広くて綺麗に整えられた、私たちの白玉楼が誇る日本庭園は、私のかわいい従者である妖夢によって作られたものだ。一日に何度か、その景観を損なわないように妖夢が整える作業が入る。
それは丹精込めるという言葉の意味を再確認させられるような作業で、それを眺めながら何かを食べるというのは私の小さな楽しみの一つだ。
そこに友人がいれば、それこそ言うまでもない。
「たまの起床日なのに、私のところに来ていいのかしら?」
「いいのよ。どうやら今日はあの家、人がいっぱいいるみたいだし」
能力で作り出した小さなスキマに頬をつき、ため息をつきながらそう呟くのは私の親友の紫。初恋の彼のところに行かず、敢えて私のところに来たのは、妥協によるものらしい。
とはいえ、私は久しぶりに会えた親友と一緒におやつを食べられれば満足なので文句は言わない。折角の再会に揚げ足を取るようなことはしないのだ。
「幽々子、私は遅れてないわよね?」
「妖怪としては十分行き遅れてるわよー」
「ちょっと一回殺してあげるから表に出なさい」
これくらいなら許される。彼女だって、自分が大妖怪として呼ばれるようになってから長らく時がたち、ただの少女というには余りある経験を得てきたことは分かっているだろうから。
それでも、そんな彼女が少女のような顔で悶々とした恋心を語ってくれるのを見るのは私も楽しいのだから。
「やっぱりあっちに行った方がよかったんじゃないの?アピールってやつしないといけないんじゃないの?」
「普通の雰囲気なら私も行ったんだけど、さっきちらっと見たら重々しい雰囲気だったのよ。私が行っちゃったら面倒なことになるわ」
いつもはトラブルメーカーなくせに、こういうときは年長者的な視点で物事を語ることができる。他のライバルよりも優れている点であり、同時に劣っている点だ。
「だめよ。そんなことじゃ妖夢みたいになっちゃうわ」
折角の異性だというのに、あの子ったら剣術指南ばっかりでまったくそういう気配を感じさせないんだから。
「私が、なんですって?」
「あらあら妖夢。お仕事お疲れ様、これ食べる?」
「私と定晴さんはそういう関係じゃありません!ただ憧れの対象というだけで……あー!幽々子様、これ隠しておいたやつじゃないですか!」
「ふふん。私の鼻からは逃げられないわ」
「幽々子あんたいつからそんな犬みたいになったのよ」
まだ食べかけだったのに、妖夢は無理やり私からお菓子を引きはがし持って行ってしまった。あ~、私のお菓子がー。
「紫様、気が付いてましたよね!止めてくださいよー!」
「ふふ、てっきりあなたが許可を出したのかと」
私の親友は私のことをよくわかっている。だって、私が妖夢から秘密のお菓子を食べる許可を貰ったことなど一度としてないのだから。
私がさっきまで食べていたのは、いわゆるちょっと特別なお菓子というやつで、とっても大切なこととか大切なお客さんが来た時に出す茶請け用のお菓子だ。久しぶりの親友なのだから、条件は達成していると思うんだけど。
「紫様はお昼はお食べになりますか?」
「ええ、貰おうかしら。藍がちょっと忙しそうなのよ」
時計を見れば、いつの間にやらお昼前。私の食前お菓子を食べ終わるなら、ちょうどいい時間だったかしら。
妖夢に今日の昼食を尋ねると、今日のお昼は湯豆腐。あまり私のお腹に溜まらないのだけど、と思ったら私には別途お肉が用意されているという。流石妖夢ね。
私の予想だと、今夜にも雪が降り始める。湯豆腐を食べるにはちょうどいい時期だ。
「それはそうと、私も妖夢と定晴の関係については気になるのだけど」
「ゆ、紫様もですか!?」
紫の言葉に、焦った妖夢が危うく包丁を落としかける。刀剣類の扱いは絶対に失敗しない妖夢なので、落としたとしても怪我をしないとは思うのだけど、それはそれとしてひやっとしてしまう。
しかし、妖夢はそんなことにも気が付かず、さっと包丁を回収して顔を赤くしながら弁明をし始めた。
「定晴さんはあくまで師匠であり、男性として意識したことなどありません!そも、紫様は勿論、あれだけの人に慕われている人に向かっていけるほど私は器量がよくないのです!」
「料理の腕なら十分渡り合えると思うんだけど」
「私のものはあくまで慣れですよ。他の人たちもやろうと思えばそう時間はかかりません」
そんなことはないと私が声をかけるよりも早く、どんどん自分を下げていく妖夢。妖夢の、この自己評価の低さには私も時折頭を悩ませる。
妖夢の師匠であり祖父だった彼は、妖夢の持つ技量をすべて何段階が上げたような人物だったのだ。妖夢はそんな彼と自らを比較してしまい、勝手に自己評価を下げて行ってしまうのだ。
剣術だけで大妖怪ともやりあえるような人物、少なくとも今の幻想郷だと妖夢と定晴さんくらいなものなのだけど。
「それに、やはり私はあの人に親愛以上の感情を持つことはないでしょう」
「あら、それはどうして?」
「定晴さんは……なんだか幽霊みたいなんです。なんだか、ふとしたら消えてしまうような、そんな感覚がするんです」
それを聞いて、親友が困った顔をしつつも、納得したような表情を浮かべる。
そうよね、あなたは知っているものね。あの人はふらふらと日本を旅するから、あなたはよく彼のことを見失って、見つからない見つからないって私の前で泣いたことがあるものね。
最近になってやっと彼が家を持つようになったって知ったら、いつでも会いに行けるって花が咲いたような笑顔を浮かべて。もうすでに、あの頃には親友の中で彼が占める割合は私を越していたんでしょう?
「昔のことを思い出したのかしら?」
「そうね。定晴ったら、いつも気が付いたらいなくなってて、こっちがどれだけ必死に探していたものか」
「ふふ、結局家を持ったあともいなくなったものね」
「まさか平然と家を一か月単位で空けるとは思わなかったわ」
私は一度、妖術で印をつけて見失わないようにしたらって提案したことがある。
そしたら、紫ったら顔を赤くしながらこっちが気恥ずかしくなるくらいに上ずって。
『いつでもあの人を感じるなんて、落ち着けるわけないじゃない!』
なんて、別れたら泣く癖に。そんなことを言うものだからその時の私は大いに笑った。そして決めたのだ、彼女の恋の道を応援しようと。
だから、なんだかんだ言って妖夢には期待していない。どうせ半霊の命は長いし、まだまだ妖夢は子供。この先もっといい人だって現れるだろう。
「その、紫様は定晴さんのどこを好きになったのでしょうか」
「全部よ!とはいっても、こんなに惚れ込んだのには色々あるのよ」
紫がある日、妙にボロボロの姿で帰ってきて、でも着替えることもなく私に『いい人を見つけたの!』なんて言った時には、何がなんだかわからなくて混乱したものだ。
当時の彼女は、彼のことを幻想郷にも適応できるような人としか見ていなかったと思うのだけど、いつの間にやら彼のことを語る紫の様子が恋する乙女のようになっていたのだ。何があったのかは、私もよく知らない。
「まず彼と出会った時のことを話すとしましょう。あれは十年くらい前、彼がまだ妖夢のような身長だったころの話よ……」
聞きましょう。多分、久しぶりなのに会えない彼女は、心の中に寂しさを募らせていると思うから。
湯豆腐の仕込みをする妖夢を音楽にしながら、私は親友の話に耳を傾けた。
紫さんの初恋話はここでは語りません。いつか、機会があればその時に