寺子屋のお勉強を終わらせて、夕方の通りを歩く。慧音先生のお手伝いをしていたから、先に行ったチルノちゃんは駄菓子屋で待っているはずだ。
私は大妖精、人々からは妖精では珍しく優等生のように思われている妖精。実際は、イタズラをするよりも暴走するチルノちゃんを止めることの方が多いので、そう思われているだけだ。私も、妖精らしい悪戯心くらい持ち合わせている。
「あ、大ちゃんきた!お疲れ様!」
「ありがとうチルノちゃん。水飴買ったの?」
「安いよ!大ちゃんも買お!」
チルノちゃんは、前までガキ大将のような振舞をすることが多かった。というより、実際妖精の大将だったし、そうなるのは強い妖精の傾向だから仕方のないことだった。
でも、最近のチルノちゃんは周囲の人を思いやることができるようになり、少しだけオシャレにも気を遣うようになった。喋り方も今までよりもお淑やか?みたいになったし、色々と日常の中でも考えることが増えたように思える。
未だに寺子屋だと眠っちゃうし、勉強とか宿題とかは苦手だけど……
「チルノちゃん、最近もっとかわいいね」
「へっ、そ、そう!?あたいかわいい?」
「うん、とっても」
そっかー、かわいいかぁ~なんて呟くチルノちゃん。水飴が垂れて落ちそうになったので、素早くチルノちゃんの手を支えて持ち上げる。
チルノちゃんは恋をした。私たちよりもずっと大人で、でも少し子供っぽいところも残るような、外来人に。
「ありがとうございます、おばあちゃん」
「いいよいいよ。楽しんでー」
おばあちゃんから私の分の水飴も買う。最近砂糖がいっぱい手に入ったからって、安く売ってくれると、あまりお金を持ってない私たち妖精でも買いやすい。
チルノちゃんは水飴を練り練りしながらもぐもぐしてた。たぶん、練り練りしながら待ちきれなくて食べながら練ってるんだと思う。
「チルノちゃん、ここは邪魔になるからちょっと移動しよ」
「うん」
駄菓子屋の隣の茂みに二人で座って、水飴を練り練り。
「大ちゃん、あたい……あたし、大人になれてるかなぁ」
「どうしたの?ちゃんとかわいいよ」
「かわいいだけじゃダメなの!もっと、大人にならなきゃ……」
水飴を練り練りしながら悩んだ表情をするチルノちゃん。少なくとも、水飴を笑顔で練り練りしている様子を見ると大人っぽいとはお世辞にも言えないけど……
「ちゃんと大人になってるよ。だって、チルノちゃんは最近ちゃんと悩めてるもん」
「悩んでたら大人なの?」
「少なくとも、前のチルノちゃんは考えずに突撃してたでしょ?それを、色々考えて行動できるようになったなら、それはちゃんと大人になってるってことじゃないかな」
私も大人じゃないけれど。少しだけ、ほんの少しだけ、他の妖精よりも大人びていると言われる私から、チルノちゃんへのアドバイス。
前のチルノちゃんはピシャリと言い切っちゃうと、そのあと不機嫌になったり怒ったりしてたけど、今のチルノちゃんはアドバイスをちゃんと受け止められるようになってる。今だって、私のアドバイスを聞いて「そうなのかなぁ」って呟いてる。
そういう、小さな積み重ねは、ちゃんと大人になってる証拠だと思うよ。
「大ちゃんが思う大人って何?」
パクリと、大きく一口で水飴を頬張るチルノちゃん。そんな小動物っぽさも、チルノちゃんの魅力。
それはさておき、私の思う大人かぁ。私の行動範囲はあまり広くないけれど、その中で出会う大人と言えばやっぱり慧音先生。人里で人間と妖怪の問題のどっちもを対応して、先生をしながら人里の治安を頑張って守ってる。
レミリアさんは、私たちと似たようなところはあるけれど、大人としてしっかり物事を判断できる。フランちゃんの保護者としても動いてるし、時には寛容に私たちを許してくれることもある。
妹紅さんは慧音先生とたまに一緒にいる。竹林で色々してるらしいけど、妹紅さんはすっごく長生きで、時に達観したような雰囲気も出してる。
そんな、色んな大人を思い起こして、私が思う大人像は……
「自分で判断できること、かな」
「判断?あたしも判断してるよ」
「決断って言うのかな。ちゃんと、覚悟をして、責任を持って判断をするの」
判断をしたのは自分だから、全責任を負う。当然のようなことだけど、私たち妖精の中じゃあまり浸透していない考え方。
悪戯をする時、悪戯されるように無防備なのが悪い。物を借りて失くしたら、失くすような物なのが悪い。
責任を負わされそうになったら森に逃げ、もしくは消えていなくなる。追及も責任も、可能な限りのらりくらりで躱してなんとかする。それが妖精、それが生き方。
「チルノちゃんは、何かを判断するときにちゃんと責任を持てる?」
前のチルノちゃんだったら、責任って何?って理解できないだろうし、もしくは、嫌だ!ってすぐに否定しちゃうと思う。
でも、
「……うん。ちゃんと、自分で頑張らなきゃだもんね」
悩みながらも、でもちゃんと決意をした表情で、チルノちゃんは呟く。
私はたまらなくなって抱きしめようとして……両手が水飴で塞がってることに気が付く。置く場所もないし、一旦水飴を食べきらないとチルノちゃんを抱きしめられない。
私がもぐもぐと水飴を食べていると、水飴を練るのをやめたチルノちゃんがぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「このままじゃダメだってわかってる。だって、こんなあたしじゃ定晴は見てくれないもん」
「子供のままだって。こんなただの少女じゃ不相応だって。誰に言われなくても分かってる」
「でも……あたし、頑張る。だって……定晴のこと、すき、だもん」
じわりじわりと顔を赤くしていくチルノちゃん。最後の決意は、声が小さくなってたけれど、それでもちゃんと言葉にして、目標をしっかり立てる。
水飴を舐め終えて、棒をゴミ箱に放り投げる。そして、そのまま私はチルノちゃんに抱き着いた。
「うわぁ、大ちゃん!?」
「大丈夫。チルノちゃんはちゃんと成長してる。定晴さんも、ちゃんと見てくれるよ」
今はまだ、子供のように思われてたとしても、いつか定晴さんは大人になったチルノちゃんを見てくれるはず。
もし、もし、チルノちゃんの夢が叶わなくても……チルノちゃんの恋は、ちゃんと経験になってくれる。この恋で、チルノちゃんは大人になる。
「大ちゃん、水飴ついちゃう!」
「ご、ごめん」
私の服に水飴がくっつかないようにしてくれてたチルノちゃんが、私を体で引きはがしながら叫ぶ。もう、チルノちゃんよりも私の方が子供っぽいかも。
「チルノちゃん、悪戯しなくてストレスたまってない?」
「え?大丈夫、悪戯よりもやらないといけないことあるから」
チルノちゃんは悪戯に参加しなくなった。他の妖精たちは、妖精代表の不参加に文句を出していたが、私はチルノちゃんのことを応援する。妖精の中でも異端だけど、それでもチルノちゃんは一人で歩いて行けるから。
「あれ、妖精たちだー」
「あ、こいしちゃん」
そうしてチルノちゃんが水飴をもぐもぐし始めると、駄菓子屋からまた一人水飴を持った少女が出てきた。
最近人里に引っ越してきて、人間の常識を学ぶためにってたまに寺子屋にやってきて勉強をする古明地こいしちゃん。地底でずっと過ごしてたけど、定晴さんのことを追いかけて地上まで出てきた……って、ルーミアちゃんが言っていた。
「二人も水飴食べてたの?」
「安かったから」
「だよねー。あまりおやつ食べられないから、こういうの嬉しい!」
こいしちゃんも水飴を練り練り。すぐさまパクり。
こいしちゃんは人里で一人暮らしをしていて、妖怪としての能力を使わずに生きている。ちゃんとお仕事をしていて、店番とか力仕事をしてお金を稼いでる。大変じゃない?って前に聞いたことがあるけど、こいしちゃんは笑顔で、
『定晴といられるから、全然!』
って、言ってた。チルノちゃんと同じく、こいしちゃんも、恋をして変わった子なんだなって分かった。
こいしちゃんは元々たまに地上に来て、私たちと遊んだりして地底に帰っていく子だった。フランちゃんとこいしちゃんは特に仲が良かったけど、フランちゃんに会うことだけが目的ってわけでもないみたいだった。
でも、ここ最近のこいしちゃんは、定晴さんに会うためだけに地上に来てるようだった。そして数日前に、こいしちゃんはとくれいってやつで地上に引っ越してきた。地底の妖怪は地上が苦手な人が多いって聞いてたから、事情を知ってる人たちは皆驚いたことだろう。
「その、こいしちゃんは定晴さんとどれくらい……」
「んー……あんまり!だって、定晴と会うとそれだけで胸がどきどきしちゃって」
定晴にはバレないようにしてるけど、ってもぐもぐしながらこいしちゃんは笑う。
すると、チルノちゃんが鋭い視線でこいしちゃんを睨んでいた。むむむ……とチルノちゃんが唸ると、こいしちゃんも気づいたようで疑問顔で見返した。取り敢えず、チルノちゃんの手の食べ終わった所在なさげの棒を抜き取り、ゴミ箱に捨てておく。
「さ、定晴はあたしのものなんだから!」
「わぁ、今まで紫さんとかフランちゃんとかと話してきたけど、そこまで言われたの初めて!」
こいしちゃんは、いつの間にか食べ終わってた棒をゴミ箱に放り投げる。それと同時に、立ち上がる。
「でも負けないよ。私も、定晴のこと大好きだもん」
その瞬間のこいしちゃんは、私の顔が赤くなるくらい、ふんわりとした乙女の顔をしていた。見るだけで、本当に好きなんだと分かっちゃうような表情。
「あたしも好きだもん。あたしの、だもん」
言い返すチルノちゃんもこれまた乙女の顔をする。チルノちゃんもまた、一過性なんかじゃなく、深く恋をしている人の顔。
二人とも黙っちゃって、変な沈黙が流れる。どっちも乙女な顔をしているから、私はそわそわ。
「でも、ひとまず告白しなきゃ」
「……だよね」
こいしちゃんとチルノちゃんが同時にため息をついた。
まだ、フランちゃんやこいしちゃん、チルノちゃんのような子供組から、定晴さんに告白をした人はいない。ルーミアちゃんは、最近大人な妖怪として過ごしてるから除外。
まだ、私たちは恋心をうまく制御できないのだ。好きだって気持ちはしっかりとあるけど、告白しようとすると慌てちゃってうまくいかない。それが分かってるから、まだ告白はしない。
そんな風に、みんなが大人になってく中で、私は……
「大ちゃん?」
「大妖精ちゃん?」
二人が不思議そうに俯く私の顔を覗き見る。わあ!ってびっくりして顔を隠すと、二人は揃って言った。
「「乙女な顔してる」」
……因みに、乙女な顔っていう言い方は私がチルノちゃんに教えたこと。まだ恋心が分からな
「大ちゃん、もしかして定晴のこと……」
「違う違う!私はチルノちゃんを応援してるんだから!」
相談したり、遊んだり、一緒に食事をしたり、そんななんてことのない日々の中で。
いつの間にか、でも、はっきりと自覚できてしまうくらいに大きくなってしまったそれは。
「大妖精ちゃん、あまり隠すと悪いよ!」
親友の想い人について、どうすれば気が引けるのか私なりに考えている中で、空想の中で無意識にあの人の隣に置き換えていた私は……
「ち、違うの。本当に。ただ、ちゃんと信頼できる人ってだけだから」
その想いにしっかり蓋をして、親友を応援する。
私は、他よりも少しだけ大人びた、大妖精だから。
大妖精「なんでニヤニヤするの!」
チルノ「絶対、大ちゃん私のことを考えて秘密にしそーって」
こいし「我慢すると、むしろ後で爆発するよー?」