東方十能力   作:nite

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四百六十五話 深く深く

なぜ、俺は身構えているのだろう。

笑顔を浮かべる少女二人に敵意はない。ニコニコと笑顔を浮かべながらゆっくり歩いていくる二人に、しかし、俺は冷や汗を流す。ちらりとユズを見ると、顔を青くしながら二人のことを見ていた。

 

「あー、二人とも、そこで止まれ」

「えー?定晴ともっとくっつきたいなー」

「そうそう。お兄様はもっと女の子と触れ合うことを経験した方がいいと思いまーす」

 

口調はいつもと変わらない。雰囲気もそう。だが、今まで培われた生き残るための勘が、二人は危険であると告げている。

そうして俺が腰の太刀に手を伸ばすと、そこで二人は足を止めた。

 

「……ごめんね、お兄様。怖がらせるつもりはないんだけど……」

「ごめん定晴。本当に、ごめん」

 

ふと、こいしの姿が認識できなくなる。と同時にフランが燃え盛る剣を手に突撃をしてきた。

俺は太刀を振りフランの剣を迎撃。見えていないが、ただ勘だけで足元に近寄っていたこいしを蹴り飛ばす。

ああ、この恐怖。これは、大妖怪と対峙するときのそれだ。遊びでも、試合でもない、正真正銘の殺し合いを大妖怪相手に行うときのそれ。

俺は忘れていた。フランは吸血鬼で、外の世界でも名を馳せる大妖怪中の大妖怪。一度その力が解放されれば、まともな人間では抵抗することもなく肉塊へと変貌する。

こいしは悟妖怪。心を閉ざし、誰にも認識されなくなった彼女は、ただの人間には認識されることなく食われることとなる。

 

「二人とも、正気か!」

「正気じゃないの自覚してるから付き合ってお兄様!」

「右に同じく!」

 

相変わらずこいしの姿は見えないが、どこからともなく声は聞こえてきた。

今まで、こいしの姿はどんな状態であろうと見えていた。こいしが能力を発動しているときでも、俺だけは彼女のことを認識することができていた。

だが、今はこいしの姿が見えない。ただ殺気を感じて吹き飛ばせば、一瞬だけこいしを認識し、そしてまたいなくなる。明らかに死ぬような状況なのだが、死亡による未来視も発動しない。

ああくそ、俺がいかに日頃能力頼りで戦っていたのかを痛感させられる。今だって、輝剣と結界、身体強化の同時使用でどうにかなっているのだ。俺自身の戦闘能力などそう高くはないというのに。

 

「お兄様!」

「なんだ!」

「私が半分、狂気半分みたいな感じになってて体が止まらないの!いい感じに私のこと倒して!」

 

フランからは狂気の気配がにじみ出ている。俺が何度か浄化し、しかしやはり完全に消えることはないそれは、ここでもこうして俺に牙をむく。思えば、幻想郷にやってきたばかりの頃から、ずっとフランと、狂気と付き合ってきたと言っても過言ではない。

最初に狂気を浄化したなどと適当なことを言って、それが返ってきているというのなら、この暴走は俺のせいだ。

 

「定晴!」

「なっ」

「はやくっ」

 

いつの間にかこいしが俺の背中にくっつき、ナイフのようなものを俺の首元に当てようとしていた。そこで止まり、こいしが焦るようにこちらを見ている。お望み通り、俺はこいしを霊力をもって吹き飛ばす。

 

「うぅ……妖怪としての本能が止まらないよぉ!」

「こいし、やっぱり地上は我慢させすぎたか?」

「んん……そうなのかも」

 

こいしの姿が消える。こいしもまた、自らを渦巻く何かによって暴走状態にあるらしい。

こいしは人里に住んでいるが、人里の中で妖怪としての力を使うことの一切を禁じられている。例え少しでも能力を使うことが許されていないのだ。それをチェックするような人物もシステムも存在していないが、こいしは律儀に今日に至るまでずっとそれを守り続けてきた。

だが、やはりそれはストレスだったのかもしれない。こいしの中の、妖怪としての一面に蓋をされ、苦しい思いをしてきたのかもしれない。ここで暴走し俺に牙をむくのは……やはり、俺のせいである。

ただ圧倒的火力で突撃してくるフランを太刀と輝剣で捌きながら、死を感じてこいしを投げ飛ばす。常に死が隣にいるような錯覚さえ覚えつつ、フランの剣でとうとう太刀を抜けて俺に届こうとして……

 

「二人とも、いいかげんに、してください!」

 

そこで、ずっと固まっていたユズが動いた。目を鏡のように光らせ、強い光があふれる。それは、守矢神社で初めて能力が発現したときの光景とよく似ていた。

あの時の神奈子よろしく、フランとこいしも吹き飛ばされる。こいしの姿がはっきり見えるようになり、二人は木に背中を叩きつけられた。

 

「妖怪に飲まれちゃ、だめ、です!」

 

話すことが増えた二人でも、やはりユズは言葉が詰まる。それでも、ユズは声を張り上げて二人に声をかける。

 

「二人の、気持ちは、知ってます!だから、そんな、妖怪の力に、今更飲まれるなんて、らしくないです!」

「まさかユズちゃんに言われるなんて」

「むぅ、私は心が強いもん!」

 

木を背中にし、フランの剣が消えていく。こいしの姿が定まっていく。

そうして一分ほど、フランはいつもの少女らしい笑顔を、こいしはニコッと溌剌な笑顔を浮かべた。

 

「ありがとねユズちゃん」

「ユズに諭されちゃった。ありがと」

「いえ、私は……」

 

まさかユズに助けられるとは、それは俺の気持ちでもある。

ユズはまだまだ安定しない妖怪だと思っていた。その力はまだ不安定で、精神もまた不安定なのだと。だが、今ユズはその想いを強く叫び、二人に影響を与えた。ユズはもう、ただ守られるだけの子供ではないのだ。

 

「助かった。ありがとう、ユズ」

 

そうしてフランとこいしは、破壊した看板の上に座った。尚、壊した理由として、地底の行き来を邪魔するやつだから内心嫌いだったということらしい。

 

「大丈夫か、フラン、こいし」

「まだ頭の中はうるさいけど、そんなのに負けないって決めたもん。お兄様、ごめんなさい」

「私は望んでここに来たんだもん!地上が重荷になんてわけないよ!」

 

二人は冷や汗を流しつつ、しかし笑顔でそう答えた。二人もまた、長く生きてきた妖怪らしく、その心は少女のものよりもいくらでも成熟している。

少女三人、全員俺よりも長く生きている妖怪なのだ。俺なんか、まだまだ子供だ。

 

「まさかこっちに来るとああなっちゃうなんてね」

「これが欲望の開放ってことかな」

「私お兄様を殺したいなんて欲望ないよ!」

「狂気の欲望なんじゃない?」

「うぅ……」

 

フランとこいしが駄弁るように愚痴と言う。早苗もそうだったが、やはりこの世界は欲望に対しての理性が働きにくい場所なのかもしれない。そう考えれば考えるほど最初の幽香のあれが素だということになるのだけど……

 

「あ、そうだ。お兄様に渡すものがあるの」

「そうそう。私も贈り物を渡すために来たんだ!」

 

そうして先に物を取り出したのはこいしだった。フランは、何かを取り出す素振りを見せず、むむむと何か唸っている。

 

「私からの贈り物は、この黄色いリボン!帽子につけてるやつだよ」

 

こいしがいつも被っている帽子には、黄色いリボンが巻き付いている。それは帽子の付属品なのかと思っていたのだけど、スペアがあるということは元々帽子にリボンはついていなかったのかもしれない。

こいしは、そのリボンを俺の右腕に巻き付けた。可愛らしいリボン結びができなくて、こいしは型結びをしてしまった。ちょいときついが、これくらいなら支障はない。

 

「私の存在、ちゃんと感じてね」

 

そう言ったこいしの表情は、いつもの少女のようなものではなく、大人の笑みという印象を受けた。まだまだこいしの知らない一面が出てくるな。

さて、ずっと唸っていたフランは、ふわぁ!と変な声を上げるとともに、ぽんっと目の前にもう一人のフランを出現させた。確かフランは何人か分身を出すことができたはずだが……もしかして。

 

「私の贈り物は、私自身!私を大切にしてね!」

 

分身の方のフランは、帽子の色が青くなっていること以外は本物と変わりない。込められた妖力が相当なもののようで、触ったりしても変化なく笑顔を浮かべている。

 

「いや、でも、分身って本体がいなくなったら消えるんじゃないのか?」

「うん。だから妖力を込めたの。戦闘とかはできないけど、ついてくくらいなら何時間ももつよ」

 

分身フランは俺に抱き着いてくる。だが、笑顔は浮かべるけれど何も喋ろうとしない。

 

「保たせる方に力を割いたから、お兄様についていく以上のことはできないんだけど……」

「喋ることもないのか」

「一緒にいてくれるのが一番いいんだってスキマが言ってたの」

 

どうやらフランたちにも、紫が根回しをしていたようだ。

冬眠から目覚めたばかりの紫は、いつもなら基本的にだらけるだけで終わり、そのまま冬眠を再開することが多いのだが、今回は非常にアグレッシブに動き回っているらしい。

ここで出会った紫は、本人だったということだろうか。あの能力だし、ここに本人がいても特に驚きはしない。

閑話休題。

フランの分身には妖力が多く込められているが、存在しているだけで少しずつ妖力が減っていくようだ。確かにこれでは戦闘はできそうにない。のだが……

 

「じゃあこの抱きついてくるのは?」

「そ、それはその子がやりたいことをしてるだけだから!」

 

フランが慌てて分身のフランを引き剥がす。分身のフランは本体に対して不満そうな顔をしている。感覚共有をしているとかでもなく、完全に別個体ということなのか。

 

「私もフランちゃんみたいに分身あげたい!」

「こいしちゃんにこれができるかな〜?」

「むぅ〜!」

 

やはり分身の技は簡単にはできないようだ。大妖怪たちも分身をしている様子はないし、吸血鬼特性だったりするのだろうか。

 

「……お兄様、そろそろ限界かもだから行くね!」

「私もムカムカしてきちゃった。またね定晴!」

 

二人が突然そう言って立ち上がると、二人揃って地底への穴に飛び込んでいった。実際には地底には繋がっておらず、途中で消えるのだろうが……

いつか地上と地底の間でもう少し気軽に行き来ができるようになるのだろうか。さとりたちが気軽に地上に来れるようになるのだろうか。

まあ、さとりはあまり地上には来たがらないとは思うがな。

 

「私たちも飛び込んでみます?」

「試しに行ってみるか」

 

周囲の景色が変わるには、何かしらトリガーが必要なようで、ここで立っているだけでは変わる様子はない。深く考え事をするとか、しばらく考え事をして周囲への注意をなくすと変わるみたいだが、折角目の前にちょうどいい穴がある。

俺とユズ、それに分身のフランは同時に穴に飛び込んだ。その瞬間、今までとは違う恐怖のようなものが一瞬頭をチラつく。

 

「っ、」

「大丈夫ですか、定晴さん?」

「ああ」

 

そうしてずっと落下をしていき……いつもの間にか、俺たちは落ちるのをやめていた。いつやめたのかは分からない。ただ、俺たちは気がついたら地霊殿のエントランスに立っていた。

 

「ここまで来たんですね……定晴さん」

 

そして、そこには眠そうにこちらを見つめ、しかし三つ目の瞳だけは怪訝そうに俺のことをじっと見つめる、さとりの姿があった。

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