俺の輝剣はクラウンピースに回避される。それと同時に、ピースは弾幕を展開した。
「あたいの邪魔をするならぁ、殺しちゃうぞっ!」
強い言葉が飛び出る。その顔には愉快でたまらないといった表情が浮かんでいた。
ふと、周囲の温度が上がったような気がした。どうやら、少しずつこの空間の狂気が増しているようだ。温度が上がると同時に、肉塊やその他の霊魂からの怨嗟の声が大きくなり、さらに狂気が増していく。
このままでは、俺たちも狂ってしまう。
「紫、あいつを拘束できるか」
「えへへー、定晴ー」
「紫!」
「えへー」
横を見たら、なぜか紫は俺に抱き着いたまま動かなくなっており、俺の声を聞こうとしない。仕方なくビンタすれば、一瞬でこちらを向く。
「私今叩かれた…?」
「正気に戻れ、大丈夫なんじゃないのかよ」
「……ごめんなさい、ちょっと持ってかれてたかも」
涙目になりながら謝罪を口にする紫。どうやら狂気の影響で若干情緒不安定になってしまっているらしい。
だが、正気に戻れば紫は強い。スキマがピースを覆うように大きく口を開ける。それは大きな怪物のようで、ピースは成すすべなく飲み込まれる。
「今から目の前に出すから、定晴はやっちゃって」
「了解」
合図とともに、スキマからピースが現れた。スキマに呑まれていたのに慌てた様子はなく、俺のことを認識した瞬間に松明の光を強めながら弾幕を展開。
俺はそれらを結界を使って防ぎながら輝剣を振る。輝剣はピースの体を斜めに裂くが、致命傷には至らずにピースは離脱。
「あ、当たらない、よっ…」
よろめきながらも、少しずつ傷が回復していく。妖精は自然の力を基にしているので回復が早いのだ。
回復をさせじと、もう一度紫がスキマを開こうとした瞬間、横から衝撃を感じて中断させられる。
「なんだっ」
「ウウウウウウ」
それは亡者。この無間地獄で永遠の苦痛に苛まれるものたちが、その恨めしそうな声と共に突撃してきたのだ。
意思があるようには思えず、そこにいたから突撃してきたといった様相。多分、俺たちが戦っている音に反応して集まってきたのだろう。
地獄という環境には刑吏のような存在がいるものの、この無間地獄にはそれがいない。空間自体が罪人に対して攻撃を行うからだ。休息などはなく、永遠の責め苦があるからこそ、刑吏という役割を必要としない。
俺たちが自由に活動しているのはそのおかげでもあるのだけど、亡者たちが突撃してくるのもそのせいと言えるだろう。
「ちっ、結界」
俺たちの周囲に結界を展開する。亡者たちは結界に爪を立てるように蠢きながら、唸り声をあげている。早いところ決着をつけないと面倒なことになりそうだ。
「紫、開け!」
俺の合図で紫がスキマを開く。だが、ピースは暴れまわるように動き、おとなしく捕まってくれない。流石に一度受けた攻撃をもう一度受けるほど単純じゃないか。チルノなら捕まえられるんだけどな。
ピースは回避しながらも俺たちに対して攻撃をしてくる。俺と紫は手を繋いでいるので、弾幕勝負になると不利だ。紫にはピースを捕まえることに集中してもらって、俺は結界をさらに展開してすべてを防ぐ。
「キャハハ!シネシネー!」
俺に攻撃が届いていないことを知ると、ピースの攻撃がさらに過激になった。既に広範囲に結界を展開している影響で、そこまでの強固な結界を盾にすることはできない。ほどなくして弾幕は結界を破壊し、俺たちへと迫る。
仕方ないので、俺は輝剣で必要な分だけ叩き落す。ピースを捕まえようとしてくれている紫は完全に守り、俺に飛んでくる分は間に合わない分は体で受ける。再生であとでいくらでも回復できるのだから今出し惜しみする理由はない。
「狂気に包まれたやつってのはどうしてこうも命を軽く見るのかねぇ!」
俺は輝剣で弾きながら叫ぶ。
現在進行系で狂っているピースしかり、狂気に呑まれたフランしかり…攻撃的になるのは構わないのだけど、狂気の方向性をどうにかできないもんかね。
「キャハハ!」
ピースは加速するように弾幕を濃くしていく。そのすべてが致死性の攻撃力を持っており、既に弾幕ごっこの範疇を逸脱している。
どうして俺はまともな弾幕勝負ができないんだ…
「五重結界!」
俺は正面に五段重ねの結界を張る。それぞれの許容量は少ないものの、五枚もあればそれなりの時間を稼ぐことができる。俺は再生をかけながら、紫に声をかけた。
「紫、ピースは捕まえられるか」
「…ちょっと待って、私も集中が乱れて…」
紫が苦しそうな顔をする。例え大妖怪であっても、この空間の狂気をもろに受けているのだ。精神的な負担というのは凄まじいものだろう。
スキマはピースの背後に開こうとするが、完全に開ききる前にピースが移動してしまう。先ほどピースを捕まえた時のような速度がない。それだけ、紫も消耗してしまっているのだ。
俺は魔術を使ってピースを牽制。少しでも当たれば…と思ったけれど、そこまでピースも甘くはない。俺の魔術を目視したうえで、余裕をもって回避をしている。
狂気に呑まれているというのに、戦い方が実に冷静だ。俺たちへの攻撃は狂気的と言えるものだが、俺たちの攻撃を受ける方法がまさに冷静沈着と言える。
「回避能力が上がってないか」
「ここはあの子のホームだからよ」
ピースは地獄の妖精であり、そしてここは地獄の中でも最も深く最も濃い場所。この場所の特性がピースに力を与えていると紫は分析した。
妖精は環境の影響を強く受ける種族だから、こうして狂気に濃く影響されるしパワーが上がるということか。まったく、厄介なことだ。
「くっ」
紫の顔が歪む。俺の手に振動が伝わる。
空間の狂気が時間が経つにつれて濃くなっているように思える。周囲の温度はどんどんと上がっており、地獄らしいといえば聞こえはいいが、俺たちのような生者が過ごすには過酷な環境に変化していっている。
紫のスキマに期待はしない方がいいかもしれない。それよりも、さっさとピースを捕まえてあの肉塊をどうにかした方がいい気がする。
「紫、少しでいい。手を放して耐えられるか」
「…大丈夫。ごめんなさい、力になれなくて」
「頼りきりだ」
紫の精神状態は不安定だ。あまり長く手を放していると、今度は紫が狂気に陥ってしまう。
俺は紫の手を離すと、能力を全力で行使して、ピースへと肉薄する。結界を張って防ぐという方法ではなく、攻撃に当たるたびにすかさず回復していくという霊力によるごり押し。地上の調査や、ここに至るまでの間に霊力をそこまで消費せずに済んでいたのが、ここに来て意味があるものになる。
肉が抉れ、血が飛び、体に穴が開く。だが、それらすべてを再生により無理やり回復しながら突撃。まさかピースもそのまま突撃してくるとは思わなかったのか、一瞬硬直してしまう。
戦闘において、その一瞬は命取りだ。
「はあぁっ!」
俺は輝剣を全力で振るう。ピースは回避しようとするが、先ほど受けた傷も相まってその速度は速くない。俺の剣が届く方が、早い。
俺の輝剣はピースの体を横に裂いた。それが半分まで到達したあたりで、ピースの体が消える。妖精の体がそのダメージに耐えられなくなり、消滅したのだ。この場合、一回休みという表現のもとしばらくしたあとにどこかに生まれなおす。
「このままっ」
俺はピースを薙いだ勢いを利用して、あの肉塊にも接近。蠢き唸り声をあげる肉塊は、しかし胎動するばかりで俺たちに攻撃をする術がなく動くこともできない。
俺は輝剣に浄化の力を乗せて全力で切り裂いた。輝剣の刃渡りは肉塊のものよりも圧倒的に短いものの、勢いのままに切り裂けば…!
「逞帙>證代>闍ヲ縺励>蜉ゥ縺代※雖後□豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺」
言葉にならない音が響き、頭を揺らす。そのあまりにもな狂気に俺すらふらりとなる。
だが、肉塊はその声を最後に沈黙した。あの圧倒的な狂気もすでに消えてしまっている。完全に死んだのだろう。
「っ…紫!」
俺は急いで紫のところに戻る。先ほどの音のせいで、周囲に展開していた結界が解除されており、亡者たちが近寄ってきている。再度展開できるほど、精神の余裕がない。
紫の手を掴むが、紫は顔を俯いたまま。魂の狂気が、まだそこまでの影響を感じないと言っているので、気分が悪くなっているだけだろう。急いでここを離脱しなければ。
「あぁ…さだはる…」
俺が紫を抱えようとすると、紫が顔を上げた。その目は、いつもの色ではなく、若干の濁った赤になっていた。
妖精が環境生命体であれば、妖怪は精神生命体だ。本来であれば、狂気のような精神に直接攻撃してくるようなものにとても弱いのだ。
「ごめん、ちょっと、きついかも…」
紫曰く、この無間地獄から地上までは途方もない距離があるらしい。スキマがなければとてもではないが、移動できない。
紫に浄化を使ってもいいものなのだろうか。ルーミアたち式神とは違い、紫には何も混ざていない純粋な妖怪だ。俺の浄化は、紫の精神にさらなるダメージを与える可能性すらある。
「くそ、邪魔だ!」
近寄ってきた亡者を魔術で一掃する。どうせこいつらは一度死んだ罪人。吹き飛ばしたりしても問題ないだろう。
ひとまず、俺は紫を抱えて移動する。俺の体には俺自身の血が大量に付着しているが、今は我慢してもらおう。
紫は絹のように軽く、抱えることに関しては全く苦ではない。しかし、紫が正常にならなければ地上にも戻れそうにない。どこか落ち着ける場所があればいいのだが、そんなものが無間地獄に存在するのか…
そう思っていると、岩陰に小さな小屋があるのが見えた。アメリカ国旗のようなものが屋根に描かれており、壁はここには似つかわしくないカラフルなもの。どう見ても、ピースのここでの活動拠点だ。
俺は紫を連れて中に入る。鍵はかかっていない。
「ふぅ…ん?」
中に入って一息つくと、中に既に誰かいるのに気が付く。
亡者かと身構えるが、それが床で眠っている人間であるということに遅れて気が付く。それが、知り合いであり、そして探していた人物であるということも。
「妖夢!?」
顔を赤くして苦しそうに息をする妖夢が、なぜか無間地獄で眠っていた。