「さとり様ー」
主に呼びかける。返事がない。
「さとり様ー!」
再度呼びかける、しかしやはり返事がない。
「にゃー!」
猫の姿になって頭の上に飛び乗った。とうとう主が気がついて、私のことを抱き上げる。
「ちょっと何よ。あ、ぼーっとしちゃってたごめんなさい」
あたいが説明しなくても、さとり様は心を読んで状況を把握してくれる。それは私たちペットだけではなく、来客全員にすることなので、地霊殿では他のところよりも会話の展開が早い。さとり様にはどんな風にあたい達の脳内が見えてるんだろう。
「それで、何かしら」
地霊殿の入り口に来客が来ていますという連絡をしに来ました。
「ああ、ありがとう。行ってくるわ」
さとり様はそうして部屋を出ていった。あの人の声、だいぶ大きいから聞こえていなかったってことはないと思うんだけど……
さとり様は最近こうしてぼーっとする時間が増えたように思う。それは多分、こいし様が地上に引っ越してからすぐくらいのころだったと思う。
やっぱり、こいし様が地霊殿にいないっていうのはさとり様からしても今までになかったことだから、心ここにあらずっていうことになっちゃうんだろう。正直あの精神状態はあたいからしてもちょっと心配になってしまうのだけど、あたいが言えることはあまりない。
「こいし様がいなくて寂しいんだろうけど」
人の姿になり、さとり様の部屋を眺める。
基本的にさとり様の部屋はさとり様自身が掃除と片付けをしているので、大体いつも片付いている。でも、こいし様がいないことで、というかこいし様がさとり様の部屋に置いていたものを片付けてしまったため、いつもよりも少し殺風景に見える。
こいし様の部屋は、現在掃除こそされていれどあまり物が置かれていない。そもそもあまり私物を持たない人だけど、こいし様の気配がなくなった地霊殿は物寂しい。
まあ、あの人はそもそも気配があまりしないけど。
「お燐、まだいたの?ならお茶でも用意しなさい」
「あ、はーい」
気が付いたらさとり様が戻ってきて、客人を連れていた。そんなに物思いに耽ってしまっていただろうか。
「お邪魔するよ!」
あたいが部屋を出るのと同時にすれ違うのは、今日の客の星熊勇儀。あまり人が寄り付かない地霊殿の客の中では、多分一番来訪数が多いと思われる。理由は様々だけど、基本的に旧都の顔役を勇儀がしてるから、だと思う。
勇儀は、さとり様曰く言葉と考えていることがほとんど同じだから疲れなくて済むとのこと。それは、勇儀からしても心を読まれる気持ち悪さがないからいいことだろう。
さっとお茶を用意してさとり様の部屋に戻ると、ちょうど勇儀が大笑いしているところだった。
「あははははっ!」
「笑いごとじゃないんですよ!」
「いやにしたってなぁ!そうかそうか、まあそりゃそうだ!」
二人の前にお茶を置くと、あたいは猫の姿に戻ってさとり様の膝の上に移動。うむ、やはりここが一番居心地がいい。
「そんなに心配なら地上に見に行けばいいじゃないか」
「心配とかでは、ないですけど」
「あれだけ色々と語っておいて心配してないは嘘だろ?心を読めない私でもわかるよ」
うーん、どうやらさとり様はこいし様が心配だということを勇儀に感付かれたらしい。結構分かりやすいから、ちょっと話せばすぐにわかるようなことだ。
さとり様は、こいし様が定晴のおにーさんと会うより前からこいし様のことをずっと気にかけていた。こいし様は元々放浪癖のようなものがあり、数日帰ってこないということもあったので、そのたびにあたいたちペットが探しに出たものだ。
かつてお空がやらかしちゃった異変を経て、こいし様の放浪癖は少しだけ和らいだ。そして、おにーさんと出会ってから、放浪癖はすっかりなくなった。そして今では、地上に引っ越すまでになった。
さとり様は、まだこいし様の成長に追いつけていないんだろう。
「いいじゃないか、途中経過を確認するのは。仕事だって言い張って一日くらいなら出れると思うよ?」
「い、いえ。私が地上に行くのは……」
さとり様は、こう言ってはなんだけど、地上にも地底にもあまり居場所がない。心を読めるというその能力のせいで、数多の人妖に嫌煙されてきたのだ。
最近はこうして勇儀が来てくれたり、おにーさんが顔を出したりなんてのもあったけど、それでも交流関係は少ない。そんなさとり様は突然地上、っていうのはちょっと難しそう。
「私が様子を見てきてもいいんだけど……」
「いいんですか!?」
「やっぱり心配なんじゃないか」
「うっ」
さとり様、その誤魔化しは何の意味もないですよ。それで誤魔化せる人なんて誰もっ、あ、あ、わしゃわしゃしないでー。
「でもやっぱり自分で見た方がいいと思うけどね。あんたの経験のためにも」
「経験、ですか」
「あんたの妹が向かったその先を自分で見る。それは、同じところを見るためにも必要なことだと思う」
うー、あたいの毛並みが……あとで毛繕いしなきゃ。
勇儀がちょっといいことを言ってる。来客が少ない地霊殿で、さとり様を動かすとしたら、それは勇儀の言葉だ。
「でも、私が地上に行くのは……」
「私から言っておくよ。これでも、多少は無理を通せる立場にいる。閻魔様には……まあどうにかしよう。あとはさとりが決めることだよ」
どうやら、勇儀はさとり様をどうしても地上に連れて行こうとしているらしい。
地上の妖怪は、さとり様の力を見ると、その力を気持ち悪がって逃げるか、その力を悪用しようとして下賤に近づくか、そのどちらかだった。今の幻想郷は、結構過ごしやすい環境になっているっていうけど、あまり信用はできない。
あたいはたまに地上に日向ぼっこしに行くけど、霊夢もさとり様のことは、まだちょっとわからないって言ってた。少なくとも、さとり妖怪だと知られた場合にどう反応されるかは不明だって。
「そのどうしてそこまで私を」
「だって勿体ないじゃないか!妹が地上に行って、大義名分もある。ずっと地底に引きこもるのは悪かあないが、だからって足を踏み出さない理由にはならないだろう?」
本当は鬼たちも地上に連れ出してやりたいくらいなんだ、と勇儀は言う。今の幻想郷に鬼たちがいっぱい行ったら、妖怪の山のパワーバランスが崩壊しちゃうからやめてあげてほしい。
さとり様は悩んでいる。あたいは心が読めないから分からないけど、それは地上に行くかどうかを悩んでいる様子には見えない。
「でしたら、案内役が欲しいんですけど」
「お、いいよいいよ!私がやろうか!」
「勇儀さんでもいいんですけど……」
さとり様の中で、地上に行くことが決まったようだ。その目には、不安そうだけども決意が籠っているのが分かる。こいし様にずっと置いていかれるのは、さとり様からしても思うところがあるのだろう。
「定晴さんをお呼びできますか?」
「あ~~、まあ適任か」
うんうん、おにーさんなら案内役には十分だろう。こいし様が地上に行くことになった一番の原因はおにーさんなわけだし、さとり様を案内する仕事をやる義務があると言っても過言ではない。
それにさとり様もおにーさんに対して結構柔らかくっ、ちょっ、あっ、ぐしゃぐしゃにしないでー。
「その猫、大丈夫?」
「ええ。変なことを考えた罰です」
うぅ、毛並みがボロボロだよぉ。さとり様、酷いですー。
膝の上から降りて、床の上で毛繕い。私が背中の毛を整えている間に、会話は進んでいく。
「ともかく、定晴を呼んで来ればいいか」
「はい。お願いします」
「よしきた。この星熊勇儀、大船に乗った気持ちで待っておきな!」
意気揚々と勇儀は帰って行った。あたいが案内しなくても、ここから玄関までの道のりくらいは勇儀も歩きなれているだろうから大丈夫。それよりも、あたいはこのもしゃもしゃの毛を整えないと……
と思ったら、さとり様に抱きかかえられた。珍しいからにゃーんって鳴いておく。
「なんでそんな義務っぽいのよ」
「にゃーん」
「まったく……」
仕方ない。猫の姿だととれるコミュニケーション手段も多くはないから。ほらさとり様、にゃーんて鳴く猫はかわいらしいでしょ?
「自分で言うのはかわいらしくないわよ」
残念。それで、なんですか?
「折角だから……いえ、不安だからお燐も一緒に来てくれない?」
さとり様が珍しく、本心をあたいに伝えてきた。やっぱり、地上に行くのは怖いのだろう。あたいも、またさとり様が沢山の悪意に晒されるのは怖い。
でもさとり様が決めたことなら、あたいはついていきますよ!
「ありがとう。それで、お空も一緒にどうかなって思うんだけど」
お空?お空かぁ。
「あら、不満?」
お空はあまり地上に慣れてないし、そういう慣れてない場所だとお空ってすぐ空回りしちゃうから。前までなら抑えるのも簡単だったけど、今のお空が暴れたら大変なことになりますよ。
「それはそうなんだけど、そこでお空を置いていくと拗ねちゃいそうじゃない?」
流石さとり様、お空の性格をよく理解している。
お空ってあれでいて結構寂しがりだから、さとり様もいなくなっちゃうと悲しくなって暴れるかもしれない。灼熱地獄が熱暴走したらそれはそれで大変なことになるから、やっぱり面倒。
「確かセンターの方はこの時期はあまり動かさないんでしょ?」
寒い時期ですから。それに、先日の極暑異変の影響でちょっと不具合が起きて今はどのみち動かないと聞きました。
「だったらお空も連れて行きましょ。それと、何匹か他の子たちも……」
さとり様が準備を始める。あたいは手の中から飛び降りて廊下に出た。
さとり様大丈夫かな。こいし様に会えるのは、さとり様の精神的には喜ばしいことだと思うけど、地上に行くことには不安が残る。
おにーさんがうまくフォローしてくれるといいんだけど。