東方十能力   作:nite

415 / 503
四百十二話 油揚げの化身

雪は積もらぬがもう外に出るのは億劫になってしまうような寒さが、幻想郷全体を包み込んでいた。そんなある日、さてそろそろお腹も鳴るような頃、珍しい客が俺の家の扉を叩いた。

 

「失礼定晴さん」

「こんにちはー」

 

それは式神二人組、藍と橙であった。紫が眠った影響でいつもよりも忙しいはずの二人が一体何の用なのだろうか。

 

「いえ、実は忙しくなどないのです」

「ん?」

「確かに紫様の仕事の一部を請け負ってはいますが…紫様は冬の間に何が起きてもいいように、大体の備えをしてから眠りにつくのです。あなたをスキマに拉致したあの時には、既にすべての準備が終わっていたんですよ」

 

藍曰く、紫の仕事をするのはいつものことだし、そもそも日々やらなければいけない仕事もそう多くはないという。幻想郷の博麗大結界が安定している今であれば、特に早急にしなければいけないこともないのだとか。

確かに紫が毎日書類仕事をしているイメージはなかったが…そもそも、紫が日々どういう仕事をしているのかは知らないので、まあそういうものなのだろうと納得しておく。

とはいえ、藍たちがここに来た理由にはならない。

 

「なんの用なんだ?」

「そうですね…してほしいことがありまして」

「してほしいこと?」

「依頼とも言えるかもしれませんが…」

 

そう言って藍が懐から取り出したのは、大きめの買い物袋であった。既に買い物をしたあとらしく、結構な大きさに膨らんでいる。その中を覗き込んでみると…そこにあったのは、溢れんばかりの油揚げ。実に袋の九割ほどを油揚げが占めていたのである。

 

「油揚げ料理を作って欲しいのです!」

 

そう言って藍は破顔する。随分と爽やかな笑顔というか、藍のこういった表情は初めて見るような気がする。

 

「藍様は油揚げのことが大好きなんです!藍様のために油揚げを使った料理を教えてください!」

 

橙が尻尾を揺らしながら元気いっぱいにそう説明した。

確かに過去に藍の好物が油揚げであると聞いたことがあるが、その熱量は俺の想像を絶するようなものだったらしい。曰く、藍は人里では必ず油揚げを購入し、安くなれば一番に並び、論評までできるらしい。好きが興じて…というレベルではないほどに、藍は油揚げのことを愛しているとのこと。

それを橙に説明された藍は、恥ずかしがるどころか堂々と胸を張り誇らしそうにしている。油揚げに対しての熱量が凄まじいというのは嘘ではないらしい。

 

「でもなんで俺のところ来たんだ?藍だって料理が得意だろ?」

 

俺は大きな買い物袋を受け取りキッチンに移動しながら聞いた。因みにこの中身は今回だけで消費する分だという。

俺の質問を聞いた藍は耳を立てながら困った顔をした。

 

「美味しい料理という意味では、確かに私も作れます。でも、レパートリーという意味では幻想郷で最も豊富な知識を持っているのは定晴さんであると言っていいでしょう」

「咲夜とか妖夢も相当なレパートリーを持っていそうだけどな」

「幻想郷の住人である以上、外の世界の料理、特に日本以外の料理には疎いのです。私もたまにネットを使ってみることもありますが…自信があるかと言われたら微妙なところですので」

 

俺は頭の中で、床に寝転がりながらスマホを見る藍の姿を想像した。しかし、その姿は少しずつ紫のものに変わっていき、藍がそれを無理やり立たせている光景へと変化した。多分、藍は節度を守ったネットの利用をしているはずだ。

俺は袋の中からたくさんの油揚げを取り出し並べてみる…が、いつまで経っても袋の中から油揚げが消えない。俺は途中で諦めて、取り敢えずで使わない分を冷蔵庫に入れていく。

 

「レパートリーがあるとはいえ、こんなには使い切れないかもしれないぞ?」

「その時は私がそのまま食べますので、ご安心を」

 

ある意味では安心できない。しかし、橙は平然としているし藍も見るからに正気だ。俺が知らないだけで、油揚げが絡むと藍は少しおかしくなるのは普通のことらしい。

料理の手伝いのために横に並んでくれたルーミアに指示を出しつつ、俺は料理を開始した。日本料理では藍を満足させることはできないだろうし、ここはやはり海外のものに油揚げを混ぜてみるか。

 

「折角こんなにあるなら、油揚げのフルコースとするか」

「定晴、ユズの分はどうする?」

「そもそも俺たちはこんなにあっても困るから、あとで一品だけ作っちまおう」

 

俺たちも腹は減っているが、何でも屋としては依頼を後回しにする気はないし、油揚げだらけのフルコースは俺たちじゃ食べきれないことがわかっているので、いい感じのものをあとで作って三人で食べることにする。

どうやら橙も藍のフルコースに付き合うようなので、二人分の料理を作り始めた。

まずは鍋の中に油揚げ、サラミ、ローリエ(今持ってない分の食材は藍がスキマから取り出してくれた)を入れて水を加えて強火で煮る。途中で水を継ぎだしながら、それなりに煮たところでセロリと塩胡椒を入れてさらに煮込む。煮あがったら水を切り、レモン汁とオリーブオイルをかけて提供。

 

「前菜の油揚げのサラダだ。いつもとは違う感じの味わいになってるはずだ」

「サラダというには随分と工程を踏んでいたようですが」

「本来は普通の豆を使う料理なんだ。それを油揚げで代用してみた。べちょべちょにならないように水の量は調整したから味は保証するぞ」

 

さて、二人がサラダを食べている間に次の料理に取り掛かる。

何種類かの豆と共に油揚げを鍋の中に入れて、水を加えて煮込む。オリーブオイルを入れ、都度塩と胡椒で味の調整をしながら煮込み、魔術で多少の補助をして時間を短縮してみれば、出来上がるのはミネストローネ。

既にサラダを食べきっていた二人のところにスープを持っていく。

 

「ミネストローネですか?」

「本来はじっくり煮込むんだが、油揚げを入れたからあえて煮込み時間を短くした。そのままでも柔らかい豆を使ったから食感はいつものとそこまで変わらないはずだ」

 

ミネストローネは知っていたが、そこに油揚げを入れるという発想をしたことはなかたようで、興味深そうにスープを飲んでいる。

次は本来なら肉料理や魚料理を提供するんだが…まあ今回は油揚げがメインなので、そのままメインディッシュとして提供してしまおう。

冷蔵庫の中にあったスープの素(お湯に混ぜるだけで簡単にスープが作れるもの)で、スープを作っておく。鶏肉を切り、焼きつつ玉ねぎやトマトを炒める。底が広い大きめの鍋に、先にルーミアに焚いてもらっていた米を入れ、スープと油揚げを追加投入して煮る。しばらくしたら、鍋全体にアルミホイルを被せて数分熱を入れる。パチパチと音がして水気がなくなったのを確かめたらアルミホイルを外し、鍋のまま藍たちに提供した。熱いままでもルーミアの闇なら運べるのは便利だな。

 

「油揚げのパエリアだ。いわゆるメインディッシュだな。メインだから油揚げはふんだんに使ったぞ」

「おお、これは美味しそうですね!」

「わーい!」

 

今までと違い、見た目でもちょっとインパクトのあるものだから二人にも喜んでもらえたようだ。

とはいえメインというにはまだちょっと量が少ないので、もう一品作ることにしよう。

豚肉を大きめに切り、玉ねぎとにんにくをみじん切りにして、ベーコンとソーセージも一口サイズに切ってしまう。それらを順番に炒めていき、豚肉の色が変わったら油揚げを投入し煮る。胡椒を入れて豚肉が柔らかくなるまで煮てとろみが出るようになれば完成だ。

 

「これは?」

「フェジョアーダっていって、海外の料理だ。やっぱり知らない料理で油揚げを楽しみたいと思ってな」

 

さて。メインを二つ作ってそれなりの量になったし、そろそろデザートといこう。勿論油揚げの使用は絶対である。

油揚げに生クリームと砂糖をいれて弱火で煮詰める。焦げ付かないように煮ていくと少しずつ固まっていくので、団子状に成形できるようになったら完成だ。ごまをまぶしママレードジャムをかけたら提供。

 

「デザートですか?」

「もちろん油揚げ入りだ。フレホール・コラードっていうものを油揚げ用にアレンジしてみた。正直好みは分かれるんだが、新鮮なものになっているのは保証する」

「おお…いただいてみましょうか」

 

フルコースは以上だ。普通は最後にコーヒーを出すものだが、今回は油揚げがメインだったわけだしお茶を出してしまいとしよう。

綺麗に全部を食べきってしまった藍は随分と満足そうである。

 

「いやはや、定晴さんに頼んでみて正解でした!ここまで油揚げのアレンジを作り上げてしまうとは…」

「豆料理を油揚げに代用しただけだがな。満足してもらえたならよかったよ」

「お礼として残りの油揚げは差し上げます。いやー、本当にいい食事だった」

 

そうして藍は橙と共に帰っていった。一応、藍からすると油揚げを対価とするのはお金を出すよりも上等な返礼品らしい。

そうして俺たちは、藍の油揚げを消費するためにしばらくの間油揚げ料理が続いたのであった。油揚げの味噌汁、美味しい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。