凄まじい崖も、長いこと上に登れば終わりが見えてくる。その先にあったのは開けた土地で、妖怪の山にしては珍しく木々が少なく見通しがよい。
その代わり、興奮した妖精とか妖怪とかの視線が俺たちを貫く。どうやらここにいる妖怪たちは麓のやつらに比べて圧倒的に好戦的のようだ。
「妖怪の山の中ではあまりここまで攻撃的な妖怪って見ないんですけどね」
「哨戒天狗が見えないが、それが理由か?」
「多分そうですね。本来は天狗たちによって聞き分けのない妖怪や妖精は退去させられるので……やっぱり、ここには何か秘密がありそうです!」
早苗が目を輝かせてそう宣言した。未知を目の前にして、早苗のテンションはアゲアゲである。
対する咲夜は冷静に状況を分析していた。結構性格としては正反対のように思えるのだが、不思議なことにこの二人は割と仲良くやっているという。霊夢や魔理沙と並んで、同じ世代だからなのだろうか。
「とはいえこの量の妖怪に襲われるのは面倒だぞ」
「追い払えればいいんですけどねぇ」
一体一体相手していては日が暮れてしまう。完全に数えられているわけではないけれど、まとめて相手取るにしては多すぎる。
ただ、各々の強さはそこまでのようだし、天狗たちに追い払われるのを恐れるようなレベルの妖怪というわけだし、これくらいなら……
二人を背にして、一人だけ前に出て輝剣を地面に突き刺す。
狂気を乗せ、威圧感を乗せ、怒鳴るようなものではなく、ただただ命令に従わせるように、
「……消えろ」
殺意を向ける。それだけ。
俺たちに向いていた数多の視線は、そのほとんどがなくなり、残りの視線も敵意ではなく傍観するような、手出しはしてこないような視線へと変わった。これで探索もしやすくなる、と後ろを見ると、咲夜も早苗もまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
俺が視線を向けたことでやっと戻ってきたのか、先に口を開いたのは咲夜であった。
「び、っくりしました。定晴様、そんなこともできるんですね」
「殺意を放出するのは使い勝手がよくて。すまん、先に言えばよかったな」
「いえ、ほら早苗、戻ってきなさい」
「はっ!」
未だに硬直している早苗の肩を咲夜が揺らせば、やっと早苗も戻ってくる。
顔を赤らめつつ、少し恥ずかしそうにする早苗は、風の音が聞こえる速度で後ろを向いて顔を隠した。
「いやー、びっくりしちゃいました。流石定晴さんですね、本当に」
「早苗、大丈夫か?」
「ええ全く問題ありません!」
そう言いつつも、こちらを全く向こうとしないし歩き出しそうにもない。近くには強い妖力も感じないので売人などはいないようだし、早いところ山を登らないと夜になってしまいそうなんだが……
「えっと、私はここら辺を探索するので!定晴さんは、もう少し上がったところを!」
「仕方ないわね。定晴様、行きましょう」
「咲夜さんは残ってください!」
「なんでよ」
早苗はこちらを見ないままに、大声で指示を出して俺を先に進ませようとする。正直ここらへんには何もなさそうなので方便なのは明らかなのだが……ここはいうことを聞いておいた方がいい気がする。
「じゃあ先に行ってるぞ」
「はいどうぞー」
俺は先に見えている洞窟らしきものを目指して飛ぶことにした。ある程度したら二人も追いついてくるだろう。
―――
「早苗、どういうつもり?」
定晴様が先に行ったのを確認して、早苗に声をかける。てっきり定晴様の威圧に怖気づいてしまったのかと思っていたのだけど……
早苗はすぐさまその場にへたり込んでしまった。
「あううぅ……」
「全く、あれくらいで怖気づいてたらやっていけないわよ」
確かに、人間の出すものにしては随分と強い殺気で、あれなら近くにいた妖怪たちはもれなく逃げて行ったでしょうけど……大妖怪ならばあれくらいは普通に出してくる。
お嬢様や妹様も戦いとなれば濃厚な殺気を放出するし、いざ対峙するとなると美鈴だってあれくらいの殺気を出す。妖怪の山に住んでいる早苗はもっと殺気に触れることがあるだろうから、殺気になれていると思ったんだけど。
「怖いわけじゃなくて、むしろ逆で……」
「ん?」
「なんだか胸が今まで以上に高鳴ってて、ドキドキするんですよぉ~!」
それ純粋に怖くて心拍数が上がってるだけじゃ……まあ、表情が明らかに恍惚としているので怖がっているようには見えないけれど。
「定晴さんの優しい面ばかり見てたので、ああいう獰猛な面を見るとドキドキしちゃうんです」
若干色めきたったため息をつく早苗。この子、こんな子だったかしら。いえ、こんな子だったわね。
定晴様が優しいのは私も知るところ。私のことを助けてくれるし、紅魔館に来るときに妹様と遊ぶ被害を考えながら動いてくれる。それに、妹様が疲れて眠ったら私の仕事を手伝ってもくれる。
最近の妹様は定晴様を異性と見ているせいか以前のような快活な遊びをしなくなったけれど、それでも妹様と定晴様が遊んだあとにある程度散らかってしまうので、その片づけをこれまた手伝ってくれる。
じゃあ獰猛な面を見たことがないかというと……意外とそういうわけじゃない。先日定晴様はお嬢様と戦っていたけれど、あの時の定晴様は確かに獰猛というか、攻撃的な印象だった。だから私も少しときめいてしまって……
ごほん。
ともかく、定晴様は私たちの日頃見ている面以外にもある。それは前々から分かっていたことだし、それを言うなら定晴様には見せない面というのも私や早苗にもある。例えば、私で言うならば早苗にタメ口で話しているのは、定晴様からすれば違和感があることだろう。
「咲夜さんはよく無心でいられますね」
「殺気には慣れてますから」
「おおう……流石吸血鬼のメイド。でも、咲夜さんも定晴さんのこと好き勢ですよね」
「……はいっ?!」
急に変なことを言われて、声が裏返る。早苗が「あれ、違いましたか?」と言っているけれど……
まあ、ええ、私も定晴様のことは好いていますが、それは異性としてではなく日頃からの感謝によるもので、早苗や妹様のような想いを抱いているわけじゃない……はず、なのだけど。
「でも前にレミリアさんから言われましたよ?」
「お嬢様から?」
「咲夜さん、定晴さんのことを目で追ってるからどうしようかなって」
私が、目で?それは定晴様が客人で大切な方だから何かあってはいけないと見ているだけで。
「ただ、フランさんのことがあるから咲夜さんには諦めてほしいって」
「……早苗、それ私に言っていいやつ?」
「多分本当は言っちゃだめなやつです。でも、咲夜さんあまり自覚なかったみたいなので」
今日、数日かけてパチュリー様のご要望であるアビリティカード集めに出ようとしたところで、早苗に捕まった。そして、そのまま定晴様の家に行き、こうして一緒に行動している。
定晴様が同行することになるなんて、家に行くまで知らなかったけれど、その時の私は嬉しくなっていなかっただろうか。妹様やお嬢様がいない状態で会えるとなって、私は期待していなかっただろうか。
私は……定晴様が、好き?
「咲夜さん、顔真っ赤ですよ」
早苗が笑いながら指摘してくる。
気が付いたら私の顔は火照っていて、早苗のことを言えないくらいに胸がどきどきしていた。
「レミリアさんには悪いですけど、好きな人に気づかずに過ぎちゃうのは、嫌ですから」
突如自覚した私の恋愛感情に、私の頭はぐちゃぐちゃにされた。こんなことじゃ瀟洒なメイドじゃないし、お嬢様や妹様に笑われてしまう。
私は平常心を取り戻すルーティンをする。冷静、冷静……
「ふぅ、面白い咲夜さんを見て私も落ち着きました。遠くで定晴さんが待ってますから、行きましょ」
「面白いって、あなたねぇ」
「ああそれと、先に言っておきますけど、恋愛感情を自覚したあとに最初に顔を見るとき平常心でいられなくなるので注意してくださいね」
早苗に言われて、定晴様を追いかけるように飛ぶ。大丈夫、今までも何度も顔を合わせてきたし、ちゃんと備えていれば私は無表情無感情を貫ける!
洞窟のようなものの前に立っていた定晴様が振り返り……
「来たか」
「ほわあっ」
顔が、熱い。
因みに勝手に咲夜に話した早苗さんは後日レミリアにグングニルされます