昨日、家にやってきたこいしに呼ばれて、私とご主人様は博麗神社に来ていた。今日も軽く降る雪が、私の体を冷えさせる。
神社にはマフラーを巻いた霊夢が境内の掃除をしているほか、早苗の姿もあった。境内掃除を手伝っているため、赤と緑の巫女が同時に境内を掃除するという不思議な状況が成立している。
「えーっと、これはどういう集まりなんだ?宗教絡み、じゃないよな」
「おはようございます定晴さん!今回は宗教関係ありませんよ」
真っ先に挨拶してきたのは早苗。やっぱり、こういう小さいところの積み重ねをアピールしていくつもりなんだろう。実際、そういうマメなところはご主人様も嫌いじゃないだろうし、悪くはない策だ。
「こいしは?」
ご主人様が周囲を見渡す。確かに、私たちを呼んだはずのこいしの姿が見られない。
そもそも、昨日も突然やってきては、明日朝から博麗神社集合としか伝えられなかった。暇だったからいいけど、外が寒いから温かいことができるといいんだけど。
「こいしさんなら今下見に……」
「定晴ー!」
がさがさと音が鳴ると同時に、茂みの奥からこいしが飛び出してきた。そのままご主人様のところに突撃……の手前で足を止めて、顔を赤くしながら挨拶。
「えへへ、来てくれてありがとう」
「それはいいんだが、何をするんだ?」
「ちょっと待ってね」
どうやらこいしは慎みというのを覚えたらしい。
ご主人様を置いて博麗神社の方へと走って行ってしまうこいし。霊夢も掃除道具を片付けて、博麗神社に入っていく。ひとまず、外で雑談するのは寒いので、私たちも中に入るとしよう。
博麗神社の居間には、あうんと萃香、それに珍しいことに藍がいた。冬の間は不在の主のために忙しいはずなのだが、わざわざこっちに来たのだろうか。
「藍~、洗剤ってもうないのか?」
「残念だが用意していた分はそれで全部だ。外のを買ってくるのにも時間がかかるし、足りなければ作ってしまおう」
「そっか、やろうと思えば作れるのかこれ」
奥から、いつものドレスのような服とは違って、割烹着のようなものを来た魔理沙が出てきた。その手には、大きなバケツを持っており、さながら今から掃除をするという雰囲気。
というか、洗剤の話をしていたし、本当に掃除をするのだろう。年末まではまだ時間があれど、この時期に掃除をすること自体はそこまで珍しくもない。
ただ、そこにどうしてここまでの人員が動員されているのかは気になるところ。今まで、博麗神社にこんなに呼ばれたことはないはずだ。
「お、掃除の達人が来たな」
「俺のことを言ってるのか?」
「そうだぜ。定晴の掃除技には期待してるぜー」
魔理沙がひらひらと手を振りながら外に出て行った。そのまま森の方へと入っていく。
掃除は博麗神社じゃないのだろうか。
「藍、俺たち何の説明も受けずに呼ばれたんだが」
「そうなのか……ふむ、なるほど。じゃあこれを持って行こう」
これまた藍も説明せずに、掃除用具をご主人様に持たせた。
ああ、これ、逃げられないようにするやつだ。あとで何かしら要求して、言い訳をしづらい状況を作り上げるためにこうして半強制的にご主人様を掃除に参加させようとしている。
恩を売るのはこちらなので、普通なら逆に断りやすい。多分、掃除場所が要因になる。どこを掃除するのか分からないけれど、こうして準備をさせているということはそれなりに広い場所。となると博麗神社の近くにある場所は……
「ああ、なるほど」
だからこいしと早苗がいたのか。他の人たちは……流石に同じところに布一枚は恥ずかしいってことかな。正直私も恥ずかしいし……
「行きましょ定晴」
まあこれもチャンスってことで。ご主人様と一緒に同じお風呂に入れる機会っていうのはそう多くもないわけで、ならばここは少しでも私を意識してもらうのも悪くない。
ふふ、他の人達とは違って、私は同じ屋根の下で暮らしている。そこで私の女性らしい部分を見せつけることができれば、ご主人様だって完全に無視はできないはず。
………
「おー!お湯がなーい!」
「やるからには徹底的に。そろそろ定晴殿が来るから、掃除の準備をするぞ」
博麗神社の広い温泉のお湯が、全くもって残っていない。温泉のような効能のある風呂の掃除は、色々な物質が沈殿したり付着したりしているから、こうしてしっかりお湯を抜いて隅々まで掃除した方がいいって藍さんが言った。
私の我儘のようなものなので、博麗神社にお返しをするつもりで、私もちゃんと最後まで掃除をするつもりだ。それもこれも、定晴と一緒にお風呂に入るため!
「定晴と一緒に来たんじゃないの?」
「掃除をするならと自前の道具を取りに行ったよ。どうやら外の世界でそういう仕事をしたことがあるらしい」
流石定晴。私の何倍も人生経験がある。発案者は私だけど、掃除の指揮を執るのは霊夢と定晴がいいかな。
今日集まってもらった人たちは、私が人里でたまたま出会った人たちである。早苗は人里で布教活動をしていたところを捕まえて事情を説明した。定晴と一緒にお風呂に入れるって話に顔を赤らめながら食いついた。
藍さんは、人里で買い物をしていることを捕まえた。博麗神社の温泉を掃除したいって話をしたら、それは勤勉だと色々と道具を用意してくれた。博麗神社には温泉の手入れ道具が全然なかったので、藍さんがいなかったらもうちょっと大変だったと思う。
魔理沙は……今朝博麗神社に遊びに来たとこを霊夢に捕まった。どうせ暇なんだから手伝いなさいって言われて、最初は魔理沙も嫌がったようだけど、終わったあとに藍さんと定晴の料理が食べれるって言ったら仕方ないと言いながら着替えてくれたようだ。二人に、料理をしてもらうかどうかの話はしていないと思うんだけど大丈夫かな。
「フランちゃんも来れたらよかったんだけど、種族の問題だから仕方ないよねー」
藍さんが持ってきてくれた、ホースってやつから流れる水を見る。ホースは博麗神社に繋がっていて、絶えず水を流し続けてくれる。
そう、流水だ。フランちゃんは、吸血鬼は流水が弱点なのだ。
最初はフランちゃんも乗り気だった。元々フランちゃんは定晴のお風呂に乗り込む子だったので、そりゃ温泉にも入りたがると思った。だから誘ったわけだけど……温泉の掃除が必要で、それが規模の大きいものになると伝えると難しい顔をした。
どういう理由か分からないけれど、吸血鬼は流水を浴びると体が動かなくなるらしい。私が知る吸血鬼の弱点って十字架とかにんにくだったから、流水なんていうありふれたものが弱点だと知り驚いた。
温泉とかは体が動かなくなるほどじゃないからいいらしいけど、掃除に使うような水は浴びちゃうと転んだり溺れたりする原因になるから無理だって。
「藍さん、吸血鬼の弱点って多いの?」
「我々のような妖怪に比べると多いと言えるだろう。十字架、にんにく、流水、聖水、日光……銀に弱いともされるし、木の杭を打ちつけられるのも弱点とされているようだ」
「木の杭を刺されるのはどの妖怪も弱いんじゃ……」
「そりゃそうだ。外の世界では心臓に木の杭を打ちつけると死に至ると言われているようだが、むしろそれで生きている方が稀有だ」
外の世界の伝承っていうのはよくわからない。私だって、定晴だって、流石に心臓に杭を打ちつけられたら死んじゃうに決まってるのに。
聖なるもの全般に弱いし、日光からも逃げる。もっとフランちゃんに配慮したほうがいいのかな。
「弱点っていうのは克服しようと思えばできるものだ。こいしもフランの手伝いをしてやるといいんじゃないか?」
「定晴!来たね!」
私が考えていたら、定晴が林の方からやってきた。その手には軍手のようなものを装着してて、恰好もなんだか全体的に白い。顔も透明なもので覆われているみたい。
「弱点克服?吸血鬼にとっては死んじゃうようなものなのに克服できるのかな」
「アレルギーのようなものと言えばそこまでなんだが……人間と違って、妖怪って体質の変動が起きやすいらしいからな。フランの体質が変動するような何かが起これば、にんにくを食べたり日光の下を歩けるようになったりするはずだ」
どうやら、定晴は無効化を使って体質がどうにかなるかを試してみたことがあったらしい。その結果で言うと、フランちゃんは一時的に日光に当たっても問題なくなったとのこと。
日光に当たると弱いという体質を削除しても妖怪としての存在に影響がないなら、体質変動をさせても大丈夫っていうのが定晴の言い分らしい。
「無効化しちゃいけない体質ってのもあるにはあるからな」
「そうなの?」
「例えばさとりやこいしの持つ能力。さとりに声が届くこと自体を無効化することはできても、心を読む能力自体を消すことはできないんだ」
「同じじゃないの?」
「さとり妖怪をさとり妖怪たらしめる要素だからな。無効化したときにどうなるか分からん」
つまり、耳栓することは大丈夫でも耳を消すことは危ないってことかな。私は今目を閉じて心を読めないようになっているけれど、この目玉は存在したままだ。この目玉が突然消えたら……確かにどうなるか分からない。
「さて、じゃあ掃除を始めよう。魔理沙はどうした?」
「魔理沙?来てないよ」
「あれ、先にこっちに来てると思ったんだが」
うーん、もしかしてどこかでサボってるのかな。まあいいや。
「じゃあ掃除を始めよう!」
私の掛け声で掃除開始。ひとまず、お湯を張ってた浴槽部分を洗う人と周囲を掃除する人に分かれる。
その結果、中を定晴と藍さんの二人だけで担当し、それ以外の人たちが外周を掃除することになった。曰く、中を掃除するならその使い方を理解している人がやった方がいいとのこと。
外の世界の洗剤とかも使うらしく、私たちだと間違えるかもしれないと言われた。何を間違えるかは分からないけれど、私はいい子なので深くは聞きません!
「ひとまず落ち葉ね。箒いっぱい持ってきたらこれ使いなさい」
霊夢が持ってきた箒は私にはちょっと大きいけれど、頑張って落ち葉を集める。と、私が苦労しているのに気が付いた水那ちゃんが、私の身長でも扱える箒を渡してくれた。多分、幻想郷に来たばかりのときに同じく苦労したんだろうって察した。
そうして外周を何人も一斉に掃除していると、思ったよりもすぐに落ち葉掃除が終了。落ち葉を集めて、次に拭き掃除に突入。ふとちらりと浴槽を見れば、定晴が何やら特殊な道具で汚れを削ぎ落していた。
「定晴殿、高圧洗浄機かそれは」
「いんや河童製の水鉄砲。木を抉る威力があるんだが、こうした石で作られたものなら汚れ落としに使えると思ってな」
バシュバシュと、弾幕勝負でしか聞かないような甲高い音を立てて定晴が浴槽に水を撃っていた。あれで水鉄砲遊びしたら怪我しそう。
そうしてたまに定晴のことを目で追いつつ掃除をすれば、ほどなくして外周はピカピカになった。ついでに、また掃除することにあると面倒だからと、霊夢は温泉全体に結界を張っていた。落ち葉くらいのものを弾いてくれる結界らしい。
「こっちも完了だ」
「いいな高圧洗浄機。私も河童に頼んでみるか?」
定晴の水鉄砲を見ながら、藍さんがぶつぶつと呟いている。多分やめたほうがいいよ。
そしたら温泉の中にお湯を張る。蛇口みたいにピタッと止めていたわけではなく、別のところに流すようにしていただけなので、少し水の流れを変えればすぐに温泉が溜まり始める。
「にしても、なんでこいしたちが掃除に参加したんだ?よく使うのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
どうやら定晴はまだ気が付いていないらしい。既に、定晴は私たちから逃げることができなくなっているということに。
一度博麗神社に戻ってしまえば、定晴はこっちに来ようとしない。なら、今この瞬間に勝負を決める!
「えへへー」
「こいし?」
「ふふー」
「早苗?」
「諦めなさい」
「ルーミア?!」
ルーミアちゃんが闇を使って定晴を拘束した。よしいまだー!
定晴に説明をしつつ、無理やり上の服を脱がす。目の前に定晴の筋肉が出てきて頭が爆発しかけて、なんとか耐えて無理やり進める。
とはいえ、流石に誰も下を脱がす勇気はなく、半裸になった定晴がルーミアちゃんの拘束から逃げ出す。
「温泉に入りたいならお前たちで入ればいいだろ!」
「よいではないかよいではないかー」
「早苗、それは女性が言うセリフじゃない!」
因みに、定晴の服はルーミアちゃんがしっかりと回収してた。抱きしめるように持っていて、ずるい。
「ほら、この季節だと寒いでしょ。定晴、お風呂入ろうよ」
「返してくれればいいだけだろ!ぐう、どうしてこんなことに」
ふふふ。私たち、恋の猛獣の縄張りに気が付かずに入ってきた時点で勝負は決まっていたのだ!
尚、霊夢たちはさっさと博麗神社に戻ってしまった。定晴と一緒にお風呂に入ることは目的ではないので、先にご飯を食べるつもりだろう。
「俺は風呂に入るときは一人派だ!」
「あらいいじゃない。私も一緒に入りたいわ」
「ん?は、え、幽香!?」
「ごきげんよう定晴」
定晴の背後に、しれっと幽香が立っていた。定晴は私たちに気が向いていて気が付いていなかったけれど、普通に近寄ってた。
「なにやら楽しそうな声が聞こえたから」
「幽香さん、たまたまですか?」
「たまたまと言えばたまたまね。定晴の家に行ったら、こっちにいるって言われて……来ちゃったっ」
「幽香さんがそれやるとギャップ萌えがすごいです!」
幽香は堂々と定晴の上からタオルを被せて、定晴の耳元で何かをささやく。
囁けば囁くほど幽香の顔が赤くなっていくけれど、比例するように定晴はあきらめの表情を浮かべる。
「はぁ、分かったよ」
定晴が遂に観念して、更衣室の方へと向かった。
「幽香、何を言ったの?」
「え?そ、そんなのなんでもいいじゃない。ほら、私の分のタオルも貸してちょうだいな」
んー、幽香も定晴に想いを寄せてるって話を聞いてるから、何かしら伝えたと思うんだけど。
ひとまず、定晴が諦めてくれたので私たちも更衣室で服を脱ぐ。なんというか、こうして他の人たちと一緒にお風呂入るってしたことがないから、ちょっと周囲が気になってしまう。
幽香は言わずもがな、早苗もそれなりに……ルーミアちゃんはアピールのためか成長した姿をしていて、やはり……私は自分の胸元を見る。そこには子供らしいつるっぺたんな胸。定晴にアピールするには、全然足りないかちかちな胸。
「一番乗り!」
だから、私は早さで攻撃を行う。さっさと服を脱いで、体を隠すようにタオルを巻いて温泉に向かう。
体を洗うところに定晴がいたので、後ろから抱き着いた。
「こ、こいし?」
「わあ、なんでわかって……待って、私の胸で判断してないよね?」
「違う違う!ほら、こういうときに抱きついてくるのはこいしだけだから」
確かに。フランちゃんと私以外は、定晴に不用意に抱き着いたりしない。私は今心臓が爆発しそうです。
「定晴は大きいお胸の方がすき?」
「いや、特に気にしない」
「そっか」
定晴の隣に座って体を洗う……のは流石に恥ずかしすぎて気絶しそうだったから、定晴と対角あたりで体を洗う。
まだ誰も裸を見せるほど勇気はないので、みんな私の方にやってきて体を洗い始めた。
「幽香さん体きれいですねぇ」
「あらありがとう。早苗は、少し傷があるわね」
「修行とか仕事の傷ですね。これは私の苦労の跡なので、なくすつもりはありません」
わいわいと騒ぎつつ、私たちは体を洗って、そして温泉に入る。
もう体にタオルを巻いているので、すすすと定晴に近付くと、他の人も定晴へと近づいていく。私たちが近づくと定晴が離れながら顔を引きつらせるので、ちょっとおもしろい。
「定晴、待ってよー」
………
げっそりした様子の定晴殿が戻ってきた。多くの女性に囲まれ、さぞ疲れたことだろう。ここに紫様がいなくてよかったかもしれない。
疲れ切った定晴殿を助けるつもりで、私は料理を作る。定晴殿はしばらく動けないだろうから、私がやることをすべてやるべく、ひとまず現在の人数を数えて……いつの間にやら幽香が増えているが、この際いいだろう。
「なあ、魔理沙はどこに行った?」
私の言葉に、誰も答えない。誰も答えを持ち合わせていないのだ。
「うーん、まあサボりか」
そうして、全員が納得して話をつけた。まあ幽香が増えた分一人減ったのだから、用意していた分で足りそうだな。
私は平然と料理を始めるのだった。魔理沙がいなくなった理由など、特に深く考えずに。
………
「うーむ、私はいつの間にこんなところに迷い込んだんだ?」
「開けてるくせに霧がかかって先が見えない……」
「私は歩いてるのか?なんだか何も分からなくなってきた」
「博麗神社の裏にこんなのあったか?」
「……私は何を話してるんだ」
何かと登場回数が多い河童製水鉄砲。定晴がよく使っているということをにとりが知ると、さらに色々売り込んできそう