顔を赤くしたままの水那をルーミアが引っ張り出し、こいしがしっかり扉に鍵をつけたのを確認したら人里に出る。こいしが地上に来たのは今日の朝とのことで、まだ人里は歩いていないらしい。たまに地上に遊びにきたときにこっそり街を歩くことはあったが、堂々と歩くことはしたことがないようなので、俺たちが同伴して人里に繰り出すことにした。
正午は過ぎたが、未だに昼時。大通りに軒を連ねる食堂や料亭、屋台などから食欲を刺激するような匂いがしている。こいしは引っ越し作業をしていた影響で、まだ昼ご飯を食べていないらしい。
「何か適当に食べるか。俺の驕りでな」
「え、いいの!」
「引っ越し祝いだ。それに、まだ買い物するにはちょっと信頼度が足りないかもしれないしな」
ここはばっさりと言い切る。人里の人間は、知らない妖怪に対しては警戒度マックスで売買などはしてくれないのだ。
チルノのような見慣れた妖怪や、藍のようにしっかりと友好が結べている妖怪であれば普通の人間と同じように対応してくれるが、知らない妖怪とは関わらないというのは人里で昔から受け継がれてきた教えのようで、全く対応してくれない。
ここは人里ときちんと友好関係を結べている俺や水那が買い物をするのが一番無難である。
「折角だからどこかに入ろう。こいし、何か食べたいものはあるか?」
「うーん……地底で食べられないものがいいな」
「そこまで食文化は変わらないと思うが……」
こいしの要望を叶えるのは少し難しい。地底といえど、別に荒れ果てた土地ではなく、鬼たちが普通に生活している場所だ。たまに萃香や勇儀が地底に文化を持ち込んでいるのか、何百年も前の文化が続いているというわけでもない。
となれば、地底じゃ食べられないものというのは、地底にまだ持ち込まれてないものがいい。
「ハンバーガーはどうだ?最近店ができたらしい」
「聞いたことある!でも、まだ食べたことない……」
「ひとまず行ってみるか」
今から仕事に戻る人と今から食事をする人が入り乱れる大通りは、人里で最も人口密度が高くなっていると言ってもいいだろう。見れば妖怪もちらほらと混じっているし、活気のある通りは見ていて気持ちがいい。
「水那は人里で食事とかするか?」
「……え?あ、えっと、私はあまり昼時にここに来ないので。それに、あまり人里でお腹いっぱい食べれるほどの余裕は……」
……霊夢に、もっとちゃんと働けと言うか。水那は慣れているからと遠慮がちに言うが、それではいけないのだ。水那をここに連れてきた責任は俺にもあるし、水那が飢えないように気を回さなければいけない。
それに、霊夢がもっと勤勉に働くように見張ることを前に頼まれたし、もう少し積極的に動くように働きかけるとするか。
「今日は水那の分も驕りだ」
「そんな、悪いですよ」
「気にするな。本当に気にしなくていい」
大通りに面したところに、そのお店は建っていた。つい数か月前に建てられたから見た目はきれいで、商品イメージのためか人里に似合わないようなアメリカンな雰囲気を出している。
開店直後から爆発的な人気を出しているハンバーガー店は、外来人により開かれた新興商店である。イートインスペースはなく、お持ち帰り限定ではあるものの、通りの端っこでは結構な人数が座ってハンバーガーを食べている。
「おおお、なんか凄い!」
「色々味があるな。何がいい?」
列に並んでいる間、横に置かれているメニューを見てワクワクする。待ち時間にこうして今からのことを楽しみにするというのも、列に並ぶのなら必要なことだ。
そうしてワクワクしながら待てば、列もすぐに進んで自分たちの番になる。これまたアメリカンなカウボーイハットを被った店員に、それぞれで注文する。
「ビックバーガーを」
「ビーフチーズお願い」
「ダブルトマト!」
「普通のを……」
オウケィ!と言った店員は、中にいる料理人たちに大声で注文を伝える。因みに、こんなアメリカンな雰囲気ではあるけれど、店員は明らかに日本人である。多分、アメリカンへの憧れが高じてハンバーガー屋を開くに至ったのだろう。
お金を支払い、レジの横あたりでハンバーガーが出てくるのを待つ。ここらへんは、外の世界のハンバーガーチェーン店と同じようなシステムのようだ。
「うーん、私はあまり外の世界のハンバーガーを知らないんですけど、結構オリジナルも多いですね?」
「見たことある名前もあるが、幻想郷に馴染むような商品をちゃんと用意しているようだ」
幻想郷では魚があまり手に入らない。それも踏まえて、作りやすく馴染みやすいバーガーを開発して並べているようだ。人里で爆発的に人気になっているのは、こうした企業努力があるからだろう。
ハンバーガー屋は過去に人里で何個か開かれたことがある。だがそれらは、基本的に外の世界のメニューをまんま提供しており、外来人にはある程度人気になったようだが、味が濃すぎて人里の人々にはあまり馴染まなかったらしい。
「メニューに写真もついてるし、結構本気みたいだな」
「地底にはこんなに丁寧なお店ないよー」
地底の店は壁にいくつかメニューが書かれているが、基本的に肉とつまみと酒だからな。特に、店が並んでいるのが鬼の多く住む旧都ということもあってか、酒を中心にした料理が多いようだ。
「お肉も嫌いじゃないんだけど……ちょっと私には多いかなぁ」
「地霊殿ではどんなのを日頃食べるんだ?」
「定晴も前に食べたでしょ?大体いつもあんな感じだよ」
俺がしばらく地底で生活をしていた時の話だ。あれも随分と昔のように思える……
そうして過去を懐かしんでいたら注文したものが続々と出てきた。ビックバーガーは、まあ皆の知っての通りの見た目だ。ビーフチーズもその名の通り。ダブルトマトは、二枚以上のトマトが挟まれているように見える。普通のも、それなりに見た目はボリューミーだ。
そしてすべてに共通していることだが、デミグラスとかそういったソースの類は挟まれていない。本当に具材が挟まれているだけだが、どういうことか具材がバランスを崩して崩壊してしまうようには見えない。どうやらハンバーガーを作る技術というのも本気で修行したようだ。
「もしかしたら外の世界でもハンバーガー屋をしてた本職かもな」
ベンチとかがないので、少し道を逸れた小道に移動して食事をする。くどい味はなく、さっぱりとした味付けと新鮮な野菜の組み合わせは中々に美味しい。冬だというのにここまで新鮮なトマトをどうやって手に入れているのか不明だが、美味しいのでよしとしよう。
「こいし、どうだ?」
「美味しい!地上の料理は美味しいがいっぱいだねぇ」
「満足してくれてよかった」
こいしは満面の笑みでもぐもぐとハンバーガーを食べている。こいしの口に対して明らかに大きいハンバーガーであったが、こいしはすぐに食べきってしまった。
「美味しかったです。ありがとうございます、定晴さん」
「ならよかったよ。日頃からこれくらい食べれるように霊夢に掛け合っておくからな」
「そ、そんな。私は今のままでも全然……」
水那が何と言っても、俺には生活水準を上げる義務がある。最悪、霊夢に何かしらのご褒美をあげてやる気を出させるしかないだろう。仕事をすればするほど霊夢も潤うので、嫌がる理由はないはずなんだけどな。
全員が食べ終わった頃、ルーミアが新しい提案をしてきた。
「折角だからもう少し人里を歩きましょ」
「そうだな。こいし、色々と生活するうえで必要なところを教えておくぞ」
「よろしくお願いします!」
こいしを連れて人里の主要な建物を紹介していく。困ったら頼れる慧音の寺子屋や、日頃の食材を変える商店、人里の貴重な娯楽ともなる鈴奈庵などなど。
どれもこれもこいしは目を輝かせてくれる。地上という生活に希望を見出してくれて俺としても嬉しい限りだ。
「もう夕方かー」
気が付けば太陽はオレンジ色に染まりだし、通りの様相も変わっていた。そこまで人里は広いわけではないのだが、一個一個紹介していればこんなに時間もかかってしまうもんだな。
「さて、俺たちはそろそろ帰るか」
「そうね」
こいしは新生活一日目だし、まだまだ時間はある。こいしもそれを分かっているのか、寂しそうな気配は微塵も感じない。
「定晴!またいつでも家に行ってもいい?」
「ああ。もうこいしの行動を制限するものもないからな。ただ、ちゃんと自分の生活も安定させろよ?」
「もちろん。えへへぇ……またね!」
こいしは手を振って家に帰って行った。今日は終始笑顔なこいしだったな。
ふと、横から視線を感じて見ると、ルーミアがジト目でこちらを見ていた。
「どうせ今日は笑顔だったなぁとか思ってるんでしょ」
「よく分かったな」
「そりゃこいしは告白もしたし、あなたと一緒にいられて笑顔だったに決まってるでしょ。そういうところよあなた」
……むぅ。
「えっと、じゃあ私も博麗神社に戻ります。定晴さん、本当に気にしなくていいですから」
「いんや、ここはビシっと言っておかないとな」
俺はそれを心に決めた。霊夢め、覚悟しろ。
次回から新章です
―――
人里を歩く間、定晴がトイレで離れている間の会話
ルーミア「こいし、幸せそうね」
こいし「もちろん!それに、告白してからずっとふわふわしてるの」
ル「あれで結構押しに弱いから攻めるといいわよ」
こ「絶対に定晴を落としてやるんだから」
水那「あわわわ」