東方十能力   作:nite

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四百十五話 譲歩と提案

地底は地獄の名頃で冬の間でも少し暖かい。それでも寒波がくれば雪が降るし、時によっては積もることもある。そのたびにペットたちに掃除と雪かきをしてもらっているけれど、やはり雪でテンションが上がることも多い。

窓の外に降る雨を見ながら、雪にならなければいいなと思いつつ私は体勢を机に戻した。目の前に積まれているのは、お燐に持ってきてもらった沢山の書類たち。地獄の主として仕事をしなければならない私には、こういう書類仕事というのは日常茶飯事であった。

 

「まあ他にやることもないんですけど」

 

そう呟いて私はペンを手に取った。ただの管理者とはいえ、管理しているということは書類が必要になることもある。特に地獄の管理というのは彼岸の取り扱いも関係してくるので、あの白黒はっきりつける閻魔様のためにも書類を用意するしかないのである。

そうして何枚かの書類を処理したあとに、扉がコンコンと叩かれた。

私は自室でたまに、本当にたまーに、本当の本当にたまーに自作の小説を書いていることがあるので、部屋に入ってくるときは必ずノックするようにお願いしているのだ。こいしがいつの間にか横にいたときは冗談抜きで叫んだ。

 

「おねえちゃーん!出かけてくるー!」

「ん、ちょっと待ちなさい」

 

一応の報告をしたあとに、すぐさま出ていこうとするこいしを呼び止める。私の言葉を無視しようとしたので、「こいし?」と強めに言葉をかけた。

こいしはおずおずと戻ってきて、部屋に入ってきた。それは、悪いことをしている自覚がありつつも反省の色は見えない表情であった。

 

「こいし、出かける先を言いなさい?」

「えっと、えっと、旧都!」

「何をするの?」

「んん……」

 

押し黙るこいし。まあそもそも、こいしがどこに行くかなんて私は知っている。

 

「地上に行く気なんでしょ」

「…はい…」

 

頭をがっくりとさせるこいし。

最近のこいしのお出かけ先は専ら地上である。その九割は定晴さんのところであり、時には話さず、時には驚かせるように接して、定晴さんとの交流をしているらしいということを、お燐から聞かされている。今こいしに敢えて質問しているのは、こいしに反省を少しでも促すためである。

 

「確かに定晴さんは許されてるところあるけれど、それでも不可侵はそのままなのよ?」

「でも地上の妖怪が来ることを禁じるやつじゃん!地底の妖怪が地上のことを受け入れるって思ったなら地上に行ってもいいじゃん!」

「地上と地底はそれぞれで不可侵を守るからこその条約なのよ。定晴さんが地底に来るとき、できる限り地底の妖怪に会わないようにしながらここに来てるの知ってる?」

 

定晴さんは少しずつ地底の妖怪にも受け入れられている。特に、過去に地底で異変を起こして定晴さんに成敗された妖怪が定晴さんのことを受け入れてもらえるように動いているから、多少は定晴さんが旧都にいても何も言われないようになっている。

地底祭のときに定晴さんが自由に動けたのもそのおかげだ。鬼たちが強い者好きっていうのもあって、ああして祭に参加することができていた。

 

「定晴さんの善意でどうにかなってるのよ」

「はい…」

 

こいしはすっかり定晴さんへの気持ちに向き合うようになって、まだはっきりとした告白をしてはいないみたいなんだけど、その気持ちを隠そうともせずに触れ合っているらしい。二人だけの秘密だからと、こいしが定晴さんに密かにキスをしたと聞いたときには、柄にもなく私も真っ赤になってしまった。

 

「あなたが定晴さんのことを好きなのはわかってるんだけど…」

「はっきりと言われると恥ずかしいんだけど…」

「…まあ、そういうわけで、地上に行きたい気持ちは分かるんだけど、もう少し頻度を抑えなさい。正直このままじゃストーカーよ?」

 

妹がこのままヤンデレになったりストーカーになったり、そんなことをして定晴さんから嫌われてしまうようなことになってしまえば私も悲しい。やはり姉としてこいしには幸せになってもらいたいので、バッドエンドは望まないのだ。

特に、これで偉いところから怒られてこいしが地上に行くことができなくなったらそれこそバッドエンドまっしぐらだ。こっそり行くのは褒められたものではないけれど、こいしの気持ちを考えるとたまに行くのは悪くないと思っている。

 

「私地上に住みたい…」

「…あなたからそんな言葉が出るなんてね。私以上に地上のことを嫌ってたこいしが、恋のおかげでここまで変わるなんて思わなかったわ」

 

最初は人との付き合い方が変わればいいなと思っていたのだけど、いつの間にやらこいしは定晴さんに本気で恋をするようになって、知らぬ間にこいしは私よりも恋愛面で強くなっていた。

 

「ひとまず今日のところは諦めなさい」

「…」

 

こいしはとぼとぼと部屋を出ていった。さてこれであとは静かに仕事が…

 

「じゃあ出かけてくる!」

「こいし!」

 

こいしはさっと走って行って、私が急いで廊下に出て周囲を見た時には既にこいしの姿はなくなっていた。はぁ、困った子ね。

ひとまずこいしのことはお燐に任せて私は座席に戻った。仕事を放りだすわけにもいかないし、まあ言ってしまえば最近は毎回これなので効果はない。お燐がわざわざ連れ帰ってくれるのを待つだけだ。

そう思ってまた数枚書類を片付けたタイミングで部屋の扉がノックされた。

 

「あら、入って頂戴」

 

お燐が珍しく出ていく前にこいしを捕まえられたか、はたまた別の報告か…と扉が開くと同時に顔を上げて、私は凍り付いた。

 

「失礼します。古明地さとり」

「え、映姫さん…」

 

そこには神妙な顔をして、厳格な雰囲気を纏っている映姫さんが立っていた。

 

「な、何の御用でしょうか?」

 

映姫さんには私の能力が通じるけれど、心を無にしているのかその声はほとんど聞こえない。

私はまるで判決を言い渡される前の囚人のような気持ちで映姫さんの言葉を待った。周囲をキョロキョロと見渡したあとに、映姫さんは静かに扉を閉めた。

 

「少々お話があります」

「は、はい…」

 

机の上を片付けて、椅子を用意したところで映姫さんから「結構」と言われて動きを止める。私が弱弱しく椅子に戻ったところで映姫さんは口を開いた。

 

「本日、古明地こいしがどこに行っているか知っていますか?」

「…い、いえ。こいしは行き先を告げずに出かけてしまうので」

 

嘘はついていない。こいしを守るためなら、多少映姫さんに強気に出ることだってできる。とはいえ私は冷や汗が止まらないし、いったい何を言われるのかと不安で不安で仕方ないけれど。

 

「でも察していることでしょう」

 

決めつけられた。私が本当の意味ではこいしがどこに行っているのかを知っていることを、既に映姫さんは把握しているかのような口ぶりだ。

 

「い、いえ。こいしがどこに行っているかは報告を受けていませんから」

 

お燐からも連れ帰ったとして言われていない。心の中では地上に行っていたと伝えられていても、口では小石を連れ帰ったとしか報告されていない。

映姫さんにしてはいけないことは、嘘をつくことだ。流石閻魔様と言うべきか、嘘をつくとその瞬間にバレる上に説教を食らうので、嘘をつかずに躱しきることを求められる。

 

「では教えましょう。現在古明地こいしは地上に行っているようです」

「えっと、そうなんですね」

 

冷や汗はさらに吹き出し、今にも私は苦しみ死んでしまうんじゃないかと思われるような圧迫感を覚える。映姫さんからの無言、即ち、その意味が分かっているのか?という問いだ。

 

「不可侵条約のことはあなたも知っているはずです。地上の妖怪と地底の妖怪が争うことがないように決められている条約です。それはかつての複数回の異変を経ても変わりません」

 

不可侵条約は、なにも地底に妖怪を封印するためのものではない。地底の妖怪は地上に嫌気がさしたり地上から逃げた妖怪が集まっているので、問題が起こることを回避するためのものなのだ。基本的には地底の妖怪のための条約である。

 

「しかし古明地こいしは複数回に渡り地上へと出向いている様子。能力を使っているようですが、何度も繰り返し発生すれば私の耳にも入ってきます」

 

こいしは能力を使うことで、地底の妖怪にも地上の妖怪にもバレないように行き来している。普通の鬼ではどこかで止められるだろうし、妖怪の山や博麗神社で止められる。今までこいしが問題にされていないのは、その能力のおかげでも目撃者がいないからであった。

それでも最近のような頻度で行き来すれば……全く、だからあれだけ言ったのに。

 

「繰り返し聞きますが、あなたはその行為を知らなかったのですね?」

「……」

 

ここで頷くのは、意外にも簡単だ。さっきも言ったが直接的な報告は一度もなかったので、事実として知っているわけではないから。

ただ、ここで頷くことがこいしのためになるかと言えばそうでもない。私は罰せられず、こいしだけ説教と処罰を受けるということも大いにあり得る。ここで私が頷いたら、私には処分が下るだろうし、こいしにもなんらか…それでも私と痛み分けということで加減される可能性がある。

 

「…」

「…」

 

静寂が流れる。私がここで、実は知ってましたと言うことは、つまり一度映姫さんに嘘をついたということになり、その説教はこれまでの比にならないだろう。

だけど、だけど、私はこいしの幸せのためには映姫さんにも…!!

 

「はぁ、古明地さとり…さとりさん、リラックスしてください」

 

映姫さんは今までの厳格な雰囲気を少し緩めて、私の呼び方を変えた。その瞬間に、無意識に私の中にたまっていた空気が一気に抜けて、ため息として漏れる。

 

「実のところ、私もあの子の境遇と、現状についてある程度は把握しているつもりなんです」

「え?」

「元々人間嫌いだったこいしさんが、今では一人の人間に恋慕を抱くようになっている。それは、地底の成り立ちを考えれば喜ばしいことなんです」

 

映姫さんはすっかり空気を緩めて、先生のような雰囲気になっていた。私は改めて空気を吐き出して、ちゃんとした呼吸をする。

 

「しかし、閻魔としても私の性格としても無視をして見逃すということはできないんです」

「はい…」

 

映姫さんは厳格な人だ。感情はあれど、それが判決に影響することは絶対にないという。それが、彼女の持つ能力の特性であり、映姫さん自身の在り方である。

そこで…と、映姫さんは一枚の紙を懐から取り出した。そこには、なんと、冬眠中であるはずの八雲紫の名前が書かれていた。書類の題は、特別移動試用書。

 

「これは、特例として一時的にこいしさんを地上の妖怪としてみなし地上に移り住むことができる許可証です」

「な、なんで…」

「八雲紫から言われたんです。堀内定晴を見てくれる人を増やしたいと。例えそれが地底の妖怪だとしても、彼のことを大切に思ってくれる人を増やしたいのだと」

 

それを聞いて、そして映姫さんの心の中から当時の紫さんの様子を垣間見て、改めて紫さんの想いの強さを感じた。あの人は本気で定晴さんの幸せを願っている人なのだと。彼女と定晴さんの間で過去に何があったのかは知らないけれど、紫さんは例え相手が自分でなくてもいいから定晴さんに幸せになってもらいたいのだと。

 

「とはいえ条約は彼が幻想郷に来る遥か昔からあるものです。特例を認めたこともありませんでしたし、他の閻魔や管理者との話し合いも必要でしたので、随分と時間がかかってしまいましたが…」

 

そこには色々と書かれているものの、最後にこう書かれていた。

 

『以下の者を地上の妖怪としてみなす』

 

それは、こいしがずっと望んでいたこと。地上へ出て定晴さんと過ごすことへの足掛かり。

 

「地上に出たあとのことはサポート出来ませんし、こいしさん以外が出ることもできません。書かれている通り試用なので、期限も設けられています。しかし、彼女が地上に出ることができる唯一と言ってもいい方法です」

 

必要なのは、責任者としての私の名前と対象者としてのこいしの名前。もしこいしが地上に出たあとに問題を起こした場合、すべての責任を私がとるということが書かれている。もしこいしが死刑に匹敵するようなことをしたとして、責任の矛先はすべて私に向く。

 

ああ、なんて簡単なことなのだろう。

 

「…みんな、申し訳ないんだけど今すぐにこいしを連れ戻してもらえる?」

 

地霊殿のいくつかの場所に連絡することができる連絡網を使い、動けるペットたち全員に探しに行ってもらう。どうせ定晴さんのところか紅魔館だろうから、そう時間はかからない。

 

「さてと…この際、あなたが先ほど嘘をついたことは不問とします」

「うっ…」

「説明することがありますので、きちんと聞いてください」

 

そうして説明を受けている間に、ペットの一人がこいしを連れ戻してくれた。いつもよりも本気の捜索をされて、こいしも困惑している様子だ。

 

「こいし、話があるわ」

 

こいしに映姫さんからの話を再度聞かせる。その間映姫さんは静かにしていて、こいしが話を理解するのを待っているようだった。

 

「え、じゃあ…」

「こいし、行っていいわよ」

 

私はこいしが喜ぶと思っていた。それこそ飛び跳ねて子供のように。

でも、こいしは静かに涙を流す。涙に気が付いたこいしが急いで拭うが、それでも涙は止まらない。

 

「あれ、なんだろ、なんか、嬉しすぎて、涙が…」

「こいし…」

「ごめん、お姉ちゃん。閻魔様、ちょっと、待ってください…」

 

こいしの想いを聞けないのが悔しく思うのは何回目だろうか。

待つこと数十秒。こいしはやっと涙を止めて、それでも潤んだ瞳のままに映姫さんに向いてお辞儀をした。

 

「ありがとうございます!閻魔様!」

「…よろしい」

 

そうして映姫さんは優しくこいしに説明を始めた。私が知らないほどに、映姫さんの声は優しく、温かく感じた。 

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