魔法の森は、妖怪が大量に生息している。それは、人里でよく言われる子供が近づかないようにするための言葉であり、また単純に真実でもある。
「せいっ!」
飛び掛かってきた狼を太刀で切り裂く。折角受け取ったのに使わないのも失礼だと思い、俺は依姫から預かった太刀を使うことにした。手数不足になるまでは、ひとまず輝剣はお休みだ。
「えいっ!」
俺の背後から来た狼を、ユズが放った弾幕が吹き飛ばす。
数が多いので、ユズも戦闘している。ユズも弾幕を扱えるようになったので、これくらいの妖怪ならば簡単に処理できるようだ。
ユズも一緒に魔界で特訓をした仲なので、これくらいで苦戦しないことを俺も理解している。そのため、俺も安心して背中を預けてまだ使い慣れていない太刀を慣らす練習ができるということだ。
「ユズ、どっちに行けばいいと思う?」
「分かりません!魔法の森はよく景色が変わるので!」
ユズは一時期、妖怪としての能力を向上させるために魔法の森に行き練習をしていた。そのため、ユズは俺よりも魔法の森の性質に慣れているはずだ。俺なんて、まともに魔法の森に滞在したことがないしな。
ユズ曰く、魔法の森は瘴気の影響で絶えず景色が変わるらしい。魔力が強いせいで木々が一瞬で成長したり枯れたりするらしく、少なくとも周囲の木を元に現在地の把握をすることはできないと。
「ユズ、能力で出口を見つけることはできるか」
「やってみます……!」
ユズの目が淡く光る。鏡のようになったユズの瞳が、周囲を囲む妖怪たちのさらに奥を見通す。その間、俺はひたすらに動物妖怪を消し飛ばしていく。現実ならば多少の申し訳なさもあるが、この世界の妖怪は多分本物じゃないので、遠慮なく浄化できる。
「あっちです!」
一見すると他と変わりのないように見える森の奥を指さすユズ。俺には見えていない真実がユズの目には映っているのだろう。
俺は魔術で道を開き、ユズを抱えて走り出した。動物妖怪は足が速いことで有名だが、身体強化を込みで風による加速をしている俺には追いつけない。一分ほど走り続ければ、すぐに後続の姿は見えなくなってしまった。
「こっちに出口があるのか」
「出口ではないんですけど……ここらへんに誰かがいるようです」
ユズが見つけたのは、出口ではなく案内人だったようだ。俺が勝手に案内人と呼んでいるだけで、皆に案内する意図があるかは分からないが。
とはいえ、紫を含めて何かしらの意図で俺に贈り物をしているようなので、完全に運任せというわけではないように思える。少なくとも、紫の思惑は絡んでいると見ていいだろう。
「冬眠してるくせに、何がしたいんだか」
俺がそう呟くと同時に、木の裏から人影が現れた。一応敵である可能性を考慮し身構える。
だが、出てきたのは、長い緑の髪に特徴的な風祝の服を着ている早苗であった。俺たちに気が付くと、笑顔で駆け寄ってくる。
「定晴さーん♪」
「早苗か。随分と上機嫌で……」
「私たちも」
「いるよ!」
「神奈子!?諏訪子!?」
まさかの神様の追加登場。今まで、一つの空間に一人というのが半ばルールのようになっていたので、三人同時に出てきたことで必要以上に驚いてしまった。
「いやぁ、文から定晴が大変なことになるって聞いて、急いで儀式の準備したんだから感謝してよぉ?」
「介入って面倒だね。私たちはこっちの権能を何も持ってないからちょっと苦労しちゃった」
「ですが、こうして貴方に会いに来れましたよ!」
そうして早苗は、勢いそのままに俺に抱き着いてきた。身体強化がかかりっぱなしだったので、バランスを崩すことなく早苗を支える。
「おお、流石定晴さん。きゅんきゅんしちゃいますねー」
「どうしたんだ早苗。随分とテンションが」
「定晴さんに会えたんだから気持ちもあがるってもんですよ!えへへー」
そのまま俺の胸にすりすりと顔をこすりつける早苗。なんだか猫のようだ。
助けを求めるように保護者の二人を見ると、二人は興味深そうに早苗のことを考察していた。
「ここだと欲望を抑えることがないから……」
「こっちの早苗とくっついて……」
いまいちよくわからないが、取り敢えず聞き取れたことで言うと、早苗の欲望を全開にするとこうなるらしい。つまり、早苗は俺にくっつきたかったということか?
早苗からは告白をされているので、早苗にそういう欲があったのだと言われれば多少納得はするけれど……こんな猫っぽい動きをするような子だったかと疑問に思う。
「ほらほら早苗、いつまでくっついてるの。あまり長い時間は持続できないんだからやることやるよ」
ここで、やっと神奈子が早苗の首元を掴んで俺から引きはがした。やはり猫みたいな扱いだ。
早苗は恥ずかしがる様子もなく、ふわふわとした雰囲気で顔を赤くしながら幸せそうにしている。本物の早苗はスキンシップを恥ずかしがるので、この世界特有の早苗ということかな。
諏訪子が地面を動かしてベンチを作製する。諏訪子の能力は、こうして地面を動かして色々できるものだ。地震規模のものしかできないのかと思っていたが、こんな細かい作業もできるんだな。
「さて、見たところ既に色々貰ってるみたいだけど、私たちからも贈り物があるよ」
「その贈り物って誰が言ってるんだ?紫か?」
「そうだね。少なくとも、文は紫が情報を広めてるって言ってたね」
どうやら、幻想郷の方では一時的に紫が冬眠から目覚めて活動をしているようだ。紫の冬眠は全く起きないと言うわけではなく、たまに起きて経過を観察したり友人と駄弁ったりをしている。その起床日を、俺のために使ってくれているようだ。
早苗は神奈子につっつかれ、ポケットから布製のお守りを取り出した。そこには、守矢神社の名前が刺繍されている。見たところ、縁結びのようだが……残念ながら、守矢神社の二人に縁結びの逸話も権能もないはずなので、正直これが効果のあるお守りであるとは思えない。
「こちらは守矢神社からの贈り物です」
「効果があるのか?」
「えっと……あはは、私がずっと持ってて定晴さんに会えたので、全くというわけでは」
早苗は言葉を濁したが、早苗自身も絶対的に効果があるとは思っていないようだ。本物の神様の力が込められているので、外の世界のお守りとは違って何かしら影響はあるだろうが、それが縁結びに繋がるかは分からない。
「そして、こっちは……私からの贈り物です」
早苗は、髪につけていたカエルの髪飾りを渡してきた。年がら年中早苗が髪につけている、結構大切にしているもののはずだ。カエルということなので、諏訪子の加護もあるのかもしれない。
「いいのか?」
「はい。こっちじゃ私が持ってても意味ないですから」
早苗はそう言って、直接俺の手を握りこませるように動かした。なんというか、非常に強い想いのようなものを感じられる。
「定晴さんがつけてくれてもいいんですよ。むしろつけてくれたら私とペアルックです」
「あー、俺に髪飾りは似合わないから」
「いえいえ、定晴さんにはなんだって合いますよ。いつか同じ服着て出掛けましょうねー」
俺の腕にすり寄ってくる早苗。どうやら、この世界の早苗は随分とスキンシップが好きのようだ。神様曰く欲望らしいので、実際の早苗は心の中でこうして触れ合いたいと思っているということなのだろう。
正直俺は女性と触れ合っても特に何とも思わないので申し訳ないが……いやしかし、早苗の膨らみが腕に当たり少し気になるような……
「こらっ、はしたないよ!」
今度は諏訪子が早苗を引きはがした。早苗は切なそうな目で俺のことを見てくるが、できればやめていただきたい。
「さて、じゃあ私たちはもう行くよ」
「えー、もっと定晴さんと話しましょうよー」
「こっちで話しても早苗はあまり覚えてられないでしょ。私たちはともかく、早苗は現実で話しなさい」
ふむ、現実で覚えてられないのか。じゃあ、幽香があんな甘えた態度だったのも、本人は覚えてないということだろうか。多分本人はあとで凄い恥ずかしいはずだから、覚えていないのは幽香のためにもなる。
早苗がぶーぶーと文句を言うが、神奈子はそんな早苗を御柱に乗っけて無理やり連行していく。
「そんじゃ、頑張んなよ。私たちも、しっかり加護をしておくから」
「飲まれないようにねー」
そうして出てきたと同じように木々の裏に入るタイミングで、御柱に拘束されてしまった早苗のことが響いた。
「定晴さーん、愛してますからー!戻ってきたらまたデートしましょー!」
そうして木の裏に隠れた一行は、既に姿を消してしまっていた。まるで幕に隠れるようにいなくなるのは不思議だが、その裏ではドレミーと同じように掻き消えていると考えれば納得もできる。
「早苗さんって、結構愛が重いんですかね」
「んー、まあ我慢はしてるのかもなぁ」
俺に告白をしてきた彼女たちは、俺の体質のせいで何かと我慢をさせていると俺自身も感じている。だが俺もこれをどうにかすることができないし、魂の状態も……と。
そういえば魂の声がここに来てから聞こえなくなった。いつも何かしら駄弁っていたりするのだが、全くの声が聞こえない。試しに呼びかけてみるが、やはり反応はない。うーん、世界の影響かな。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
そうして俺が魂に集中していたら、またもやいつの間にか世界が塗り替わっていた。ここは……妖怪の山のどこかだな。木の向こうに遠い景色が見えており、地面が傾いている。あまり山を歩くことはないので、ここがどこかは俺には分からない。
ああ、だが、これは知ってる。これは見たことがある。そうか、周囲はこんな景色だったっけ。
「ユズ、これは地底への穴だ」
「地底への……」
すぐ近くにあった、侵入禁止の看板。関係者以外立ち入り禁止と書かれたそれは、並の妖怪であれば簡単に無視できるようなものでしかない。
そんな看板の横に、二人が立っていた。不思議そうに、面白そうに看板を叩き、そしてそれは倒れて割れる。
「あ、来たんだ」
「やっほー、お兄様」
こいしとフラン、二人の少女がこちらを向いてニコニコしていた。