異変の開催は、そうそうに決まった。そもそも、異変解決の依頼は宴会大好き萃香によるものだ。異変解決が知れれば、宴会をさっさと開こうとするのは分かり切ったことであった。
霊夢たちの体調もすっかりと回復し、宴会はいつもの博麗神社境内で。
「ありがとうございます、定晴さん。私たちの代わりに異変解決してもらっちゃって」
「いいんだ。水那たちはもう大丈夫か?」
「はい。霊夢さんも、ほら」
水那が指さしたところで、霊夢はクラウンピースを叱っていた。
知らなかったことなのだけど、クラウンピースは日頃は博麗神社の地下あたりに住んでいるらしい。霊夢は霊夢で、監視対象がすぐそばにいるということもあってそれを容認していたらしいのだけど…最近は専ら姿がなかったようだ。
「あんたねぇ、狂気で遊ぶのもいい加減にしなさいよ。私にかかれば永遠に復活できないようにするくらいはできるんだからね」
「うぅ…」
一回休みを経たピースは随分と冷静になったようで、霊夢のお叱りをしっかり受けていた。流石に今回ばかりは規模が規模だっただけに、ピースも反省しているようだ。聞いたところによると、ヘカーティアにも叱られたらしい。
悪戯大好きな妖精ではあるものの、この子たちも自分で物事を考えることができるいい子なのだ。叱られたりすれば、きちんと反省できる子たちなのである。
「霊夢が言ってるって本当か?」
「できるみたいですよ。私はよく知らないんですけど、結界にそういう結界があるのだとか」
妖精が復活するのは、それが自然の力だからである。もし自然の力が一切ないような場所で消滅してしまえば、復活することなく消えるだろう。しかし、今の地球で自然の力が存在しない場所はあり得ない。となれば…結界で自然の力を完全に遮断することができるのだろうか。
うーむ、霊夢は相当な天才だと聞いていたが、やはり噂と違わぬ実力ということか。
「おーい、酒持ってきたよー!」
萃香が階段をのぼりながら、両手にいっぱい抱えた酒を見せつける。
今はまだ宴会は始まっておらず、その準備だ。萃香たち酒好きが酒を用意し、妖夢や咲夜を筆頭とした料理上手が料理を作っている。
俺も手伝おうとしたら、俺は異変解決をしたので休めと紫に直接言われた。そう言った紫は現在博麗神社周囲の結界を張りなおしている。曰く、多少の異変じゃ何も起きないように不変の結界を張るのだとか。
博麗神社も永遠亭のようになる時が来るのかもしれない。
「定晴-、本当にありがとねー!またこうしてみんなで酒が飲めるよー」
「それはいいが、あれは十分な脅しだからな?」
「困ってたのは一緒一緒!私が頼まなくても、いつかは誰かが言ってたって」
既に酔ったような顔色のままそう言う萃香は、既に地面に敷かれているシートにどかりと座り酒を飲み始めた。萃香たち酒好きは、乾杯なんて待ってられないのだ。
そうこう待っている間に、料理の準備もできたようだ。幻想郷の宴会では、基本的に大皿料理が提供されるので、どんどんと運ばれてくる様は圧巻と言えよう。そうして生まれた大皿料理は、余ればすべて幽々子の腹の中に納まるのである。
「幽々子様、まだですよ」
「妖夢ー!いいじゃないー、貴女がいない間あまりごはんを食べてないんだからー」
「備蓄が随分と減っているのを見ましたよ。もしかして幽々子様、そのまま食べたんですか?」
「料理なんて知らなーい」
妖夢は熱中症から回復したばかりだというのに、こうして料理の手伝いをしていた。俺は妖夢にも休むように言ったのだけど、異変で迷惑をかけてしまったからむしろやらせてくれと懇願された。迷惑だなんて全く思っていないのだけど…妖夢は生真面目なので、とりあえず好きなようにやらせてあげてる。
最近、妖夢はワーカーホリックなのではないか、と思い始めている。
そうして周囲を眺めていると、ふと後ろから声をかけられた。
「定晴」
「ん?」
振り返れば、そこには紫の服に身を包んだ魔法使い、パチュリー・ノーレッジがいた。小悪魔に椅子を持たせており、小悪魔は持ちにくい椅子をどうにかしようと四苦八苦している。
パチュリーが宴会に顔を出す回数と言うのは少ない。そもそも、会場が博麗神社ということもあってか、ここまで移動するくらいなら図書館で読書するというスタンスなのだ。それに、パチュリー自身酒がそこまで好きというわけでもない。
「異変解決お疲れ様」
「ああ。パチュリーが来るなんて珍しいな」
「フランに連れられてきたのよ。レミィが来れなくて」
「レミリアが?」
どうやら、レミリアは軽い熱中症になってしまったらしく、現在自室でダウンしているらしい。吸血鬼だから熱に弱いのかと思ったけれど、フランは特に何事もなくピンピンしているとのこと。
レミリアの看病は現在美鈴がしている。咲夜が料理などの宴会準備に奔走しているので、フランの保護者としてパチュリーがやってきた…というのが顛末らしい。
「流石にもうフランだって一人で…は、まだ怖いか」
「まあね」
小悪魔がやっと持ちやすい方法を見つけたところで、パチュリーがそこらへんに椅子を置くように指示した。小悪魔は何とも言えない顔をした。
さて、じゃあパチュリーを連れてきたというフランはどこにいるのかと周囲を見渡してみると、なぜか博麗神社の隅の木陰に隠れているのを見つけた。体は隠れているが、羽の水晶が宴会の喧騒を反射していて目立っている。
「フラン、何してるんだ」
「ひゃわっ!?」
「うわあっ!」
素っ頓狂な声を出したフランと共に、木陰にもう一つの姿があった。閉じた第三の目があらぬ方向を向いて倒れ伏している。
「こいし?」
「や、やっほー…」
顔を赤くしながら軽く手を振るこいし。
そういえば、フランとこいしは仲がいいんだったっけな。こいしと初めて出会ったときもフランと宴会で遊んでいるときだったことを思い出す。
それにしても、地底の不可侵云々っていうのはもう何もないのだろうか。まあ最近は地底の妖怪たちもチラホラ地上に来ているみたいだし、不可侵というのは地底側が拒絶していたという過去によるものだから、地底の妖怪たちが容認しているならいいのかな。
「お兄様、話聞いてた…?」
「何の話だ」
「いやっ!なんでもないの!」
手をわたわたと振るフラン。それに追従するようにこいしもぶんぶんと頭を振る。
ふむ、まあわざわざ木陰で会話していたみたいだし、何かしら知られたくないことを話していたのだろう。あまり話しかけるべきではなかったかな。
「悪い悪い、邪魔したみたいだな」
「あ、待って!」
俺が去ろうとすると、フランに腕を掴まれた。その吸血鬼の腕力が俺の腕を潰し…あぶねえ、危うく本当に骨ごといかれるところだった。
「どうした?」
痛みはおくびにも出さず、フランに向き直る。気が付いたら、こいしもフランと並んでいた。
「私たちも、一緒に行く…」
「うん…」
静々と俺の傍に寄って来る二人。いつもは騒がしい二人なのだが、まるで大和撫子のように静かで神妙だ。
よくわからないが、二人が何も言ってくれなくなったので、二人を連れて宴会会場に戻る。既に料理もほとんどが用意され、酒も多くの者に入っていた。萃香と勇儀が並んで騒ぎ出したので、いよいよ宴会も本番といった様子。
「ああ、定晴さんー」
「どうした幽々子」
先ほどまで料理を一部つまみ食いしながら会場を移動していた幽々子が、いつも間にか近くにいた。口の端に何かしらのソースがついており、妖夢が頑張って拭いている。
「妖夢のこと、見つけてくれてありがとう」
「見つけたっていうか、偶々いたっていうか…」
「ちゃんと連れ戻してくれて助かるわぁ」
妖夢はなぜか地獄に倒れていたのを保護しただけだ。なぜあの場所にいたのかは不明だし、熱中症を治したのは永琳の薬なので、特に俺は何もしていない。
幽々子は、それを言うためだけに止まったようで、すぐにまた移動を始めた。残っている料理を求めてふらふらと動き回るその姿は、それこそ一種の妖怪のようだ。
「お兄様、また人助けしたの?」
「偶々だ。俺は何もしてない」
「お兄様はすごいね!」
目をキラキラさせながらこちらを見てくるフラン。やめてくれ、本当に何もしてないんだ。
と、俺が困惑していたらちょっと遠くの方から声をかけられた。
「定晴ー!こっち来てー!」
宴会客の隙間を縫って移動すると、そこには紫とヘカーティアがいた。ヘカーティアはなんだか申し訳なさそうにしている。
「今回の異変は、そもそもヘカーティアの管理不足が原因じゃない?だから、ちょっとお話をしてたのよ」
「謝ってるじゃない」
「わざわざ解決するために奔走してくれた定晴も怒る権利があると思って」
今回の異変の元凶は、現在稼働中の地獄の中にあった。その中に起きている異変に地獄の神であるヘカーティアが気が付けなかったのは、確かに管理不足と言えるだろう。
ただ、そこで俺が怒ることがあるのかと言えば…特にない。異変っていうのも、一つの幻想郷の伝統のようなものだし、解決できたのでよしだ。
それに…
「俺が怒らなくても映姫に怒られるだろ」
「まあそれもそうね」
「うぐっ」
例え地獄の神様であっても、閻魔は怖いらしい。いや、面倒の方が正しいだろうか。
閻魔である映姫は定期的に幻想郷に来て色々していくが、実際のところは死者を裁くのと管理が仕事だ。職場の一つとも言える地獄で異変が起こったのなら…映姫の怒りが降り注ぐのは間違いないだろう。説教一時間超えコースである。
「さて、じゃあ話は終わり!私も宴会を楽しんでー…その子たちは?」
「成り行きでついてきてる二人だ」
「ごきげんよう」
「こんばんはー」
俺が二人の方を見ると、先ほどのような静けさはなく、宴会の中に溶け込むような元気さが戻っていた。
フランはお淑やかに、こいしは明るく挨拶をする。いつの間にかこいしの手には焼き鳥が握られており、もぐもぐと咀嚼している。近くの天狗が残りの一本が消えたと騒いでいるのを聞きつつ、俺は紫に向き直る。
「まあ誰と飲んでもいいもの。よし、定晴っ」
「おわっ」
紫が抱き着いてきたのを受け止めつつ、その場に座り込む。なんでこいつは急に抱き着いてくるんだ。
「私たちはここで食べましょ」
「ああ…いいよ」
顔を赤くしながら、胸元で俺を見上げるように見てくる紫。この距離で見ると、やはり美人だなこいつ。
ノリでフランとこいしも飛びついてきたので、なんとか受け止めつつ、紫に呼ばれ酒を持ってきた藍に優しい目をされながら俺も料理を食べ始めた。
「紫様ー!これ食べましょー!」
橙が大皿を持ってくる。まだ一口も食べられていなさそうなところを見ると、幽々子の強襲を奇跡的に回避した皿の一つだろう。もしかしたら、幽々子を警戒して厨房から少しずつ出しているのかもしれない。
藍と橙の二人も合流して、一つの円が出来上がる。幻想郷に限らず、宴会というのはこういった小規模グループがいくつもできて飲むことが多い。ルーミアとユズは慧音同伴でその他の子供たちと飲んでいるみたいだ。
「そういえば、人里は大丈夫だったのか」
「どうやら妹紅が熱をいい加減に逃がしていたとか。ただ人里を覆うのは難しいから、少し離れたところにある洞窟に隠れていたらしい」
「人里も大変よねー、旧式の家屋じゃ真夏を耐えられるわけないじゃない」
人里の家屋体系は江戸時代のそれだ。断熱性が低いのは明らかであり、暖房や冷房の類がないのも自明である。一応ある程度空間を冷やしたり温めたりする道具というのもあるのだが…正直、今回のような異変では焼け石に水程度の効果すらも受けられないだろう。
とはいえ、それをどうにかするためには人里が現代化しなければいけないので、実現するのは相当先だろう。
「幻想郷って外の世界の数百年前の文明なんだよな。外の世界が発展したら、ここも発展するのか?」
「いえ、ここは妖怪たちが過ごしやすい環境を作ってるもの。現代日本のような都市がここにできる可能性は…ゼロじゃないけど、限りなく低いわね」
「私たちのお屋敷はー?」
「洋館も、最近は少ないのよ。ある意味では、貴方達の屋敷も何百年前のものと言ってもいいでしょうね」
紅魔館も地霊殿も、外の世界では中々見ない大きな屋敷である。日本には少ないだけ…というわけでもなく、あの規模の建物というのは最近は建てられないだろう。土地という概念がまだそこまで強くなかった頃にしか作れないタイプの建物だ。
紅魔館が突然外の世界に現れても、きっと建築法の色々に引っかかることだろう。
「そうだ!お兄様、そろそろ紅魔館を改築しようと思ってるんだけど」
「改築?」
「うん!それで、お兄様にも案を貰おうかなって」
どうやら紅魔館と庭を繋ぐ部分に、温室でも作ろうかと思っているらしい。どうやら今回の異変の影響で庭に咲いていた花の多くが枯れてしまい美鈴が悲しんでいるという。そのため、温室を作って咲夜の能力を使って外部からの影響がないようなものを作ろうとしているとのこと。
植物が無暗に枯れなくなるし、紅魔館の色どりも増えるだろうからそれはいいのだけど。
「なんで俺?」
「お兄様も紅魔館の一員だよ?その、えっと、お兄様も紅魔館のことを家だと思ってくれたら嬉しいな」
もじもじしながらそう言うフラン。確かに紅魔館は幻想郷でも訪れる回数が多いし、俺にとっても第二の家のようなものになっているなと思っていたら、
「地霊殿も!地霊殿も定晴の家だよ!」
「私の家もよ!結界の狭間にあるけど、定晴ならいつでも歓迎だからね!」
家の主張が強いな。
紅魔館も地霊殿も紫の屋敷も、俺にとっては安心できる場所だ。どこも実力者がいるという意味でも、その場所にぬくもりがあるという意味でも幻想郷の家と言えるだろう。
「そういうわけで、お兄様近々紅魔館に来てね!」
「わかったわかった、行くよ」
「絶対だよ!」
フランから念押しされながら了承する。
いつしか誰の屋敷が一番優れているかという話になり、こいしと紫の間に弾幕が飛び交うようになったところで、藍が俺に酌をしてくれた。
「大変ですね」
「お互いにな」
二人の弾幕勝負を見ながら、俺はしみじみと宴会を眺めた。