ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。外も随分と寒いのに、こんな朝早くに誰だろうと扉を開ける。
「失礼します。少々お話に来ました」
いつもと変わらない恰好に、防寒着もなしに家に入ってきたのは、閻魔様こと四季映姫。その瞬間ルーミアとユズに緊張が走り、軽率に扉を開けたのは失敗だっただろうかと若干の後悔を覚える。
映姫は静かに、しかし存在感を露わにしながらリビングを歩きソファの前まで移動した。ユズとルーミアは我先にと自室に逃げ込み、既にリビングには俺たち二人しか残っていない。
「まったく、人の顔を見るなり…定晴さん、時間がないので早く扉を閉めてもらえますか?」
「ああ悪い」
俺の家のソファは横座りにしかならないので、俺と映姫が同じソファに座ることはできないのだが…と思いつつ、映姫が移動する気配がないので椅子を用意しようとすると、ソファで構わないと言われて俺もソファに移動する。
俺が座ると映姫も少し感覚を開けて横に座った。なんというか、映姫とこうして並んで座ることは基本的にないので新鮮だしいつも以上に緊張してしまう。一体何を言われるのだろうか。
「…楽にしてもらおうと思いましたが、むしろ逆効果ですか?」
「いや、いい。気にしないでくれ」
「では、早速本題なのですが」
映姫は顔だけをこちらに向けて話し出した。なんとなく、いつもよりも雰囲気が柔らかいような気もする。
「実は、古明地こいしが明日、地上に引っ越してきます」
「…はい?」
「引っ越すという言い方は正しくないですね…正確に言うと、しばらく地上に滞在することになります」
映姫の口から出たのは、なんとも信じがたい話であった。
詳しく話を聞くと、最近こいしが地上に来ることが多く、このままだと揉め事に発展するのも時間の問題ということで、こいしがしばらく地上で生活できるように特別な施策をすることになったらしい。地底と地上の間の問題というのは、俺が思っていたよりも随分と複雑な事情があるようだ。その割に俺は気軽に行っていたような…いや、これを言うと映姫から怒られるかもしれん。
「なので、あなたには彼女のサポートをしてもらいたく」
「俺が?」
「彼女がここまで地上を熱望するようになったのは、あなたが原因なのでしょう?」
…その節はあるかもしれない。こいしが地上に来るとき、九割の確率でここに来ているとお燐は言っていた。そうでなければ紅魔館にいると。つまり、まあ、地上に来る目的の大半は俺のところに来ることだという。
どうにも俺はこいしに異常なほど懐かれているらしい。そのせいで地上に来ることの責任を押し付けられても困るのだが…致し方ないか。
「彼女は人里にて生活をするようです。ですが、地上にはまだまだ不慣れなうえ、知り合いも多くはありません。地上での生活を支えてあげてください」
「いいだろう。こいしのことが心配なのは俺も同じだしな」
幻想郷で生活するうえで、こいしはまだまだ世間知らずなところがある。それに、地霊殿で日頃過ごしているせいか一人暮らしの技能はほとんどないように思える。世話をしてくれるペットたちはいないので、一人で色々頑張らないといけない。
箱入り娘のような生活だったこいしには、難しいところも多いだろう。それは本人も了承のうえだとは思うけどな。
「先に言っておきますが、これは依頼ではなくお願いです。何をするかは自由ですし、しないという選択も自由です」
「…閻魔様は、随分とこいしのことを気にかけているようで?」
「地上と地底の架け橋なのです。これが失敗に終わってほしくないんです」
今日の映姫は、いつもの厳かな雰囲気を潜めて柔和な雰囲気で会話が続いている。なんでもかんでも白黒つけて罰するような閻魔ではなく、ちゃんと妖怪たちのことも考えている立派な閻魔様なのであると改めて意識させられる。
これであとは説教癖がなくなれば、幻想郷から好かれる閻魔様になれると思うんだけどなぁ…まあ、それは彼女自身が変わることだし俺から言うことではないだろう。
「ああそれと、あなたの式神たちにも伝えておいてください。彼女たちもこいしさんと面識があるでしょう」
「言っておくよ」
「ついでに人の顔を見て逃げないように伝えてください。私だって、いつだって説教しに来ているわけじゃないんですよ」
少し不機嫌そうな顔をする映姫。その様は、いつもと違って見た目相応に少女のような顔をしているので、なんだかおかしくなって少し笑ってしまう。
そこを目敏く見られた映姫が俺の頭をぺしっと叩いたあと立ち上がり玄関に向かう。
「聞いた話だと、あなたは現在博麗霊夢以上に妖怪との繋がりが多くなっているようです。その自覚をきちんともって生活をしてください」
「はいよ」
そうして映姫は外に出ていった。映姫がいなくなったのを感じ取ったのか、すぐにルーミアとユズが個人の部屋から戻ってくる。
「大体の話は聞いていたわよ」
「こいしさん、地上に来るんですね」
深いため息をつきながらソファに座り込む二人。映姫自身は柔らかな態度だったが、それでも二人にとっては息苦しかったのだろう。
俺としてはあれくらいの映姫であれば全然会話してもいいと思うんだが…やはり、先入観があるのかもしれない。
「それにしてもあの子も…まあ、私が気にすることじゃないか」
「なんか知ってるのか?」
「いえ?地上に来ることになったのは初知りよ。地上に来たがってたのは知ってるけど」
どういう縁だか、ルーミアとこいしはそれなりに仲が良い。過去にこいしを家に泊めたときに色々あったのが関係しているのだろうと思うのだが、彼女たちがどんな話をしているのかは知らないので接点はよくわからない。
最近こいしが地上に来る頻度が高いなと思っていたが、こんな決着になるとは思わなかった。映姫が直々に許可を出したのも驚きポイントだ。
「それにしても、明日なんて急だな」
「準備することはあるかしら」
「こいしがどれだけ準備してるかだな。それに、地上に来ることを知ったら誰かが宴会をやろうとするだろう」
冬はあまりイベント事もなく、宴会好きなやつらが燻る時期だ。騒げる口実を見つけたとなれば、きっと宴会を開くだろう。
特に萃香あたりは引っ越しを知った瞬間に宴会を開くはずだ。歓迎会も兼ねての大騒ぎが起きるだろう。
「明日になってみなくちゃ分からないな。ひとまず家の余ってる家具とか道具を幻空にでもいれるか」
「倉庫に眠ってるやつ?」
「貰ったけど使わない諸々だ」
そうして俺達は幻空に物を詰めていった。果たして、こいしの地上デビューはどうなるだろうか…