東方十能力   作:nite

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三百七十四話 呼び方について思うこと

私がここで生活を始めて随分と時間が経った。未だに知らない人の前だと言葉が出なくなるけれど、この家の中であれば気軽に会話することができるようになった。毎日同じ場所で過ごしていたら、流石に主と式神仲間には慣れてしまうらしい。

そういうわけで、定晴さんが出かけている間に、ふと気になったことをルーミアさんに尋ねてみるなんて、私から話題を振ることも増えてきたのだ。

 

「定晴さんのことを呼び分けている理由ってなんですか?」

「え?」

 

本を読んでいたルーミアさんが顔をあげる。

ルーミアさんは、私たちだけがいるときは定晴さんのことを「ご主人様」と呼び、他の人がいるときは「定晴」と呼ぶ。呼び分ける理由なんてないと思うのだけど、なぜかルーミアさんが使い分けているのだ。

ちょっと気になっただけだったのだけど、ルーミアさんは少しずつ顔を赤くしていく。あれ、もしかしてこれ地雷だった?

 

「な、なによ!別にいいじゃない!」

「別に文句があるわけじゃないですって。ただ、どうして呼び分けてるのかなと」

 

正直な話、最近のルーミアさんが定晴さんの式神であるということは幻想郷でも、それなりに知られていることだ。同じ式神である藍さんが、紫さんのことを常に紫様と呼ぶように、わざわざ使い分ける必要もないと思うのだけど…

 

「多分ご主人様って聞かれるのが嫌なんだと思いますけど…なら、ずっと定晴って呼べばいいのでは?」

「……私にとっては、ご主人様なの。大切な人なのよ…」

 

定晴さんに恋している顔ではなく、式神としての自覚があるという顔。ルーミアさんが定晴さんを好きになったのは、式神になったあとだと聞いたので、式神としての自負が強いのかもしれない。

 

「なら、藍さんのように定晴様と呼べばいいんじゃないですか?」

「んー、今更呼び方を変えるのも。それに、やっぱりあまり様付けしているのを他人に聞かれたくないわ」

 

どうやら、ルーミアさんは、定晴さんのことを敬っているというのが明白になる呼び方を聞かれたくないらしい。

 

「そういうユズは呼び方変えないの?ずっと定晴さんじゃない」

「私も式神としての自負はありますけど、様付けは……うーん」

 

定晴さんにそう呼べと言われたら、私も呼ぶことには抵抗はないのだけど、自分から呼び始めるのはちょっと違和感があった。そもそも私を式神にしたのは、私の種族を考えるためというのもあったし、式神として仕事をするためになったわけじゃないのだ。

勿論、定晴さんのことを敬っているので、ルーミアさんと同じようにご主人様と呼ぶことだって、特に問題はないけれど…

 

「定晴様…」

「なんだ?」

「うひゃあぁ!?」

 

気が付いたら、玄関に定晴さんが立っていた。いつの間に帰ってたんですか!

 

「なんの話してたんだ?」

「あなたの呼び方よ。私は変えるつもりないけど、ユズは定晴様って呼ぼうって」

「違います違います!私も呼び方変えませんから!」

 

ルーミアさんの平然と法螺を吹く精神はすごい。ただ嘘なので否定するけど。

どうやら定晴さんは呼び方についてこだわりはないみたいだけど、ルーミアさんのご主人様呼びにはちょっと思うところがあるみたい。

 

「わざわざ使い分ける必要はないんじゃないか?」

「ご主人様もユズと同じことを言うのね。これは私の敬愛の気持ちなの。ただ他の人に聞かれたら恥ずかしいから、外じゃ呼ばないってだけ」

 

先ほど私に説明したことを、端的に定晴さんに伝えるルーミアさん。

一応定晴さんは前にも同じことを言ったみたいだけど、ルーミアさんは変わらなかったので、もうあまり気にしてはいないみたい。話題に出たら言うくらいで、日常生活の中で呼び方を気にしている様子はない。

 

「まあ呼び方を強制する理由もないしな」

「そもそも、なんでそんなことを思ったのよ」

「ふと、です。家だとやたら仰々しい呼び方をするなぁと思って」

 

ご主人様と呼ぶなんて、そうそうない。創作物のメイドや執事も、主様とか旦那様、お嬢様という風に読んでいて、ご主人様と呼ぶ人はそうそういない。

紅魔館の咲夜さんも、レミリアさんのことをお嬢様、フランさんのことを妹様と呼んでいて、ご主人様なんて呼んでいるところをみたことがない。

 

「確かに、ご主人様なんて呼ぶのは…メイドカフェのメイドとかか?」

 

メイドカフェがどういうやつなのか私は知らないけど、多分メイドがやっているカフェなのだろう。ほぼほぼ創作物のようなカフェだけど、もしあるなら確かにご主人様と呼んでいてもおかしくはないかもしれない。

 

「何よ二人して。そんなに私の呼び方変?」

「稀有だと思っただけだ。藍みたいに様付けしてくれてもいいんだぞ」

「ご主人様、徹底的にユズと同じこと言うわね。ご主人様も定晴様もそんな変わらないでしょ」

 


 

ユズに、やたらと呼び方を聞かれた次の日、たまたま人里で藍に出会った。

 

「ちょっといい」

「む?ああ、ルーミアか。どうかしたか」

 

藍は野菜の入った袋、そして油揚げだけが入っている袋を抱えていた。油揚げで一つ分の袋を占領するって、大概よ…

 

「ご主人様って呼び方についてどう思う?」

「これまた唐突だな…さては、定晴殿に何か言われたな?」

「定晴じゃなくてユズの方よ」

 

藍は私とはくらべものにならないほどに頭がいい。ちょっとポンコツのように見える紫も、一瞬で星の位置を脳内計算できるらしいので、この二人はスーパーコンピューターのような頭脳を持っている。そのため、私が全部を言わなくても、大体の話の流れを推測することができる。

今回もまた、これだけで大体の話の概要を理解した様子の藍。

 

「私は紫様のことを様付けで呼んでいるが、紫様から呼び方を変えろと言われたら、変えることも吝かではない。結局のところ、私たちは主に従うから。ただ、それがないなら、自分が呼びたいように呼べばいい。定晴殿に何か言われたわけじゃないならな」

「やっぱりそうよね。わざわざ変える必要もないわよね」

 

式神としては大先輩である藍から、そういう話を聞いてとても安心する。藍は【式神を扱う程度の能力】もあるので、式神についてはプロフェッショナルであり、幻想郷で最も信頼できる式神情報源だ。

 

「まあ、ご主人様は仰々しいと、私も思うけど」

「あなたもそう言うのね」

「私も長く生きてきて、式神となった者を多く見てきたが、ご主人様と呼んでいる者は見たことがない。そもそも男性に使う言葉であるというのもあるが、式神の主従という関係だと、仰々しく聞こえるからだろう」

 

どうやら、ご主人様という呼び方は一般的ではないみたい。それはそれで、私の個性として保持できると考えることもできるけど、人と違うというのはちょっと気になることだ。

 

「じゃあやっぱり定晴様って呼んだ方がいいのかしら」

「気にすることじゃない。前例ってのは作ってくものだし、ルーミアがそう呼びたいのなら続けていく方がいいだろう」

 

そういって藍は、話は終わりだと言わんばかりに振り向きもせず歩いて行った。

そもそもなんで私がご主人様という呼び方になったのかと言うと…仮契約のときに、意識しないとご主人様呼びになっていたのが原因だ。

最初は恥ずかしくて嫌な呼び方だったけれど、本契約するころにはご主人様に惚れてたし、恋心と敬愛の気持ちが混ざってこうなっている。私がご主人様と呼ぶたびに、繋がりを感じることができて嬉しくなってしまうのだ。

 

「やっぱり、私は私ね」

 

結局変えることなどできそうにない。ご主人様は、ご主人様だ。

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