東方十能力   作:nite

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四百六十六話 暴く

「見えますよ。恐怖が、怯えが」

 

さとりはゆっくりとこちらに、俺のところへと近づいてくる。

先ほどのフランやこいしとは違う、もっと根源的な恐怖を覚える。いつもの柔和な雰囲気のさとりとは違う、悟り妖怪そのものの怪しさと気配を纏っている。俺は外の世界で悟り妖怪に出会ったことはないが、この見透かされているという心情的ストレスを感じるのは、妖怪らしさのように思える。

 

「ええ、そうですね。あなたの指摘は正しい。今の私は、冷静ではありません」

「こいしたちと同じってことか?」

「ああ、こいしと話したのね。ええそうですね、今の私もまた、欲望が抑えられないと言っていいでしょう」

 

さとりの欲望……この気配、やはり悟り妖怪そのものの欲望に繋がっていると考えてよさそうだな。

悟り妖怪は、一般的な妖怪と違い人を食べたり驚かしたりというような恐れられ方はしていない。ただ、その心の内を暴くという点だけで人々に恐怖を植え付けるのだ。

いや、この際恐怖でもないか。所謂嫌悪感でしかないそれは、しかし悟り妖怪を悟り妖怪たらしめる最たる要素であると言える。

 

「ええ。元々私は人の心を読み愉悦を覚えるわるーい妖怪なんです。日頃はペットたちでその遊びをしていますが……」

 

第三の目が俺をじっと見つめる。圧迫感にも似た迫力を覚えていると、さとりが静かに語りだした。

 

「幼少、大人たちから逃げるために一人で旅立つが、能力を物にすることができず挫折。できることを探し、死にかけながら一人で生きる」

「それはっ!」

「能力に溺れるなんて、かわいい子供時代ですね。ええ、無理に大人を気取るのも、妖怪の私たちからすればかわいいものです」

 

さとりの語る内容は、俺の子供時代。俺があまり思い出そうとしない、嫌な記憶。

だが、そう意識すればするほど、さとりは俺の子供を読んで突きつけてくる。

 

「ある日初めて人を殺した。その時から、あなたは狂ってしまった。狂うという事象を後回しにして」

「やめろ!」

「ふふ、やめさせたいなら攻撃でもしたらどうですか?」

 

このさとりは、妖怪としての怪しく不快な部分が強く表れている。俺に精神的なストレスをかけるのには十分な存在だった。

俺は魔術で火や水、岩など思うままに打ち出す。だが、さとりはその悉くをひらりと躱してしまい、ただの一撃も有効打をぶつけることができない。その間も、さとりは語りを続ける。

 

「あなたは他人を信じていない。また大人たちから裏切られるくらいなら、何も信じない。絶対に裏切らないという契約を交わすことで、初めて安心できる超慎重……超臆病な性格」

 

くそっ、さとりもまたこいしと同じように暴走しているだけだと分かっているが……殺してやりたい。ただ淡々と悪意などなく、ただその存在を消してやりたい。

昔のことを、心のうちのことを暴かれるたびに、俺から感情が失われていく。激高していたはずの頭は、さとりに暴かれるたびに冷静になっていく。

 

「苦しいですね。恐ろしいですね。あなたは紫さんに誘われたから幻想郷に来たんじゃない。まるで仕方ないようにやってきて、その実はただ現実から逃げるために幻想郷へとやってきた。わざわざ、知り合いから記憶が消えてくれるのか確認までして」

「さとり、そろそろいい加減にしないと斬るぞ」

「ふふふ」

 

怪しく光る眼。妖怪のおぞましさを表すその目の光は、俺から抑制を取り去るには十分な光であった。

俺は依姫の太刀ではなく、輝剣を持ってさとりの体を斬るためにその体を動かす。例えどれだけ心が読めていたとしても構わない。たかが妖怪ごときで逃げ切れるものではないのだから。

依姫から模写した神の斬撃。それはさとりの体を大きく切り裂き、さとりを後方へと吹き飛ばした。

 

「がふっ、痛くないとはいえ、あなたに斬られるとショックですね……」

「どの口が」

「あとでたくさん謝りますから、どうか……」

 

そうして、さとりは何も残さず消えた。後悔も、反省もない。感慨すらもない。

だめだ。これはだめだ。ああ狂気、俺を助けてくれ。この世界に来てから声を聞いていないが、ああきっとお前は今も俺を助けてくれるはず……

 

「……さん」

 

俺が人を殺したとき、お前が肯定してくれた。俺の代わりにしばらく動いてくれた。俺の代わりにすべてを終わらせてくれた。お前のおかげで俺は狂うことがなかったのだ。

 

「……るさん!」

 

だから、今回もまた俺を助けてくれ。知り合いを斬り、頭が割れそうなこの俺を、いつも通り肯定して俺のことを助けてくれ。

はやくはやくはやく……

 

「定晴さん!」

 

がっ

 

「だめです!だめなんですから!そうなっちゃだめです!自分を見失ったら、何もなくなっちゃいます!」

 

ユズが、こちらを見ている。ただ泣きそうな目で俺のことをみつめている。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。今まであなたのことを知ろうとしなくて。あなたに甘えてしまって。もっと早く、自分の主のことを分かっておけばよかった!」

 

ユズが、こちらに近付く。ユズが優しく、手を広げる。

 

「大丈夫です。私がいます。あなたの真実を見て逃げてしまった私が、今度こそちゃんとあなたを受け止めますから」

 

いつの間にか俺は座り込んでいた。手に持っていたはずの輝剣はもう消えていた。

 

「あなたは自分から逃げてしまったんですよね?だから、あなたを見ると常に空虚だった。ただ、私にはそれがとても人間らしくも見えた……不動さんもまた、空虚な人間だったから」

 

そうしてユズは優しく俺を抱きしめた。俺はいつの間にか地面に倒れこんでいた。

 

「だから私は……」

 

その瞬間、俺の意識は暗闇に落ちた。

 

………

 

「だから私はあなたのことを……定晴さん?」

 

力なく崩れる定晴さん。ただ、気絶しているだけだと分かり、私は安堵する。いや、この世界で気絶するという状態は、危険なことなのかもしれないけれど。

いつの間にか、周囲の景色が変わっていました。そこは、大きなビルが並び、現代的な光が灯る外の世界によく似ており、しかし車はおらず、溢れるほどの通行人もまたいませんでしたが。

やっぱり、周囲の景色は定晴さんの認識によって変動しているようです。

 

「あれあれ、こんなところで誰かに会うなんて今日は珍しい……ん、見ない顔だわ。そっちのニコニコしてるフランちゃんは何か分からないけど」

「え?」

 

背後から聞こえた声に振り返る。

そこには、怪しいマントに現代的な服。そしてその体を渦巻く様々力が揺らめくように動いている不思議な人が立っていました。あれ、でもこの人……

 

「あいや一回会ったことあるわよね?結構前のことだけど」

「外の世界、で会った人、です、よね?」

「うんうん。そっかそっか、外の世界の妖怪かと思ってたけど、幻想郷の妖怪だったか」

 

それはかつて、外の世界に行った時のこと。はぐれてしまって困ったときに、声をかけてきた怪しい女性。でも、幻想郷にも来ているとルーミアさんが言っていたこと人は。

 

「宇佐美、董子さん?」

「あれ。自己紹介したことあったかしら。東深見高校一年、宇佐見菫子。泣く子も黙る本物の超能力者よ!」

 

びしっとポーズを決める董子さん。ルーミアさんが変な人だと言っていたけれど、確かにこの人はとても幻想郷寄りの人っていう感じ。定晴さんとは違う、特殊な能力を持っている人みたいです。

 

「もしかしてこの先に行こうとしてるの?戻ってこれなくなるわよ~?」

「なにか、知ってる、んですか?」

「ここは私の庭だから。毎日ここに来れるのを待ち遠しく思っていて……と、そうじゃなくて。私も巻き込まれちゃった感じかな。管理者さんは何をしてるのかしら」

「ドレミーさんのことですか?」

「あれ。会ったんだ。じゃあ放置してるって感じ?まあここを抜ければ幻想郷に行けるだろうからちょっと手間が増えるくらいなんてことないんだけど……

 

董子さんはこの世界によく来ているらしい。というよりも、外の世界から幻想郷に来るためには、ここを経由しないといけないと言った様子。

定晴さんは今現実が見ていないけれど、私の目には今すべてが見えています。この世界の形も、そしてそのうえで自覚しないための方法も。董子さんもまた、この世界がこの世界であると認知しながら自覚しないという状態を冷静に保つことができる人のようでした。

 

「もしかして、ここってその人の場所なのかしら」

「そのよう、です。私は式神だから、巻き込まれ、ちゃってるの、かと」

「式神って大変ね。藍さんの姿を見ても、いつもそう思うわ。そっかー、じゃあその人が安全に起きないといけないってわけね」

 

ドレミーさんは不安定な状態だと言っていました。私も、そう思う。

今の定晴さんが無理に現実に戻ろうとすれば、感情も何もなくしてしまった、ただの躯が出来上がってしまうことはほぼ確定した未来だと言えます。定晴さんが無事すべてを取り戻して目を覚ますには、ちゃんと解決しなければいけません。

 

「でも、一緒にはいけないよ?それこそ、一緒にいったらこの人に飲まれちゃう」

「ただ、ここから、私が帰る、手段も……」

 

既に、定晴さんのトラウマ空間へと入っているこの場所は、きっととても深い場所。簡単には帰ることは……

 

「あ、だから私がこっちに連れてこられたのかな。あいつめ、サンタ帽をぽんぽんしないといけないかしら」

「え?」

「私が安全に向こう側に連れて行ってあげるわ。ここらへんからなら、何度も戻ってきたことあるし」

 

董子さんにとっては、本当に来慣れた場所と言う様子。そう何度もここに来ると言うことは、董子さん自身にもたくさんの悩み事があると言うことになると思うけど。

 

「多分その人が目覚めるとさらに深く行っちゃうから、私が派遣されたってことかな。さて、早いところ行っちゃお。そっちのフランちゃんは……」

「彼女は、大丈夫です。戻るのは、私だけ」

 

見れば、分身のフランさんは指を立てて合図をして定晴さんの近くに座った。どうやら、定晴さんは私に任せてと言っているようです。

正直フランさんに任せるということが少し怖いことでもあるのだけど……私は行かないとそろそろ危ないから任せるしかない。フランさんが、これを見越して分身を渡したのかは分からないけれど。

 

「そっか。じゃあ行こう」

 

董子さんは私の手を引こうとしましたが、まだそれをできるほど心を許していないので、自分で歩くと言って拒否をします。

そして董子さんと行く前に、私はまだ眠っている定晴さんに近付いて、優しく頬に口づけをした。

 

「私が残せるのはこれくらいなので……信じてますから。主様」

 

そうして私は、董子さんの後ろについていって……

 

………

 

目が覚めると、私は森の中で眠っていた。穏やかな青空は、既に少し赤くなり始めていた。

横を見れば、主様が眠っていた。苦しそうにしていて、多くの汗をかいている。こっちに戻ってきたせいで私の能力はまた制御が難しくなって、主様の状況を確認することはできない。

 

「多分、動かさない方がいいんですよね」

 

そうして、私は心苦しく思いつつ、主様の汗だけ拭きとりその場を後にした。

私が主様だと思い繋がりを意識すれば、きっとこの人を連れ戻すことができずはずだから。




主様(あるじさま)
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