雰囲気はまったく感じず、いつも通りちょっとフワフワしている喋り方をする豊姫。どうやら、チルノを見に来たらしい。

だがしかし、チルノは現在ここにはいない。俺がここに来たタイミングではチルノや大妖精が対岸で遊んでいたのだけど、先刻紅魔館の方に飛んで行ったのだ。多分今頃美鈴か咲夜によってピチュっていることだろう。

俺がそのことを伝えると、豊姫は残念そうな顔をした。お目当てにわざわざ来たのに、それがいないとなれば残念に思うのは当然のことだ。

 

「うーん、じゃあ水浴びでもしましょうか」

「豊姫様!?」

 

急に突拍子もないことを言った豊姫に鈴仙が焦る。

流石の俺もそれはやめておいた方がいいと思う。先ほども言ったが、この湖はお世辞にも遊泳に向いているとは言えないのだ。

 

「腕や足がなくなってもいいなら泳ぐといいぞ」

「やめましょー」

「はぁ…というか、豊姫様水着なんて持ってないですよね?」

「すぐに乾かせるから大丈夫よー」

 

そんな風に話していたのだが、ずっと俺しか見ていなかったのか、今になって豊姫がわかさぎ姫に気が付く。

 

「あなたは?」

「私はわかさぎ姫ですぅ」

「私は豊姫よー」

 

ホワホワした雰囲気の二人が挨拶をする。そういえばどちらも姫が名前に入っているなと感じる。姫って、名前の一部なのだろうか。

そんな挨拶を見ながら、思い出したように鈴仙がこちらに話しかけてくる。

 

「定晴さんはここで何をしていたんですか?」

「釣りだ。ここは遊泳には危ないが、釣りならまあそこまでだからな」

 

一応妖怪も出るので安全が保障されているわけではないけれど…少なくとも、アウェーである水の中で戦うようなことにはならないはずだ。

そんな鈴仙は俺の横にあるバケツを見て、呟いた。

 

「あまり釣れてないですね」

「はは、ここの魚は手ごわい」

 

そもそもヒット自体、先ほどのものが最初だ。どうやら、この湖の魚は今使っている餌をあまり食べないらしい。

 

「そうだわ鈴仙、私たちも釣りをしましょう」

「え、釣り竿なんてないですよ」

 

俺は幻空から追加で釣り竿を取り出す。外の世界のものではあるが、妖怪に襲われるようなことがあれば簡単に折れてしまうので、家にあった釣り竿はスペアとして全部持ってきていたのだ。

俺が取り出した釣り竿を見て豊姫が目を輝かせる。

 

「少しだけだからー」

「…仕方ないですね、少しだけですよ」

 

鈴仙も釣り竿を受け取り、糸を垂らす。

俺たちはこうして魚釣りをみんなでした。ちなみに、一番釣ったのは鈴仙だった。

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