四百四十四話 姉の苦悩
定晴はあまり伝わっていなかったけど、紅魔館にとってこれは由々しき事態なのよ。
私にあてがわれた大きな部屋の、大きなベッドの上に座ってパジャマのまま私は考える。これは、紅魔館において現在最も重要な要件であるが故に。
「わざわざ私を呼び出して、その恰好のままなの?」
「いいじゃないパチェ。私たちしかいないんだし」
いつもならこういう時咲夜が何かと世話をしてくれる。でも、今日は何があっても咲夜はこの部屋に入らないように厳命しておいた。ついで、フランがこの部屋に入らないように定晴のところに遊びに行かせた。あの子のことだから夜までは戻らないだろうしちょうどいい。
「そもそも、私も別に素人なんだけど」
「うるさいわね。そんなこと言ったら、紅魔館の誰もが素人じゃない。男性だって、香霖堂の店主くらいしか知り合いいないのよ」
そう、定晴という存在は非常にイレギュラー。まるで嵐のようにやってきて、うちの家族の二人の心を掴んで去っていく。一人はすっかり定晴にメロメロ、もう一人はまだここのことを大切に思っているけれど、それもいつまでのことやら……
「メロメロってだいぶ古い言い回しね。最近はもっと詩的な……」
「うるさいわね!パチェは二人のことが心配じゃないの!?」
「そういう意味じゃ心配はないわよ。だって相手はあの定晴よ」
それは……そうだ。
ちょっとハーレム気質があるけれど、本人にはハーレム願望があるわけではないみたいだし、フランのこともきちんと兄として見てくれている。兄妹としての立場しか意識していないからフランにはまだまだ遠い目標だけど、どう転んでも定晴が二人のことをぞんざいにすることはない。
「ねえ、メイドと妹のコイバナをこんな風にして空しくならない?」
「ねぇえ、パチェ~、これは紅魔館の最重要要件なのー!」
「情緒不安定ねぇ。恋をしたことがないレミィがどれだけ考えてもどうにもならないと思うわ」
フランと咲夜は、定晴に恋をしている。紅魔館の今後を左右する、とっても大切な会議事項。
情報収集によると、フランはバレンタインがきっかけ。元々定晴に懐いていたけれど、それが兄に対するものから異性に対するものになったのは、あの日が原因。
咲夜はまだしっかり自覚しているわけではないみたいだけど、守矢の巫女に何を言われたのか物思いに耽ることが多くなった。定晴が来たらいつも目で追ってるのには私も気が付いてるけど、私としては咲夜には恋を諦めてほしいので私からつっつくことはしない。
「レミィはどうしたいのよ」
「まず、フランの応援はするわ。そして、咲夜の恋は邪魔をする!」
「かわいそうな咲夜。主から恋路を邪魔されてしまうのね……」
フランと咲夜のどっちも侍らせるなんてそんなこと許さない。そして、どっちかと言うなら私はフランのことを応援する。それが姉というもの。
ということで何をするか話し合いを始めよう……と思っていたら、パチェが変なことを言い出した。
「なら私は咲夜のことを応援しようかしら」
「はぁあああ!?」
私の怒声にパチェが一瞬だけ身を竦める。ただ、パチェは私の威圧にも慣れているのですぐにいつもの雰囲気に戻る。
「恋っていうのはライバルがいる方が燃え上がるものよ」
「そうなの?」
「ええ。本に書いてあったわ」
……本に書いてあったなら、参考にした方がいいかもしれない。
「でもライバルなら既にいくらでもいるわ。むしろ、咲夜の恋心を燃え上がらせることになるのは嫌よ」
「自分の力で咲夜が恋を成就させるならいいじゃない。あの子は私たちと違って定命の人間の女の子よ?私たちのせいで、咲夜がそういう経験をしないっていうのは不健全だわ」
「ここで働いている時点で普通の生活が望めないのは咲夜も承知の上だわ」
「だからって咲夜からか機会を奪うのはおかしいじゃない」
睨み合う私たち。パチェはどうやら咲夜の経験のためにも、恋を邪魔するのはよくないってスタンスらしい。
でも、咲夜とフランが本気で争ったらフランが勝てる項目なんて……家事や料理は当然の如く、気遣いとか日頃の所作も咲夜の方がうえ。精々吸血鬼特有の力と破壊の力くらいじゃないと勝てない。流石の私も、それで男性の気を引くことができるとは思わない。
「それに、定晴だって定命なのよ。なら、妖怪よりも人間の相手の方がいいのは当然よ」
「うぐっ」
言葉に詰まる。それを言われると弱い。
レミリアサーチによると、定晴に言い寄っている女性の妖怪割合は非常に高い。しかし、定晴自身はただの人間なのだ。守矢の巫女や咲夜の方が釣り合うのは当然。
「愛している人に残される悲しみ。分からないとは言わせないわよ」
今度は逆にパチェからの威圧。
人間と他種族の恋愛、その最大の壁。どれだけいこうとも、寿命の壁を越えられない。もし超えるのだとすれば、人間側が人間をやめるか、長命の方が命を絶つかしかない。
「まあ定晴なら寿命くらいどうにかなりそうだけど……ともかく、私はフランばかり贔屓する気はないわよ」
「なんでよぉ!」
「そっちの方が楽しいじゃない?」
そう言うと、パチェは立ち上がり外に出ていく。言いたいことは言い終えてしまったらしい。
パチェがいなくなり、私だけになった自室で考える。
咲夜の恋愛よりもフランの恋愛の方を応援するというスタンスは変えない。それは姉としての責務だと思うし、従者よりも家族の方を優先するのは、仕方のないことだと思うから。
ただ、それは咲夜の恋愛の邪魔をするという意味じゃない……それもよくわかる。咲夜だって大事な家族だという認識は紅魔館全員にあるし、多分フランが知れば咲夜の邪魔をしないでと文句を言ってくるだろう。だとすれば私ができることは……
「傍観だけ、か」
窓の外を眺める。今頃あの子は定晴のところで楽しく過ごしていることだろう。定晴が強いのは私も戦って理解しているから、安心して任せることができる。
私は、一人の人間を信じることにした。勿論、悪い結末を迎えたなら問答無用でグングニルを体に突き刺してやるつもりだけど。