四百七十四話 朝
次の日の朝。俺はいつも通り二人に挨拶をしながらリビングに行く。
「おはようルーミア、ユズ」
「おはよう定晴」
「おはようございます。主様」
「会いに来たわよ定晴!おはよう!」
……なぜかリビングには三人いた。ニコニコと、いつもより嬉しそうにしている紫の姿がそこにはあった。
「何よその顔、明日来るからねって言ったじゃない」
「本当に来るとは」
ルーミアはため息をし、ユズはおろおろとしている。どうやら、起きたら既に紫がいたようで、俺が起きてくるまで雑談相手をしていたらしい。
朝ごはんを一緒に食べることまで決定事項らしく、紫は弾むような足取りでキッチンに移動してきた。
「さあ、一緒に朝ごはんを作りましょっ」
「紫、料理できるのか?」
「失礼ね。できますー!」
口をとがらせて拗ねる紫。日頃から家事をすべて藍に丸投げしていると思っているから……というか実際、紫の屋敷のことはすべて藍に任せてるだろうから信頼していないのだが。
妖怪というのは数日何を食べなくたって死にはしない。そのため何も食べないようなやつも結構いるので、料理ができる妖怪というのは珍しい部類になるのだが、果たして紫はどうか。
「じゃがいもを切るのね!任せて!」
そうして紫は乱暴に包丁を使い……指を切った。現在、紫は涙目になりながらソファで丸まりつつ指を咥えている。あれくらいすぐに再生してやるのに。
「やっぱり駄目な妖怪ね。定晴、私がやるわ」
「頼むルーミア」
とはいえ、紫よりもルーミアの方が料理の安心度合いが違うので、一旦紫は放置してルーミアに任せることにする。今日の朝ごはんはポテトサラダとベーコントーストだ。
じゃがいもを切り、その後潰す。俺はトースターに食パンをセットし、フライパンでベーコンを焼く。さっさと準備を終わらせ、さくっと四人分の朝ごはんを準備した。一応尋ねたが、藍や橙は来ないらしい。
「「「「いただきます」」」」
そうして朝ごはんを食べる。昼や夜は誰かと一緒にということも多いが、朝に誰かがいるというのは少しばかり珍しい。
紫はあまりポテトサラダを食べないのか、物珍しそうに食べていた。知らないわけじゃないみたいだが、確かに幻想郷じゃあまり一般的じゃないかもな。
「それで、定晴は元気?」
パクパクと食べつくして満足そうな紫が顔を上げて俺の顔を見る。その目には、心配そうな感情は一切見られない。
「元気だ。精神的な負担も今はない」
寝ている間の夢のことは……もう少ししっかりと能力が判明してからにしよう。継承の力、実際に使って見ないことには説明のしようがない。俺だってまだ分からないことばかりである。
ということで、一旦能力のことは伏せておいて、夢見は悪くなかったということだけ伝える。
「だから安心してくれていい」
「そう……なら、私もまた冬眠できるわね」
少し寂しそうに笑みを浮かべる紫。本来であれば寝ているはずなので、少し眠そうにも見える。
「なあ紫、なんで冬に眠るんだ?」
「妖怪の特性としか言えないわよ。なんで河童に皿があるのって言われても、彼女たちは説明できないでしょ?」
可能なら眠らなくても、と思ったが、紫的に眠ること自体は必須事項らしい。境界を操る能力を持ってしても、冬眠を完全になくすことはできないらしい。
それがスキマ妖怪のあるべき姿であり、曲げることのできない姿なのだとか。
「でも、クリスマスには呼びなさい!私もクリスマスパーティしたいわ!」
「はいはい。じゃあ何か連絡方法を用意しておけ」
「分かった!」
元気よく返事をする紫。満面の笑みといった様子で非常にかわいらしい。大妖怪らしい(本人談)怪しい雰囲気さえなければ、基本的に見た目相応の少女みたいな子なんだがな。
紫は、朝ごはんを食べ終え食器を片付けると、名残惜しそうにスキマへと帰って行った。このまま、クリスマスまで眠るのだろう。
「あ、そうだ。おやすみのキスをして!」
「勘弁してくれ」
「むぅ、じゃあ私がするわ!」
そうして勢いのまま、紫は俺の頬にキスをして、スキマへと帰って行った。冬眠の途中だっていうのに、嵐のような少女だな。
「騒がしいやつね……それに、自分と親密になったみたいじゃない」
「そうか?元々これくらいの距離感だと思うが」
「キスされるのを普通に受け入れたでしょ。紫も堂々とキスするようになっちゃって、まったく」
はぁ、とため息をつくルーミア。泥棒猫め、という呟きが聞こえた気がするが気のせいだろうか。
「クリスマスっていつだっけ?」
「再来週だな。フランが紅魔館に人を集めようと、結構早い段階で声をかけまくってるみたいだ」
今年は盛大に!とフランが宣言し、知り合いにいっぱい声をかけている段階らしい。知らない間に、少しずつフランの交友関係は広がっており、今では人里で声をかけるほどになっているという。
吸血鬼の妹ということは知られているものの、最近のフランは見た目相応な少女なので、人里でも怖がられずに受け入れられているのだろう。滅多なことでは狂気が暴走してしまうこともないだろうから、慧音に任せておけば安心である。
予定の確認をすると、ルーミアは悩ましそうな顔をした。
「んー、欲しいものがあるから外の世界に行きたいけど、難しいかしら」
その提案は、予想通り難しいと俺も思う。
紫は冬眠、藍は異例の対応をしているだろうし、そう好き勝手移動できるようなものでもない。霊夢とかならもしかしたら可能なのかもしれないが、はてさて。
「ああでも、行かなくても用意ならできるか。ご主人様、裁縫道具ってどこにある?」
「幻空にいれてないから、倉庫のどっかにあると思うが……何か作るのか?」
「ええ、ちょっとね」
ルーミアとユズは、昔俺が作った服を着ている。アリスから貰った布地を用いて作った、戦闘などになってもボロボロになりにくい魔法の服だ。その服を作った時の裁縫道具が倉庫のどこかにあるはずなので、探せば見つかるだろう。
「えっと、主様、私も少しお話が」
「どうした。というか、その呼び方はなんだ」
「それについて、ちょっと」
ルーミアが倉庫に行くと、入れ替わりでユズに話しかけられた。聞きなれない呼び方をされて、ちょっと思考が停止する。
ユズ曰く、夢の中で繋がりを強めるために式神契約を更新したら、呼び方が変わってしまったと。この現象、見覚えがあるような……
「ユズ、どうやって契約更新したんだ?」
「あう……えっと、その、頬に、口づけを……」
顔を真っ赤にしながら答えるユズ。少し言いづらい質問だったか。でも、それを知らないと契約を正しく結びなおせないので仕方ない。
つまり、俺がルーミアと最初に契約したときの逆が発生しているということだ。どちらにせよ、式神が式神としての在り方を自分で定義できず、呼び方が変わってしまっているという。
「じゃあもう一回、ちゃんと結びなおさないとな」
「お願いします、主様」
どうやら、呼び方自体は恥ずかしいわけではなく、ただ気になるというだけらしい。
ルーミアの再契約は藍の手を借りたが、何をするかは覚えているので、時間をかければ俺だけでも準備をすることは可能だ。ただ、今日中というのは難しい。ひとまず霊夢から、術式用のお札を貰ってくる必要があるだろう。
「んじゃ今日は博麗神社に行ってくるか。ユズも来るか?」
「えっと、私はルーミアさんの手伝いをします。その、私の分もあるみたいなので」
「了解」
ルーミアが何を作るのかは不明だが、どうやら二人分作成するらしい。材料の準備もしないといけないだろうから、クリスマスまでに完成させられるかは二人にかかっている。
上着を着て、俺は一人で博麗神社へと向かった。晴れていたのは昨日だけのようで、今日は軽く雪が降っていた。
「あら、元気そうじゃない」
境内ではいつも通り霊夢が掃き掃除をしていて、俺に気が付くといつも通り挨拶をしてきた。どうやら、俺の状態についてはある程度知っていたようだ。
「水那は?心配かけたと思うんだが……」
「ルーミアがやってきて説明したから大丈夫よ。水那は今日は人里に行ってるわ」
すれ違ってしまったか。結局機能は、水那から受け取ったお札を使うことはできず、水那からの連絡を全部無視することになっただろうから、一言伝えたかったのだが。
とはいえ、いないものは仕方ないので、今日は目的通りお札を貰うことにする。
「お札?何に使うのよ」
「式神の再契約だ。ユズとの契約が少し変になってな」
「ふうん……今なら特別価格で売ってあげるわ」
俺が必要としていることを知ると、途端に値段を提示してくる霊夢。いつの間にか、箒を置いてその手には財布があった。なんという金銭嗅覚であろうか。
「正月は多少お金が入るけど、この時期は全然誰も来ないから。貰えるものは貰っておくわよ」
「しょうがないな、じゃあ一枚」
「一枚でいいのかしら。五枚まとめて買うともっとお得になるわよ」
「そんなにいらんわ」
霊夢がどうしても多めに売りつけようとするのを躱し、なんとか一枚だけを購入。妙に高かったが、まあこれくらいは霊夢への支払いとして妥当だろう。
「そういえば魔理沙には会ったか?」
「昨日の夜に来たわよ。心配かけてすまん!って、まったく本当に……」
霊夢は昨日、真剣に魔理沙を探すための儀式をしていた。長く一緒にいて、同世代の人間の友達なのだ。幻想郷では得難い友人であろう。
霊夢は人間関係にドライな部分があるが、そうしてちゃんと友達を作ることができているのは喜ばしいことだ。
「ちょっと、その生暖かい目をやめなさい。夢想封印するわよ」
「悪かった悪かった」
霊夢の夢想封印は自動追尾かつ高威力。かつて一度模写に登録したが、使い道が難しく削除した。とはいえ、今はミキ曰く継承できるらしいし……と思いつつ、霊夢が素直に見せてくれるとも思えないので口には出さなかった。
今日は霊夢以外は誰もいないようで、博麗神社はいつもよりも寒々しい雰囲気であった。霊夢には申し訳ないが、欲しいものは貰ったのでさっさと帰らせてもらおう。
「じゃあな霊夢」
「ええ。もう夢に飲まれないようにね」
なんとも言えない別れ言葉を貰い、俺は家へと戻った。
俺が博麗神社に行っている間に、二人は買い物に出かけたらしく家には誰もいなかった。今のうちに、式神再契約用のお札を作製しておくとしよう。