ひらりと新聞が上から降ってきた。発行者・印刷所の足元であるここには、最も早く幻想郷にニュースがやってくる。
「おー、きたきた」
「諏訪子様のものですか?」
「そうそう。文々。新聞とは違って、釣り情報が乗ってるんだ」
意気揚々と本殿へと戻っていく諏訪子様を眺めつつ、私は境内の掃除を再開した。
新聞がやってくるには随分と遅い時間だ。普通は、新聞は朝刊、もしくは夕刊として届く。だが、今はおやつのちょっと前。朝刊には遅いし、夕刊には早い。
ただ、諏訪子様が平然と受け取って帰っていたところを見ると、いつもこの時間に来るのかもしれない。諏訪子様は、いつの間にか釣りが趣味になっていい釣り竿なんてのも手に入れていた。
「あ、そだ。早苗ー!」
「はいー?」
「そろそろ雛ちゃんが来るから奥に通してやってー!」
本殿で新聞を読んでいた諏訪子様は、大声でそれを伝えると奥へと入って行ってしまった。雛ちゃん、って鍵山雛さんのことですよね。何の用事かは分からないけど、姿を見ることがあれば案内しよう。
そうしてしばらく境内を掃除すれば、すっかり綺麗になる。秋から冬にかけては、特に落ち葉が多いから大変。雪が積もると掃除がしにくくなるので、雪が降る季節になる前に掃除を終わらせておきたかったのだ。
「ふぅ……うーん、雛さん、来ないですねぇ」
掃除道具も片付けてちょっと待ってみたけれど、諏訪子様の言っていた雛さんの姿はない。
少し神社から出て山を見下ろしてみたけれど、やはりそこに雛さんの歩いている様子はなかった。勿論、飛んでいる姿もない。どちらかが日付を間違えたのでしょうか。
「諏訪子様にもう一度聞いた方がいいですかね」
それで、特に問題がなければ温かいお茶でも飲むことにしましょう。呼ぶ必要があれば山を降りなきゃいけませんが、人里と往復するよりかは短いのでまだ楽。
神社の居住スペースに行くと、諏訪子様は釣り竿のメンテナンスをしていた。諏訪子様は春夏秋冬いつでも釣りをしていて、例え冬であっても氷に穴を開けて釣りをしていたりする。
「あ、雛ちゃん来た?」
「いえ。姿も見えませんよ。時間は合ってますか?」
「あれー?雛ちゃんから言われて待ってるんだけどなぁ」
どうやら諏訪子様が呼んだものじゃなく、雛さんが諏訪子様に用事があって時間を合わせたものらしい。ただ、全く姿が見えないことから、雛さんが忘れている可能性もあり得る。
「何の用事なんですか?」
「うん?最近厄が溜まりすぎて流しだけじゃ対応できないからって。ほら、これでも私祟り神だし」
諏訪子様はミシャクジさまとも崇められ、信仰している者には多くの豊穣を、しかし敵対したものには痛烈な祟りをすると言われている神様だ。そのおかげで、諏訪子様はそれなりに力が強い相手に対しても指パッチン一つで祟ることができる。
それほど祟りに強い神様であれば、確かに雛さんの纏う厄をどうにかできると思われる。厄払いにこれほど適している神様もそういないだろう。
「厄が溜まるって、何があったんですかね」
「んー?なんか最近麓付近の山童の里で揉め事があったらしくて、そのせいで山童たちの不満と厄が溜まってるんだって」
……ごめんなさい。
あれは、そう、定晴さんの前だったから少しはいい女感を出したかったのだ。定晴さんには、ただかわいいだけの女性じゃ響かないだろうからと、最近の私は何でもできるを目指しているだけで。
まあ山童の皆さんに多少怒りがあったのは間違っていないんですけど。詐欺をされたらやり返してもいい、それが幻想郷なのだから。
「自己解決したのかなぁ」
「わざわざ諏訪子様に話しを通るくらいですよ?自分でなんとかできる力量くらいは把握してるはずです」
「だよねぇ。じゃあ何か別の用事でもできちゃったかな」
今日は釣りに悪いみたいだからいいけど、なんて諏訪子様は笑う。
諏訪子様は今でこそ結構存在を知られ、妖怪の山でも知り合いが多いように思えるが、それでも神様なので委縮してしまう人は多い。そんな諏訪子様を呼ぶほどの厄がぱっと消えるとは思えないんですけど。
それにしても、そんなに厄が溜まっちゃったんですね。あとで謝りに行った方がいいかなぁ。山童ではなく、雛さんに。
「まあ一応厄払いは色々方法があるわけだし、今日はずっといる予定だからもうちょっと待ってみるよ」
「そんな簡単にできるものじゃないと思いますけど。祈祷ですよ?」
「早苗や霊夢が祈祷して頑張ることを、たった一秒で終わらせる人もいるんだよ。ほら、定晴だって一瞬で浄化させちゃうでしょ?」
定晴さんのあれはちょっと特殊な例というか、誰も再現できない類のもの……とはいえ、大妖怪であれば確かに色々やりようがありそうな気がするし、規格外のことなど私程度じゃ想像できない。
「そうだよそれで思い出した。定晴のところに行かないの?」
「え、なぜですか?」
「だって他の人たちは結構な頻度で会いに行ってるって聞いてるよ。早苗はせいぜい二週間に一回くらいでしか行かないじゃん」
諏訪子様、一体どこでそういう情報を仕入れているんでしょう……
「人里で遭遇することも多いので、大丈夫です」
「それじゃただの近所付き合いじゃーん」
「んー、でももう好きだと伝えたので、気にしないことはできないはずです」
だって、定晴さんは優しい人だから。愛されるという感覚が理解できないままに、それでも他人の好意を無下にはできない人だから。
一度好きだと伝えたなら、定晴さんは必ず私と会う度に思い出すはず。あの人の優しさを利用しているようだけど、そうやって少しずつ私との思いでを増やしていければそれでいい。
「早苗、大和撫子すぎー」
「諏訪子様の時代ではよくあったことでは?」
「そうだけどさ、私も神奈子ももっと早苗が幸せになってほしいんだよ」
最初は揶揄っているとさえ思っていた二人は、しかし、本当に私のことを思ってアドバイスしているのだと最近分かった。そこに多少なりとも私をいじる気はあるだろうけど、私が定晴さんと一緒にいられるようになんだかんだ気を回してくれている。
でも、私は自分の力だけであの人を振り向かせたい。私のずっと先を、まるで急ぐように歩くあの人が、私を見て立ち止まってくれるように。
「……早苗、定晴のことを想うなら一人の時にしなよ」
「あれ!?変な顔してました!?」
「文屋に見つかったら記事にされるくらいには」
ふぅ、ふぅ、心を落ち着かせる。
すっかりやられちゃっていてだめなのだ。深く考えると、それだけで脳内がぐしゃぐしゃになる。
『すわこさーん』
「あ、きたきた」
と、そこで表の方から雛さんの声が聞こえた。どうやらちゃんと来たらしい。
私は顔を緩めないように気を引き締めなおしてから、お茶を入れるために中に入るのだった。
「早苗さーん、先ほどの表情について少しー」
「なんで見てるんですか!」