東方十能力   作:nite

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四百五十九話 向日葵の些細な願い

「私はいつも通りよ!」

「いつもの幽香はもっと落ち着いてるだろ」

「落ち着いてるじゃない!定晴がいるからちょっとはしゃいじゃっただけ」

 

俺たちは幼い幽香を座らせて話を聞く。

だが、やはりその幽香は俺たちの知る幽香とは色々と違うところがあるようだ。特に、性格の面で、本来の幽香とは全然違うように見える。欲望に忠実というか、今でも俺の方に手を伸ばしているのを、ルーミアが闇で阻んでいる。

 

「落ち着きなさいよ。貴女、そういう子じゃないでしょ」

「何よルーミア。あなただって抱き着きたいくせに」

「それとこれとは別よ」

 

うーむ、どうして幽香は精神後退が発生しているのだろうか。幽香自身が変化に気が付いていないというのもおかしい。

幽香は確かに俺への好意をはっきりと告げるタイプではあるが、しっかりと距離を取って対応してくれるような人だ。こうも静止を振り切って行動するようなタイプではない。

そもそも、幽香は他の妖怪から大妖怪らしく見えるように落ち着いた行動を心掛けている。こんな見るからに精神的に幼い部分を見られるというのは、俺の存在とは関係なく嫌なはずなのだ。

 

「……はぁ、抱きしめてやるから落ち着け」

「はーい」

 

幽香を優しくハグしてあげると、幽香は力を抜いて暴れるのをやめる。扱いやすいと言えばそうなのだが、やはり幽香らしくはない。

 

「やっぱり幽香も何か精神的に影響を受けているのかしら」

 

ルーミアが幽香の現状を見て呟く。果てしない森の中に迷い込んで、精神に異常をきたしているという可能性もあるかもしれない。

俺はこの幽香が偽物である可能性も考えたが、俺の目には幽香の妖力は俺の知る幽香の妖力であった。見た目も普通だし、精神的におかしいだけでそれ以外は俺が知る幽香のままなのだ。

 

「どうしてあなたたちは私をそんな目で見るのよ」

「明らかにおかしいからだろ……今までの幽香はどうした」

「んん?」

 

心底分からないという表情を浮かべる幽香。尚、幽香が話してくれないので、ずっと抱き合ったままである。ルーミアの機嫌が悪くなっていくのだけど、大妖怪の本気の力を振りほどくのは難しい。

 

「んふふ、定晴すき~」

「なんか小学生みたいね。幽香ったら幼児退行したのかしら」

「俺たちよりも先にここに迷い込んだのかもな」

 

人間、いや心を持つ生き物は、長い間孤独でいると何かしら精神に異常をきたす。光も音もない暗闇に人間を閉じ込めると、数時間で気が狂うとされている。妖怪は精神生命体のため、人間よりもその影響が強く出てしまうのだと思われる。

精神科医の経験はないため、どこまで正しいかは分からない。外の世界で、俺のような奴が精神科医になれるわけがないので仕方のないことだ。

 

「幽香、ここに来てどれくらいだ」

「んー?私はずっとここにいるわよ」

「どういうことだ?」

「んふふー、どういうことでしょー」

 

どうにも、幼い子供を相手にしている感覚が消えない。言葉の節々が間延びし、口調こそ幽香のものだが、喋り方はフランとかこいしのそれだ。

聞き出そうとしても幽香はいつからここにいるのか答えてくれなかった。どうしてここに来たのか、ここで何か見つけたのかについても、幽香は教えてくれなかった。

ルーミアに言われ、致し方なくちょっと甘えるように乞うと、幽香は困った顔をする。

 

「ごめんなさい、その、教えられなくて」

「……貴女、ほんとに幽香なのよね?」

「勿論よ。私はちゃんと本物よ」

 

どうやら、幽香は俺の質問に対する答えを持ち合わせていないようだった。詳しくは教えてくれないが、どうやら『いつから』『どこから』『どうやって』という情報を幽香は持ち合わせていなさそうだ。

ずっとここにいるという情報もおかしい。幽香に聞きだすと、先日の温泉に一緒に入ったことも知っているのに、それよりも前からここにいるとも言う。俺が知る限り幽香の家の周囲にこんな場所はないはずで、矛盾が生じている。

 

「幽香、ここは幻想郷なのか?」

「うーん、その質問はちょっと困っちゃうかも」

「外の世界なのか?」

「どっちでもないし、どっちでもあるというか……ごめんなさい、定晴には正直に答えたいんだけど、その、そういうの私もはっきりと言えなくて」

 

幽香の中の認識ははっきりとしているようだが、質問には答えられないと。やはり俺たちが知る幽香とは違う幽香のような気がする。

ただ、幽香がこうしてハグしている力加減は、幽香本人のものだと思う。強引にハグを欲する割に、強くはなくただ触れるくらいのハグ。たまに顔を摺り寄せるのは幽香らしくないが、そこは精神的な部分だろうと納得しておく。

 

「ここから出る方法はあるのか?」

「時間がくれば……でも、定晴はちょっと難しいかも」

「なんでだ?」

「それは……私は知らないの」

 

そう呟くと、幽香がやっと俺から手を離し、スカートを叩きながら立ち上がる。

 

「ありがと定晴、少し落ち着けたわ」

「それはいいんだが」

「応援してる。頑張ってね」

 

そう言うと、幽香は今俺たちが座っている木の裏へと回り込むように歩く。そして、気が付いた時にはその姿は見えなくなっていた。木の大きさは大木と言えるようなものではないのに、視界が外れた瞬間に消えてしまったのだ。

 

「なんだったんだ。やっぱり本人じゃなかったのか?」

「そうかも……待って、幽香ったら日傘を忘れてるわ」

 

ルーミアが持ち上げたのは、確かにさっきまで幽香が差していた華やかな柄の日傘であった。ヒマワリと似たようなオレンジ色の日傘は、この森の中でもひときわ存在感を持っている。

幽香は消えてしまったが、この日傘は残ったようだ。幽香の象徴とも言える花の色を持つ日傘が、彼女は本物であったことを物語っているかのようだ。

 

「持っていきましょ。もしかしたら、わざとかも」

「わざと?」

「ええ。ちょっと意味深なことを言っていたし、ご主人様にこれを持っていてほしいのかも」

 

俺はルーミアから日傘を受け取り、試しに開いてみる。

見た目はどこまでも普通の日傘だが、幽香の日傘は尋常でない頑丈さを持っているため、この傘一つでマスタースパークすらを防ぐことできることを俺は知っている。

 

「幻空に」

「待って。その手で持っといた方がいいわ」

「なんだ?」

「勘よ。それと、私が幽香なら手に持っていてほしいわ」

 

ふむ、じゃあ手で持っておくか。武器として振り回しても十分なほどの性能を持っているのを知っているので、そこまで邪魔にはならない。困ったときに武器にすることは幽香も許してくれるだろう。

 

「幽香……」

 

俺が日傘を持って目をつむる。この日傘から、微かにあの子の想いのようなものが伝わるような気がした。

いつもクールな幽香が、向日葵のような笑顔を浮かべる。それはあまりにも珍しいことだが、それはある意味幽香の本来の姿なのかもしれない。

 

「ご、ご主人様!景色が!」

 

ルーミアの声で目を開ける。

そこには、先ほどまで座っていたはずの森はなくなり、周囲には向日葵畑が出現していた。太陽の花畑のようだが、先ほどの森のように果てしなく向日葵畑が続いており、幽香の家も見当たらない。

空は未だに貼り付けたような青空が広がっており、向日葵たちはどこを向けばいいのか分からないとでもいうように、バラバラの方向を見ている。

 

「ご主人様、何したの」

「何もしてない。本当に」

 

幻想郷でも、外の世界でも、どちらでもあり、どちらでもない場所。こんな風に簡単に世界が変わることが世界の常識のはずがなく、やはりここは特別な場所であると分かる。

 

「……もしかして」

「ん?」

「幽香はこれが見えていたんじゃないかしら。私たちには森に見えていたけど、幽香の目には向日葵畑に」

「どういうことだ?」

「なんとなくわかってきたってだけよ。もう少し待って頂戴」

 

俺たちは未だに手を繋いだままだ。俺もルーミアもユズも、同じ景色を共有している。ルーミアは、見えている情報から少しずつ必要なものを掬いだしているようだが、俺には未だに何か分かっていない。

ユズをちらりと見るが、何か決意のようなものを感じる表情をしていた。もしかして、ユズも何か分かったことがあるのだろうか。

俺だけが、置いて行かれているのだろうか。

 

「ご主人様、誰かいるわ」

 

ルーミアが闇で指を指す方向に、確かに誰かが歩いていた。

ひとまず、次なる情報を求めて俺たちは移動する。やはり、歩いているだけでその人影に追いつくことができた。

白いと水色の服に桃色の髪、ふくよかな体を持つその少女は、声をかける前にこちらに振り返った。

 

「あら~、こんなところであなたたちと会うなんて思わなかったわ~」

「幽々子なのか」

「ええ、本物の西行寺幽々子よ~」

 

亡霊らしく少しだけ地上から浮いたままの幽々子は、俺たちに向けて微笑んだ。




定晴は多くの仕事をしたことがありますが、相手に寄り添う系の仕事の経験はありません。歪んだ青年なので仕方ないですね
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