……何か、聞こえる。
遠くから、何かの音が聞こえる。しかし、何も見えない。見ようとしていないのか。目が開かない。でも、音だけが聞こえてくる。
「……!」
俺は、もうこのまま。だが、沈もうとする俺を何かが引っ張り上げようとしている。仰向けに沈んでいく俺のことを、何かがずっと支えている。俺はそんな支えられるほどのものじゃないというのに。そんな労力をかける価値もないのに。
俺は人間の出来損ないだ。こんな存在を守ろうと、支えようとすること自体が間違いなんだ。だから、そんな風に俺を助けようとしないでくれ。
「……はる!」
名前を呼ばないでくれ。俺はもう、このままここで眠り続けたい。
だが、そうして俺がすべてを捨てて意識を落とそうとすると、何かが俺の頭を叩く。まるで、それ以上はいかせないと止めてくるように。そのせいで、俺はずっと、うっすらとした意識だけを残したままに、ゆっくりと沈んでいる。
「定晴!」
いつの間にか、音はすぐそこまで来ていた。まるで目のまえに俺のことを呼んでいる誰かがいるみたいだ。この暗闇の世界に、俺以外に誰かいるわけがないので、きっと幻聴だろう。
この空間は、俺の深層意識の一番深いところなのだと悟った。理由は分からないが、ここは俺の魂の一番奥深くなのだ。だからこそ、俺以外は存在できず、存在できるのは俺と繋がりを持つものだけ。
「あら、なんで貴女が。ああ、そういえば分身なんてできたわね」
目のまえで誰かが誰かと話している。だが、俺の目は一向に開かない。開く気配もないし、俺自身開く気がない。
だが、音ばかりが聞こえてきて、俺の眠りを妨害している。妨害しているそれが何なのかを確認し、必要であれば斬らないといけないかもしれない。そう考えていると
「じゃあせーのでいくわよ。せーのっ!」
「がはっ」
腹部への衝撃。内臓がすべて飛び出るのではないかと思うほどの衝撃と共に、俺は地面に叩きつけられる。地面がない空間を沈んでいたはずなのに、俺はいつの間にか地面に叩きつけられていた。
一体何が起きたのかと、俺は目を開ける。
「やっと起きたわね」
そこには、身長の低い誰かがいた。その傍には、同じく誰かが立っている。その姿は、まるで影のように揺らいでいて判別はつかず、声はまるで機械音声のように聞こえる。
「なんだか、あなたの人間らしい部分を初めて見た気がするわ」
人間らしい?こんな、人間破綻者みたいな俺に、人間らしいだって?一体何と勘違いしているのだろうか。
「……ねえ、何があったのよ。なんだか、やさぐれ通り越してひねくれてない?ああ、貴女喋ることはできないのね」
俺はゆっくりと立ち上がり、その影を見つめる。よく喋るのは少し身長の高い方のようで、身長が低い方は喋らず動きだけで何かを伝えようとしている。
ひとまず、あれの近くにいるとうるさすぎて適わない。俺はそれらに背を向けて奥へと歩き出す。
「ちょっとちょっと、何無視しようとしてるのよ!」
影のうち、小さいほうがぶつかってきた。そして、大きい方も小走りでこちらへと駆けよってくる。
これだけ近づいても、影は影のまま、誰なのか判別がつかない。もう、判別する理由もないけれど。ひとまず、俺の眠りの邪魔をするなら、ここで斬るしか
「それは親しい人を切るためのものじゃないでしょ」
俺が取り出した輝剣が一瞬にして消える。輝剣は何本でも召喚できるが、召喚するたびに消えていく。
俺は、手近にあった武器として、太刀を引っこ抜く。よくわからないが、これもまた手に馴染み、重さを考えなければ降りやすい。身体強化をして全力で振り
「そういうことを許すために貰ったものじゃないはずよ。正しい使い方以外はだめなんだから」
太刀は全く動かない。持っているはずなのに、まるで何かに突き刺さってしまっているかのように全くぴくりとも動きはしない。まるで、地面を押しているような感覚に、身体強化ではどうにもならないものを感じる。
ああもう面倒だ。俺はただ風で逃げようとする。あんなのに構っている場合じゃなく
「私から鬼ごっこで逃げ切れるはずないじゃない」
いつの間にか、目のまえに身長の高い影がいた。俺は後ろに風も併用して逃げたはずなのに、それよりも先に来ているなんて。
「これは重症ね。まさかここまで疲れ切っていたなんて、気づけなくてごめんなさい。でも、ここはより長く生きているお姉さんとして説教してあげるわ」
影が手を振ると、俺は強制的にその場に縛り付けられた。正座のポーズを保ったまま、腕も足も動きそうにない。
「本当は少しだけ気付いていたの。独り言や考え事が多いのは、性格というだけじゃないんだって。でも、それはゆっくりと私が……私たちが解消するつもりだった。でも、思ったよりも早くこの機会が来たのは、ある意味じゃ僥倖だったのかもしれないわ」
まるで頭に直接入ってくるように、その言葉は俺の脳内を反芻する。無理やりに理解をさせられているかのような錯覚を覚え、俺は逃げるように首を振る。
「この事件の犯人にはあとでお灸を据えるとして……ひとまず、定晴と私たちの縁を、もう一度つなぎなおさなきゃ。どうやら、私が、であることを認識できていないみたいだし」
すると、影は俺と同じくらいにしゃがみ込み、俺の目を見る。顔は分からないけれど、俺の目を見つめられているということを理解する。
嫌な目だ。逃げたくなる。この目を見るたびに、俺はそんなものじゃないのだと考えてしまうから。
「ふふ、私たちは、貴方が凄い人だから好きになったわけじゃないのよ?ただ、貴方を守って、隣にいたいと思うから傍にいるの。最近気づいたのだけど、私って貴方の子供っぽいところに惹かれてるところもあるみたい」
そうして、影は俺の顔のゼロ距離へと近づき、顔を逸らそうとしても手で押さえてくる。
影は……
………
思ったよりも危なくてびっくりしちゃった。もしかして、これ私が来てなかったら本当に一生眠り続けてたんじゃないかしら。
私がキスをしたとき、定晴はそのまま気絶してしまった。でも、その周囲を皆の贈り物が浮かんで守っているから、きっと大丈夫。分身のフランも傍で寄り添っているので、精神的にどこかに行ってしまうことはないはず。
となると、今度は定晴がちゃんと私のことを認識できるようにしたうえで、帰らないといけない。帰りはスキマ経由なんてことをしたら大変なことになるので、ちゃんとした手順で帰らないと……
「あら、なにかしら」
フランが私の服を引っ張る。どうやら何か伝えたいみたいだけど……うーん、私あの子とあまり接点がないから、身振りじゃあまり何を伝えたいのか分からないわ。
どうやら、理由は分からないけれど、定晴を担いで移動するつもりみたい。ここは精神世界の深いところだから、長居したくはないのかも。私も今は現実で眠っている状態だけど、ここにいすぎると定晴に影響が出ちゃいそうだし、早く移動するのは得策だ。
まあ、ここに私がいることで定晴の頭の中の割合を占めることができるようになるなら、もうちょっといてもいいかなと思わないこともないけれど。
「ああちょっと、さっさと行かないで頂戴」
ただ、フランと贈り物たちがさっさと定晴を上へと連れて行ってしまったので、私も急いで追いかける。
多分、この空間には定晴のたくさんの悩みと思いがあるんだと思う。でも、それを直接覗くのはよくないことだから、きちんと定晴の口から教えてもらわないといけない。
そうして上へと戻ってくると、何かゲートがあることに気が付いた。能力を使ってどこに繋がっているかを確認してみれば……草原?幻想郷にこんな場所はないけれど……いえ、これはもしかしてミキが言っていた場所かしら。
「こっちに来てちょうだい」
フランを誘導するけれど、どうやらフランにはゲートが見えていないみたい。もしかして、定晴も見えないのだろうか。
フランは分身体で個を持っているように見えるけれど、実際はフラン本人から定晴に送られた贈り物の一つだ。定晴に結びついているから、定晴が見えないものは見えないし、定晴にしか理解できないことがたくさんある。
きっとゲートは、夢の影響で見えなくなっているのでしょう。来た道を戻るなんてことは普通しない、っていう固定概念があってもおかしくはない。
なら私が引き戻してあげましょうとも!
「こっちよ!」
定晴の手を引いて、私はゲートへと入る。すぐに、永遠と続く草原へと出てくる。そこには、看板が数本立っているだけで、他に出口は見つからない。
ミキの話だと何個か選択肢を提示したって話だったけど……やっぱり、この奥から戻ってくるゲートだけ敢えて残していたのでしょう。
「フラン、定晴を置いて」
この草原は、いわばイレギュラー。夢の中に無理やり作られた、定晴の空間じゃない空間。
でも多分、深度はほぼほぼ最終深度だと思う。入り口、いや既に少し入り込んだ位置にこの草原は作られているようで、だからこそゲートを残すことができた。
「ここで、すべてを聞かせてもらいましょう」
まだ目覚めぬ最愛の人を、私は傍で待ち続けることにした。